上 下
2 / 17
1巻

1-2

しおりを挟む
「聞いてるの!? チェルシーッ、答えなさいっ」
「いい加減、なんとか言ったらどうなんだ!」
「いつも黙ってばかりで少しは反省して次にかそうと思わないの!?」
「だからいつまで経っても婚約者ができないんだ。いい加減にしないとこの家から出ていってもらうからな!」

 罵声を浴びながらふとこの男女がチェルシーの両親だということを理解する。

(誰かと思ったら、さっき夢で見ていた人と一緒じゃん)

 そして自分の両親の姿を思い浮かべた。頭はよくなかったし、口が悪くて誤解されることもあったけれど、いつも笑って話を聞いてくれて信じてくれた。意見が合わなくて殴り合いの喧嘩もしたけど、最後には仲直りして一番の理解者でいてくれたことを思い出す。

(てか、さっきからチェルシーの話、聞く気なくね?)

 先ほどから一方的にチェルシーを責め続けているが、こちらにも言いたいことがあった。

「ねぇ、ちょっとおかしいんじゃない?」
「は……?」
「チェ、ルシー……?」

 何とか言ったらどうだ、と言っていたくせに言い返したらびっくりしているではないか。しかしここはお言葉に甘えて遠慮なく言わせてもらおうじゃないかと言葉を続ける。

「あのさ、アタシにはアタシのペースがあんの……! いっつも勝手に色々言って何様のつもり? あと、この子たちはアタシを心配してくれただけで何も悪くないんですけど」
「なっ……!」
「ギャーギャー騒いで、マジでうっせぇわ! そんなに怒鳴らなくてもよくない?」
「チェルシー、お嬢様……?」
「今、誰がうるさいと言ったの?」
「チェルシーが……我々に向かって言ったのか? 嘘、だろう!? こんなことを言うなんて」

 両親は混乱しているのか顔を見合わせて困惑しているようだ。そのまま二人はチェルシーを見たまま黙り込んでしまう。

(こいつらマジで腹立つ……! チェルシーが言い返しただけでこの反応って何なの?)

 今までチェルシーに嫌な態度をとっていた侍女たちを許せない思いもあるが、それに関してはどうやらチェルシーにも非があるようだ。二人とよく話をして仲直りしなければ。

(話を聞くためには……チェルシーパパとチェルシーママが邪魔!)

 思い立ったらすぐに行動。扉を開けてから出て行けとジェスチャーを送る。

「この人たちと話したいことがあるから、チェルシーのパパとママはちょっと待ってて!」
「マ、ママってチェルシー、何を言っているの?」
「チェルシーの身に一体なにが……」
「もういいから早く部屋から出てってよ! 邪魔なのっ」
「……なっ」
「ちょっと待ちなさいっ、チェルシーッ!」

 いつまでも部屋から出て行こうとしない二人の体を押していく。侍女たちから話を聞きたいのに横からギャーギャー言われていても話が進まないからだ。そして外に体を押し込めてパタリと扉を閉める。
 扉の外でまた何か言っているようだが、ベーと舌を出してからフンと顔をそむけた。丈が長くて動きにくいワンピースのすそを持ち上げる。

(歩きにくすぎっ! なにこれ、しかも地味……)

 怒りをぶつけるようにガニ股で歩きながら椅子に腰掛ける。静まり返る部屋の中で気まずい雰囲気が流れた。何故、今になってチェルシーが自分たちをかばったのか……理由がわからないといった戸惑いの表情だ。

「なんかチェルシーとあなたたちって、あんまり仲良くないみたいだけど、それってこの子の態度に原因があったってことでしょう?」
「あの……今、話しているのはチェルシーお嬢様ですよね?」
「今はそうみたいなんだけど違うっていうか……ちょっと待って! なんか伝えなきゃいけないことがあるみたいだからっ」

 二人は頭を押さえるチェルシーを見てポカンと口を開いたままこちらを見ている。今は元のチェルシーの気持ちを代弁しなければならない気がすると、必死に身振り手振りをまじえて説明をするがなかなか伝わらない。

「えっと……だから、チェルシーは変わりたかったっていうか」
「どういう意味でしょうか?」
「だからね、なんかうまくは言えないけどチェルシーはずっとあなたたちにごめんなさいって思ってたみたいなのっ!」
「え……?」
「チェルシーお嬢様が、ですか?」
「うーんと、ずっと二人を守りたいって思ってて自分のせいで嫌な思いをしたのがわかっていたから、嫌がらせみたいなことされてても仕方ないって、心の中でずっと謝ってるって感じ!」

 二人はチェルシーの言葉に動揺しているのか瞳がゆらゆらと揺れている。

「あと、それでもこんなわたしのそばにいてくれて嬉しい。ありがとう……的な? あぁっ! もうアタシじゃうまく説明できないっ!」
「チェルシーお嬢様が私たちにそう思っていてくださったのですか?」
「本当に……?」

 うまく言葉が出てこなくて頭をきむしりながら説明していたが、なんとか二人には伝わったようだ。
 とりあえず第三者目線から見て、三人は互いに色々と思いやっていたが、うまく噛み合わなかっただけのような気がしていた。チェルシーの両親が事あるごとにうるさく口を出してくるのも三人の間を引き裂く原因にもなっているのではないか。

「チェルシーとうまくいかない理由もなんとなくわかったし、詳しく話を聞かないままアタシがムカつくとかヤダって言うのも後味悪いじゃん?」
「……チェルシーお嬢様」
「だからチェルシーに嫌がらせしてた理由とか、ちゃんと説明して!」
「それは……」
「そしたら仲直りできるじゃん? 話し合って解決しよ!」
「で、ですが……」
「遠慮せずに正直に言っていいからね!」

 ボタンをかけ違えたようなもどかしさを解消したくて必死だった。その言葉に二人は目を合わせると、控えめにポツリポツリと語り始めた。
 チェルシー付き侍女になってから、他の侍女たちからは馬鹿にされていること。八つ当たりされるように怒られてばかりで肩身が狭いということ。
 チェルシーに自分に自信をつけてがんばってもらいたくて、色々とサポートしてきたこと。いざとなったら何も言えずに結局は自分たちのせいにされて悲しかったこと。
 それでも黙っていたチェルシーを見て愕然がくぜんとしつつ、その後もいつもと変わらずに家族からもうとまれているチェルシーに、もどかしい思いを抱えていたことを話してくれた。
 ちなみに侍女は身の周りのお世話をしてくれる女性のことだとも教わった。

「チェルシーお嬢様には自分の意見を言えるようになって欲しかっただけなんです。損ばかりしていて見ていられなくてっ」
「それに私たちは奥様と旦那様に理不尽に怒られるのはもう嫌です……!」
「もう少し自信を持ってくださればと思っていたんです。緊張して萎縮いしゅくしなければ、チェルシーお嬢様は本当は何だってできるんですよ?」
「本当はジェニファーお嬢様よりもずっと優しくて可愛くて素晴らしい方なのにっ」

 その言葉を聞いて、チェルシーの胸が締め付けられるように痛くなる。二人はチェルシーを嫌っているわけではなく、本当は誰よりもチェルシーの魅力を理解してくれて、応援してくれていたのかもしれない。それでチェルシーに八つ当たりするのはよくないが、辛い思いをし続けているときにずっと優しくしろというのは酷だ。頷きながら二人の話を聞いていた。
 涙ぐむ二人に近くにあった布を渡して、チェルシー自身も音を立てて鼻をかむ。辛い態度の裏には思いやりがあったようだ。

「アタシも怒られるの嫌いだから、めちゃくちゃ気持ちわかるよ……!」

 理不尽な理由で怒られ続けるのは辛いだろう。とはいっても、このままだと三人にとっていいことはひとつもなく悪循環だ。チェルシーも二人に罪悪感を感じたまま、いい関係に戻れない。

「二人がチェルシーに対して不満に思っていた理由はわかった!」
「チェルシーお嬢様……」
「ムカついてたのはわかったけど、そんなことしてもいい方向に向かわないじゃん。チェルシーに伝わらないどころか逆にもっと自信がなくなって、一人ぼっちになっちゃうでしょう?」
「でもチェルシーお嬢様は、私たちに何も言ってくれないじゃないですか!」
「そうですよ! 私たちだけががんばったってチェルシーお嬢様は私たちのこと、どうでもいいんじゃないんですか?」
「そんなことない! チェルシーはちゃんとわかってたけど、うまく感謝も伝えられなくて……だからアタシもがんばってチェルシーを応援するから力を貸して欲しいの!」

 自信満々で言うチェルシーと、彼女を唖然あぜんとした顔で見ている二人の間に沈黙が流れた。

「…………あの」
「なに?」
「えっと、チェルシーお嬢様の話をしてるんですよね?」
「うん、そうそう! チェルシーの話をしてるんだよ?」
「「…………」」

 このとき侍女二人は思っていた。何故、自分のことを話しているのに他人行儀なのだろうかと。しかし当の本人は得意気である。

「聞いて! 一つ提案があるんだけどさ、頑張ってアイツらを見返してやろうよ!」
「え……?」
「見返すって本気ですか?」
「だってさ、このままじゃ悔しいじゃん! チェルシーも本当はそう思っているだろうし。あ、そうだ。今更だけど友達になろう!」
「トモ、ダチ……?」
「そうそう! アタシと友達になろ~」

 握手をしようと手を伸ばしてみるものの、二人は顔を見合わせて戸惑っている。そして申し訳なさそうにしている表情を見て考え、言葉を続けた。

「チェルシーの立場的にもジジョを変えたりできるじゃん? でも嫌なことされてもクビにしなかったのは、結局は二人に近くにいて欲しいって思ってたってことじゃないの? んで、多分二人もさ、どうしても嫌だったら配置換え? してもらったり、辞めたりとかできたわけじゃん? それをしなかったのは、嫌だったけど、それでもチェルシーに頑張ってほしいって、見守りたいって思ってくれてたんでしょ?」
「……っ」
「それは……」

 やはり二人もチェルシーのそばから離れることは望んでいないようだ。

(言いたいこと言えたし、スッキリー!)

 胸につっかえていたものがポロリと取れたような気がした。
 そんな時、何かに呼ばれたような気がして机を見る。そのまま引き出しを開ければ、いくつかのノートが入れてあった。それは、チェルシーが努力していた結果だろう。ボロボロのノートには勉強の跡がたくさんあった。ある一冊にはチェルシーの夢や想い、それと後悔が書きつづられていた。日記を勝手に見るのはわけが違うと思い、引き出しに戻そうとした時だ。

(この日記、どこかで見たことあるような……あ、わかった! あの夢でジェニファーとかいう性格悪い女がなにか言ってた気がするけど……なんだっけ? っていうかアタシ、日記の話を聞いただけで見てはないよね?)

 そんな時、ヒラヒラと落ちるメモ。侍女の一人がメモを拾い上げる。そして目を通した瞬間、チェルシーの名前を呼びながら涙ぐみ始めた。
 元々のチェルシーに申し訳ないと思いつつ、メモの内容を見る。

『ダミアンお兄様とジェニファーとはもう無理かもしれないけど、せめてお父様とお母様には認めてもらえますように』
『大好きなリリナとネルが幸せになれますように』
『強くなれますように』

 チェルシーの願いが書きつづられている。強い思いを感じるメモだった。

「……申し訳ありません」
「っ、ごめんなさい」
「チェルシーも助けられなくてごめんなさいって、何度も言っているような気がする」
「え……?」
「チェルシーも自分を変えたくて、たくさん頑張っていたみたい。それにさ、二人と仲良くできたのをチェルシーは本当に嬉しいって思ってたんだよ。だから寝る間も惜しんで勉強していたんだと思うんだよねー」

 胸元を両手で押さえながら気持ちを吐き出していくと、スッと風が通り抜けるような感覚になる。

「今回はお互い様ってことでさ、綺麗さっぱり忘れて仲良くしよう!」
「はいっ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、チェルシーと仲直りねー! って、アタシが言うのもおかしいんだけど」

 とりあえずはチェルシーが大切に思っている二人に思いを伝えることができたようだ。それに味方になってくれる人ができてチェルシーも喜ぶことだろう。再び日記とメモを机の引き出しにしまう。
 満足しながら頷いていると、あることに気づく。ハッとしたチェルシーは勢いよく体を反らせて頬を押さえながら声を出した。

「あああ──ッ!?」
「チェルシーお嬢様、そんな大声を出されてどうされたのですか!?」
「約束の時間に遅れちゃうっ! マジでやばい! めちゃくちゃやばい! ラブちゃん待たせてんの忘れてた。てか渋谷どっち?」

 つかみかかる勢いで二人に問いかける。こんなところで寄り道している場合ではないのだ。親友のラブちゃんはクールで優しくて大抵のことは許してくれるがキレるとめちゃくちゃ怖いので怒らせたくはない。
 しかし返ってきたのは予想外の言葉だった。

「あの……ひとつ聞いてもいいでしょうか?」
「うん、いいよ! 急いでるから早くして」
「シブヤって何でしょうか」
「はい? 渋谷って、渋谷だけど……ここどこ? 秋葉原? 新宿とか?」
「ここはアキハバラでも、シンジュクでもありませんが」
「えっ、なにそれ……じゃあここどこなの?」
「ここはレバレンジェ王国です」
「レバー? レバリ、なに? 王国……何それ」

 何度聞いても、その国の名前を覚えられそうにない。舌を噛んでしまいそうだ。

「チェルシーお嬢様、何かご様子が違いますし、旦那様と奥様はああ言っておりましたが、やはりお医者様に見ていただいた方がいいのではないでしょうか?」

 何を言っても医者に連れて行こうとする二人にやきもきしたチェルシーは自分を指差しながら問いかける。

「ねぇ、さっきから気になってることあんだけどさ」
「はい」
「チェルシーって、アタシ?」
「そうですけど……」
「なんでアタシがチェルシーなの?」
「…………やはりどこか悪いのでは?」

 チェルシーはレバレンジェ王国の貴族であるルーナンド侯爵家の長女であると説明を受けるが、否定して違う人物だと言うと更に心配されてしまう。

「だからアタシは日本人で、ラブちゃんと買い物に行く約束してたの!」
「ニホンジン? ラブチャンとは……?」
「本当の名前はチェルシーじゃなくて、〝キララ〟って名前で……!」
「チェルシーお嬢様、物語の読み過ぎではないのでしょうか?」
「お気を確かに」
「だあぁぁああっ! 本当なんだってば、信じてよぉ~」

 両親がキラキラ輝いて欲しいという理由でつけたキララと言う名前を気に入っていたのに、どうやらここでは強制的にチェルシーになってしまうようだ。
 別人だと言っても「熱の影響でしょうか」「お医者様を呼びましょう」と言われてしまい、なかなか信じてもらえない。
 こうなったらハッキリ言わなければと「チェルシーとアタシは別人で、アタシはこの国の人間じゃないの!」と言ったのにもかかわらず、困ったように首をかしげるだけで話が進まない。

(ここまで言ってんのに、なんで信じてくれないの!?)

 ワナワナと震えながら呆然としていた。ただここが日本ではなく別世界だという実感が押し寄せてくる。なのに言葉が通じるし文字も読める。

「つまりアタシがアタシじゃなくなったってことなの? アタシ、キララじゃなくて本当はチェルシーだったってこと!? いやいや、ありえないっしょ! 確かにキララとしての記憶があるし……」
「やっぱりお医者様に診ていただいた方がっ」
「医者はいらないの! もう意味がわかんないんだけどぉ……ラブちゃん助けてよおぉっ!」

 突然のことに頭がパンクしそうである。しかし鏡に映る可愛らしい姿を見てピタリと動きを止めた。

(よく見るとチェルシーって、めちゃくちゃ可愛くない? すっごくモテそうだし、ずっと憧れてたあざと可愛いモデルの、ユユピに似てる気もするし……)

 そう考えると、どんどんこの状況がよく見えてくる。それにこのまま〝チェルシー〟であることを否定し続けても前には進めない。

「もう考えるのやめるわ! 時間がもったいないから前に進もう……!」

 独り言のようにポツリと呟いた。ぱんぱんと力いっぱい頬を叩いてみても、やはり夢から覚めるような気配はない。チェルシーになってしまったのなら、チェルシーの間は自分らしく楽しめばいいのだ。

「とりあえず、チェルシーになっちゃったもんは仕方ないし、夢からめるまでの間は〝お嬢様生活〟楽しんでやるっ!」
「チェルシーお嬢様?」
「はいはい! えーっと、名前は……」
「……リ、リリナです」
「ネルですけど」

 ベージュのおさげ髪、そばかすがある少女がリリナで、ミントグリーンの長髪をポニーテールにしている快活そうな吊り目な少女がネルだそうだ。

「ネルっちとリリにゃんのことも知りたいからたくさん教えてね!」
「ネルっち……?」
「……リリ、にゃん?」
「あだ名、可愛いでしょ? 改めてよろしくね。ネルっち、リリにゃん」
「は、はい……よろしくお願いします」
「よろしく、お願いします?」

 こうしてよくわからないままチェルシーとなったキララは、そこでようやくある違和感を覚えてお腹を押さえる。

「ねぇ、お腹の苦しいやつ取っていい? なんか板みたいなのが邪魔で動きづらいんですけど」
「コルセットのことですか?」
「ああ、お嬢様! ダメです、脱がないでくださいっ」

 スカートの下から手を突っ込んでコルセットを取ろうとするのをリリナとネルに止められてしまった。

「ケチー……」
「淑女たるものきちんとコルセットは着なければなりません!」
「シュクジョ? 何それ、新しい服のブランド?」
「違います!」
「とりあえずここはチェルシーの部屋でしょう? 他の場所も案内して。さっきから思ってたんだけど外国のお城みたいで楽しそう」

 扉の外に苛立った様子で待機していた両親のことも忘れて「行こー」と言いながら二人の手を取り、チェルシーは部屋の外に出た。すると律儀にも話が終わるのを待っていたのか、チェルシーの顔を見た途端に怒号が飛んでくる。

「おい、チェルシー!」
「まだここにいたの? 何か用?」
「先ほどのことだ! 話があるから来なさい」
「今は忙しいから無理!」
「は……?」
「今から二人と散歩に出かけるから。それにこれ以上、くだらない説教は聞きたくないし」

 そう言って手を横に振ったチェルシーに、この場にいる四人はポカンと口を開けている。それを気にすることなく、チェルシーの両親と同じく唖然あぜんとしているリリナとネルの手を引いた。

「ネルっち、リリにゃん、早く行こう! ばいばーい」
「お嬢様っ、走ったら危ないです」
「待ってくださいませ」
「アハハ! てか廊下長くね? この家ヤバすぎー」

 チェルシーの両親を無視して足を進めていく。迷路のような屋敷を出て外に出ると、広大な敷地が広がっていた。リリナとネルに説明を受けながらも、色々なところを見て回る。
 途中「チェルシーお嬢様が、チェルシーお嬢様じゃないみたいです」と言われたので「だからそう言ってんじゃん」と言うと、二人はやはり違和感を覚えているだけなのか首を横にかしげた。何故、別人だと信じてもらえないのかがわからない。
 三人で思い悩みながらも適当に歩いていると、一面、草と花に覆い尽くされた場所を見つけて「わぁ……!」と声を漏らす。都会に引っ越してくるまでは田舎で暮らしていたので、懐かしく思った。

(都会も色々あって楽しいけど、田舎暮らしも好きだったなぁ)

 吸い込まれるようにそこに向かいその場に座り込む。リリナとネルも隣にくるように手で地面を叩いてアピールする。今日は温かくて天気もいい。雲ひとつない青い空と美味しい空気に上機嫌で鼻歌を歌っていた。
 ネルが慌てた様子で日傘を持ってくる。
「あったかいし、いらなーい」と言っても「ダメです」と言われて口を尖らせた。ふと茎が丈夫そうなシロツメクサに似た花を見つけてチェルシーは目を輝かせた。

「懐かしい~! これで花冠作ってもいい?」
「一応、庭師に聞いてみますね」

 そう言ってリリナが許可を取りに行こうとするのを引き止めて「自分で行くよ」と言うと「お嬢様は座ってお待ちください」と言われてしまう。
 庭師からここの花は好きにしても大丈夫という許可が出たため、チェルシーは遠慮なくその辺に咲いている花や草を引っこ抜く。昔、弟や妹たちによく作ってあげていた花冠を黙々と作っていた。

「それでチェルシーはさ、これからどうすればいいの?」
「どうって……」
「レイジョウって何すんの?」
「いい家に嫁ぐためにマナーや勉強、自分磨きと……」
「自分磨きは好きだからいいけどさ。そういやこのワンピ、めちゃくちゃ地味だよねぇ。チェルシーの趣味?」
「いいえ。本当は明るい色のドレスが好きだと思います。でもジェニファーお嬢様が選んでくれたからと、よく着ていました」
「ジェニファーお嬢様? なんか聞いたことがある名前のような……」

 リリナとネルに質問すると怪訝そうな顔をしながらも答えてくれる。色々な知識を教えてもらっていると目の前に人影が見えた。
 顔を上げると王子様のような格好をした眼鏡をかけた青年と、チェルシーとは真逆の可愛らしいドレスをきて日傘をさしている少女の姿があった。

「あら、チェルシーお姉様。こんなところで一体、何をしているの?」
「はぁ……まるで子供のようだな。はしたない奴め」

 口を開けばムカつくことを言ってくる奴らしかこの場所にはいないのかと苛立ちつつも、眼鏡をかけた青年の言葉にカチンときて、チェルシーは立ち上がり青年を思いきり睨み上げる。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。