推しを味方に付けたら最強だって知ってましたか?

●やきいもほくほく●

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番外編(本編の内容とは少し異なります。時系列バラバラです)

零れ落ちた水2

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「お前達のせいだ」
そう、怒鳴りつけたかった。
母を追い込んだ二人を心の底から憎んだ。


けれど……ソフィーネの後ろで、侍女に抱えられている無垢で幼い二人が視界に入ると、そんな憎しみの篭った言葉を吐き出せなくなった。
手を握り締めて、唇を噛んで、言葉を飲み込むしか無かった。


「……っ、…………ッ!!」


こんなにも悲しいのに憎いのに、声が出なかった。


「僕を、おいていかないで……っ」


冷たくなっていく母の手を握りながら、静かに泣いていた。

葬儀は静かに執り行われた。
母が精霊を殺めた日から、国には雨季でも無いのにずっと雨が降り続いていた。

あの日から言葉を発する事が出来なくなった。
父の言葉も、誰の事も受け入れられなかった。

部屋の中から降り続く雨を、ずっと見ていた。

その時、侍女達の話し声が小さく聞こえた。
『水の精霊が怒り狂っている』
『海は荒れ、雨は降り続き、このままでは国が駄目になる』

そんな話が耳に届いた時、ふと……誰かに呼ばれた気がした。
焦った侍女が呼び止める声も聞かずに、裸足で外へ飛び出した。
息が続かない……肺が痛くなり喉が擦り切れても走るのを止めなかった。

海が見える崖の上まで走った。
痛む腹を押さえながら、荒れ狂う海を見た。


『……愚かな人間よ』

「………」

『我々は、お前の母の行いを決して許さぬ』


頭に直接響く声、その場に膝をついて頭を下げた。
「申し訳、ありません……」と掠れた声で呟いた。


「僕の命を捧げます……怒りを鎮めてはくれませんか?」


(もう、楽になりたい)

母が亡くなってから、ずっとそう思っていた。


『死にたいのか……?』

「…………。はい」

『……そうか』

「お願い、します……!どうか僕をっ」

『………お前を、死なせる訳にはいかない』

「ッ、どうしてですか……何故っ!?」

『それではお前達を愛したあの子が報われぬ……!』


ただ、悲しくて辛くて涙を流した。
死ぬ事も許されないのなら、この行き場の無い苦しみはどうすればいいのだろう。
息が苦しいのは酸素が足りないのか、それとも……。


『……お前の大切なものと引き換えに、怒りを鎮めよう』


最愛の母を亡くし、一番の友を亡くし、これ以上フェリクスに大切なものなど有りはしないのに。


『これはお前を縛る呪いだ……フェリクス、生きろ』


ウンディーネの呪いを受け入れた。
そして雨は止み、空は晴れた。
父に精霊に嫌われてしまったのだと、そう話したのはあの日から暫く経っての事だった。
だから自分は王位を継ぐことはできない……そう言ったフェリクスに、父は譫言のように何度も何度も謝罪を繰り返していた。

確かにウンディーネは大切なものを全て奪っていった。

大好きな精霊との未来も、母が唯一求めていた王太子という肩書きすら奪い取っていった。

どこまでも残酷だと、そう思うのと同時に、ウンディーネの『生きろ』という言葉が頭から離れなかった。
全て無くした時に、考える事を止めた。
それからはもう、周囲が望むままに生きた。

何故生きているのか理由も分からないまま、転機は訪れた。
リーベとしてやってきたのは我儘だと有名な公爵令嬢だった。
話してみるとリオノーラは我儘などでは無く、素直でよく笑う少女だった。

ただ時折、ふと悲しそうな表情を見せる。
何が彼女をそうさせているのだろう……気になって無意識に目で追うようになっていった。


「わたくしは……もし結婚するならばフェリクス殿下がいいですッ!」


まさか自分が選ばれるとは思わずに戸惑った。
父の言葉にリオノーラの手を取り立ち上がる。
リオノーラに自分が王位を継げない理由や精霊に嫌われている事を話した。
するとリオノーラも自分の生い立ちを話してくれた。

「いいえ、フェリクス殿下は強いわ……!」

その言葉を聞いた時、驚いたのと同時に少し心が楽になった。

「貴方自身の心は……本当のフェリクス殿下は、どう思っているのですか?」

奥に仕舞い込んで固く鍵をかけた心の中を、見透かされているようで怖かった。
けれど、本当の言葉を求められていた事が嬉しかった。
そんなリオノーラに応えるように本音を吐き出した。

お互いの傷を宥めるように、ただ抱き合った。
久しぶりに感じる体温はとても温かくて、あの日以来、一度も涙を流していなかったフェリクスの瞳から自然と涙が溢れ落ちた。

(あたたかい……)

空っぽの心が、そっと満たされていった。





end
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