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第四章 ウージスパイン魔術大学校

2/魔術大学校 -35 凶兆

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 クラスメイトたちの机の上に、マヨネーズとソースの塗られた銀組焼きが一つずつ置かれている。
 ドズマとイオタが手ずから焼いたものだ。
「──さあ、食べてみてくれ」
 俺の許可と共に、クラスメイトたちが一斉に銀組焼きを口へと運ぶ。
 さくりと歯触りの良い音が教室の各所から響いた。
「あっ」
「美味しい、これ!」
「物珍しくていいじゃん。売れると思う」
「うんうん!」
 思わず胸を撫で下ろす。
 クラスメイトの反応は上々だ。
 味に自信はあったけれど、実際の反応を見るまでは、やはり不安だった。
「あれ、タコは?」
 生徒の一人にイオタが答える。
「タコは仕入れが大変だし、好みも分かれますから。このままでも十分美味しいし、無理に足すこともないかと」
「なるほど、そうかも……」
「タコ、見た目がアレだかんね」
 デビルフィッシュと呼んで敬遠する欧米ほどではないにしろ、ウージスパインでも忌避感が皆無というわけではないようだ。
「で、エイザンよ。お前は食わねーのか?」
「──…………」
 ドズマの問いに、エイザンが無言を返す。
 エイザンの目の前では、手のつけられていない銀組焼きが冷めるのをただ待っていた。
「……君たち、本当に、この得体の知れないものを売るつもりなのかい?」
「食ってみって。食わねーから得体が知れないままなんじゃねえか」
「どうぞ。美味しいですよ」
「──うるさいッ!」
 イオタが勧めたことが癇に障ったのか、エイザンが怒鳴る。
 教室が静まり返った。
「……もう、好きにしたまえ。僕は知らない。僕は関わらない。せいぜい恥でもかきなよ、クズどもが!」
 エイザンがそう吐き捨てて、ずかずかと教室を出て行く。
「なんだあれ……」
「感じわる!」
 クラスメイトたちが、次々とエイザンの文句を言い始める。
 事ここに至り、二年銀組のパワーバランスは完全に崩壊したと言える。
 エイザンの天下は、終わったのだ。
「……小指の爪の先くらいだけど、可哀想な気がしなくもないな」
 イオタとドズマだけに聞こえるよう、小声で呟く。
「イオタをいじめてたことを一言も謝らない時点で同情するつもりはないけど、あいつはあいつで真面目に最優等クラスを目指してた。それは間違いないしな」
「そうですね……」
 イオタが、感慨深そうに頷く。
「カタナさんにいろいろな話を聞かせてもらって、わかりました。エイザンさんはただの小心者です。追いつかれるのが怖くて、追い抜かれるのが怖くて、ぼくを迫害していただけ。善良ではないかもしれないけど、さほど悪人でもないです」
「まあ、旅人狩ったり快楽で奴隷殺したりするガチの悪人どもに比べたらな……」
 さっぱりした顔で、イオタが言った。
「だから、ぼくは、あの人を赦します。なんか可哀想ですし」
 ドズマが愉快そうに笑う。
「はッは、それ最高の意趣返しだぜ! 下手にやり返すより、余程きついわ」
「え、そうですか……?」
 自覚がないらしい。
「ドズマの言う通りだ。エイザンみたいな自尊心の高いやつにゃ、特に効くだろうさ。ま、好きにしろって言うんだから、好きにしようぜ」
「オーケー。とりあえずはオレが指揮執んぜ。イオタとカタナも前に出ろ。お前らにゃ、たんと働いてもらわねーとな」
「ああ、言い出しっぺとしてはな」
「もちろん。最優等クラスの栄冠を勝ち取るのは、ぼくたち二年銀組ですよ」
 俺とドズマがクラスメイトに意見を募り、イオタが黒板にそれを書き付けていく。
「これも美味いけど、他のフレーバーもあったほうがよくね?」
「原材料からして、甘いデザートにもできそう」
「実は教官に軽く尋ねてみたんだけど、前例がないからお金取るのはダメかも。ただ、食べ物を提供したクラスはずっと昔にあったから、無料配付って形なら行けるって」
「最初は突拍子もないかと思ったけど、これなら優勝目指せるかもな!」
 俺の出した意見を元にして、皆が盛り上がっていく。
 懐かしい。
 高校の頃って、こんな感じだったっけ。
「デザート風にするの、いいかもな。生地に甘味をつけて、チョコレートソースかけたりさ」
 俺がそう言うと、
「あ、美味しそう!」
「クリーム用意してディップするのは?」
「最高じゃん!」
 打てば響くように意見が返ってくる。
 さすが銀組、頭の回転が早い。
 意見を黒板に書きながら、イオタが口を開いた。
「本番までに、いろいろ試してみましょう。マヨネーズとソースは確定として、このカリカリトロトロ感を活かしていきたいですよね」
「これで完成品だと思ってたら、いくらでも意見が出るじゃねーか。いいぞ、出せるだけ出しちまえ。あとは試行錯誤して厳選してきゃいい」
「おー!」
「任せとけ!」
 最初はイオタの件で印象の良くなかった銀組だが、こうして一丸となってみると愛着が湧いてくる。
 編入したのが二年銀組でよかったと、心から思える。
 我ながら単純だけれど。
 シオニアの在籍する二年白組や、プルたちのいる中等部三年黒組は、いったいどんな出し物を仕掛けてくるのだろう。
 今から楽しみだった。
 そんなことをしみじみ考えていたとき、

〈──覚えていろ〉

「ッ!」
 反射的に左腰に手を伸ばす。
 そこに神剣はない。
 耳に届いたその声は、確かにエイザンのものだった。
「うん? どうした、カタナ」
「何かありましたか?」
「ああ、いや……」
 二人には聞こえていないのか?
「悪い、なんでもない」
 このまま安穏とは終わらない。
 そんな予感がした。
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