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1巻
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最後まで望みを持って待っていたドレスは結局、パトリックからプレゼントされなかったこと。
パトリックはマデリーンではなくローズマリーにドレスを買い与え、彼女を伴ってパーティーの会場に現れたこと。
何より驚いたのは、もしそうなった場合の次善策として考えていたドレスや髪型がピタリと当てはまっていたのだ。
(これも、これもそう……すべてわたくしが考えていたことだわ)
初めは半信半疑だったが、次第に日記を食い入るように読んでいた。
読み進めていくと、マデリーンがローズマリーに数々の嫌がらせをしていたなどと、あらぬ罪が被せられることが書かれている。
(嫌がらせ……わたくしがローズマリー様に? ありえないわ!)
マデリーンがしていたのは貴族としての振る舞いについての注意。
ローズマリーのマナーがあまりにも悪く、それを直すようにアドバイスしただけだ。
嫌がらせや暴力、虐めなどは一切行っていない。
むしろ、周りの令嬢たちからもかなり反感を買っていたローズマリーを庇い立てることさえしていた。
自分が間に入ることで令嬢たちの怒りを緩和して、ローズマリーに同じことを繰り返さないように、言い方を選んで注意したつもりだ。
これも学園の平和を乱さないための配慮だったはずなのに、どうしてこんな形に捻じ曲がった解釈をされたのかが不思議である。
周囲にいる令息や令嬢たちだって、その場面を間近で見ていたはずだ。
長年、顔見知りの令嬢や令息たちとは、なるべくいい関係を築いてきたつもりでいた。
将来、国を支えていく大切な仲間だと思っていたからだ。
それなのに、何故こんなことが起こってしまったのだろう。
その理由は次のページに書かれていた。
読み進めていくうちに日記が破れそうになるほどに握りしめていた。
ガタガタと震えるマデリーンの手。全身に鳥肌がたつ。
(まさか、あの子たちがわたくしを裏切るというの? そんな…………こんなことって)
手から日記帳が滑り落ちていき、バタンという音と共に床に落ちてしまう。
あまりのショックにマデリーンは両手で顔を覆った。
(あんなに一緒に過ごしたのに……っ。それなのにすべてわたくしの犯行だと証言したというの? 彼女たちに裏切られてしまうなんて……! 誰か、嘘だと言ってちょうだい)
今まで我慢していた涙が次々に溢れていく。
マデリーンをローズマリー虐めの犯人に仕立て上げたのは、いつも一緒にいる三人の令嬢たちだったのだ。
彼女たちを心から信頼していた。
身分など関係なく、彼女たちと喋る時間は癒しだった。
(そう思っていたのは、わたくしだけだったの……?)
彼女たちもマデリーンのことを好いていてくれているのだと思っていた。
そう信じて疑わなかったのに……
『……マデリーン様がローズマリー様に危害を加えたのを見ましたわ……』
『…………わ、わたくしも』
『……わたしもマデリーン様に言われましたわ。怖くて、逆らえなかったんですっ』
パーティーの場で、彼女たちはそれぞれ、このように言ったらしい。
誰も手を差し伸べてくれなかった理由は、一番近くにいる彼女たちのこの証言も大きいのだろう。
事細かに書かれている台詞を信じられない気持ちで見ていた。
その時の絶望感を考えるとスッと体が寒くなる。
信じていた友人から裏切られ、尽くしてきた婚約者から見限られて、一人で崖の上から身を投げて孤独に死んでいく。
誰にも手を差し伸べられることもなく、差し伸べてくれたかもしれない手に頼ることすら思いつかず、自分を自分で殺してしまうのだ。
(変えられない運命……ここに書かれていることが現実になってしまったら?)
今までマデリーンが積み上げてきたものは何だったのだろうか。
(パトリック殿下のためにしていた血の滲むような努力は何の意味があったというの? 今まで築き上げてきた友情は偽物だった……? こんな現実、耐えられないわ)
マデリーンは信じられない気持ちで髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
心は荒波を立てたまま、マデリーンを追い詰めていく。
ふと、鏡に映る自分と目があった。
毎朝、気合を入れて巻いていたアイスブルーの髪はボサボサで見る影もない。
涙に濡れた冷たい氷のような青い瞳。メイクは涙で濡れてぐちゃぐちゃになり、ひどいありさまだ。
誰よりも強くあろうと、素晴らしい令嬢であろうとした。
ウォルリナ公爵家の者として、また国を支えていくものとして恥じぬように頑張ってきたのに。
これが、誰よりも気高くあろうとしたマデリーンの末路だというのだろうか。
しかし今、マデリーンは悲しみよりも裏切られた怒りが勝っていた。
(許せないわ。こんな運命があってたまるもんですか……っ!)
血が滲むほどに唇を噛んだ。
奥歯を噛み締めたためか、ギリギリと歯が擦れた音が聞こえる。
マデリーンは腕で乱暴に涙を拭う。そのまま手のひらをぐっと握り締めた。
(…………絶対に諦めたくないわ。こんな運命、すべてぶち壊してやる)
絶望的な状況で希望の糸を手繰り寄せようと必死に思考を巡らせる。
(どうする……? 考えるのよ、マデリーン)
もう一週間しかない。正攻法ではきっと太刀打ちできないだろう。
しかし、日記にも書いてある通り、このことを前もって知ることができたのは幸運だったのだ。
今、この瞬間から己の運命を変える機会を手にできたのだから。
(わたくしは生き残るために、パトリック殿下とプライドを切り捨てる……!)
日記を最後まで読み終え、マデリーンは覚悟を決めたように立ち上がる。
(けれど、どんなことがあろうとも、わたくしが悪になることは避けなければならないわ……こんな未来になっても愛してくれた家族のためにも)
国外追放だけを避けるなら、その場で魔法を使って抵抗すればいい話だ。
何故なら、パトリックを守るために攻撃用の魔法を覚えたことを、彼本人には伝えていない。
パトリックはマデリーンが自分より強くなることを毛嫌いしていたからだ。
水の乙女と氷の乙女の称号を賜った時も、お祝いの言葉を言ってくれるのかと思いきや、『たかがそのくらいで調子に乗るなよ』と吐き捨てたのである。
それ以降、マデリーンは新たに習得した魔法をパトリックに伝えておらず、結果彼は婚約者の使える魔法を過小評価していた。
更に、純粋な魔法の力自体も、どう考えたってパトリックよりもマデリーンの方が強い。パトリックが魔法の研鑽を最低限しかしていないからだ。
とはいえ、魔法を使っての抵抗は、やりすぎてしまえばこちらが加害者になりかねない。
パトリックが根回しをしている貴族が大勢いる中では悪手だろう。
ではマデリーンの今までの努力が今回まったく役に立たないかというと、そんなことはない。
水は生活する上でなくてはならないものだ。そして、夏に水を確保するには、氷魔法が大きく役に立つ。
水魔法の使い手は貴族の中にたくさんいるが、氷魔法の使い手は少なく、この国でマデリーンほど氷魔法を使える人間は他にいない。
王家としてはマデリーンを手放せないはずだ。
パトリックがいつか振り向いてくれると心のどこかで自惚れていたのも、自分の魔法が国にとって有益だと自負していたからであった。
(国王陛下なら、絶対にわたくしを国外に追い出したりしないわ。きちんと理由を聞いて調査するはずよ。万一罪を犯していたとしても、国内に留めようと動く。氷魔法の使い手を失った上にお父様の反感を買うなんて避けたいでしょうから……)
パトリックとてそれはわかっているはずだろうに、やはりその目を曇らせたのはローズマリだろうか。
国にとっての有益性はさておき、希少性でいえばマデリーンよりローズマリーが勝る。
更に言えば、元々平民だったローズマリーは、今も王城に程近い魔法研究所で魔法の訓練を受けている。
これからローズマリーがどんなに花魔法を強化しても、物心ついた頃から炎魔法を扱っているパトリックには敵わない。
彼にとってマデリーンよりか弱く守るべき女性なのだ。そんなところもローズマリーを選ぶ要因になったのだろう。
(はぁ……本当に腹立たしい。わたくしがこんな扱いを受ける日が来るなんて夢にも思わなかった……気付かないうちに、まさかここまではしてこないだろうという驕りがあったのかもしれないわ)
おそらくあの日記を書いた未来の自分にとっても青天の霹靂だったのだろう。
ドレスを贈られなくても、エスコートを受けなくてもパトリックとの関係ごと覆されることは起きないと思い込んでいた。
そこをひっくり返すような行動をとられたことで、ショックを受けすぎて抵抗する気もなくなったに違いない。
(とはいえ、こういうそもそもの前提をひっくり返す策は、パトリック殿下も得意じゃないはず……きっと、誰かがパトリック殿下に入れ知恵をしたのね……!)
犯人を突き止めたい気持ちはあったが、一週間でそこまでできる自信はない。時間が足りなすぎる。ウォルリナ公爵家を失脚させたい誰かだろう、と心に留め置くのが精々だ。
(……それにしても、わたくしが思っているより、パトリック殿下はずっと愚かだったのね。どうして彼がいいと思っていたのかしら。昔の約束に縛られ続けて現実を見なかった、わたくしも愚かだったわ)
やっと夢から醒めたような気分だ。
マデリーンが避けるべきなのはパトリックの権限で問答無用で馬車に乗せられ、山奥に送られることだ。国王の目が行き届かずパトリックの権限でそんな理不尽が罷り通ってしまうのは、卒業パーティーの夜のみ。
ならば、何とかして卒業パーティーに出席できない理由を作ればいい。
卒業パーティーまでに婚約解消の理由を作ることができれば、尚良いだろう。
(今までずっと我慢してきた。それを全部無にするのは死ぬほど悔しいけど、自分の命の方が大切だもの!)
しかし卒業パーティー欠席はともかく、婚約解消はかなりハードルが高い。
理由なくマデリーンからパトリックとの婚約の解消を申し出れば、プライドが高い彼のことだ、反発されてしまうかもしれない。
それでも今ならばローズマリーを選びすぐに婚約を白紙にしてくれる可能性はあるが、裏に誰かついているならば、それも厳しいのではないだろうか。
今からローズマリーとパトリックの不貞行為の証拠を集めても、卒業パーティーに間に合うかはわからない。
両親を頼ればどうにかなるかもしれないが、父や母が仕事を投げ出してまでこちらを優先してくれるとまでは思えなかった。
いつもそばにいた友人たちにも頼めない。マデリーンを裏切る可能性があるからだ。
(もう……どうしたらいいの)
マデリーンは部屋をウロウロとしながら考えを巡らせ、重たい溜息を吐いた。
今日を含めて一週間。実質六日で状況をひっくり返すことなど本当にできるのだろうか。
両親に日記帳を見せたいところではあるが、証拠にはなりえないし、そもそも今日も二人とも泊りがけの仕事に出ているため屋敷にはいない。
何かいい方法はないかと本棚に向かい、状況打開のヒントを探して本を開いていく。
ふと、一冊の絵本を手に取った。
幼い頃、寝る前に兄によくこの絵本を読んで欲しいとせがんだことを思い出す。
母からもらった大切な絵本だ。
『マデリーン、この絵本はね……わたくしの宝物なの』
そう言っていたことを思い出す。
当時から父と母がほとんど屋敷を開けていたので、兄が両親の代わりだった。
「懐かしい……」
表紙には海と一人で佇む女の子の絵があった。
一ページ目にいたのは泣いている一人ぼっちの女の子。
二ページ目には海に現れた不思議な男の子と約束を交わすシーン。
次のページには、いつまで経っても会えない男の子を想いながら、寂しくなった女の子が海に飛び込むシーンが描かれていた。
今となっては、少年が海から突然現れたからといってどうして海に飛び込むのかと不思議に思ってしまうが、子どもの頃のマデリーンは、その後のキラキラと輝いた海の場面に夢中だった。
主人公の女の子も、海の鮮やかな景色に目を奪われる。
海では魚もイルカもクラゲもそばにいてくれたので寂しくなかった。
次第に地上のことを忘れていく女の子は海で楽しく暮らしていた。
そんな女の子を、何故か、海の底まで探しに来てくれる男の子。
二人で海を出ることになるのだが、女の子は大好きだった男の子のことも忘れていた。
女の子の記憶を海の仲間たちが届けてくれて、男の子と結ばれてハッピーエンド。
パタリと絵本を閉じると、背表紙には二人が仲良く手を繋いでいる後ろ姿が映っていた。
(……海に飛び込んで記憶が消えてしまう。王子様が迎えに来てくれてハッピーエンド、ね)
この絵本の女の子が少しだけ羨ましく思えた。
マデリーンは窓の外に顔を向ける。
ウォルリナ公爵家の屋敷は、海を見下ろすことができる場所に建っている。
代々水魔法の使い手であるため、海辺の近くの方が魔法の練習がしやすいからだろう。
ザーザーと波の音が耳に届く。夜の海は静かでどこか不気味だが美しい。しかし、そのまま吸い込まれてしまいそうになる。
(…………綺麗)
ここ数年、窓の外の景色を見る余裕すらないほどに自分は追い詰められていたのだと気付いた。
パトリックの婚約者に選ばれる前のマデリーンは、朝から晩までずっと海にいるほどに水が好きな子どもだった。
砂浜まで迎えにきてくれた兄に『まだ遊びたい』とねだって、一緒に遊んでもらったほどだ。
貴族の令嬢としては失格かもしれないが、自由に砂浜を駆け回れていたあの頃は、本当に楽しかった。
けれどパトリックが白い肌が好きだと聞いたから、肌を気遣って日焼けしないように海に行かなくなってしまう。
婚約者になってからは、魔法講師の指導を受けて己を必死に高めながら、淑女としての教育も受けていたため、そもそも海に行く時間がなくなった。
今も変わらず忙しい両親はもちろん、騎士となった兄とも顔を合わせることはほとんどない。
大好きな家族のために頑張ろうと思う気持ちは変わらないが、今ではその純粋な想いも複雑な何かが絡み合って、うまく表現ができないでいる。
潮風の香りが鼻腔を掠めた。
大きく息を吸い込んで吐き出してから、そっと瞼を閉じる。
約束を交わした日のことを思い出す。
昔、ウォルリナ公爵邸で開かれたパーティーで、皆に仲間外れにされて泣いていた男の子を庇ったことがあったのだ。
『もし今後あなたに何か言う人がいたら、わたくしが捻り潰してさしあげますわ!』
今思えば令嬢らしからぬ過激な発言ではあるが、泣いている彼を放ってはおけなかったのだ。
その後、海へと連れ出して侍女たちが探しに来るまで二人でずっと話していた。
男の子の泣いていた顔がだんだん笑顔になっていくのが嬉しかった。
光が反射した彼の髪は綺麗なオレンジ色で、まるで太陽のようにキラキラと輝いている。
『マデリーン様の髪は海からの贈り物ですね。とても綺麗だ』
そう言われて心臓が高鳴っていく。
マデリーンがお礼を言った後、言葉を詰まらせながら彼はこう言ったのだ。
『今よりも強くなって、あなたに相応しい男になれたら、僕と結婚してください。僕が必ず君を幸せにするから……!』
確かにそのとき、マデリーンも、彼と結婚して支えたい、守ってあげたいと強く思ったのだ。
懐かしくも幸せな思い出だ。
けれど、過去と決別して前に進まなければならない。
(……もうあなたを支えて、守れそうにないわ。ごめんなさい)
本当は、昔あそこまで言ってくれたパトリックを自分は繋ぎ止められなかったのだと認めるのが恥ずかしかった。
最近彼と会ったばかりのローズマリーに負けたと認めるのが悔しくて、昔の約束を守れない自分になるのが嫌だっただけだ。
(……大切にすべき人は、パトリック殿下以外にもいたのに)
侍女たちはマデリーンをあんなにも心配して気を遣ってくれている。
兄は確かに最近なかなか会えないけれど、最後に顔を合わせたとき、『何かあれば力になるよ』と言ってくれていた。
母もそのとき、自分をまっすぐ見て何度も頷いていた。
父と最後に話したのはもういつのことだか覚えていないが、日記の記述が本当なら父もマデリーンを案じてくれていたのだろう。
彼らに失望されてしまうことがこんなにも怖い。
我慢し続けた自分が、本当は泣きたかった自分が、ずっと押し込めてきた本当の自分が悲鳴を上げているような気がした。
自然と涙が流れてくる。
けれど、変わりたいと願うならば泣いてばかりはいられない。
(運命を変えるためにはどうしたらいいの……?)
思い出に縋るように、絵本に視線を向ける。
その瞬間、あることを思いついた。
それは決して褒められた方法ではないけれど、この状況を一変させるほどの説得力があった。
今までのマデリーンならば絶対にやらなかっただろう。今だって、自分の生死がかかっていなければ、したくないことだ。
(そんなことをしたら、お父様とお母様にご迷惑をかけてしまう。でも……)
けれど、マデリーンが今までの自分を貫こうとする限り、この現状を大きく動かすのは難しい。そんな状況を作り上げたのが今までの自分だということもわかっている。
今、パトリックに反撃するためにできることはこれだけだ。
彼への気持ちを断ち切った今、手段は選んでいられない。
(このままで終われるわけがないでしょう……!)
手のひらをぐっと握り込んだ後に力強く日記帳を開いた。
マデリーンが今までのような自分でいたことでこの事態を招いてしまったのなら、マデリーンが今のマデリーンでなくなれば、逆にうまくいくのではないか。
それにこのタイミングで絵本を開いたことにも、なにか意味があると思えて仕方なかった。
大きく息を吐き出す。心臓が激しく音を立てるのがここまで聞こえてくる。
震える手で羽根ペンを取った後、感情のままに手紙を書き綴る。
パトリックからパーティーのドレスを贈られることはなく、エスコートを断られたこと。
学園でも仲睦まじい様子の二人の姿を度々目撃して、ローズマリーとパトリックの関係に心を痛めていること。
涙を拭うことすら忘れていた。己のプライドとの戦いだった。
(こんなこと……日記を見つける前だったら絶対にしなかったわ)
後悔が押し寄せてくる前に、急いで封筒に手紙をしまった。
理性は他にもやり方があるはずだと必死に訴えかけてくる。この後のことを考えて心が押し潰されるように痛んだ。
(このまま海に飛び込むなんて……ふふっ、まるで悲劇のヒロインね)
そっとサイドテーブルに封筒とメモを置いて、絵本は元の場所へと戻す。
あの日記帳は誰にも見つからない場所にしまい込んだ。
マデリーンはゴシゴシと目元を擦りながら涙を拭った。
そして、立ち上がる。
(すべてを捨てるわ。この状況をひっくり返すためにっ!)
マデリーンは勢いよく窓を開けた。
冷たい海風が、やめろとばかりに部屋に吹き込んで髪を揺らす。
夜の海は不気味ではあるが怖くはなかった。
(わたくしなら大丈夫……この作戦なら絶対にうまくいくから)
言い聞かせるようにして胸に手を当てた。
すぐに違和感に気付いてもらうために、窓は全開にしておいた方がいいだろう。
靴を脱いでから、窓の縁に体を乗り出した。
そしてマデリーンは窓から海に向かって飛び込んだのだった。
パトリックはマデリーンではなくローズマリーにドレスを買い与え、彼女を伴ってパーティーの会場に現れたこと。
何より驚いたのは、もしそうなった場合の次善策として考えていたドレスや髪型がピタリと当てはまっていたのだ。
(これも、これもそう……すべてわたくしが考えていたことだわ)
初めは半信半疑だったが、次第に日記を食い入るように読んでいた。
読み進めていくと、マデリーンがローズマリーに数々の嫌がらせをしていたなどと、あらぬ罪が被せられることが書かれている。
(嫌がらせ……わたくしがローズマリー様に? ありえないわ!)
マデリーンがしていたのは貴族としての振る舞いについての注意。
ローズマリーのマナーがあまりにも悪く、それを直すようにアドバイスしただけだ。
嫌がらせや暴力、虐めなどは一切行っていない。
むしろ、周りの令嬢たちからもかなり反感を買っていたローズマリーを庇い立てることさえしていた。
自分が間に入ることで令嬢たちの怒りを緩和して、ローズマリーに同じことを繰り返さないように、言い方を選んで注意したつもりだ。
これも学園の平和を乱さないための配慮だったはずなのに、どうしてこんな形に捻じ曲がった解釈をされたのかが不思議である。
周囲にいる令息や令嬢たちだって、その場面を間近で見ていたはずだ。
長年、顔見知りの令嬢や令息たちとは、なるべくいい関係を築いてきたつもりでいた。
将来、国を支えていく大切な仲間だと思っていたからだ。
それなのに、何故こんなことが起こってしまったのだろう。
その理由は次のページに書かれていた。
読み進めていくうちに日記が破れそうになるほどに握りしめていた。
ガタガタと震えるマデリーンの手。全身に鳥肌がたつ。
(まさか、あの子たちがわたくしを裏切るというの? そんな…………こんなことって)
手から日記帳が滑り落ちていき、バタンという音と共に床に落ちてしまう。
あまりのショックにマデリーンは両手で顔を覆った。
(あんなに一緒に過ごしたのに……っ。それなのにすべてわたくしの犯行だと証言したというの? 彼女たちに裏切られてしまうなんて……! 誰か、嘘だと言ってちょうだい)
今まで我慢していた涙が次々に溢れていく。
マデリーンをローズマリー虐めの犯人に仕立て上げたのは、いつも一緒にいる三人の令嬢たちだったのだ。
彼女たちを心から信頼していた。
身分など関係なく、彼女たちと喋る時間は癒しだった。
(そう思っていたのは、わたくしだけだったの……?)
彼女たちもマデリーンのことを好いていてくれているのだと思っていた。
そう信じて疑わなかったのに……
『……マデリーン様がローズマリー様に危害を加えたのを見ましたわ……』
『…………わ、わたくしも』
『……わたしもマデリーン様に言われましたわ。怖くて、逆らえなかったんですっ』
パーティーの場で、彼女たちはそれぞれ、このように言ったらしい。
誰も手を差し伸べてくれなかった理由は、一番近くにいる彼女たちのこの証言も大きいのだろう。
事細かに書かれている台詞を信じられない気持ちで見ていた。
その時の絶望感を考えるとスッと体が寒くなる。
信じていた友人から裏切られ、尽くしてきた婚約者から見限られて、一人で崖の上から身を投げて孤独に死んでいく。
誰にも手を差し伸べられることもなく、差し伸べてくれたかもしれない手に頼ることすら思いつかず、自分を自分で殺してしまうのだ。
(変えられない運命……ここに書かれていることが現実になってしまったら?)
今までマデリーンが積み上げてきたものは何だったのだろうか。
(パトリック殿下のためにしていた血の滲むような努力は何の意味があったというの? 今まで築き上げてきた友情は偽物だった……? こんな現実、耐えられないわ)
マデリーンは信じられない気持ちで髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
心は荒波を立てたまま、マデリーンを追い詰めていく。
ふと、鏡に映る自分と目があった。
毎朝、気合を入れて巻いていたアイスブルーの髪はボサボサで見る影もない。
涙に濡れた冷たい氷のような青い瞳。メイクは涙で濡れてぐちゃぐちゃになり、ひどいありさまだ。
誰よりも強くあろうと、素晴らしい令嬢であろうとした。
ウォルリナ公爵家の者として、また国を支えていくものとして恥じぬように頑張ってきたのに。
これが、誰よりも気高くあろうとしたマデリーンの末路だというのだろうか。
しかし今、マデリーンは悲しみよりも裏切られた怒りが勝っていた。
(許せないわ。こんな運命があってたまるもんですか……っ!)
血が滲むほどに唇を噛んだ。
奥歯を噛み締めたためか、ギリギリと歯が擦れた音が聞こえる。
マデリーンは腕で乱暴に涙を拭う。そのまま手のひらをぐっと握り締めた。
(…………絶対に諦めたくないわ。こんな運命、すべてぶち壊してやる)
絶望的な状況で希望の糸を手繰り寄せようと必死に思考を巡らせる。
(どうする……? 考えるのよ、マデリーン)
もう一週間しかない。正攻法ではきっと太刀打ちできないだろう。
しかし、日記にも書いてある通り、このことを前もって知ることができたのは幸運だったのだ。
今、この瞬間から己の運命を変える機会を手にできたのだから。
(わたくしは生き残るために、パトリック殿下とプライドを切り捨てる……!)
日記を最後まで読み終え、マデリーンは覚悟を決めたように立ち上がる。
(けれど、どんなことがあろうとも、わたくしが悪になることは避けなければならないわ……こんな未来になっても愛してくれた家族のためにも)
国外追放だけを避けるなら、その場で魔法を使って抵抗すればいい話だ。
何故なら、パトリックを守るために攻撃用の魔法を覚えたことを、彼本人には伝えていない。
パトリックはマデリーンが自分より強くなることを毛嫌いしていたからだ。
水の乙女と氷の乙女の称号を賜った時も、お祝いの言葉を言ってくれるのかと思いきや、『たかがそのくらいで調子に乗るなよ』と吐き捨てたのである。
それ以降、マデリーンは新たに習得した魔法をパトリックに伝えておらず、結果彼は婚約者の使える魔法を過小評価していた。
更に、純粋な魔法の力自体も、どう考えたってパトリックよりもマデリーンの方が強い。パトリックが魔法の研鑽を最低限しかしていないからだ。
とはいえ、魔法を使っての抵抗は、やりすぎてしまえばこちらが加害者になりかねない。
パトリックが根回しをしている貴族が大勢いる中では悪手だろう。
ではマデリーンの今までの努力が今回まったく役に立たないかというと、そんなことはない。
水は生活する上でなくてはならないものだ。そして、夏に水を確保するには、氷魔法が大きく役に立つ。
水魔法の使い手は貴族の中にたくさんいるが、氷魔法の使い手は少なく、この国でマデリーンほど氷魔法を使える人間は他にいない。
王家としてはマデリーンを手放せないはずだ。
パトリックがいつか振り向いてくれると心のどこかで自惚れていたのも、自分の魔法が国にとって有益だと自負していたからであった。
(国王陛下なら、絶対にわたくしを国外に追い出したりしないわ。きちんと理由を聞いて調査するはずよ。万一罪を犯していたとしても、国内に留めようと動く。氷魔法の使い手を失った上にお父様の反感を買うなんて避けたいでしょうから……)
パトリックとてそれはわかっているはずだろうに、やはりその目を曇らせたのはローズマリだろうか。
国にとっての有益性はさておき、希少性でいえばマデリーンよりローズマリーが勝る。
更に言えば、元々平民だったローズマリーは、今も王城に程近い魔法研究所で魔法の訓練を受けている。
これからローズマリーがどんなに花魔法を強化しても、物心ついた頃から炎魔法を扱っているパトリックには敵わない。
彼にとってマデリーンよりか弱く守るべき女性なのだ。そんなところもローズマリーを選ぶ要因になったのだろう。
(はぁ……本当に腹立たしい。わたくしがこんな扱いを受ける日が来るなんて夢にも思わなかった……気付かないうちに、まさかここまではしてこないだろうという驕りがあったのかもしれないわ)
おそらくあの日記を書いた未来の自分にとっても青天の霹靂だったのだろう。
ドレスを贈られなくても、エスコートを受けなくてもパトリックとの関係ごと覆されることは起きないと思い込んでいた。
そこをひっくり返すような行動をとられたことで、ショックを受けすぎて抵抗する気もなくなったに違いない。
(とはいえ、こういうそもそもの前提をひっくり返す策は、パトリック殿下も得意じゃないはず……きっと、誰かがパトリック殿下に入れ知恵をしたのね……!)
犯人を突き止めたい気持ちはあったが、一週間でそこまでできる自信はない。時間が足りなすぎる。ウォルリナ公爵家を失脚させたい誰かだろう、と心に留め置くのが精々だ。
(……それにしても、わたくしが思っているより、パトリック殿下はずっと愚かだったのね。どうして彼がいいと思っていたのかしら。昔の約束に縛られ続けて現実を見なかった、わたくしも愚かだったわ)
やっと夢から醒めたような気分だ。
マデリーンが避けるべきなのはパトリックの権限で問答無用で馬車に乗せられ、山奥に送られることだ。国王の目が行き届かずパトリックの権限でそんな理不尽が罷り通ってしまうのは、卒業パーティーの夜のみ。
ならば、何とかして卒業パーティーに出席できない理由を作ればいい。
卒業パーティーまでに婚約解消の理由を作ることができれば、尚良いだろう。
(今までずっと我慢してきた。それを全部無にするのは死ぬほど悔しいけど、自分の命の方が大切だもの!)
しかし卒業パーティー欠席はともかく、婚約解消はかなりハードルが高い。
理由なくマデリーンからパトリックとの婚約の解消を申し出れば、プライドが高い彼のことだ、反発されてしまうかもしれない。
それでも今ならばローズマリーを選びすぐに婚約を白紙にしてくれる可能性はあるが、裏に誰かついているならば、それも厳しいのではないだろうか。
今からローズマリーとパトリックの不貞行為の証拠を集めても、卒業パーティーに間に合うかはわからない。
両親を頼ればどうにかなるかもしれないが、父や母が仕事を投げ出してまでこちらを優先してくれるとまでは思えなかった。
いつもそばにいた友人たちにも頼めない。マデリーンを裏切る可能性があるからだ。
(もう……どうしたらいいの)
マデリーンは部屋をウロウロとしながら考えを巡らせ、重たい溜息を吐いた。
今日を含めて一週間。実質六日で状況をひっくり返すことなど本当にできるのだろうか。
両親に日記帳を見せたいところではあるが、証拠にはなりえないし、そもそも今日も二人とも泊りがけの仕事に出ているため屋敷にはいない。
何かいい方法はないかと本棚に向かい、状況打開のヒントを探して本を開いていく。
ふと、一冊の絵本を手に取った。
幼い頃、寝る前に兄によくこの絵本を読んで欲しいとせがんだことを思い出す。
母からもらった大切な絵本だ。
『マデリーン、この絵本はね……わたくしの宝物なの』
そう言っていたことを思い出す。
当時から父と母がほとんど屋敷を開けていたので、兄が両親の代わりだった。
「懐かしい……」
表紙には海と一人で佇む女の子の絵があった。
一ページ目にいたのは泣いている一人ぼっちの女の子。
二ページ目には海に現れた不思議な男の子と約束を交わすシーン。
次のページには、いつまで経っても会えない男の子を想いながら、寂しくなった女の子が海に飛び込むシーンが描かれていた。
今となっては、少年が海から突然現れたからといってどうして海に飛び込むのかと不思議に思ってしまうが、子どもの頃のマデリーンは、その後のキラキラと輝いた海の場面に夢中だった。
主人公の女の子も、海の鮮やかな景色に目を奪われる。
海では魚もイルカもクラゲもそばにいてくれたので寂しくなかった。
次第に地上のことを忘れていく女の子は海で楽しく暮らしていた。
そんな女の子を、何故か、海の底まで探しに来てくれる男の子。
二人で海を出ることになるのだが、女の子は大好きだった男の子のことも忘れていた。
女の子の記憶を海の仲間たちが届けてくれて、男の子と結ばれてハッピーエンド。
パタリと絵本を閉じると、背表紙には二人が仲良く手を繋いでいる後ろ姿が映っていた。
(……海に飛び込んで記憶が消えてしまう。王子様が迎えに来てくれてハッピーエンド、ね)
この絵本の女の子が少しだけ羨ましく思えた。
マデリーンは窓の外に顔を向ける。
ウォルリナ公爵家の屋敷は、海を見下ろすことができる場所に建っている。
代々水魔法の使い手であるため、海辺の近くの方が魔法の練習がしやすいからだろう。
ザーザーと波の音が耳に届く。夜の海は静かでどこか不気味だが美しい。しかし、そのまま吸い込まれてしまいそうになる。
(…………綺麗)
ここ数年、窓の外の景色を見る余裕すらないほどに自分は追い詰められていたのだと気付いた。
パトリックの婚約者に選ばれる前のマデリーンは、朝から晩までずっと海にいるほどに水が好きな子どもだった。
砂浜まで迎えにきてくれた兄に『まだ遊びたい』とねだって、一緒に遊んでもらったほどだ。
貴族の令嬢としては失格かもしれないが、自由に砂浜を駆け回れていたあの頃は、本当に楽しかった。
けれどパトリックが白い肌が好きだと聞いたから、肌を気遣って日焼けしないように海に行かなくなってしまう。
婚約者になってからは、魔法講師の指導を受けて己を必死に高めながら、淑女としての教育も受けていたため、そもそも海に行く時間がなくなった。
今も変わらず忙しい両親はもちろん、騎士となった兄とも顔を合わせることはほとんどない。
大好きな家族のために頑張ろうと思う気持ちは変わらないが、今ではその純粋な想いも複雑な何かが絡み合って、うまく表現ができないでいる。
潮風の香りが鼻腔を掠めた。
大きく息を吸い込んで吐き出してから、そっと瞼を閉じる。
約束を交わした日のことを思い出す。
昔、ウォルリナ公爵邸で開かれたパーティーで、皆に仲間外れにされて泣いていた男の子を庇ったことがあったのだ。
『もし今後あなたに何か言う人がいたら、わたくしが捻り潰してさしあげますわ!』
今思えば令嬢らしからぬ過激な発言ではあるが、泣いている彼を放ってはおけなかったのだ。
その後、海へと連れ出して侍女たちが探しに来るまで二人でずっと話していた。
男の子の泣いていた顔がだんだん笑顔になっていくのが嬉しかった。
光が反射した彼の髪は綺麗なオレンジ色で、まるで太陽のようにキラキラと輝いている。
『マデリーン様の髪は海からの贈り物ですね。とても綺麗だ』
そう言われて心臓が高鳴っていく。
マデリーンがお礼を言った後、言葉を詰まらせながら彼はこう言ったのだ。
『今よりも強くなって、あなたに相応しい男になれたら、僕と結婚してください。僕が必ず君を幸せにするから……!』
確かにそのとき、マデリーンも、彼と結婚して支えたい、守ってあげたいと強く思ったのだ。
懐かしくも幸せな思い出だ。
けれど、過去と決別して前に進まなければならない。
(……もうあなたを支えて、守れそうにないわ。ごめんなさい)
本当は、昔あそこまで言ってくれたパトリックを自分は繋ぎ止められなかったのだと認めるのが恥ずかしかった。
最近彼と会ったばかりのローズマリーに負けたと認めるのが悔しくて、昔の約束を守れない自分になるのが嫌だっただけだ。
(……大切にすべき人は、パトリック殿下以外にもいたのに)
侍女たちはマデリーンをあんなにも心配して気を遣ってくれている。
兄は確かに最近なかなか会えないけれど、最後に顔を合わせたとき、『何かあれば力になるよ』と言ってくれていた。
母もそのとき、自分をまっすぐ見て何度も頷いていた。
父と最後に話したのはもういつのことだか覚えていないが、日記の記述が本当なら父もマデリーンを案じてくれていたのだろう。
彼らに失望されてしまうことがこんなにも怖い。
我慢し続けた自分が、本当は泣きたかった自分が、ずっと押し込めてきた本当の自分が悲鳴を上げているような気がした。
自然と涙が流れてくる。
けれど、変わりたいと願うならば泣いてばかりはいられない。
(運命を変えるためにはどうしたらいいの……?)
思い出に縋るように、絵本に視線を向ける。
その瞬間、あることを思いついた。
それは決して褒められた方法ではないけれど、この状況を一変させるほどの説得力があった。
今までのマデリーンならば絶対にやらなかっただろう。今だって、自分の生死がかかっていなければ、したくないことだ。
(そんなことをしたら、お父様とお母様にご迷惑をかけてしまう。でも……)
けれど、マデリーンが今までの自分を貫こうとする限り、この現状を大きく動かすのは難しい。そんな状況を作り上げたのが今までの自分だということもわかっている。
今、パトリックに反撃するためにできることはこれだけだ。
彼への気持ちを断ち切った今、手段は選んでいられない。
(このままで終われるわけがないでしょう……!)
手のひらをぐっと握り込んだ後に力強く日記帳を開いた。
マデリーンが今までのような自分でいたことでこの事態を招いてしまったのなら、マデリーンが今のマデリーンでなくなれば、逆にうまくいくのではないか。
それにこのタイミングで絵本を開いたことにも、なにか意味があると思えて仕方なかった。
大きく息を吐き出す。心臓が激しく音を立てるのがここまで聞こえてくる。
震える手で羽根ペンを取った後、感情のままに手紙を書き綴る。
パトリックからパーティーのドレスを贈られることはなく、エスコートを断られたこと。
学園でも仲睦まじい様子の二人の姿を度々目撃して、ローズマリーとパトリックの関係に心を痛めていること。
涙を拭うことすら忘れていた。己のプライドとの戦いだった。
(こんなこと……日記を見つける前だったら絶対にしなかったわ)
後悔が押し寄せてくる前に、急いで封筒に手紙をしまった。
理性は他にもやり方があるはずだと必死に訴えかけてくる。この後のことを考えて心が押し潰されるように痛んだ。
(このまま海に飛び込むなんて……ふふっ、まるで悲劇のヒロインね)
そっとサイドテーブルに封筒とメモを置いて、絵本は元の場所へと戻す。
あの日記帳は誰にも見つからない場所にしまい込んだ。
マデリーンはゴシゴシと目元を擦りながら涙を拭った。
そして、立ち上がる。
(すべてを捨てるわ。この状況をひっくり返すためにっ!)
マデリーンは勢いよく窓を開けた。
冷たい海風が、やめろとばかりに部屋に吹き込んで髪を揺らす。
夜の海は不気味ではあるが怖くはなかった。
(わたくしなら大丈夫……この作戦なら絶対にうまくいくから)
言い聞かせるようにして胸に手を当てた。
すぐに違和感に気付いてもらうために、窓は全開にしておいた方がいいだろう。
靴を脱いでから、窓の縁に体を乗り出した。
そしてマデリーンは窓から海に向かって飛び込んだのだった。
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