出来損ない令嬢に転生したギャルが見返すために努力した結果、溺愛されてますけど何か文句ある?

●やきいもほくほく●

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1巻

1-3

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 突然の行動に驚いたのか青年は一歩、後退する。そして眼鏡をカチャリと掛け直して動揺を隠すように咳払いをした。
 隣でその様子を見ていた少女はにっこりと微笑みながら、チェルシーに問いかける。

「チェルシーお姉様、目が覚めたのですね。ネザー様に謝罪の手紙は送ったのですか?」
「ネザー様? 誰、それ」
「ベネールガ公爵家の令息ですわ。お姉様ったら、先日の失態を忘れてしまったのですか?」
「…………?」
「折角、婚約者ができるチャンスでしたのに残念ですわね」

 クスリと笑いながら言った際の表情で、見覚えのある人物だと気づく。

(この子知ってる! 夢で見た性格の悪いチェルシーの妹だ……! 日記を勝手に見て馬鹿にしてたし、嫌なことばかり言ってきた奴じゃん)

 どうやら〝チェルシー〟として目覚める前に夢で見ていたものは本当に起きた出来事だったようだ。そう思い当たれば確かに、チェルシーに暴言を吐いて去って行った金持ちそうな青年は、ネザーと呼ばれていた気がする。
 そんな二人の後ろには、チェルシーたちを嘲笑あざわらいながらこちらを見ている侍女の姿があった。

「ネルっち、リリにゃん。この感じ悪い奴らの名前ってなんだっけ?」

 二人を指差しながら言うと、唖然あぜんとしながら面白いほどに目を見開いている。ミントグリーンの髪を揺らしながら慌てた様子でネルが耳打ちする。

「この方たちはチェルシーお嬢様のお兄様のダミアン様と、妹君のジェニファー様ですよ! 忘れたのですか?」
「ふーん。ネルっち、ありがとう」
「い、いえ……」

 四人の心の声が表情を通してここまで聞こえてくるような気がした。ジェニファーがチェルシーの妹でダミアンが兄であることを知ったとしても不愉快な気持ちは減るどころか増していく。

「感じが悪い、だと? もしかして俺たちに向かって言ったのか?」
「チェルシーお姉様、わたくしたちの名前を忘れるなんて熱で記憶喪失にでもなったのかしら?」
「またいつものように自分の愚かさを誤魔化そうとしただけだろう」

 目の前に本人がいるのに言いたい放題である。今度はチェルシーが熱を出したことで記憶喪失になったと思われているようだ。この二人にも別人だと説明しても信じてはくれなさそうだと判断したチェルシーは口を噤む。

(ダミアンとジェニファーは兄妹きょうだいって感じだけど、チェルシーとは雰囲気があんまり似てない感じ。ま、どうでもいいけどね~)

 二人の言葉を右から左に聞き流して無視しながら花冠作りを再開する。

「様子を見に来てみれば……父上と母上が騒いでいたのはコレが原因か」
「ほんとよね。普段はお部屋でずっと本を読んでいるのに不思議だわ」
「ふざけた態度を取って見過ごせないな」
「頭がおかしくなってしまったのかしら?」

 ジェニファーと侍女たちのクスクスとチェルシーを馬鹿にするような笑い声が響く。もちろん居心地のいいものではない。

(うるさい奴らは無視無視……ラブちゃんとよくウザい奴らは相手にしないに限るって話してるもん)

 チェルシーは二人の存在を無視しながら手を動かしていた。しかしダミアンとジェニファーは、そんなチェルシーの態度が気に入らないと言いたげに眉をひそめてこちらを見ている。

(早くどっか行かないかなぁ)

 チェルシーの視線は手元に向けられたままだ。ネルとリリナはチェルシーと彼らを交互に見ているが誰も言葉を話すことはない。空気は固くて気まずいものだった。
 立ち去る様子のない二人に向かってチェルシーは呟くように言った。

「まだ何か用? 暇なの?」
「……ッ、チェルシーお姉様こそ何をやっているのですか?」
「何って見てわかんない? ネルっちとリリにゃんと遊んでんの」

 プッと吹き出すような声が聞こえたが、チェルシーが相手にすることはない。

「そんなに見ていてやりたいの? ジェニファーも一緒にやる?」
「えっ……?」
「今……ジェニファーを誘ったのか?」
「うん、そうだけど。あ、作り方がわからないなら、アタシが教えてあげるよ」
「…………」

 周囲は静まり返っていた。まるで時が止まったような沈黙に耐えきれなくなり首をかしげていると……

「アハハッ、侯爵家の令嬢が何を言ってるのかしら」
「はしたない……幼児に逆戻り?」
「ほんと、侍女も侍女なら主人も主人よね」
「ふふっ、本当よね。二人とも使えないものね」
「両方とも出来損ないよ。旦那様と奥様に怒られてばっかり」

 後ろからコソコソと聞こえる悪口にチェルシーは振り向いた。どうやらジェニファーの侍女が五人ほどこちらを見て何かを言っている。

(姉のチェルシーの侍女が二人で妹のジェニファーの侍女が五人……なんで?)

 その言葉にネルとリリナは恥ずかしそうにうつむいている。

「令息に振られたことがショック過ぎて、ついにおかしくなっちゃったんじゃない? フフッ」
「あはは、笑っちゃダメよ」
「あなたこそ! ああ、おかしい」

 ジェニファーの侍女たちの暴言が辺りには響き渡っているにもかかわらず、ジェニファーやダミアンはそれをとがめようとしない。二人はいつものことだと言いたげに黙ってその様子を見て楽しそうに唇を歪めているだけだ。
 仮にも兄妹きょうだいならばかばったりしないのだろうか。少なくとも自分ならばそうするが、ダミアンとジェニファーが動くことはない。そのまま無視していてもチェルシーへの暴言は続く。

(はぁ……? 何だコイツら。喧嘩売ってんの?)

 クスクスと耳障りな笑い声に耐えきれなくなり、反論するために口を開いた。

「じゃあ聞くけど、アンタたちみたいにジェニファーも性格悪いわけ?」
「……!?」
「ジェニファーお嬢様になんてことをっ!」
「信じられないわ!」
「だってさ、こうやって目の前で聞こえるようにコソコソ悪口言う奴らの主人なんでしょ? 最悪じゃん」

 吐き捨てるように言うと、ジェニファーは驚いていたがすぐに「ひどい……」と言って、瞳をうるませて口元を押さえながら首を横に振っている。
 それを見たダミアンが前に出て、あろうことかチェルシーの胸ぐらをつかんで引き上げる。強制的に立たされて、ダミアンの顔が間近に迫った。
 チェルシーは動じることなくダミアンを睨み上げていた。リリナとネルは小さな悲鳴を上げ、「おやめください、ダミアン様!」「チェルシーお嬢様……っ」とチェルシーを助けようとするがダミアンに振り払われてしまう。
 地面に崩れる二人の体。笑う侍女たちの声。チェルシーはそれを見て目を見開いた。

「ちょっと、女の子に暴力を振るうなんて信じられない……!」
「お前の侍女などどうでもいい。今すぐにジェニファーに謝罪しろ」
「どうでもいいわけあるか! お前こそリリにゃんとネルっちに謝れっ!」

 そのチェルシーの態度の変化にダミアンは一瞬だけたじろいたが、すぐに取りつくろい鋭い視線を向ける。そのまま睨み合いは続いていたがダミアンが沈黙に耐えかねて唇を開く。

「今すぐに撤回しろ……!」
「…………は?」
「ジェニファーに言ったことを撤回しろって言ってるんだ。今までずっと黙っていて、やっと話し出したと思ったら……やはり出来損ないだな」

 脳裏にはチェルシーの願いが書かれたメモの内容が思い浮かぶ。

(チェルシーが〝ダミアンお兄様とジェニファーは無理〟ってメモに書いていた理由がわかった気がする)

 それと同時に思うのだ。こんな一方的に攻撃して笑っているような奴らと仲良くする必要なんてない、と。夢では何も言い返せなかったが、今でも痛みや苛立ちが確かに胸に残っていた。
 その後ろで侍女たちにかばわれながら口元を歪めるジェニファーの姿を見てプチンと何かが切れる音がした。

「チェルシー、聞いているのか!?」
「…………手、離せよ」

 チェルシーはダミアンを睨みつけたまま怒りを込めて低い声を出す。つかんでいる手首を上から思いきり力を込めて握り返した。力は足りなくとも爪を思いきり食い込ませているため、ダメージはあるだろう。ダミアンは眉をひそめて苦痛の表情を浮かべる。


「女に手をあげる奴は最低だって……習わなかったのかよ! 今すぐ離せ、クソ野郎が」
「……!」
「本当にチェルシーの兄? ジェニファーだけ可愛がってナイト気取りかよ? マジだっさ……」

 その言葉に胸元をつかんでいる力が強まる。襟が詰まっているワンピースだからか、更にグイッと服を上に引かれて首が締まってしまう。いかにも知的な見た目をしているダミアンだが、怒りの沸点は低く手も早いようだ。

「……っ、いい加減にしろ! 調子に乗るなよっ」
「ぐっ……」

 息苦しさに耐えられなくなりそうになっていると、ダミアンがもう片方の腕を振り上げたのが見えた。

「───痛ッ!」

 チェルシーは身を乗り出して、胸ぐらをつかんでいるダミアンの手首を両手で固定し体重を掛ける。驚いて手を離したダミアンにガブリと噛みついた。スカートが短すぎるからと、キララを心配した母に習った痴漢撃退法がまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
 しかしダミアンに思いきり腕を振り払われてチェルシーは体を支えられずに尻餅をつく。

「っ、この……」

 再び脅しのように振り上げられた手を見てチェルシーは「また暴力振るうのかよ! 最低のクソ野郎じゃん」と叫ぶとダミアンの腕が震えながら下がっていく。

「こんな幼稚な奴がコウシャク家を継げんの? 絶対無理だわ」
「なっ……!」

 フン、と鼻息を吐き出したチェルシーは、立ち上がって息を整えてからワンピースについた土を払う。噛まれた手を押さえているダミアンにアッカンベーと舌を出してヨレヨレになったワンピースの襟元を整えてから、呆然としているジェニファーとダミアンに背を向けた。

「ネルっち、リリにゃん、アイツらほっといて行こう。ほんっと最低っ」
「は、はい!」
「……待ってください! チェルシーお嬢様」

 ドシドシと地面を踏みしめながら歩いていた。頭の中は怒りでいっぱいだ。さっさと自室に帰りたいが、チェルシーの部屋の場所がわからずに振り返ってからリリナとネルに案内してもらう。
 部屋に戻ってワンピースを脱いで、新しい服に着替える。首には絞められた痕がついてしまったようだ。それにしてもチェルシーのクローゼットに入っているドレスやワンピースはどれもパッとしない色ばかりだ。それもジェニファーのプレゼントだったり、一緒に選んだものだったりするというから気に入らない。

(あの女……こんな地味でチェルシーに似合わない色ばっかりプレゼントするなんて絶対にわざとだろ?)

 ダミアンの前ではか弱い女を女優ばりに演じていたジェニファーの姿とあの性格の悪そうな侍女たちの姿に嫌悪感でいっぱいだった。
 あまりの理不尽な扱いにベッドに倒れ込みクッションを叩きつけていると、作った花冠をサイドテーブルに置いたネルと、廊下に顔を出して様子を見ていたリリナがチェルシーの元にやってくる。

「悔しいっ、絶対に許せない! もう一回、アイツの鼻に噛みついてやればよかった」
「チェルシーお嬢様がダミアン様とジェニファー様に、あんなことを言うなんて今でも信じられません」
「驚きです。いつもはだんまりなのに……」

 驚くネルとリリナを見て、先ほどの出来事を思い出しながら顔を歪めていた。

「だってさ、いきなり服つかまれて首絞まってたんだよ! あとアタシを殴ろうとしていたし、リリにゃんたちだって吹っ飛ばしてさ。信じられない……めっちゃ腹立つ」
「怒ってくださるのはありがたいのですが……大丈夫でしょうか」
「とても嫌な予感がします」
「嫌な予感……?」

 そして次の日、ネルとリリナの嫌な予感は的中することとなる。


 朝起きて紅茶と軽食が運ばれてくる。目が覚めてもやはり電車の中でも渋谷でもなかった。頬をきながらボーっとしていたチェルシーが、リリナとネルに促されるようにして、慣れない苦い紅茶に砂糖とミルクを大量に入れながら飲んでいると……

「──チェルシー、起きてるのか!?」
「今すぐ話があるの。いいから来なさいっ!」

 ノックもせずに乱暴に扉を開けて部屋に入ってきたのは、チェルシーの両親だった。それも表情を見る限り、顔を真っ赤にしてかなり怒っているように見える。
 チェルシーは紅茶を置くと「リリにゃんとネルっち下がって」と言って、リリナとネルをかばうように自分の後ろに下げた。リリナが不安そうな声を出してチェルシーに問いかける。

「チェルシーお嬢様、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫、大丈夫! 二人は巻き込まれないようにここにいてね」
「ですが……」
「また余計なことを言われて怒られたら嫌でしょ? チェルシーもそう思っているような気がするし」

 顔を見合わせて困惑している二人の手を握って大きく頷いてから足を進めた。 

(チェルシーはこの二人が大好きなんだから、アタシも二人を守る……!)

 チェルシーが両親の前に行くと、その後ろには守られるようにして立っているダミアンとジェニファーの姿があった。それを見てチェルシーの胸が針で刺されるように痛む。疎外感を感じるのは当然だろう。

(まるでチェルシーが家族全員の敵みたいじゃない……!)

 グッと手のひらを握って、チェルシーは顔を上げた。目覚めたらチェルシーになっていて、元の場所に帰れないだけでなく、彼女は家族からうとまれている。
 けれどこんな状況に置かれても絶対に譲れないものがある。チェルシーは腕を組んで仁王立ちしながら四人に問いかけた。

「ノックもしないで、何……?」
「昨日から好き放題やっているそうじゃないか!」
「みんなを困らせて一体、何がしたいというの!?」
「何がしたいのって、どういう意味?」
「昨日、ダミアンとジェニファーと揉めたそうじゃないか。自分の無能さを反省するわけでもなく、二人のせいにするとはどういうことだ」
「いい加減にして。二人を巻き込むなんてありえないわ」
「は……?」

 どうやら昨日の出来事は、大分捻じ曲がった解釈をされたまま両親に伝わっているようだ。

(どうしてチェルシーが悪いって決めつけるの?)

 キララの時も格好が派手だから、普通と違うから、ギャルだから……そんなイメージで悪いと決めつけられていたことを思い出す。
 ダミアンとジェニファーが両親の後ろに隠れて、勝ち誇ったように笑みを浮かべている。こちらも負けじと睨みつけるとチェルシーの父親の怒号が響く。

「なんだその態度は……! お前は一体、何様のつもりだ。二人だけではなくジェニファーの侍女たちにも酷いことを言ったそうだな。そのせいで昨日はジェニファーがどれだけ落ち込んだと思う?」

 その言葉に納得できずにすぐにチェルシーも声を上げた。

「それはジェニファーの侍女が、アタシとアタシの侍女の悪口を言ったから言い返したんでしょう? 言っておくけど先に喧嘩売ってきたのはそっちだから!」

 チェルシーの言葉に辺りがシンと静まり返った。まさか言い返されるとは思っていなかったのだろう。
 チェルシーの父と母の口が何かを言いたげにパクパクと動いている。ジェニファーは自分の思った展開にならないことが不満なのか不機嫌そうだ。
 チェルシーは「マジでだっる」と言いながら深い溜息を吐いて髪をき上げた。

(超ぶりっ子……別人じゃん。マジで性格悪っ)

 ジェニファーが父親の服のすそを引っ張りながら上目遣いをして猫撫で声を出す。

「で、でもチェルシーお姉様は、わたくしのことを最低って言ったんですよ!」
「……ジェニファー」
「侍女たちもわたくしを守ろうとしてくれただけで何も悪くないのに……悲しくなってしまって」

 チェルシーの前で見せる意地悪な姿とは別人だ。弱々しく振る舞い、瞳をうるませているジェニファーを見て舌打ちしそうになるのを押さえていた。あれだけ裏ではチェルシーを馬鹿にしていたのにもかかわらず、両親と兄の前では弱者のフリをしている。なんとなくチェルシーが除け者にされている理由を察しつつもジェニファーに問いかける。

「ねぇ、何勘違いしてんのか知らないけど、ちゃんと話聞いてた?」
「……え?」
「アンタの侍女たちがさ、アタシとアタシの侍女を馬鹿にしたからそっくりそのまま言葉を返しただけなんだけど。一緒に聞いてたよね?」

 それを聞いて少し離れた場所で得意げな顔をしていたジェニファーの侍女たちの表情が曇り、視線をらす。
 両親と兄妹きょうだい、侍女たちにもまったくひるむことなく、堂々としているチェルシーを見て、ここにいる全員が戸惑いを感じているようだ。
 しかし、その後に返ってきた言葉にチェルシーは耳を疑いたくなった。

「ジェニファーが嘘をつくわけないだろう?」
「……!」
「こんなにジェニファーに気にかけてもらっているのに、何故お前はいつもジェニファーと仲良くできないんだ!」
「本当ね。ダミアンとジェニファーに迷惑ばかりかけて……なのに今度は横暴な態度を取るなんて許せないわ」

 満足そうに微笑むジェニファーに気づくことなく、兄、父、母と次々に彼女の肩を持ち、チェルシーの言葉をまったく信じてはくれない。ジェニファーのことをまったく疑っていないようだ。

(洗脳でもされてんの……? ありえないんですけど。それにこんなに馬鹿にしてくる兄妹きょうだいと仲良くしろって無理でしょ)

 チェルシーから言わせてもらえば、ダミアンとジェニファーはチェルシーと仲良くするつもりなど微塵もない。しかも同じように怯えていたってジェニファーは〝可愛い〟でチェルシーは〝出来損ない〟だ。長年積み重ねてきたことが大きいのだろうが、それにしてもこの大きな差には違和感を覚えてしまう。

「それにチェルシーお姉様はダミアンお兄様に突然、噛み付いたんです! わたくし、とても怖かったわ」
「何……!?」
「父上、母上……これを見てください!」

 ダミアンの意気揚々とした顔を見てげんなりしていた。ダミアンは袖をまくって二人の前に手を掲げる。当然ではあるが、そこには昨日、チェルシーが身を守るために思いきり噛み付いた痕がくっきりと残っていた。
 チェルシーの母はそれを見て小さな悲鳴を上げた。チェルシーの父の表情には怒りがにじむ。しかし気になるのはチェルシーにされたことだけを報告して被害者面していることである。

(もしかしてこのままアタシが何も言わないとでも思ってんの?)

 二人がチェルシーを貶める手口がなんとなくわかった気がした。

「隠れてダミアンにこのようなことをしていたとは!」
「まぁ……なんて野蛮なことを」
「ふんっ」

 ダミアンのざまぁみろと言いたげな余裕の表情が鼻につく。いつもならば、チェルシーは絶対に言い返したりはしないのだろう。うつむいて「ごめんなさい」と謝って、相手の気が済むのを待っている姿が、見たこともないはずなのに想像できた。
 だけど今は違う。何故チェルシーだけがここまで責められなければならないのか、言葉にならない怒りが爆発寸前である。そちらがそのつもりならばとチェルシーは地味で露出が少ないワンピースの首元に手をかけてリボンを外す。
 昨日、ダミアンに胸元を鷲づかみにされて体を引かれた際に襟元が食い込み、くっきりと肌に残った赤い線を見せる。それを見せるとダミアンはわずかに目を見張りピクリと肩を揺らす。

「なんだ、いきなり。その首の痕はなんだ……?」
「昨日、ソイツに乱暴に胸ぐらをつかまれたの。だから抵抗して噛みついた。アタシを殴ろうとしたからでしょう?」
「……ッ!」
「首が絞まったから超痛かった。昨日着てたワンピース、胸元が伸びてるし、証拠に持ってこようか?」

 その言葉に父と母の視線がダミアンに向かう。ダミアンの瞳は大きく揺れ動いている。

「まさか。ダミアンがそんな乱暴なことをするはずないわ! 嘘でしょう?」
「ダミアン、チェルシーの言っていることは事実なのか?」
「…………ッ!」
「息ができなくて苦しかったから抵抗して噛み付いたの。なんだっけ。セイトウボウエイ的な?」

 黙り込んでしまったダミアンをかばうように、ジェニファーが前に出る。

「ですが、ダミアンお兄様はわたくしを助けてくださったのですわ……!」
「……ジェニファー」
「チェルシーお姉様が、わたくしと侍女たちを馬鹿にしたんだもの。お兄様が怒るのも無理はないわ」
「そ、そうだ! ジェニファーの言う通りです」

 涙を浮かべながら、胸元で手を組んでいるジェニファーの言葉にダミアンは「ありがとう」と言って感謝しているようだ。

(アタシがおかしいの……?)

 ここまで言っても言葉が通じないモヤモヤとした感覚に地団駄を踏みたくなった。そしてあろうことか両親は「そういう理由だったのか」と納得しているではないか。

(これだけ言ってもチェルシーの言葉を信じようとしないとか……マジ?)

 あまりにも理不尽な扱いに開いた口が塞がらない。顔を隠して僅かに肩を揺らしているジェニファーの女優並みの演技に寒気が止まらなかった。

(うわぁ……何コイツ、悲劇のヒロイン気取り?)


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