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第三章 ラーイウラ王国

3/ラーイウラ王城 -22 そうしたいと願う限り

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「……ダアド、何をしに来たの。敵情視察? それとも、嫌味でも吐き捨てに来た?」
「そう邪険にするなよ、ネル。血の繋がった親戚じゃあないか」
「貴族は全員血が繋がってると思うけど」
「ははは、違いない」
 ダアドが、楽しそうに笑う。
「なに、私が話したいのは、ネルではない」
 そして、こちらを向いた。
「カタナ君、君だよ」
「……俺に?」
 意外な言葉だった。
「何、簡単な話だ。私の奴隷にならないか?」
「──ッ!」
 ネルの顔が、怒りに染まる。
「何を──」
「ネル、君には関係がないだろう。これは、私とカタナ君との交渉であり、第三者である君は介入すべきではない」
「く……」
 ネルが、押し黙る。
 そして、すがるように俺を見た。
「……たしかに、いい話だ。俺があんたの傘下に入れば、ジグと戦う必要もなく、確実に首輪を外すことができる」
「その通りだ。さすが、話が早い。むろん、そちらのお嬢さん方も一緒で構わないよ。安全、確実、クレバーな選択だとは思わないか?」
「──…………」
 ダアドの言う通りだ。
 ここでネルを見捨てれば、目的は果たされる。
 不確実なジグとの戦いなど、する必要がなくなる。
 まさに最善手だった。
 俺に[羅針盤]が残っていれば、青の選択肢が表示されていたことだろう。
 けれど──
「ありがとう。でも、お断りだ」
「……参考までに、理由を聞いてもいいかな?」
「決まってる。ネルと、約束したからだ。母親に引き合わせると」
「カタナ……」
 ダアドが、顔を歪ませる。
「──チッ、愚図が。わかった、好きにしろ。余程後悔したいらしいな」

 ──ガンッ!

 ダアドが、軽食の載った丸テーブルに蹴りを入れて去っていく。
 豪華な軽食が、食器ごと床にバラ撒かれた。
「もったいないでし……!」
「最低の男め」
 慌てて割れた食器を片付けに来た下女を手伝いながら、ネルが微笑んだ。
「……ありがとう、カタナ」
「あんなの、選ぶまでもない。元よりジグとは戦うことになってたんだ。ダアドの言うことなんて聞いてたら、それこそジグに本気で殺される」
「ふふ、それはそーかも」
 ネルが、くすぐったそうに笑う。
「──でも、これで決まったね」
「何が?」
「カタナ。あなたは、最善手を選ばなかった。プルたちを最優先し、確実に首輪を外す選択をしなかった。それは、どうして?」
「それは──」
 しばし思案し、答える。
「……ネルのことも、大切だったから、かな」
「そうだね。そういうことなんだと思う。嬉しいけど、本質はそこじゃない。三人を守るために、人を殺すべきか。三人を守るために、あたしを切り捨てるべきか。この二つは、構造が同じなの」
「──…………」
「カタナ、あなたは迷わなかった。それは、あたしのことも大切に想ってくれているから。あなたは、もう、選んでいるんだよ。必ずしも人を殺さなくてもいい。あたしを切り捨てなかったように、相手の命を尊重できる人だから。無理をして、人を殺すことなんて、ないんだ」
「……ネル」
「でも、ラングマイアのときみたいに、理不尽な選択を迫られた場合は──」
 ネルの双眸が、俺を射抜く。
 心の底まで見透かすように。
「そのときは、心の赴くまま、いちばん大切なものを選びなさい」
 ネルの言葉が、すとんと腑に落ちた。
 三人と、その他のすべて。
 どちらかを選ぶという二択ではない。
 三人以外にだって大切なものはあって、彼女たちを守り切る覚悟があるのなら、そちらに手を伸ばしたっていいんだ。
 俺が、そうしたいと願う限り。
「──ありがとう、ネル」
「うん。すっきりした顔してるね。男前だ」
 照れくさくて、思わず目を逸らす。
「……ダアドにも、すこしは感謝しないといけないかもな」 
 プルが、くすりと笑う。
「ふへ、へ。だ、ダアドは、きょとんって、しそうだけど……」
「でも、食べものを粗末にするのはよくないと思いまし」
「まったくだわ、ダアドのやつ」
 ぷんぷんと怒るネルを横目に、ヘレジナが言う。
「しかし、また、甘いというか──カタナらしい選択であるな」
「駄目だったか?」
「そんなわけがなかろう。私は、お前が信念を持って選ぶのであれば、どのような考えであっても尊重するつもりだ。自らの選択を誇れ、カタナ。お前が正しいと思うものを、貫き通せ」
「──ああ!」
 迷いは晴れた。
 俺は、無事な軽食を口に詰めて、それを紅茶で流し込んだ。
 あとは、ジグに打ち勝つだけだ。
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