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1巻
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「聞いてるの!? チェルシーッ、答えなさいっ」
「いい加減、なんとか言ったらどうなんだ!」
「いつも黙ってばかりで少しは反省して次に活かそうと思わないの!?」
「だからいつまで経っても婚約者ができないんだ。いい加減にしないとこの家から出ていってもらうからな!」
罵声を浴びながらふとこの男女がチェルシーの両親だということを理解する。
(誰かと思ったら、さっき夢で見ていた人と一緒じゃん)
そして自分の両親の姿を思い浮かべた。頭はよくなかったし、口が悪くて誤解されることもあったけれど、いつも笑って話を聞いてくれて信じてくれた。意見が合わなくて殴り合いの喧嘩もしたけど、最後には仲直りして一番の理解者でいてくれたことを思い出す。
(てか、さっきからチェルシーの話、聞く気なくね?)
先ほどから一方的にチェルシーを責め続けているが、こちらにも言いたいことがあった。
「ねぇ、ちょっとおかしいんじゃない?」
「は……?」
「チェ、ルシー……?」
何とか言ったらどうだ、と言っていたくせに言い返したらびっくりしているではないか。しかしここはお言葉に甘えて遠慮なく言わせてもらおうじゃないかと言葉を続ける。
「あのさ、アタシにはアタシのペースがあんの……! いっつも勝手に色々言って何様のつもり? あと、この子たちはアタシを心配してくれただけで何も悪くないんですけど」
「なっ……!」
「ギャーギャー騒いで、マジでうっせぇわ! そんなに怒鳴らなくてもよくない?」
「チェルシー、お嬢様……?」
「今、誰がうるさいと言ったの?」
「チェルシーが……我々に向かって言ったのか? 嘘、だろう!? こんなことを言うなんて」
両親は混乱しているのか顔を見合わせて困惑しているようだ。そのまま二人はチェルシーを見たまま黙り込んでしまう。
(こいつらマジで腹立つ……! チェルシーが言い返しただけでこの反応って何なの?)
今までチェルシーに嫌な態度をとっていた侍女たちを許せない思いもあるが、それに関してはどうやらチェルシーにも非があるようだ。二人とよく話をして仲直りしなければ。
(話を聞くためには……チェルシーパパとチェルシーママが邪魔!)
思い立ったらすぐに行動。扉を開けてから出て行けとジェスチャーを送る。
「この人たちと話したいことがあるから、チェルシーのパパとママはちょっと待ってて!」
「マ、ママってチェルシー、何を言っているの?」
「チェルシーの身に一体なにが……」
「もういいから早く部屋から出てってよ! 邪魔なのっ」
「……なっ」
「ちょっと待ちなさいっ、チェルシーッ!」
いつまでも部屋から出て行こうとしない二人の体を押していく。侍女たちから話を聞きたいのに横からギャーギャー言われていても話が進まないからだ。そして外に体を押し込めてパタリと扉を閉める。
扉の外でまた何か言っているようだが、ベーと舌を出してからフンと顔を背けた。丈が長くて動きにくいワンピースの裾を持ち上げる。
(歩きにくすぎっ! なにこれ、しかも地味……)
怒りをぶつけるようにガニ股で歩きながら椅子に腰掛ける。静まり返る部屋の中で気まずい雰囲気が流れた。何故、今になってチェルシーが自分たちを庇ったのか……理由がわからないといった戸惑いの表情だ。
「なんかチェルシーとあなたたちって、あんまり仲良くないみたいだけど、それってこの子の態度に原因があったってことでしょう?」
「あの……今、話しているのはチェルシーお嬢様ですよね?」
「今はそうみたいなんだけど違うっていうか……ちょっと待って! なんか伝えなきゃいけないことがあるみたいだからっ」
二人は頭を押さえるチェルシーを見てポカンと口を開いたままこちらを見ている。今は元のチェルシーの気持ちを代弁しなければならない気がすると、必死に身振り手振りを交えて説明をするがなかなか伝わらない。
「えっと……だから、チェルシーは変わりたかったっていうか」
「どういう意味でしょうか?」
「だからね、なんかうまくは言えないけどチェルシーはずっとあなたたちにごめんなさいって思ってたみたいなのっ!」
「え……?」
「チェルシーお嬢様が、ですか?」
「うーんと、ずっと二人を守りたいって思ってて自分のせいで嫌な思いをしたのがわかっていたから、嫌がらせみたいなことされてても仕方ないって、心の中でずっと謝ってるって感じ!」
二人はチェルシーの言葉に動揺しているのか瞳がゆらゆらと揺れている。
「あと、それでもこんなわたしのそばにいてくれて嬉しい。ありがとう……的な? あぁっ! もうアタシじゃうまく説明できないっ!」
「チェルシーお嬢様が私たちにそう思っていてくださったのですか?」
「本当に……?」
うまく言葉が出てこなくて頭を掻きむしりながら説明していたが、なんとか二人には伝わったようだ。
とりあえず第三者目線から見て、三人は互いに色々と思いやっていたが、うまく噛み合わなかっただけのような気がしていた。チェルシーの両親が事あるごとにうるさく口を出してくるのも三人の間を引き裂く原因にもなっているのではないか。
「チェルシーとうまくいかない理由もなんとなくわかったし、詳しく話を聞かないままアタシがムカつくとかヤダって言うのも後味悪いじゃん?」
「……チェルシーお嬢様」
「だからチェルシーに嫌がらせしてた理由とか、ちゃんと説明して!」
「それは……」
「そしたら仲直りできるじゃん? 話し合って解決しよ!」
「で、ですが……」
「遠慮せずに正直に言っていいからね!」
ボタンをかけ違えたようなもどかしさを解消したくて必死だった。その言葉に二人は目を合わせると、控えめにポツリポツリと語り始めた。
チェルシー付き侍女になってから、他の侍女たちからは馬鹿にされていること。八つ当たりされるように怒られてばかりで肩身が狭いということ。
チェルシーに自分に自信をつけてがんばってもらいたくて、色々とサポートしてきたこと。いざとなったら何も言えずに結局は自分たちのせいにされて悲しかったこと。
それでも黙っていたチェルシーを見て愕然としつつ、その後もいつもと変わらずに家族からも疎まれているチェルシーに、もどかしい思いを抱えていたことを話してくれた。
ちなみに侍女は身の周りのお世話をしてくれる女性のことだとも教わった。
「チェルシーお嬢様には自分の意見を言えるようになって欲しかっただけなんです。損ばかりしていて見ていられなくてっ」
「それに私たちは奥様と旦那様に理不尽に怒られるのはもう嫌です……!」
「もう少し自信を持ってくださればと思っていたんです。緊張して萎縮しなければ、チェルシーお嬢様は本当は何だってできるんですよ?」
「本当はジェニファーお嬢様よりもずっと優しくて可愛くて素晴らしい方なのにっ」
その言葉を聞いて、チェルシーの胸が締め付けられるように痛くなる。二人はチェルシーを嫌っているわけではなく、本当は誰よりもチェルシーの魅力を理解してくれて、応援してくれていたのかもしれない。それでチェルシーに八つ当たりするのはよくないが、辛い思いをし続けているときにずっと優しくしろというのは酷だ。頷きながら二人の話を聞いていた。
涙ぐむ二人に近くにあった布を渡して、チェルシー自身も音を立てて鼻をかむ。辛い態度の裏には思いやりがあったようだ。
「アタシも怒られるの嫌いだから、めちゃくちゃ気持ちわかるよ……!」
理不尽な理由で怒られ続けるのは辛いだろう。とはいっても、このままだと三人にとっていいことはひとつもなく悪循環だ。チェルシーも二人に罪悪感を感じたまま、いい関係に戻れない。
「二人がチェルシーに対して不満に思っていた理由はわかった!」
「チェルシーお嬢様……」
「ムカついてたのはわかったけど、そんなことしてもいい方向に向かわないじゃん。チェルシーに伝わらないどころか逆にもっと自信がなくなって、一人ぼっちになっちゃうでしょう?」
「でもチェルシーお嬢様は、私たちに何も言ってくれないじゃないですか!」
「そうですよ! 私たちだけががんばったってチェルシーお嬢様は私たちのこと、どうでもいいんじゃないんですか?」
「そんなことない! チェルシーはちゃんとわかってたけど、うまく感謝も伝えられなくて……だからアタシもがんばってチェルシーを応援するから力を貸して欲しいの!」
自信満々で言うチェルシーと、彼女を唖然とした顔で見ている二人の間に沈黙が流れた。
「…………あの」
「なに?」
「えっと、チェルシーお嬢様の話をしてるんですよね?」
「うん、そうそう! チェルシーの話をしてるんだよ?」
「「…………」」
このとき侍女二人は思っていた。何故、自分のことを話しているのに他人行儀なのだろうかと。しかし当の本人は得意気である。
「聞いて! 一つ提案があるんだけどさ、頑張ってアイツらを見返してやろうよ!」
「え……?」
「見返すって本気ですか?」
「だってさ、このままじゃ悔しいじゃん! チェルシーも本当はそう思っているだろうし。あ、そうだ。今更だけど友達になろう!」
「トモ、ダチ……?」
「そうそう! アタシと友達になろ~」
握手をしようと手を伸ばしてみるものの、二人は顔を見合わせて戸惑っている。そして申し訳なさそうにしている表情を見て考え、言葉を続けた。
「チェルシーの立場的にもジジョを変えたりできるじゃん? でも嫌なことされてもクビにしなかったのは、結局は二人に近くにいて欲しいって思ってたってことじゃないの? んで、多分二人もさ、どうしても嫌だったら配置換え? してもらったり、辞めたりとかできたわけじゃん? それをしなかったのは、嫌だったけど、それでもチェルシーに頑張ってほしいって、見守りたいって思ってくれてたんでしょ?」
「……っ」
「それは……」
やはり二人もチェルシーのそばから離れることは望んでいないようだ。
(言いたいこと言えたし、スッキリー!)
胸につっかえていたものがポロリと取れたような気がした。
そんな時、何かに呼ばれたような気がして机を見る。そのまま引き出しを開ければ、いくつかのノートが入れてあった。それは、チェルシーが努力していた結果だろう。ボロボロのノートには勉強の跡がたくさんあった。ある一冊にはチェルシーの夢や想い、それと後悔が書き綴られていた。日記を勝手に見るのはわけが違うと思い、引き出しに戻そうとした時だ。
(この日記、どこかで見たことあるような……あ、わかった! あの夢でジェニファーとかいう性格悪い女がなにか言ってた気がするけど……なんだっけ? っていうかアタシ、日記の話を聞いただけで見てはないよね?)
そんな時、ヒラヒラと落ちるメモ。侍女の一人がメモを拾い上げる。そして目を通した瞬間、チェルシーの名前を呼びながら涙ぐみ始めた。
元々のチェルシーに申し訳ないと思いつつ、メモの内容を見る。
『ダミアンお兄様とジェニファーとはもう無理かもしれないけど、せめてお父様とお母様には認めてもらえますように』
『大好きなリリナとネルが幸せになれますように』
『強くなれますように』
チェルシーの願いが書き綴られている。強い思いを感じるメモだった。
「……申し訳ありません」
「っ、ごめんなさい」
「チェルシーも助けられなくてごめんなさいって、何度も言っているような気がする」
「え……?」
「チェルシーも自分を変えたくて、たくさん頑張っていたみたい。それにさ、二人と仲良くできたのをチェルシーは本当に嬉しいって思ってたんだよ。だから寝る間も惜しんで勉強していたんだと思うんだよねー」
胸元を両手で押さえながら気持ちを吐き出していくと、スッと風が通り抜けるような感覚になる。
「今回はお互い様ってことでさ、綺麗さっぱり忘れて仲良くしよう!」
「はいっ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、チェルシーと仲直りねー! って、アタシが言うのもおかしいんだけど」
とりあえずはチェルシーが大切に思っている二人に思いを伝えることができたようだ。それに味方になってくれる人ができてチェルシーも喜ぶことだろう。再び日記とメモを机の引き出しにしまう。
満足しながら頷いていると、あることに気づく。ハッとしたチェルシーは勢いよく体を反らせて頬を押さえながら声を出した。
「あああ──ッ!?」
「チェルシーお嬢様、そんな大声を出されてどうされたのですか!?」
「約束の時間に遅れちゃうっ! マジでやばい! めちゃくちゃやばい! ラブちゃん待たせてんの忘れてた。てか渋谷どっち?」
掴みかかる勢いで二人に問いかける。こんなところで寄り道している場合ではないのだ。親友のラブちゃんはクールで優しくて大抵のことは許してくれるがキレるとめちゃくちゃ怖いので怒らせたくはない。
しかし返ってきたのは予想外の言葉だった。
「あの……ひとつ聞いてもいいでしょうか?」
「うん、いいよ! 急いでるから早くして」
「シブヤって何でしょうか」
「はい? 渋谷って、渋谷だけど……ここどこ? 秋葉原? 新宿とか?」
「ここはアキハバラでも、シンジュクでもありませんが」
「えっ、なにそれ……じゃあここどこなの?」
「ここはレバレンジェ王国です」
「レバー? レバリ、なに? 王国……何それ」
何度聞いても、その国の名前を覚えられそうにない。舌を噛んでしまいそうだ。
「チェルシーお嬢様、何かご様子が違いますし、旦那様と奥様はああ言っておりましたが、やはりお医者様に見ていただいた方がいいのではないでしょうか?」
何を言っても医者に連れて行こうとする二人にやきもきしたチェルシーは自分を指差しながら問いかける。
「ねぇ、さっきから気になってることあんだけどさ」
「はい」
「チェルシーって、アタシ?」
「そうですけど……」
「なんでアタシがチェルシーなの?」
「…………やはりどこか悪いのでは?」
チェルシーはレバレンジェ王国の貴族であるルーナンド侯爵家の長女であると説明を受けるが、否定して違う人物だと言うと更に心配されてしまう。
「だからアタシは日本人で、ラブちゃんと買い物に行く約束してたの!」
「ニホンジン? ラブチャンとは……?」
「本当の名前はチェルシーじゃなくて、〝キララ〟って名前で……!」
「チェルシーお嬢様、物語の読み過ぎではないのでしょうか?」
「お気を確かに」
「だあぁぁああっ! 本当なんだってば、信じてよぉ~」
両親がキラキラ輝いて欲しいという理由でつけたキララと言う名前を気に入っていたのに、どうやらここでは強制的にチェルシーになってしまうようだ。
別人だと言っても「熱の影響でしょうか」「お医者様を呼びましょう」と言われてしまい、なかなか信じてもらえない。
こうなったらハッキリ言わなければと「チェルシーとアタシは別人で、アタシはこの国の人間じゃないの!」と言ったのにもかかわらず、困ったように首を傾げるだけで話が進まない。
(ここまで言ってんのに、なんで信じてくれないの!?)
ワナワナと震えながら呆然としていた。ただここが日本ではなく別世界だという実感が押し寄せてくる。なのに言葉が通じるし文字も読める。
「つまりアタシがアタシじゃなくなったってことなの? アタシ、キララじゃなくて本当はチェルシーだったってこと!? いやいや、ありえないっしょ! 確かにキララとしての記憶があるし……」
「やっぱりお医者様に診ていただいた方がっ」
「医者はいらないの! もう意味がわかんないんだけどぉ……ラブちゃん助けてよおぉっ!」
突然のことに頭がパンクしそうである。しかし鏡に映る可愛らしい姿を見てピタリと動きを止めた。
(よく見るとチェルシーって、めちゃくちゃ可愛くない? すっごくモテそうだし、ずっと憧れてたあざと可愛いモデルの、ユユピに似てる気もするし……)
そう考えると、どんどんこの状況がよく見えてくる。それにこのまま〝チェルシー〟であることを否定し続けても前には進めない。
「もう考えるのやめるわ! 時間がもったいないから前に進もう……!」
独り言のようにポツリと呟いた。ぱんぱんと力いっぱい頬を叩いてみても、やはり夢から覚めるような気配はない。チェルシーになってしまったのなら、チェルシーの間は自分らしく楽しめばいいのだ。
「とりあえず、チェルシーになっちゃったもんは仕方ないし、夢から醒めるまでの間は〝お嬢様生活〟楽しんでやるっ!」
「チェルシーお嬢様?」
「はいはい! えーっと、名前は……」
「……リ、リリナです」
「ネルですけど」
ベージュのおさげ髪、そばかすがある少女がリリナで、ミントグリーンの長髪をポニーテールにしている快活そうな吊り目な少女がネルだそうだ。
「ネルっちとリリにゃんのことも知りたいからたくさん教えてね!」
「ネルっち……?」
「……リリ、にゃん?」
「あだ名、可愛いでしょ? 改めてよろしくね。ネルっち、リリにゃん」
「は、はい……よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします?」
こうしてよくわからないままチェルシーとなったキララは、そこでようやくある違和感を覚えてお腹を押さえる。
「ねぇ、お腹の苦しいやつ取っていい? なんか板みたいなのが邪魔で動きづらいんですけど」
「コルセットのことですか?」
「ああ、お嬢様! ダメです、脱がないでくださいっ」
スカートの下から手を突っ込んでコルセットを取ろうとするのをリリナとネルに止められてしまった。
「ケチー……」
「淑女たるものきちんとコルセットは着なければなりません!」
「シュクジョ? 何それ、新しい服のブランド?」
「違います!」
「とりあえずここはチェルシーの部屋でしょう? 他の場所も案内して。さっきから思ってたんだけど外国のお城みたいで楽しそう」
扉の外に苛立った様子で待機していた両親のことも忘れて「行こー」と言いながら二人の手を取り、チェルシーは部屋の外に出た。すると律儀にも話が終わるのを待っていたのか、チェルシーの顔を見た途端に怒号が飛んでくる。
「おい、チェルシー!」
「まだここにいたの? 何か用?」
「先ほどのことだ! 話があるから来なさい」
「今は忙しいから無理!」
「は……?」
「今から二人と散歩に出かけるから。それにこれ以上、くだらない説教は聞きたくないし」
そう言って手を横に振ったチェルシーに、この場にいる四人はポカンと口を開けている。それを気にすることなく、チェルシーの両親と同じく唖然としているリリナとネルの手を引いた。
「ネルっち、リリにゃん、早く行こう! ばいばーい」
「お嬢様っ、走ったら危ないです」
「待ってくださいませ」
「アハハ! てか廊下長くね? この家ヤバすぎー」
チェルシーの両親を無視して足を進めていく。迷路のような屋敷を出て外に出ると、広大な敷地が広がっていた。リリナとネルに説明を受けながらも、色々なところを見て回る。
途中「チェルシーお嬢様が、チェルシーお嬢様じゃないみたいです」と言われたので「だからそう言ってんじゃん」と言うと、二人はやはり違和感を覚えているだけなのか首を横に傾げた。何故、別人だと信じてもらえないのかがわからない。
三人で思い悩みながらも適当に歩いていると、一面、草と花に覆い尽くされた場所を見つけて「わぁ……!」と声を漏らす。都会に引っ越してくるまでは田舎で暮らしていたので、懐かしく思った。
(都会も色々あって楽しいけど、田舎暮らしも好きだったなぁ)
吸い込まれるようにそこに向かいその場に座り込む。リリナとネルも隣にくるように手で地面を叩いてアピールする。今日は温かくて天気もいい。雲ひとつない青い空と美味しい空気に上機嫌で鼻歌を歌っていた。
ネルが慌てた様子で日傘を持ってくる。
「あったかいし、いらなーい」と言っても「ダメです」と言われて口を尖らせた。ふと茎が丈夫そうなシロツメクサに似た花を見つけてチェルシーは目を輝かせた。
「懐かしい~! これで花冠作ってもいい?」
「一応、庭師に聞いてみますね」
そう言ってリリナが許可を取りに行こうとするのを引き止めて「自分で行くよ」と言うと「お嬢様は座ってお待ちください」と言われてしまう。
庭師からここの花は好きにしても大丈夫という許可が出たため、チェルシーは遠慮なくその辺に咲いている花や草を引っこ抜く。昔、弟や妹たちによく作ってあげていた花冠を黙々と作っていた。
「それでチェルシーはさ、これからどうすればいいの?」
「どうって……」
「レイジョウって何すんの?」
「いい家に嫁ぐためにマナーや勉強、自分磨きと……」
「自分磨きは好きだからいいけどさ。そういやこのワンピ、めちゃくちゃ地味だよねぇ。チェルシーの趣味?」
「いいえ。本当は明るい色のドレスが好きだと思います。でもジェニファーお嬢様が選んでくれたからと、よく着ていました」
「ジェニファーお嬢様? なんか聞いたことがある名前のような……」
リリナとネルに質問すると怪訝そうな顔をしながらも答えてくれる。色々な知識を教えてもらっていると目の前に人影が見えた。
顔を上げると王子様のような格好をした眼鏡をかけた青年と、チェルシーとは真逆の可愛らしいドレスをきて日傘をさしている少女の姿があった。
「あら、チェルシーお姉様。こんなところで一体、何をしているの?」
「はぁ……まるで子供のようだな。はしたない奴め」
口を開けばムカつくことを言ってくる奴らしかこの場所にはいないのかと苛立ちつつも、眼鏡をかけた青年の言葉にカチンときて、チェルシーは立ち上がり青年を思いきり睨み上げる。
「いい加減、なんとか言ったらどうなんだ!」
「いつも黙ってばかりで少しは反省して次に活かそうと思わないの!?」
「だからいつまで経っても婚約者ができないんだ。いい加減にしないとこの家から出ていってもらうからな!」
罵声を浴びながらふとこの男女がチェルシーの両親だということを理解する。
(誰かと思ったら、さっき夢で見ていた人と一緒じゃん)
そして自分の両親の姿を思い浮かべた。頭はよくなかったし、口が悪くて誤解されることもあったけれど、いつも笑って話を聞いてくれて信じてくれた。意見が合わなくて殴り合いの喧嘩もしたけど、最後には仲直りして一番の理解者でいてくれたことを思い出す。
(てか、さっきからチェルシーの話、聞く気なくね?)
先ほどから一方的にチェルシーを責め続けているが、こちらにも言いたいことがあった。
「ねぇ、ちょっとおかしいんじゃない?」
「は……?」
「チェ、ルシー……?」
何とか言ったらどうだ、と言っていたくせに言い返したらびっくりしているではないか。しかしここはお言葉に甘えて遠慮なく言わせてもらおうじゃないかと言葉を続ける。
「あのさ、アタシにはアタシのペースがあんの……! いっつも勝手に色々言って何様のつもり? あと、この子たちはアタシを心配してくれただけで何も悪くないんですけど」
「なっ……!」
「ギャーギャー騒いで、マジでうっせぇわ! そんなに怒鳴らなくてもよくない?」
「チェルシー、お嬢様……?」
「今、誰がうるさいと言ったの?」
「チェルシーが……我々に向かって言ったのか? 嘘、だろう!? こんなことを言うなんて」
両親は混乱しているのか顔を見合わせて困惑しているようだ。そのまま二人はチェルシーを見たまま黙り込んでしまう。
(こいつらマジで腹立つ……! チェルシーが言い返しただけでこの反応って何なの?)
今までチェルシーに嫌な態度をとっていた侍女たちを許せない思いもあるが、それに関してはどうやらチェルシーにも非があるようだ。二人とよく話をして仲直りしなければ。
(話を聞くためには……チェルシーパパとチェルシーママが邪魔!)
思い立ったらすぐに行動。扉を開けてから出て行けとジェスチャーを送る。
「この人たちと話したいことがあるから、チェルシーのパパとママはちょっと待ってて!」
「マ、ママってチェルシー、何を言っているの?」
「チェルシーの身に一体なにが……」
「もういいから早く部屋から出てってよ! 邪魔なのっ」
「……なっ」
「ちょっと待ちなさいっ、チェルシーッ!」
いつまでも部屋から出て行こうとしない二人の体を押していく。侍女たちから話を聞きたいのに横からギャーギャー言われていても話が進まないからだ。そして外に体を押し込めてパタリと扉を閉める。
扉の外でまた何か言っているようだが、ベーと舌を出してからフンと顔を背けた。丈が長くて動きにくいワンピースの裾を持ち上げる。
(歩きにくすぎっ! なにこれ、しかも地味……)
怒りをぶつけるようにガニ股で歩きながら椅子に腰掛ける。静まり返る部屋の中で気まずい雰囲気が流れた。何故、今になってチェルシーが自分たちを庇ったのか……理由がわからないといった戸惑いの表情だ。
「なんかチェルシーとあなたたちって、あんまり仲良くないみたいだけど、それってこの子の態度に原因があったってことでしょう?」
「あの……今、話しているのはチェルシーお嬢様ですよね?」
「今はそうみたいなんだけど違うっていうか……ちょっと待って! なんか伝えなきゃいけないことがあるみたいだからっ」
二人は頭を押さえるチェルシーを見てポカンと口を開いたままこちらを見ている。今は元のチェルシーの気持ちを代弁しなければならない気がすると、必死に身振り手振りを交えて説明をするがなかなか伝わらない。
「えっと……だから、チェルシーは変わりたかったっていうか」
「どういう意味でしょうか?」
「だからね、なんかうまくは言えないけどチェルシーはずっとあなたたちにごめんなさいって思ってたみたいなのっ!」
「え……?」
「チェルシーお嬢様が、ですか?」
「うーんと、ずっと二人を守りたいって思ってて自分のせいで嫌な思いをしたのがわかっていたから、嫌がらせみたいなことされてても仕方ないって、心の中でずっと謝ってるって感じ!」
二人はチェルシーの言葉に動揺しているのか瞳がゆらゆらと揺れている。
「あと、それでもこんなわたしのそばにいてくれて嬉しい。ありがとう……的な? あぁっ! もうアタシじゃうまく説明できないっ!」
「チェルシーお嬢様が私たちにそう思っていてくださったのですか?」
「本当に……?」
うまく言葉が出てこなくて頭を掻きむしりながら説明していたが、なんとか二人には伝わったようだ。
とりあえず第三者目線から見て、三人は互いに色々と思いやっていたが、うまく噛み合わなかっただけのような気がしていた。チェルシーの両親が事あるごとにうるさく口を出してくるのも三人の間を引き裂く原因にもなっているのではないか。
「チェルシーとうまくいかない理由もなんとなくわかったし、詳しく話を聞かないままアタシがムカつくとかヤダって言うのも後味悪いじゃん?」
「……チェルシーお嬢様」
「だからチェルシーに嫌がらせしてた理由とか、ちゃんと説明して!」
「それは……」
「そしたら仲直りできるじゃん? 話し合って解決しよ!」
「で、ですが……」
「遠慮せずに正直に言っていいからね!」
ボタンをかけ違えたようなもどかしさを解消したくて必死だった。その言葉に二人は目を合わせると、控えめにポツリポツリと語り始めた。
チェルシー付き侍女になってから、他の侍女たちからは馬鹿にされていること。八つ当たりされるように怒られてばかりで肩身が狭いということ。
チェルシーに自分に自信をつけてがんばってもらいたくて、色々とサポートしてきたこと。いざとなったら何も言えずに結局は自分たちのせいにされて悲しかったこと。
それでも黙っていたチェルシーを見て愕然としつつ、その後もいつもと変わらずに家族からも疎まれているチェルシーに、もどかしい思いを抱えていたことを話してくれた。
ちなみに侍女は身の周りのお世話をしてくれる女性のことだとも教わった。
「チェルシーお嬢様には自分の意見を言えるようになって欲しかっただけなんです。損ばかりしていて見ていられなくてっ」
「それに私たちは奥様と旦那様に理不尽に怒られるのはもう嫌です……!」
「もう少し自信を持ってくださればと思っていたんです。緊張して萎縮しなければ、チェルシーお嬢様は本当は何だってできるんですよ?」
「本当はジェニファーお嬢様よりもずっと優しくて可愛くて素晴らしい方なのにっ」
その言葉を聞いて、チェルシーの胸が締め付けられるように痛くなる。二人はチェルシーを嫌っているわけではなく、本当は誰よりもチェルシーの魅力を理解してくれて、応援してくれていたのかもしれない。それでチェルシーに八つ当たりするのはよくないが、辛い思いをし続けているときにずっと優しくしろというのは酷だ。頷きながら二人の話を聞いていた。
涙ぐむ二人に近くにあった布を渡して、チェルシー自身も音を立てて鼻をかむ。辛い態度の裏には思いやりがあったようだ。
「アタシも怒られるの嫌いだから、めちゃくちゃ気持ちわかるよ……!」
理不尽な理由で怒られ続けるのは辛いだろう。とはいっても、このままだと三人にとっていいことはひとつもなく悪循環だ。チェルシーも二人に罪悪感を感じたまま、いい関係に戻れない。
「二人がチェルシーに対して不満に思っていた理由はわかった!」
「チェルシーお嬢様……」
「ムカついてたのはわかったけど、そんなことしてもいい方向に向かわないじゃん。チェルシーに伝わらないどころか逆にもっと自信がなくなって、一人ぼっちになっちゃうでしょう?」
「でもチェルシーお嬢様は、私たちに何も言ってくれないじゃないですか!」
「そうですよ! 私たちだけががんばったってチェルシーお嬢様は私たちのこと、どうでもいいんじゃないんですか?」
「そんなことない! チェルシーはちゃんとわかってたけど、うまく感謝も伝えられなくて……だからアタシもがんばってチェルシーを応援するから力を貸して欲しいの!」
自信満々で言うチェルシーと、彼女を唖然とした顔で見ている二人の間に沈黙が流れた。
「…………あの」
「なに?」
「えっと、チェルシーお嬢様の話をしてるんですよね?」
「うん、そうそう! チェルシーの話をしてるんだよ?」
「「…………」」
このとき侍女二人は思っていた。何故、自分のことを話しているのに他人行儀なのだろうかと。しかし当の本人は得意気である。
「聞いて! 一つ提案があるんだけどさ、頑張ってアイツらを見返してやろうよ!」
「え……?」
「見返すって本気ですか?」
「だってさ、このままじゃ悔しいじゃん! チェルシーも本当はそう思っているだろうし。あ、そうだ。今更だけど友達になろう!」
「トモ、ダチ……?」
「そうそう! アタシと友達になろ~」
握手をしようと手を伸ばしてみるものの、二人は顔を見合わせて戸惑っている。そして申し訳なさそうにしている表情を見て考え、言葉を続けた。
「チェルシーの立場的にもジジョを変えたりできるじゃん? でも嫌なことされてもクビにしなかったのは、結局は二人に近くにいて欲しいって思ってたってことじゃないの? んで、多分二人もさ、どうしても嫌だったら配置換え? してもらったり、辞めたりとかできたわけじゃん? それをしなかったのは、嫌だったけど、それでもチェルシーに頑張ってほしいって、見守りたいって思ってくれてたんでしょ?」
「……っ」
「それは……」
やはり二人もチェルシーのそばから離れることは望んでいないようだ。
(言いたいこと言えたし、スッキリー!)
胸につっかえていたものがポロリと取れたような気がした。
そんな時、何かに呼ばれたような気がして机を見る。そのまま引き出しを開ければ、いくつかのノートが入れてあった。それは、チェルシーが努力していた結果だろう。ボロボロのノートには勉強の跡がたくさんあった。ある一冊にはチェルシーの夢や想い、それと後悔が書き綴られていた。日記を勝手に見るのはわけが違うと思い、引き出しに戻そうとした時だ。
(この日記、どこかで見たことあるような……あ、わかった! あの夢でジェニファーとかいう性格悪い女がなにか言ってた気がするけど……なんだっけ? っていうかアタシ、日記の話を聞いただけで見てはないよね?)
そんな時、ヒラヒラと落ちるメモ。侍女の一人がメモを拾い上げる。そして目を通した瞬間、チェルシーの名前を呼びながら涙ぐみ始めた。
元々のチェルシーに申し訳ないと思いつつ、メモの内容を見る。
『ダミアンお兄様とジェニファーとはもう無理かもしれないけど、せめてお父様とお母様には認めてもらえますように』
『大好きなリリナとネルが幸せになれますように』
『強くなれますように』
チェルシーの願いが書き綴られている。強い思いを感じるメモだった。
「……申し訳ありません」
「っ、ごめんなさい」
「チェルシーも助けられなくてごめんなさいって、何度も言っているような気がする」
「え……?」
「チェルシーも自分を変えたくて、たくさん頑張っていたみたい。それにさ、二人と仲良くできたのをチェルシーは本当に嬉しいって思ってたんだよ。だから寝る間も惜しんで勉強していたんだと思うんだよねー」
胸元を両手で押さえながら気持ちを吐き出していくと、スッと風が通り抜けるような感覚になる。
「今回はお互い様ってことでさ、綺麗さっぱり忘れて仲良くしよう!」
「はいっ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、チェルシーと仲直りねー! って、アタシが言うのもおかしいんだけど」
とりあえずはチェルシーが大切に思っている二人に思いを伝えることができたようだ。それに味方になってくれる人ができてチェルシーも喜ぶことだろう。再び日記とメモを机の引き出しにしまう。
満足しながら頷いていると、あることに気づく。ハッとしたチェルシーは勢いよく体を反らせて頬を押さえながら声を出した。
「あああ──ッ!?」
「チェルシーお嬢様、そんな大声を出されてどうされたのですか!?」
「約束の時間に遅れちゃうっ! マジでやばい! めちゃくちゃやばい! ラブちゃん待たせてんの忘れてた。てか渋谷どっち?」
掴みかかる勢いで二人に問いかける。こんなところで寄り道している場合ではないのだ。親友のラブちゃんはクールで優しくて大抵のことは許してくれるがキレるとめちゃくちゃ怖いので怒らせたくはない。
しかし返ってきたのは予想外の言葉だった。
「あの……ひとつ聞いてもいいでしょうか?」
「うん、いいよ! 急いでるから早くして」
「シブヤって何でしょうか」
「はい? 渋谷って、渋谷だけど……ここどこ? 秋葉原? 新宿とか?」
「ここはアキハバラでも、シンジュクでもありませんが」
「えっ、なにそれ……じゃあここどこなの?」
「ここはレバレンジェ王国です」
「レバー? レバリ、なに? 王国……何それ」
何度聞いても、その国の名前を覚えられそうにない。舌を噛んでしまいそうだ。
「チェルシーお嬢様、何かご様子が違いますし、旦那様と奥様はああ言っておりましたが、やはりお医者様に見ていただいた方がいいのではないでしょうか?」
何を言っても医者に連れて行こうとする二人にやきもきしたチェルシーは自分を指差しながら問いかける。
「ねぇ、さっきから気になってることあんだけどさ」
「はい」
「チェルシーって、アタシ?」
「そうですけど……」
「なんでアタシがチェルシーなの?」
「…………やはりどこか悪いのでは?」
チェルシーはレバレンジェ王国の貴族であるルーナンド侯爵家の長女であると説明を受けるが、否定して違う人物だと言うと更に心配されてしまう。
「だからアタシは日本人で、ラブちゃんと買い物に行く約束してたの!」
「ニホンジン? ラブチャンとは……?」
「本当の名前はチェルシーじゃなくて、〝キララ〟って名前で……!」
「チェルシーお嬢様、物語の読み過ぎではないのでしょうか?」
「お気を確かに」
「だあぁぁああっ! 本当なんだってば、信じてよぉ~」
両親がキラキラ輝いて欲しいという理由でつけたキララと言う名前を気に入っていたのに、どうやらここでは強制的にチェルシーになってしまうようだ。
別人だと言っても「熱の影響でしょうか」「お医者様を呼びましょう」と言われてしまい、なかなか信じてもらえない。
こうなったらハッキリ言わなければと「チェルシーとアタシは別人で、アタシはこの国の人間じゃないの!」と言ったのにもかかわらず、困ったように首を傾げるだけで話が進まない。
(ここまで言ってんのに、なんで信じてくれないの!?)
ワナワナと震えながら呆然としていた。ただここが日本ではなく別世界だという実感が押し寄せてくる。なのに言葉が通じるし文字も読める。
「つまりアタシがアタシじゃなくなったってことなの? アタシ、キララじゃなくて本当はチェルシーだったってこと!? いやいや、ありえないっしょ! 確かにキララとしての記憶があるし……」
「やっぱりお医者様に診ていただいた方がっ」
「医者はいらないの! もう意味がわかんないんだけどぉ……ラブちゃん助けてよおぉっ!」
突然のことに頭がパンクしそうである。しかし鏡に映る可愛らしい姿を見てピタリと動きを止めた。
(よく見るとチェルシーって、めちゃくちゃ可愛くない? すっごくモテそうだし、ずっと憧れてたあざと可愛いモデルの、ユユピに似てる気もするし……)
そう考えると、どんどんこの状況がよく見えてくる。それにこのまま〝チェルシー〟であることを否定し続けても前には進めない。
「もう考えるのやめるわ! 時間がもったいないから前に進もう……!」
独り言のようにポツリと呟いた。ぱんぱんと力いっぱい頬を叩いてみても、やはり夢から覚めるような気配はない。チェルシーになってしまったのなら、チェルシーの間は自分らしく楽しめばいいのだ。
「とりあえず、チェルシーになっちゃったもんは仕方ないし、夢から醒めるまでの間は〝お嬢様生活〟楽しんでやるっ!」
「チェルシーお嬢様?」
「はいはい! えーっと、名前は……」
「……リ、リリナです」
「ネルですけど」
ベージュのおさげ髪、そばかすがある少女がリリナで、ミントグリーンの長髪をポニーテールにしている快活そうな吊り目な少女がネルだそうだ。
「ネルっちとリリにゃんのことも知りたいからたくさん教えてね!」
「ネルっち……?」
「……リリ、にゃん?」
「あだ名、可愛いでしょ? 改めてよろしくね。ネルっち、リリにゃん」
「は、はい……よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします?」
こうしてよくわからないままチェルシーとなったキララは、そこでようやくある違和感を覚えてお腹を押さえる。
「ねぇ、お腹の苦しいやつ取っていい? なんか板みたいなのが邪魔で動きづらいんですけど」
「コルセットのことですか?」
「ああ、お嬢様! ダメです、脱がないでくださいっ」
スカートの下から手を突っ込んでコルセットを取ろうとするのをリリナとネルに止められてしまった。
「ケチー……」
「淑女たるものきちんとコルセットは着なければなりません!」
「シュクジョ? 何それ、新しい服のブランド?」
「違います!」
「とりあえずここはチェルシーの部屋でしょう? 他の場所も案内して。さっきから思ってたんだけど外国のお城みたいで楽しそう」
扉の外に苛立った様子で待機していた両親のことも忘れて「行こー」と言いながら二人の手を取り、チェルシーは部屋の外に出た。すると律儀にも話が終わるのを待っていたのか、チェルシーの顔を見た途端に怒号が飛んでくる。
「おい、チェルシー!」
「まだここにいたの? 何か用?」
「先ほどのことだ! 話があるから来なさい」
「今は忙しいから無理!」
「は……?」
「今から二人と散歩に出かけるから。それにこれ以上、くだらない説教は聞きたくないし」
そう言って手を横に振ったチェルシーに、この場にいる四人はポカンと口を開けている。それを気にすることなく、チェルシーの両親と同じく唖然としているリリナとネルの手を引いた。
「ネルっち、リリにゃん、早く行こう! ばいばーい」
「お嬢様っ、走ったら危ないです」
「待ってくださいませ」
「アハハ! てか廊下長くね? この家ヤバすぎー」
チェルシーの両親を無視して足を進めていく。迷路のような屋敷を出て外に出ると、広大な敷地が広がっていた。リリナとネルに説明を受けながらも、色々なところを見て回る。
途中「チェルシーお嬢様が、チェルシーお嬢様じゃないみたいです」と言われたので「だからそう言ってんじゃん」と言うと、二人はやはり違和感を覚えているだけなのか首を横に傾げた。何故、別人だと信じてもらえないのかがわからない。
三人で思い悩みながらも適当に歩いていると、一面、草と花に覆い尽くされた場所を見つけて「わぁ……!」と声を漏らす。都会に引っ越してくるまでは田舎で暮らしていたので、懐かしく思った。
(都会も色々あって楽しいけど、田舎暮らしも好きだったなぁ)
吸い込まれるようにそこに向かいその場に座り込む。リリナとネルも隣にくるように手で地面を叩いてアピールする。今日は温かくて天気もいい。雲ひとつない青い空と美味しい空気に上機嫌で鼻歌を歌っていた。
ネルが慌てた様子で日傘を持ってくる。
「あったかいし、いらなーい」と言っても「ダメです」と言われて口を尖らせた。ふと茎が丈夫そうなシロツメクサに似た花を見つけてチェルシーは目を輝かせた。
「懐かしい~! これで花冠作ってもいい?」
「一応、庭師に聞いてみますね」
そう言ってリリナが許可を取りに行こうとするのを引き止めて「自分で行くよ」と言うと「お嬢様は座ってお待ちください」と言われてしまう。
庭師からここの花は好きにしても大丈夫という許可が出たため、チェルシーは遠慮なくその辺に咲いている花や草を引っこ抜く。昔、弟や妹たちによく作ってあげていた花冠を黙々と作っていた。
「それでチェルシーはさ、これからどうすればいいの?」
「どうって……」
「レイジョウって何すんの?」
「いい家に嫁ぐためにマナーや勉強、自分磨きと……」
「自分磨きは好きだからいいけどさ。そういやこのワンピ、めちゃくちゃ地味だよねぇ。チェルシーの趣味?」
「いいえ。本当は明るい色のドレスが好きだと思います。でもジェニファーお嬢様が選んでくれたからと、よく着ていました」
「ジェニファーお嬢様? なんか聞いたことがある名前のような……」
リリナとネルに質問すると怪訝そうな顔をしながらも答えてくれる。色々な知識を教えてもらっていると目の前に人影が見えた。
顔を上げると王子様のような格好をした眼鏡をかけた青年と、チェルシーとは真逆の可愛らしいドレスをきて日傘をさしている少女の姿があった。
「あら、チェルシーお姉様。こんなところで一体、何をしているの?」
「はぁ……まるで子供のようだな。はしたない奴め」
口を開けばムカつくことを言ってくる奴らしかこの場所にはいないのかと苛立ちつつも、眼鏡をかけた青年の言葉にカチンときて、チェルシーは立ち上がり青年を思いきり睨み上げる。
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