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二章
①⑨
しおりを挟むこの二人に期待していたわけではないが、アシュリーへの謝罪などは一切なかった。
ただ都合よく使うためにはどうすればいいのか……宥めるためだけに言った軽薄な言葉が浮き彫りになっていく。
反応を伺っているように見えて、絶対に断らないと思い込んでいる。
アシュリーならば、今まで通り絶対に自分たちの言うことを聞くと思っている馬鹿な二人に知ってもらわなければならない。
(わたくしは、もう人形じゃないのよ?)
繋がっていた糸は完全に断ち切った。
もうアシュリーを誰も縛り付けることはできはしない。
ドキドキとする心臓を押さえた。
感じている高揚感は初めての感覚だった。
(……ふふっ、いいのかしら)
これから生まれて初めて両親に反抗するのだ。
新しく踏み出す一歩は、期待に満ち溢れていたものだ。
(わたくしは、今から悪い子になるのね……!)
アシュリーは大きく息を吸い込んだ。
「絶対に嫌よ」
「……え?」
「なんだって……!?」
「わたくしは嫌だ、と言ったのです」
その言葉に愕然としているカルロスとキャロルに向かって、淡々と言葉を放つ。
「今、なんて言ったの……?」
「嫌ですわ。やりたくありません」
「アシュリー……?」
「お父様とお母様が連れてくる方々に、もう治療は致しません」
「……は」
「なっ、え……」
「部屋にも戻らないわ……絶対に」
カルロスは笑みを浮かべながらも口元がヒクヒクと痙攣している。
キャルロスは言葉の意味が理解できていないのか瞳が左右に揺れ動いている。
その様子を見て唇は綺麗に弧を描いた。
「アシュリー、お前は自分が何を言っているのか、わかっているのか……?」
「もちろんですわ」
「そっ、そしたらお待たせしている方々はどうするんだッ」
「そんなの、わたくしは知りませんわ。お父様とお母様が勝手に約束しただけでしょう?」
「アシュリー、一体どうしたの!?」
「わたくしはわたくしが力を使いたい方に使います。今後、わたくしの力はわたくしのものです」
「お、お前の力をずっと守ってきたのは我々なんだぞっ!?」
「アシュリー……治療は絶対に必要なことなのよ!?あなたが幸せになるためにも」
幸せになるため、その言葉に心が軋む。
(わたくしが治療して幸せになるのは、お父様とお母様だけでしょう……?)
轟々と燃え上がる憎しみを抑えながらもアシュリーは口を開いた。
「何を勘違いなさっているのですか……?そもそもお父様とお母様が勝手にどんどんと連れてくるだけで、わたくしは自分から望んで治療をしていませんから」
「……っ!」
いつものように微笑みながら答えた。
母は目を見開いて怒りに震えている。
「なんて悪い子なの……!?」
「今までの我々に守られてきた恩を忘れたのかっ!?」
「今なら許してあげるわ!アシュリー……言うことを聞きなさいっ!」
「治療をするというんだッ!」
「…………」
アシュリーが今まで一度も反抗したことがないためか、両親から出てくる言葉は拙く、ただ単調な言葉を繰り返すだけ。
言うことを聞かないからと無理矢理、上から押さえつけようとしている。
恐らく少しでも反抗していたら、こうして責め立てられていたのだろう。
今まではアシュリーが反抗しなかったからうまくいっていたに過ぎない。
たった一回、言うことを聞かなかっただけで両親にとってアシュリーは悪い子になってしまった。
(ああ……悪い子になるって、こんなに簡単だったね)
絶望を映す瞳の中には、思い通りに動かないアシュリーに苛立っている二人の姿。
今まで良い子だったアシュリーは、たった一回の反発ですべてを否定されてしまう。
ずっと積み重ねていたものは一瞬で無に帰する。
両親の幸せに自分の価値を見出してきたが、価値観をひっくり返すような出来事が起きてしまった。
狭い狭い世界の中で生きてきたアシュリーの目が覚めた瞬間だった。
目の前に映るのは、醜く欲に塗れた汚い姿だけだ。
これが国のため人のため、家族のために尽くしてきた良い子な〝アシュリー〟の末路だ。
(大っ嫌い、大嫌い、大嫌い………!)
「あは……っ!アハハハッ」
「……!?」
「アシュ、リー……?」
二人の馬鹿馬鹿しい言葉の数々にアシュリーは笑いが止まらなかった。
狂ったように声を立てて笑う姿を見ながら二人はただ唇を噛み締める。
一頻り笑い終えた後、小さく息を吐き出して呼吸を整えた。
それから満面の笑みを浮かべながら震える唇を開いた。
「わたくし、お父様とお母様が大っ嫌い……」
自分でも驚くほどに低い声が出た。
これが今までアシュリーが隠してきた本当の気持ちなのだ。
そのアシュリーの言葉を聞いた父と母は、次第に激しい怒りを露わにする。
「──大嫌いだと!?よくもそんなことをっ!」
「私たちがいたから、こうしてあなたは幸せに暮らせているのよ!?」
「暫く放っておいてやれば、つけあがりおって……ッ!」
「今すぐに撤回しなさい、アシュリーッ!」
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