婚約破棄されるまで一週間、未来を変える為に海に飛び込んでみようと思います

●やきいもほくほく●

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1巻

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  【第一章 婚約破棄まで一週間】 


 ガイナ王国、公爵邸。とある夜、悲痛な叫びが令嬢の部屋に響く。

「パトリック殿下はどうしてわかってくださらないのかしら。それにあの女の態度、本当に許せないわ……!」
「マデリーンお嬢様、落ち着いてくださいませ」
「──わたくしに触らないで!」

 侍女が伸ばした手は弾かれる。
 パチンと痛々しい音が鳴るが、今の彼女……マデリーンにそれを気遣う余裕はなかった。

「どうして……っ、わたくしが何を間違えたというの!?」
「……マデリーンお嬢様」

 マデリーン・ウォルリナはガイナ王国の三大公爵の一つ、水の公爵と呼ばれるウォルリナ公爵家に生まれた公爵令嬢だ。
 この国の貴族たちは脈々と受け継がれる血筋によって魔法を使うことができた。
 魔法の力の強さは研鑽によって成長するが、魔法の種類自体は生まれた時から定まっている。
 稀に平民の中からも魔法を使える者が現れては、子どもに継がれるどころか本人すら一生使いこなせることはないため、

『誰でも魔法が使えるようになる道具や書物を生み出している魔女がいる』
『魔女の生み出したものによって得た魔法は、魔女の気まぐれで取り上げられてしまう』

 という噂がまことしやかに語られているが、実際は、貴族との間の不義の子やその子孫が魔法を使えるようになり、ろくな鍛錬を積まないために消えてしまった、というのが通説となっている。
 したがって、この国で魔法を使いこなせるということは、貴族の血を引き、たゆまぬ努力を積んできたという何よりもの証拠だ。
 爵位や後継者選びに大きな影響を及ぼすほどに絶対的なものである。
 特に、その属性で一番強い力を持っている貴族の令嬢には〝~の乙女〟という称号が王家から与えられる。それを賜ると多少の爵位の垣根を越えて婚姻の縁を結ぶことができるため、貴族の令嬢たちは幼い頃から魔力を高めるために懸命に努力していた。
 マデリーンとて例外ではなく、その努力を誰よりも知っている古参の侍女が目元を押さえる。

「お嬢様は〝水の乙女〟であり〝氷の乙女〟でもあるというのに……おいたわしい」

 ウォルリナ公爵家は、水の公爵の名が示す通り、水魔法を得意とする者が多い。マデリーンはその先祖代々の水魔法に加え、氷魔法の適性も持っていた。
 そして、この国の第一王子であるパトリック・ドレ・ガイナの婚約者でもあった。
 王家の人間は、数少ない例外を除いて、鮮やかなオレンジ色の髪と金色の瞳を持ち、炎魔法を使い、その強い力でガイナ王国をまとめ上げている。
 パトリックもそうなるのだろうと思い、未来の王妃になるため、マデリーンは血の滲むような努力をして自分を高めてきた。

『今はわたくしを見てくださらなくても、パトリック殿下は必ずわたくしの気持ちに気付いてくださる……だって、「あの約束」を覚えていてくださったんだもの』

 それがマデリーンの口癖だった。
 しかし、成長するにつれ、パトリックとの心の距離はどんどんと開いていくばかり。
 彼に立派な国王になって欲しいという思いから意見しても『うるさい』と撥ね除けられてしまう。
 不真面目な彼を見て、マデリーンの心は痛む。

(ドウェイン殿下は王位継承権から遠くとも懸命に励んでらっしゃるのに……)

 王家の数少ない例外――それがこの国の第二王子でパトリックの弟、ドウェイン・ドレ・ガイナだ。
 彼はガイナ王国でも初めてとなる毒魔法の使い手だった。
 その人間しか使えない魔法を発現した者は当然優遇されるのだが、彼の場合は事情が複雑だった。
 歴代の国王たちは、オレンジ色の髪と金色の瞳を持ち、炎魔法を操る。しかし彼の髪の色は黒で瞳の色は紫色、更に彼には炎魔法の適性はない。
 王族の魔法属性と色を継げなかったことで、ドウェインは随分と肩身の狭い思いをしてきた。
 しかし彼は挫けることなく、逆境をけて、民の役に立つために動いている。
 マデリーンはそんな彼を心から尊敬していたが、パトリックはドウェインを嫌っていた。
 努力家で民のために動く弟を、王族らしからぬ見た目と毒魔法が役立たないというだけで馬鹿にしているのだ。
 もっとも、王子たちの仲がよくないこと自体には致し方ない理由がある。
 この国にはまだ、王太子がいない。
 ガイナ王国では代々、特殊な方法で王太子を選んでいた。
 長子が成人する年に、それまでの国民への貢献度を調査、更に三大公爵の票をより多く集めた者を王太子とする。
 一見、長子が優位に見える制度だが、自分が有利だと思い込んだ長子が次子やその下の弟妹に未来の王位を持っていかれた前例はいくらでもある。
 そのため、王子たちは幼い頃から三大公爵の子どもと婚約するなどして票を集め、国民のために何ができるかを考えて動き回る。
 ここでも当然、魔力の強さは大きく影響するため、魔法の腕を磨くことも必須だ。
 そうして競い合う結果、険悪な仲になるというのなら、マデリーンとしても心を痛めはするが納得もする。
 しかしパトリックは最初から自分が国王となると信じて疑わないようだった。
 ドウェインが毒魔法の適性だけを持って生まれた時点で答えは決まっているから、と言うのだ。
 マデリーンが歴代の王位争いを根拠にそんなことはまったく関係ないと進言したところで、パトリックは聞く耳を持たない。
 成長と共にどんどんと傲慢になっていくパトリックが国王になる未来が、まったく見えなかった。
 それでもマデリーンがドウェインではなくパトリックのそばにいるのには理由があった。
 それは幼い頃に交わした約束があったからだ。

『今よりも強くなって、あなたに相応しい男になれたら僕と結婚してください。僕が必ず君を幸せにするから……!』

 もう前後の記憶も曖昧な思い出ではあるが、約束の言葉と、オレンジ色の髪が海風で揺れ、涙で濡れた金色の瞳がマデリーンをまっすぐに見つめていたことは覚えている。
 その告白を思い返すたびに心が熱くなるのだ。
 その約束から数年後、パトリックに『結婚して欲しい』と言われたマデリーンは天にも昇る気分だった。幼い頃に交わした約束を覚えていてくれたからだ。
 この人がわたくしの運命の人だ、この人しかいないと思った。
 だからこそ、彼が成長して心を入れ替えてくれるまで支え続けなければと思う反面、このままでは幸せになれないと、マデリーンはわかっている。
 婚約さえしてしまえば用済みと言わんばかりにパトリックは冷たくなった。
 彼から愛のある言葉など、一度も言われたことはない。
 幼い頃の温かい記憶は蝋燭の火のように弱まっていき、ついには消えてしまいそうだった。
 幼い約束に縛られているのはよくないと自分でもわかっている。
 聞く耳を持たないパトリックが、もうあの時の約束を覚えている様子はない。
 それでも『強くなる』『幸せにする』と言ってくれたパトリックを信じようと決めたのは、今までの自分の気持ちを無碍にしたくなかったからかもしれない。
 いつかはきっと……そんな気持ちで誤魔化し続けていた。
 彼を信じて我慢し続けたマデリーンが、悲痛な叫びをあげるほどに追いつめられたのは、ある令嬢が現れたことによる大きな変化がきっかけだ。
 ローズマリー・シーア。
 シーア侯爵が孤児院から迎え入れた養女である彼女は、花を生み出せる特殊な魔法を使った。彼女しか使えない珍しい魔法である上に、そもそも平民が魔力を持って生まれてくることが滅多にないことである。近く〝花の乙女〟の称号を賜る予定だそうだ。
 パトリックは今、ローズマリーに夢中だった。
 マデリーンという婚約者がいながら、彼女のことしか頭にない。ローズマリーはパトリックの心を、いとも簡単に奪い取ってしまう。
 ローズマリーは同性から見ても、とても可愛らしい少女だった。
 陽だまりのような眩しい笑顔に桃色の髪と緑色の瞳は本当に花のように美しいと思った。
 天真爛漫で無邪気な性格。温かみのある笑顔を振りまく彼女は男性の目を惹きつけるのだろう。

(わたくしとは正反対ね……)

 パトリックは今やマデリーンの前でも堂々と彼女に惜しみなく愛を注いでいる。
 そのたびに降り注ぐ周囲からの憐れみの視線は、マデリーンにとって耐え難いものだ。
 余裕を持って毅然とした態度で振る舞うものの、心は不安で押しつぶされてしまいそうだった。
 何とかパトリックに考え直してもらおうと必死に訴えるが、彼は相変わらず聞く耳を持たない。
 ローズマリーを守りながらマデリーンを敵として責め立てる。
 咎めれば咎めるほど、指摘すればするほど、マデリーンを悪役として盛り上がっていく。
 二人の気持ちを止める術はない。


 学園の卒業パーティーまで一週間と迫った今日。
 ついにパトリックから『卒業パーティーには一緒に出席できない』と言われてしまった。
 嬉しそうに寄り添う二人の背中を見ながら、伸ばす手が力なく落ちていった時の虚しさが忘れられない。
 そして今、自室で泣き叫ぶマデリーンの心の中は、悲しみと憎しみに支配されていた。
 パトリックのために完璧でいようとした。
 ウォルリナ公爵家の者として、乙女の称号を賜った者として、常に民の模範になれるよう行動していた。多くのものを得てはいたが、少しのミスも許されないというプレッシャーとプライドに、一人で押し潰されそうだった。
 それもすべて、パトリックと二人で幸せになるためだったのに……。
 普段のマデリーンであればここまで声を荒らげることなどなかったが、パトリックとローズマリーのことを考えると感情が溢れ出して止まらなかった。
  

 しばらくして、激情がいくらか落ち着いたマデリーンは、震える手を握り込んだ後、なけなしの理性を掻き集めて、大きく息を吸い込んだ。

「あなたたち……本当に、ごめんなさい。怪我はないかしら?」
「マデリーンお嬢様、私たちは大丈夫ですわ」
「……わたくしもまだまだね。こんなことで取り乱して、わたくしらしくないわ」
「マデリーンお嬢様、私たちは皆、マデリーンお嬢様の味方です!」
「そうです。悪いのはパトリック殿下とあの女ですわ……!」

 とんだ失態を見せたというのに、侍女たちは心配そうにマデリーンに寄り添ってくれる。

「旦那様や奥様に一度相談なさってください!」
「そうなさるべきですわ。国王陛下や王妃陛下だってマデリーン様の味方をしてくださるはずです……!」

 必死に訴えかけてくる侍女たちを見て、マデリーンは大きく首を横に振る。

「…………ダメよ」
「ですが、マデリーンお嬢様……!」
「お忙しいお父様やお母様、国王陛下や王妃陛下に迷惑をかけたらいけないもの。自分でなんとかするわ。今日は下がって休んで」
「ですが……!」
「本当にごめんなさい。今は一人にしてちょうだい」

 マデリーンは無理やり笑顔を作った。

「……かしこまりました」
「マデリーンお嬢様、無理をなさらないでくださいね」

 そう言うと侍女たちは、心配そうに部屋から出て行った。
 マデリーンは再度溢れそうになった涙を隠すように上を向く。
 それから額に手を当てた後、大きなため息を吐いた。

(こんなふうに彼女たちに八つ当たりしてしまうなんて恥ずかしいわ。淑女として失格ね)

 扉が閉まったことを確認してから、マデリーンはもう一度ため息を吐いた。
 鏡を見れば、今にも泣き出しそうな自分の姿が映っていた。

(こんな顔でいたら、皆に心配されるのも当然だわ……)

 机の引き出しを開けて、家族との温かい思い出が書かれた昔の日記帳を見ようと手を伸ばす。
 両親がプレゼントしてくれた日記帳はマデリーンのお気に入りだ。

(……懐かしい)

 幼い頃から日記をつけることが習慣になっていたが、最近の日記を開いても嫌な内容ばかりだ。
 昔は、今の姿が嘘のように毎日浜辺を走り回ったり、お菓子を食べたり、兄に甘えたり……思い出すのは幸せに笑顔で過ごしていた日々。
 両親は忙しくて寂しい気持ちはあったけれど、兄と使用人の皆がいつもマデリーンのそばにいた。
 両親も時間があるときはマデリーンを可愛がってくれた。
 まだパトリックと婚約する前の家族との思い出を振り返ると心が安らぐ。
 思えば、パトリックと婚約してからはずっと、息の詰まりそうな毎日を過ごしていた。
 彼を支えるために覚えることもやることもたくさんあったのに。
 パトリックとはうまくいかず、忙しい家族に迷惑を掛けないようにと振る舞えば、逃げ場がなくなる。
 マデリーンは次第に、笑うことを忘れていった。
 そんな日々にも耐えて、血の滲むような努力で勝ち取った水の乙女と氷の乙女の称号。
 周囲から褒め称えられたとしても、心の中はどこか空っぽで苦しかった。
 婚約者として恥じぬように。自慢の娘として誇ってもらえるように。そう思っていたのに、パトリックに声は届かず、両親には声をかけることを躊躇してしまう。
 肩を寄せて家族と共に抱き合っている姿を思い出しては懐かしく思う。
 昔はうまく甘えられたはずなのに、今はもう誰にも頼ることはない。これだけ頑張っても報われない。
 その気持ちが心に影を落とす。
 昔の日記帳を仕舞って、今日の出来事を書こうと引き出しの中を探っていると、指にコツンと何かが当たる。

(何かしら、このボロボロの本……)

 取り出してみると、随分と古びた本が引き出しの中から出てきた。ボロボロになっている本の表紙をそっと撫でる。
 懸命に記憶を手繰り寄せてもコレが何なのかはわからない。
 強いて言うならば、今、書いている日記帳がちょうどこんな感じの色の表紙だ。
 見比べてみようと引き出しに手を伸ばして探してみるが、見当たらない。

(どうして……? 昨日も日記を書いてここに入れたはずなのに)

 本の表紙に染み込んでいる涙のような染みを見ていると、嫌な気持ちが込み上げてくる。
 しかし何故かその本が気になって仕方ない。
 背筋がゾワリとするのに手放すのは惜しまれるような、不思議な感覚に襲われたマデリーンは、恐る恐る中を開く。
 そこにはマデリーンがいつも書いているように日付と文字が書かれていた。自分の筆跡だ。
 マデリーンの部屋は海に近い。保管には気を付けていたつもりだったが日記帳が劣化してしまったのだろうか。しかし一日でこうなることは考えづらい。
 そう不思議に思いながら何気なくページを開いたマデリーンは、目を見開く。

「これって……まさか!」

 そんなはずはないと、勢いよく本を閉じる。心臓はバクバクと脈打っている。
 マデリーンは首を横に振ってから「ありえないわ」と呟いた。
 今すぐその不気味な日記帳を窓から海に投げ捨てようと手を振り上げた時だった。


  ──タスケテ、オネガイ


 日記帳から声が聞こえた気がした。
 まさか、と自分の耳を疑った。
 誰かの悪戯かと思ったが、ここの屋敷には昔から父が厳選した信用できる使用人しかいない。日記帳をすり替えたり、ましてや声を吹き込んだりすることができるわけがない。
 仮にできたとしてもそんなことをする理由がないではないか。
 捨てようとした日記帳に再び視線を送り、自らを落ち着かせるようにサイドテーブルに置いてから距離を取る。
 マデリーンは自身が疲れているだけかもしれないと額を押さえた。
 けれどどうしても気になってしまいチラリと日記帳に視線を送る。
 汗ばむ手を拭い、震える手で日記帳を開く。
 ――そこには〝未来に起こること〟が書き込まれていた。
 そしてその書き込みの筆跡は、間違いなくマデリーンの字だ。
 だがマデリーンには、未来を予測するような日記を書いた記憶などない。
 指先が震えてうまく動かない。
 恐る恐るページを捲っていくと、他のページとは違い、殴り書きのように書かれている部分があった。
 日記の内容はこうだ。

『今、この日記を見つけたあなたは幸運よ……!
 信じられないかもしれないけど、ここに書かれているのは今から起こることなの。
 マデリーン……今日あなたはパトリック殿下から卒業パーティーに一緒に出席できないと言われて、悔しさに耐えながら思い悩んでいる頃でしょうね。
 もしくは昔の日記帳を見ながら落ち込んでいる頃かしら。
 これからどうすればパトリック殿下との仲を修復して、二人で幸せな未来に進めるのでしょう、って。
 でもね、あなたは今日から一週間後の卒業パーティーでパトリック殿下から一方的に婚約を破棄されるわ。
 これはもう変わりようがない運命なの。
 更にあなたは卒業パーティーでローズマリー様に危害を加えたという罪を被せられて、パトリック殿下から国外追放を言い渡されることになる。
 誰もパトリック殿下には逆らえない。放心状態のあなたは促されるまま馬車に乗り、森に投げ捨てられてしまう。
 恐らく前もって何人かの令嬢や令息に根回しをして、計画を立てていたのだと思うわ。
 悲しみに暮れて、絶望した未来のあなたは……わたくしは、判断を間違えてしまった。
 獣に食い殺される前に、せめてもと崖から飛び降りて自害してしまう。
 そんなことをするくらいなら、誰かに助けを求めるべきだったのに。
 国王陛下やお父様かお母様、お兄様……誰でもいい。
 そうすれば必ず助けてくれたわ。
 それから、わたくしを追放したパトリック殿下を許せなかったお父様と─────のせいで国は崩壊してしまう。
 多くの民が巻き込まれて国は壊滅してしまう。
 彼はずっと想いを寄せてくれていたのに、わたくしは─────を頼らなかった。
 もしここに書いてあることを信じてくれるのなら、死にたくないというのなら、どうかわたくしの言葉を信じて。
 運命を変えて、死ぬ気で抗ってちょうだい。
 この地獄のような結末をどうかあなたの手で変えて欲しい。
 マデリーン、お願い……!』

 バタンという音と共に勢いよく日記帳を閉じた。
 無意識に息を止めていたからか、苦しくて肩が上下に動いていた。

「はぁ……はぁ……っ!」

 目を見開いて、口元を押さえる。
 国外追放、誰も助けてはくれない、自害……信じられないような言葉が並んでいた。

(嘘よ……こんなの絶対に嘘だわ!)

 しかし、その中でも気になる一文があった。

『わたくしを追放したパトリック殿下を許せなかったお父様と─────のせいで国は崩壊してしまう』

 ところどころ涙で滲んで見えない部分があった。恐らく誰かの名前だろう。

(……皆、わたくしのために怒ってくれたというの?)

 愛されて育った自負はあるが、今のマデリーンと父たちとの関係は希薄だ。
 両親は国中を巡り、旱魃に苦しむ場所に赴いては水を恵んでいる。兄も騎士として城や街に行っては人助けをしていた。
 マデリーンは屋敷に帰ってきてもいつも一人だった。

(わたくしは、今でもこんなに愛されていたの……?)

 信じられない内容ばかりだが、誰かの悪戯だと一蹴することもできない。日記の中の自分が〝マデリーン〟に必死に助けを求めていたこともあり、もしかしたら本当に……という考えが頭をよぎる。

(わたくしが今日パトリック殿下から告げられたばかりのことが書かれていたわ。日付も合っているし……)
「い、いいえ! わたくしとの婚約を破棄できるわけがないじゃない。今まであんなにパトリック殿下に尽くしてきたんだもの。こんな日記……っ!」

 立ち上がって日記帳を仕舞うか捨てるかしてしまおうとするが、どうしてもできない。まったくのでたらめだと信じ切ることができないからだ。
 今にも張り裂けそうな胸を押さえるように手を握った。
 再びベッドに腰掛け、震える手で日記を開いて、内容を読み込んでいく。
 そこには信じられないことに卒業パーティーで追放されるまでの流れなどが事細かに書かれている。まるで物語のようだと思った。


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