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第三章 ラーイウラ王国

3/ラーイウラ王城 -16 一回戦(下) 四刀流

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 アーラーヤが、懐に飛び込む。
 幾度目かわからない、愚直な攻撃。
 一撃目、逆手に握られた左手の長剣が、俺の首を狙う。
 上体を反って避ける。
 二撃目、右手の長剣による刺突。
 全身を捻って避ける。
 三撃目と同時に、左肩の短剣が射出される。
 短剣が、俺の右腕に、ゆっくりと刺さっていく。
 痛みが徐々に襲い来る。
 避けられない。
 わかっているのに、手数が多すぎる。
 意識に体が追いつかない。
 八連撃──否、十六連撃を放ち終え、アーラーヤが飛び退く。
「……あ、ぐ……ッ」
 三撃、食らった。
 右腕、左膝下に一撃と、頬に浅い傷。
「へえ、今ので死なねえのか」
「はァ……ッ、は……、は……」
 痛みに耐える。
 すぐに、同じ連撃が来る。
 既に一度見たとは言え、負傷した身で避けきれるのか?
「──…………」
 違うだろ。
 俺は、薄刃の長剣を構えた。
 避け続けたところで、勝てはしない。
 一撃で殺す。
 そうしなければ、この男は、自らを延々と治癒し続ける。
 俺は、とうに気付いていた。
 アーラーヤ=ハルクマータは、奇跡級中位なんかではない。
 上位だ。
 ジグより、強い。
 何が嘘だよ。
 アーラーヤは、ただ、素直に自分の級位を申告していただけなのだ。
「──わかった。あんたを見くびってた。出し惜しみなんてできる相手じゃあ、なかった」
 燕双閃・自在の型。
 俺の持つ、唯一の技。
「ほう」
 アーラーヤが、片方の口角を吊り上げる。
「俺の四刀流と、どっちが強いかな」
「……すぐにわかる」
「違いない」
 俺は、正眼に構えた長剣の柄を、強く、強く、握り締めた。
 次の瞬間、

 ──アーラーヤが、その場を飛び退いた。

 無数の矢が、アーラーヤのいた場所を貫く。
「な──」
 だが、追いすがるように放たれた二射目が、アーラーヤの全身に突き立った。
「は、……が……」
 アーラーヤが、十数本の矢を全身から生やしたまま、その場に倒れる。
「何するのッ!」
 ヴェゼルが、叫ぶ。
「どうして、こんな──」
 アーラーヤを射抜いた王立弓軍の兵士たちへ向けて、悲痛に叫ぶ。
 側近が、口を開いた。

「奴隷は魔術を使わない。慈悲深き王は、しかし、法の番人でもある。王は仰った」

 無機質な瞳が、ヴェゼルへと向けられる。

「──罪深きヴェゼル=エル=ラライエ郎党、鏖殺である」

「は……?」
 兵士が、ヴェゼルとその従者たちを取り囲む。
 何を言っているのか、一瞬、理解できなかった。
 しかし、体は動いていた。
 ヴェゼルが羽交い締めにされ、大理石の床に顔を押し付けられる。
 そして、兵士が、腰に差した短剣を振り上げ──
「やめろォ──ッ!」
 俺は思わず、兵士に体当たりを食らわせていた。
「ぐッ!」
 兵士が弾き飛ばされ、床に倒れる。
「ママッ!」
 ネルが叫ぶ。
「やめて、ママ! そこまですることないじゃない!」
 ラライエ四十二世が、側近に何事かを囁く。

「──決定は覆らぬ。処断せよ」

「そん、な……」
 ネルが、その場に崩折れる。
「──…………」
 心が冷えていくのを感じた。
 なんだよ、それ。
 なんなんだよ。
「──ヴェゼルを殺すのなら、俺とアーラーヤがこの場にいる兵士すべてを皆殺しにする」
 口から、言葉が滑り落ちる。
 自分の言葉を聞いて、ようやく自覚する。
「それでいいのなら、殺せ」
 俺は、怒っている。
 アーラーヤに視線を送ると、致命的な臓器を貫通した矢もあろうに、彼は既に立ち上がっていた。
 一本、二本と、自らに刺さった矢を抜きながら。
 不死身だ。
「……ああ。ヴェゼルの嬢ちゃんは、これでも俺のスポンサーでね。殺されたら、困るんだわ」
 ラライエ四十二世は、何も言わない。
「奴隷と偽ったのは、悪かった。失格で構わねえ。でもよう、主まで処断するこたねえだろ。それも、十四の小娘だぜ」
 ラライエ四十二世は、何も言わない。
 俺は、御簾の奥にあるはずの瞳を、睨み続けた。

 沈黙が。
 長い、長い沈黙が、玉座の間に横たわる。
 やがて、ラライエ四十二世が、側近に耳打ちをした。

「──勝者であるカタナ=ウドウに免じ、ヴェゼル=エル=ラライエ及び、その奴隷であるアーラーヤ=ハルクマータを減免とする。罰金一万アルダンを国庫に納めることで罪を贖え。慈悲深き我らが王に感謝せよ」

 その瞬間、玉座の間の空気が弛緩するのがわかった。

「アーラーヤ=ハルクマータ失格により、勝者、カタナ=ウドウ!」

「ふー……」
 長い、長い、溜め息を漏らす。
 危なかった。
 兵士が、ヴェゼルを解放する。
「……大丈夫か?」
「う」
 手を差し伸べるが、彼女はそれを見ていなかった。
「──ひぐ、う、うあああ……!」
 ヴェゼルが、大声で泣き出す。
 そりゃそうだよな。
「おい、カタナ」
 アーラーヤが、背後から俺の肩を組む。
「ありがとうよ。こちとら、危うく死ぬところだ」
「普通死ぬんだよ……」
 今、平気で笑ってるのがおかしい。
「しッかし、魔術ダメって忘れてたわ。みんな当たり前のように使ってるもんでな!」
「体操術なら、体術の心得がなければわからないからな」
「剣が宙に浮いてりゃアホでもわかるってか」
 自嘲の笑みを浮かべ、言った。
「完敗だ。負けた、負けた、ふつーに負けた。くそ、悔しいな……」
「御前試合じゃなければわからなかったぜ。俺、もともと魔術使えないからな」
「──…………」
 アーラーヤが、絶句する。
「……すまん」
「……?」
 何を謝っているのか、わからなかった。
「お前の努力を、馬鹿にした。お前のほうが余程非才じゃねえか」
「ははっ」
 俺は、アーラーヤの肩を思いきり叩いた。
「あだッ!」
「あんた、いいやつだな。死ななくてよかった」
「だろ?」
 下手なウインクをして、アーラーヤが俺から離れる。
「ヴェゼルにゃ、あとで礼に行かせるからよ」
「気にしなくていいんだけどな……」
「こっちの都合だ。礼くらい言えるようにならねえと、ろくな大人に育たんさ」
 違いない。
「いくらあんたが治癒術の名手だとしても、ちゃんと治療は受けたほうがいいぜ。どう考えても致命傷なんだから」
「だったら叩くなよなあ。ま、針千本にされちゃあ、すぐさま全快とは行かねえ。ちょいと大人しくしてるさ」
「そうしとけ」
「ほら、お嬢ちゃんたちんとこ帰んな」
「ああ」
 アーラーヤに手を振って、その場を後にする。
 第十三組の待機場所へ戻ると、ヤーエルヘルが出迎えてくれた。
「──カタナさん!」
「ただいま。なんとか勝てた」
「はい……!」
 ヤーエルヘルが、気遣わしげに俺の手を取る。
 プルとヘレジナは、ラライエ四十二世を見つめたままのネルを介抱しているようだった。
「治癒術士さん、カタナさんの治癒をお願いできましか?」
「はい、おまかせを!」
 やけにはりきる治癒術士の治療を受けながら、俺は、ネルの背中に視線を送った。
 俺には、その背中が、泣いているように見えた。
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