54 / 60
四章
⑤④ オースティンside19
しおりを挟むついに痺れを切らして、サルバリー王国から逃げるようにペイスリーブ王国の王城へ父と母と共に足を運んだ。
急いで事情を説明して「今すぐにアシュリーに会わせてくれ」と頼むが、中から出てきた執事が抑揚のない声で「ギルバート殿下とアシュリー様は公務で出かけております」と言うだけだった。
もしかしたら嘘をついているのかもしれないと、引き下がるわけにもいかず、アシュリーに頼みたいことがあるんだと命令するものの、表情一つ動かさずに「いつ戻るか、我々は聞かされておりません」と繰り返し答えるだけだった。
こんな所でずっと騒ぎ続けるわけにもいかずに、仕方なく一度馬車へと戻る。
今のオースティンの状況では何度もペイスリーブ王国に行き来することはできない。
医師のカルゴがついてるとはいえ、これ以上は危険だと言った。
それにここに来るまで魔獣の脅威に晒されて何人かの騎士が戦ったがまったく歯が立たなかった。
サルバリー王国が魔獣によってぐちゃぐちゃに荒らされる様をこの目で見ることになった。
(なんてタイミングの悪さなんだ。そもそもアシュリーが手紙の返信を寄越さないからこんなことになったんだっ)
ギルバートとアシュリーは仲良く公務に行って、オースティンはユイナを失い病は進行し続けて立ち上がれないほどの高熱に魘されている。
(まだ何か条件を提示すれば……!けれどギルバートをどう説得すればいい!?ペイスリーブ王国には脅しは通用しないし、下手なことをすれば返り討ちにあうかもしれない……どうにかしてアシュリーを従わせることはできないだろうか)
サルバリー王国は今までずっとアシュリーの力で命を繋いできたことを思い知る。
しかしエルネット公爵達の金の無心と厚かましい態度のせいで憎しみばかりを募らせていた。
もしアシュリーの事情に気づいて状況の把握さえできていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
(もっと早くアシュリーと結婚していれば……こんなことになるならっ)
今更、選択を誤ったのだと気づいたとしても素直に認めることはできそうになかった。
結局現状は何も変わらぬままサルバリー王国に帰ろうとした時だった。
フラフラとした足取りで門の柵を掴み、大声で叫んでいる薄汚い格好をしている男女がいた。
よく目を凝らして見てみると、そこには……。
「あれは……まさか、エルネット公爵か?」
「嘘……でしょう!?」
そこには見窄らしい格好をしているエルネット公爵と夫人の姿があった。
派手なドレスと煌びやかで大ぶりなアクセサリーを着けていた公爵夫人は今は薄汚れたワンピース一枚だけ。
公爵に至っては膨よかだった体型は痩せ細り見る影もない。
するとエルネット公爵達は柵に掴みかかり、執事に向かって必死に手を伸ばす。
「少しでいい……ッアシュリーに、アシュリーに会わせてくれ!」
「アシュリー様はギルバート殿下と公務に出かけております」
「昨日も一昨日もそう言っていたぞ……!本当は王城にいるのだろう!?」
「契約書に書かれている通り、アシュリー様に関してあなたたちには何の権利もございません。これ以上、騒ぐようならばサルバリー王家に責任を取っていただきます」
「貴様ら、誰に向かって口を利いている!我々は由緒正しきエルネット公爵家だぞ……!?」
「そうよ!今すぐ謝罪なさいッ」
見苦しくも地団駄を踏みながら叫ぶエルネット公爵と夫人の姿は見ていられなかった。
懸命に見栄を張っているがその姿はもう……。
「でしたら正式に予定を組んでいらしてくださいませ」
「アシュリーに会わせてくれるだけでいいのよっ!少しだけでいいの……!アシュリーが結婚してから一度も会っていないのよッ!?親子なのにおかしいわよね!?」
エルネット公爵たちはアシュリーが結婚してから、 一度も顔を合わせていないようだ。
しかしループ伯爵の話を聞いた後ではそれも当然のように思えた。
それにもう大金と引き換えにロイスとアシュリーを手放したのはエルネット公爵たち自身なのだ。
涙ぐむエルネット公爵夫人にも表情を変えることなく、執事は右手を上げながら淡々と言い放つ。
するとすぐに騎士がやってくる。
「アシュリー様がそう望んでおられるのです」
「あの子がそんなことを言うわけないでしょう!?あの男のせいよ!あの男が邪魔しているに違いないわ。アシュリーに今すぐ会わせて!会わせてよぉお……っ!」
悲痛な叫び声が響いていた。
「少しでいいから金を貸してくれ」「アシュリーに会わせて」「今すぐ話をさせてくれ」
エルネット公爵たちが惨めに縋りつく様に言葉を失っていた。
「お帰りくださいませ」
「……頼む、頼むからぁ!」
「離してっ、離してよ……!」
会話から察するに、このようなやり取りは日常的に行われているのだろう。
騎士たちに引きずられて悲鳴のような叫び声を聞きながらエルネット公爵たちは投げ捨てられるように去った。
オースティンは衝撃的な変貌が目に焼きついて離れない。
そして自分がこうなってしまうのではと思うと頭がおかしくなってしまいそうだった。
1,170
お気に入りに追加
2,644
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです
青の雀
恋愛
第1話
婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?
Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」
私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。
さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。
ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。
青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。
婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。
王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる