60 / 60
四章
⑥⓪
しおりを挟むこれがアシュリーの望んだ結末だ。
もっと罪悪感に苛まれるかと思ったが心は空っぽのままだった。
(みんな大っ嫌い……)
この気持ちだけは何も変わらなかった。
数日後……オースティンは馬車の中で息を引き取ったそうだ。
サルバリー王国に戻ったが壊滅状態。
魔獣溢れる辺境を抜けるために馬車を捨てて、なんとか城に戻ったサルバリー国王と王妃は待ち構えていた貴族や国民たちに嬲り殺しにされたと聞いた。
サルバリー王国は崩壊し、アシュリーの願いは叶った。
ギルバートは騎士たちを派遣して辺境を魔獣から守り、街を立て直して支持を集めていく。
ロイスとアシュリーは元サルバリー王国の貴族たちをまとめあげた。
サルバリー王家は長い歴史に終止符を打った。
そしてペイスリーブ王国が領地を広げる結果となった。
両親がどうなったかは最後まで知らない。
アシュリーにとってどうでもいい人たちのことなど思い返すにも値しない。
きっとどこかで野垂れ死んでいることだろう。
それでもまったくといっていいほど、アシュリーの心は痛まなかった。
ユイナは捕まえた魔法師によって元の世界へと返された。
そして魔法師は禁術を何度も使った影響で体は砕けてしまった。
魔法は万能ではない。それを証明する形となった。
ユイナに居場所を奪われてしまったが、彼女のおかげで幸せを掴めたのは事実だ。
それに国の事情に巻き込まれて追い詰められていく姿を見て放っておくことはできなかった。
(……苦しませてごめんなさい、ユイナ様)
そして、すべてを壊したことで本当の意味でギルバートの愛を受け入れることができた。
ギルバートは変わらず、アシュリーに寄り添い続けてくれた。
深い深い愛情は少しずつアシュリーを癒していく。
──数年後
アシュリーは足繁く通ったサルバリー王国の王宮を歩いていた。
いつも結界を張るために使っていた部屋を見つめながら暫くその場から動かずにいた。
もうアシュリーが聖女として結界を張ることはない。
手のひらにキラキラと光る粒をアシュリーは握り潰す。
涙が溢れることはない。
窓に映る自分に手のひらを当てる。
綺麗に弧を描く唇と優しげな笑みがひどく滑稽に思えた。
「願いが叶って、幸せ……?」
問いかけても誰も答えてはくれなかった。
アシュリーは震える手を握りしめた。
ぽたり、ぽたりと温かい何かが流れていく。
「……わたくしったら、悪い子ね」
ふと壁に飾ってある短剣が目に入る。
アシュリーは短剣を手に取ってから静かに瞼を閉じた。
そっと自分の首に剣先を向けた時だった。
「母上──!」
「アシュリー、どこだい?」
自分の名前を呼ぶ声にピタリと手が止まる。
心臓がドクドクという音が体に響いていた。
バタバタと聞こえる足音が部屋の前で止まる。
ドアが開くのと同時……そっと短剣から手を離した。
短剣が床に落ちた瞬間、扉が開く。
「母上……!やっとみつけた」
「アシュリー、ここで何を?」
「ジノ、ギルバート……」
黒色の髪とライトブルーの瞳を持つ男の子が嬉しそうにアシュリーの元に駆け寄ってくる。
ギルバートはアシュリーの足元にある短剣を見て眉を顰めたが、すぐにそれを拾い上げる。
ジノはアシュリーにしがみついて顔を上げた。
「母上、なにか悲しいことがあったの?ぼくにできることはある?」
「…………」
心配そうにアシュリーを見ているジノ。
ギルバートはアシュリーの手が届かないサイドテーブルに置いた。
「父上もぼくもそばにいます。悲しまないでください」
「……ありがとう、ジノ」
「あっ、そうだ!クララが母上を探していましたよ?」
「まぁ、クララが……?」
小さな手から伝わる温かい体温に目を閉じた。
深く息を吸い込んでからアシュリーは瞼を開いて笑みを浮かべる。
目の前にいるギルバートにいつもの笑みはない。
アシュリーは彼を安心させるように頬にキスをした。
「アシュリーは僕をこれ以上、過保護にさせるつもりなの?」
「何を勘違いしているのかしら。懐かしく思って見ていただけよ」
「……。わかった、君を信じるよ」
「ギルバート、わたくしは幸せよ」
「僕も幸せだよ。君なしの人生なんて考えられない」
ギルバートはそう言ってアシュリーの手の甲に口付けた。
いつもと同じ幸せな日々。
アシュリーの視線は自然と窓の外へと向かう。
空には青空が広がって、鳥が空を飛んでいく。
風が吹き、木々はゆらゆらと揺れていた。
透明なガラスにはアシュリーの家族が映っている。
「母上……?」
ジノの声が聞こえて、ふと我に返る。
心配そうにドレスの裾を掴んだジノは、不安そうな表情でこちらを見つめている。
アシュリーは膝をついてから安心させるようにジノに擦り寄った。
ギルバートが両手を広げて二人を包み込むように抱き締める。
アシュリーは二人の背にそっと腕を回して、呟くように言った。
「みんな、大好きよ……ありがとう」
end
1,825
お気に入りに追加
2,630
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(74件)
あなたにおすすめの小説
実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~
juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。
しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。
彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。
知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。
新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。
新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。
そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!
凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。
紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】
婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。
王命で結婚した相手には、愛する人がいた。
お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。
──私は選ばれない。
って思っていたら。
「改めてきみに求婚するよ」
そう言ってきたのは騎士団長。
きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ?
でもしばらくは白い結婚?
……分かりました、白い結婚、上等です!
【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!
ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】
※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。
※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。
※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。
よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。
※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。
※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)
【完結】家族から虐げられていた私、実は世界で唯一精霊を操れる治癒精霊術師でした〜王都で癒しの聖女と呼ばれ、聖騎士団長様に溺愛されています〜
津ヶ谷
恋愛
「アリーセ、お前を男爵家から勘当する!」
理不尽に厳しい家系に生まれたアリーセは常に虐げられて来た。
身内からの暴力や暴言は絶えることが無かった。
そして16歳の誕生日にアリーセは男爵家を勘当された。
アリーセは思った。
「これでようやく好きな様に生きられる!」
アリーセには特別な力があった。
癒しの力が人より強かったのだ。
そして、聖騎士ダイス・エステールと出会い、なぜか溺愛されて行く。
ずっと勉強してきた医学の知識と治癒力で、世界の医療技術を革命的に進歩させる。
これは虐げられてきた令嬢が医学と治癒魔法で人々を救い、幸せになる物語。
護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜
ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。
護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。
がんばれ。
…テンプレ聖女モノです。
今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます
神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。
【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。
だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。
「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」
マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。
(そう。そんなに彼女が良かったの)
長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。
何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。
(私は都合のいい道具なの?)
絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。
侍女達が話していたのはここだろうか?
店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。
コッペリアが正直に全て話すと、
「今のあんたにぴったりの物がある」
渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。
「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」
そこで老婆は言葉を切った。
「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」
コッペリアは深く頷いた。
薬を飲んだコッペリアは眠りについた。
そして――。
アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。
「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」
※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)
(2023.2.3)
ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000
※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ちょっと疑問なんですが、何故アシュリーは国王や王妃に対して『陛下』をつけているのでしょうか??
自国の場合は、臣下なので当たり前ですが他国の王太子妃なので王太子が言った~国王というのが本来の形なのでは無いでしょうか??
それとも嫌味のつもりなのでしょうか?
それですとその後に続く、~国の者ではないという言に疑問が生まれてしまいます。
あと、国王が無礼だと言っていますが、他国で勝手に王太子妃にたいしてそんなことをいえば寧ろその場で捉えられた後に刑罰を与えられるのが当たり前だと思うのですが、いかがでしょうか?
完結おめでとう㊗御座います
復讐して、『悪い子』に成れたけど、復讐されて当たり前の『人達』だったけどほんとうは『優しい子』なんだもんな(´ω`)
『悪い子』には慣れないんだろうね…
優しい家族と幸せに慣れますように
(ˇ人ˇ*)
完結おめでとうございます㊗
皆がざまあされるなか、ユイナが無事元の世界に帰ることができて良かった〜
子供の名前にオースティンのセカンドネームが使われてるし、憎みつつも悼む心が残されてたのかな?心の底から“悪い子“にはなれなかったんですね…今度は幸せな家族になれますように(*˘︶˘*).。*♡