上 下
38 / 60
三章

③⑧ オースティンside12

しおりを挟む


オースティンはその言葉にギリリと歯を食いしばる。
ユイナに振り回されて腹が立って仕方ない。
我慢も限界に近づき今すぐ掴みかかりたい気持ちを必死に押さえていた。

(ふざけるな……!何がひどいだっ!すぐに疲れたと喚いていたくせにダンスだけはやりたかっただと!?他にもやるべきことがたくさんあっただろうが。俺はちゃんと説明したはずだぞ)

オースティンは怒りを押さえながらも、あることを思いつく。
オースティンは落ち着かせるように小さく息を吐き出した。
アシュリーと結婚するまでギルバートはずっと婚約者もおらず、令嬢と踊っているところなど見たこともない。


「ギルバート、よかったら代わりに踊ったらどうだ?」


その言葉を聞いたギルバートの目が一瞬だけ細まった。
だがすぐにいつものように笑みを浮かべている。

(この二人が踊れるわけない……公の場で恥を晒せばいい!)

そして同じくギルバートと結婚するまではダンスパーティーや夜会にはほとんど参加したことのないアシュリー。
二人で踊ったのは婚約が決まって間もない頃だけ。
エルネット公爵の意向があったため成長してから一緒に踊ったことなどない。


「君たちの晴れ舞台だけど、我々がその機会を奪ってしまってもいいのかい?」


ギルバートの言葉はオースティンにとって強がりに聞こえた。
オースティンの口角が無意識に上がる。


「ああ、本当はダンスを中止にしようとしていたんだがギルバートたちが盛り上げてくれるのなら嬉しい」


しかし断る前提で放った言葉は思わぬ形で返ってくることとなる。


「そうかい?なら遠慮なく、アシュリーと踊らせてもらおうかな」

「……ッ!?」

「いいかい?アシュリー」

「もちろんですわ。こんな素敵な場でギルバート殿下と一緒に踊れるなんて夢のようですね」

「はは、あまり期待しないでくれ。僕は誰かと踊った経験は少ないから」

「それはわたくしも同じですわ。ギルバート殿下、行きましょう?」

「お手柔らかに頼むね」


アシュリーとギルバートは互いに手を握り、ダンスホールに移動するとそこには二人を取り囲むように人集りができる。
二人の会話を聞いて、まだ余裕のある表情を浮かべているオースティンの合図で音楽が流れる。

ギルバートとアシュリーは互いの手を取り、体を密着させた。
見ているこちらの顔が赤くなるほどに、愛おしそうに互いを見つめ合い、華麗なステップで踊りはじめたのだ。

静かなホールに響く心地の良い音楽と共に滑らかに踊る二人に感嘆の声が漏れる。
皆の予想を裏切り、息のあったダンスを披露するギルバートとアシュリーに大きな舌打ちをする。

アシュリーが動くたびにドレスがヒラヒラと羽のように舞っていた。
ユイナはすっかり二人のダンスに夢中になっている。

(本当は、俺があそこで踊るはずだったのに……!)

オースティンのために開かれたパーティーのはずなのに、すっかりとギルバートとアシュリーのお披露目パーティーになってしまっているではないか。
音楽が終わると会場は盛大な拍手に包まれる。

一礼した後に「我々はここで失礼するよ」そう言ってアシュリーと共に会場を去ろうとしている二人に気づいたユイナは、あろうことか二人の元に駆け出して行った。


「おい、ユイナ……どこにいくんだ!?」

「すぐ戻りますっ」


そう言って人混みを掻き分けながら進むユイナ。
追いかけようとしたが、まだまだ挨拶が残っている。
オースティンはその場で踏みとどまるしかなかった。
悔しさと怒りで強く唇を噛んだ。

ギルバートとアシュリーの何がそこまでユイナを惹きつけるのかはわからない。
ユイナは以前からアシュリーにずっと興味を示していた。

(こんな最悪なパーティーは初めてだ!)

自分が婚約者の時よりもずっと幸せそうにしているアシュリー。
アシュリーと結婚したギルバートは、まるで宝物のように大切に扱っていた。
自分がしていたアシュリーへの態度とすべてが真逆。
そんな姿を見せつけられて〝もしもアシュリーを大切にしていたら〟と思わずにはいられなかった。

幸せそうに手を取る二人の姿を見せつけられて最悪な気分だ。
ユイナの力に不安が残る今ではアシュリーへの扱いを後悔せずにはいられなかった。

婚約者だった時は金が掛かったとしても、安定と平穏が得られていた。
パーティーも外交も国の未来も問題なく済んでいたことだろう。
病の恐怖に怯えることなく、苛立ちを堪えることもなく幸せに暮らせていた。

今になって初めて失ったものの大きさに気づく。
後悔が容赦なく己を苛んでいく。

一人その場に取り残されているオースティンを見て「異世界の聖女様は、随分と元気なのですね……」と、気遣う言葉を掛ける目の前の貴族に向けたくもない笑みを浮かべた。

ユイナの立ち振る舞いに不安はあったが、思っていた以上にずっと最悪な展開になってしまった。
何故、最後まで挨拶をすることすらできないのかとユイナに対する苛立ちはピークに達していた。


「オースティン、気にすることはない」

「あなたのせいじゃないわ」

「……………」


父と母の苦虫を噛み潰したような表情を見る限り、どうやら同じように思っているのだろう。
オースティンはユイナが出て行った扉を見て、痛む胸元を押さえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)

京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。 生きていくために身を粉にして働く妹マリン。 家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。 ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。 姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」  司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」 妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」 ※本日を持ちまして完結とさせていただきます。  更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。  ありがとうございました。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

【完結】家族から虐げられていた私、実は世界で唯一精霊を操れる治癒精霊術師でした〜王都で癒しの聖女と呼ばれ、聖騎士団長様に溺愛されています〜

津ヶ谷
恋愛
「アリーセ、お前を男爵家から勘当する!」  理不尽に厳しい家系に生まれたアリーセは常に虐げられて来た。 身内からの暴力や暴言は絶えることが無かった。  そして16歳の誕生日にアリーセは男爵家を勘当された。 アリーセは思った。 「これでようやく好きな様に生きられる!」  アリーセには特別な力があった。 癒しの力が人より強かったのだ。  そして、聖騎士ダイス・エステールと出会い、なぜか溺愛されて行く。 ずっと勉強してきた医学の知識と治癒力で、世界の医療技術を革命的に進歩させる。  これは虐げられてきた令嬢が医学と治癒魔法で人々を救い、幸せになる物語。

婚約破棄された悪役令嬢が実は本物の聖女でした。

ゆうゆう
恋愛
貴様とは婚約破棄だ! 追放され馬車で国外れの修道院に送られるはずが…

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

妾の子と蔑まれていた公爵令嬢は、聖女の才能を持つ存在でした。今更態度を改められても、許すことはできません。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、ナルネア・クーテイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。 といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。 公爵家の人々は、私のことを妾の子と言って罵倒してくる。その辛い言葉にも、いつしかなれるようになっていた。 屋敷の屋根裏部屋に閉じ込められながら、私は窮屈な生活を続けていた。このまま、公爵家の人々に蔑まれながら生きていくしかないと諦めていたのだ。 ある日、家に第三王子であるフリムド様が訪ねて来た。 そこで起こった出来事をきっかけに、私は自身に聖女の才能があることを知るのだった。 その才能を見込まれて、フリムド様は私を気にかけるようになっていた。私が、聖女になることを期待してくれるようになったのである。 そんな私に対して、公爵家の人々は態度を少し変えていた。 どうやら、私が聖女の才能があるから、媚を売ってきているようだ。 しかし、今更そんなことをされてもいい気分にはならない。今までの罵倒を許すことなどできないのである。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...