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三章
③⑧ オースティンside12
しおりを挟むオースティンはその言葉にギリリと歯を食いしばる。
ユイナに振り回されて腹が立って仕方ない。
我慢も限界に近づき今すぐ掴みかかりたい気持ちを必死に押さえていた。
(ふざけるな……!何がひどいだっ!すぐに疲れたと喚いていたくせにダンスだけはやりたかっただと!?他にもやるべきことがたくさんあっただろうが。俺はちゃんと説明したはずだぞ)
オースティンは怒りを押さえながらも、あることを思いつく。
オースティンは落ち着かせるように小さく息を吐き出した。
アシュリーと結婚するまでギルバートはずっと婚約者もおらず、令嬢と踊っているところなど見たこともない。
「ギルバート、よかったら代わりに踊ったらどうだ?」
その言葉を聞いたギルバートの目が一瞬だけ細まった。
だがすぐにいつものように笑みを浮かべている。
(この二人が踊れるわけない……公の場で恥を晒せばいい!)
そして同じくギルバートと結婚するまではダンスパーティーや夜会にはほとんど参加したことのないアシュリー。
二人で踊ったのは婚約が決まって間もない頃だけ。
エルネット公爵の意向があったため成長してから一緒に踊ったことなどない。
「君たちの晴れ舞台だけど、我々がその機会を奪ってしまってもいいのかい?」
ギルバートの言葉はオースティンにとって強がりに聞こえた。
オースティンの口角が無意識に上がる。
「ああ、本当はダンスを中止にしようとしていたんだがギルバートたちが盛り上げてくれるのなら嬉しい」
しかし断る前提で放った言葉は思わぬ形で返ってくることとなる。
「そうかい?なら遠慮なく、アシュリーと踊らせてもらおうかな」
「……ッ!?」
「いいかい?アシュリー」
「もちろんですわ。こんな素敵な場でギルバート殿下と一緒に踊れるなんて夢のようですね」
「はは、あまり期待しないでくれ。僕は誰かと踊った経験は少ないから」
「それはわたくしも同じですわ。ギルバート殿下、行きましょう?」
「お手柔らかに頼むね」
アシュリーとギルバートは互いに手を握り、ダンスホールに移動するとそこには二人を取り囲むように人集りができる。
二人の会話を聞いて、まだ余裕のある表情を浮かべているオースティンの合図で音楽が流れる。
ギルバートとアシュリーは互いの手を取り、体を密着させた。
見ているこちらの顔が赤くなるほどに、愛おしそうに互いを見つめ合い、華麗なステップで踊りはじめたのだ。
静かなホールに響く心地の良い音楽と共に滑らかに踊る二人に感嘆の声が漏れる。
皆の予想を裏切り、息のあったダンスを披露するギルバートとアシュリーに大きな舌打ちをする。
アシュリーが動くたびにドレスがヒラヒラと羽のように舞っていた。
ユイナはすっかり二人のダンスに夢中になっている。
(本当は、俺があそこで踊るはずだったのに……!)
オースティンのために開かれたパーティーのはずなのに、すっかりとギルバートとアシュリーのお披露目パーティーになってしまっているではないか。
音楽が終わると会場は盛大な拍手に包まれる。
一礼した後に「我々はここで失礼するよ」そう言ってアシュリーと共に会場を去ろうとしている二人に気づいたユイナは、あろうことか二人の元に駆け出して行った。
「おい、ユイナ……どこにいくんだ!?」
「すぐ戻りますっ」
そう言って人混みを掻き分けながら進むユイナ。
追いかけようとしたが、まだまだ挨拶が残っている。
オースティンはその場で踏みとどまるしかなかった。
悔しさと怒りで強く唇を噛んだ。
ギルバートとアシュリーの何がそこまでユイナを惹きつけるのかはわからない。
ユイナは以前からアシュリーにずっと興味を示していた。
(こんな最悪なパーティーは初めてだ!)
自分が婚約者の時よりもずっと幸せそうにしているアシュリー。
アシュリーと結婚したギルバートは、まるで宝物のように大切に扱っていた。
自分がしていたアシュリーへの態度とすべてが真逆。
そんな姿を見せつけられて〝もしもアシュリーを大切にしていたら〟と思わずにはいられなかった。
幸せそうに手を取る二人の姿を見せつけられて最悪な気分だ。
ユイナの力に不安が残る今ではアシュリーへの扱いを後悔せずにはいられなかった。
婚約者だった時は金が掛かったとしても、安定と平穏が得られていた。
パーティーも外交も国の未来も問題なく済んでいたことだろう。
病の恐怖に怯えることなく、苛立ちを堪えることもなく幸せに暮らせていた。
今になって初めて失ったものの大きさに気づく。
後悔が容赦なく己を苛んでいく。
一人その場に取り残されているオースティンを見て「異世界の聖女様は、随分と元気なのですね……」と、気遣う言葉を掛ける目の前の貴族に向けたくもない笑みを浮かべた。
ユイナの立ち振る舞いに不安はあったが、思っていた以上にずっと最悪な展開になってしまった。
何故、最後まで挨拶をすることすらできないのかとユイナに対する苛立ちはピークに達していた。
「オースティン、気にすることはない」
「あなたのせいじゃないわ」
「……………」
父と母の苦虫を噛み潰したような表情を見る限り、どうやら同じように思っているのだろう。
オースティンはユイナが出て行った扉を見て、痛む胸元を押さえた。
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