冤罪で婚約破棄された公爵令嬢は隣国へ逃亡いたします!

●やきいもほくほく●

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1巻

1-3

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 あの後、少年は少女の不思議な力により意識を取り戻した。

(綺麗な光……これって魔法なのかしら?)

 ローザは初めて間近で見る魔法に目が釘付けになる。金色の光が体に吸い込まれると少年は先程よりも元気になったような気がした。しかし今度は少女も具合が悪くなってしまう。

(やっぱり、この子達が魔法を使うと何かの代償があるのね。でもそんな話、聞いたことないわ)

 この世界で魔法が使える種族は限られている。
 魔法と聞いてパッと思いつくのはエルフに妖精族だ。彼らは人族がいない場所に住んでおり、滅多に姿を見ることができない。
 それから、幻の種族である天族と、謎が多く恐れられている魔族が、主に知識としてある魔法を使える種族だった。
 しかし二人の見た目はどの種族にも当てはまることなく、普通の人間の子供のように見えた。エルフのように耳が長いわけでもなく、妖精族みたいに体が小さいわけでもない。
 天族は背中に白い羽が生えていて天界から降りてこないため、可能性としては低いだろう。魔族は悪魔のような角や尻尾が特徴的で魔界に住んでいると聞いたことがある。この二つの種族は人間に擬態していることもあるらしいが、謎が多いため詳細は不明。
 魔法が使える種族はとても珍しく、どの種族にも直接会ったことはない。人間に利用されることを恐れて隠れていると聞いたことがある。
 それに奴隷商人は、この二人が魔法を使えることに気づいていなかったようだ。もし使えることがわかっていたら、もっと値段が跳ね上がっていたはずだ。
 ローザはローブを取り去って大量の荷物を床に置いた。ローザが荷物を漁って必要なものを取り出していると、部屋の隅に体を寄せ合うようにして寄り添っている二人と目が合う。
 安心感から気が抜けたのか、ローザはヘラリと笑った。


「これで一安心ね。新しい服に着替える前に体を綺麗にしましょうか」
「…………」
「その前に名前を教えてくれる? なんて呼べばいいのかわからなくて……」

 じっとりとした視線を感じるものの、答える様子はない。
 やはりまだまだ二人が心を開いてくれるまでには時間が掛かりそうだ。

(確か、女の子は喋れないって言っていたかしら……可哀想に)

 買った服を取り出して二人に渡そうとした時だった。

『……僕は、エデン』
「え……?」

 直接、頭の中に響く声。ローザはバッと振り向いてから少女を見た。

『ローザ、僕たちのために色々とありがとう』

 やはりエデンの唇は動いていない。それなのにローザに声は届いている。

「エ、デン……?」
『僕は今、声を出すことができないから、こうして話すしかないんだ』

 悲しそうに目を伏せているエデンを見て、ローザは胸が締め付けられるように苦しくなった。奴隷商人に捕まり、ひどい目にあったから声が出なくなってしまったのだと思ったからだ。それに話しかけてくれたということは、少しはローザを信用してくれたのかもしれない。そう思うとローザの気持ちがパッと明るくなった。

『僕の隣にいるのが、兄のアダンだよ』

 どうやらアダンにもエデンの声は聞こえているようだ。エデンが名を教えてくれたのと同時に、ローザをギロリとにらみつけている。

「アダン、エデン。私についてきてくれて、守ってくれて本当にありがとう」
『こちらこそだよ。僕達はローザと巡り会うことができて本当に運がよかった』

 そう話している間も、アダンは一定の距離を保ったまま、絶対にローザに近づこうとはしない。

『アダンは……僕を守るためにたくさん怪我をしたんだ』
「……そう。なら、怪我を手当しましょう。塗り薬や包帯も買ったし、お医者さんから色々と飲み薬ももらったから、すぐによくなるわ」
『うん!』

 エデンはその言葉に嬉しそうに頷いた。

「でもまずは体を綺麗にしなくちゃね」
『わかった』
「アダンもね」
「…………」

 大きな桶に水を溜めて布を用意する。入浴できないのは残念だが、今は体の汚れや汗を落としたい。アダンもエデンも全身がかなり汚れている。
 子供だから問題ないだろうと、アダンとエデンの前で服を脱ごうとした時だった。

『ロ、ローザ……ストップ! ストップッ』
「エデン、どうしたの?」

 エデンはブンブンと千切れるほどに首と手を横に振って叫んでいた。アダンもずっとローザをにらんでいたのに今は静かに顔を背けている。

「どうしたの? エデンも早く脱いだ方がいいわ。石鹸を買ったし、髪も洗えるわよ?」
『一緒は無理だよ……! ぼ、僕達男だよ? ローザが体を綺麗にしている間、向こうの部屋にいるからまだ脱がないで』
「…………え? 男って、誰が?」
『僕達だけど……』
「アダンが?」
『アダンも僕も男だよっ』
「エデンが、男……!?」

 エデンの言葉の意味がわからずに首を傾げていたが、ずっと女の子だと信じて疑わなかったエデンが男の子だったということが判明して、続く言葉を失う。
 ローザが呆然としていると『僕達はあとで二人でやるから!』と、扉の外に行ってしまった。
 確かにエデンは自分のことを〝僕〟と言っていた。しかし髪も長いし、目も大きくてどこから見ても女の子にしか見えない。それに奴隷商人も少女と言っていたため、ローザは女の子として認識していた。

(……こんなに可愛い男の子っているの?)

 ローザは複雑な気持ちになりながら服を脱ぎ考えていた。
 目つきが鋭くツーンとして懐いてくれない猫のようなアダン。柔らかい雰囲気で女の子のように可愛いエデン。二人のタイプは全く違うような気がした。
 髪と全身を洗い、布で体をき終わったローザは、侍女服から新しく買った服に着替える。二人を呼んで体を綺麗にしてもらい、服を渡すために手を伸ばしたのだが、そこでローザはエデンに謝らなければならないことがあると気づく。

「これ二人の着替えなんだけど、エデンの服は女の子のワンピースを買ってしまったの」
『……!?』
「ごめんなさい。エデンは髪も長いし、ずっと女の子だと思っていたから……」

 着替え終わったエデンはウルウルと瞳を潤ませながらワンピースのすそを掴んでいる。アダンがエデンを励ますように肩に手を置いた。ずっしりと重くのしかかる罪悪感がローザを襲う。
「す、すぐに買いに行ってくるわ!」と言うと、エデンは気を遣ってくれたのか静かに首を横に振る。
 ローザは二人をソファに座るように促してから「あなた達はどこからきたの?」と問いかける。二人は目を合わせた後に、エデンが申し訳なさそうに『言えない』と言った。ローザも訳ありなため深入りすることはない。暗い空気を切り替えるように「まずは手当てをしましょう」と言って立ち上がった。診療所でもらった傷薬をエデンの体に塗り込んで、震える指でガーゼを貼っていく。

『……っ!』
「ごめんなさいっ! 痛かった?」
『大丈夫……ありがとう』

 エデンの手当てが終わり、次はアダンに声を掛ける。

「次はアダンの番よ。傷を手当てしましょう」
「…………」
「このままだとよくないわ! 飲み薬も飲まないと……」
『アダン!』

 エデンよりもアダンの方が深い傷を負っている。目に見える範囲でも相当、痛めつけられたことがわかる。手当てしようと恐る恐る手を伸ばすと、アダンに思いきり手を叩かれてしまった。ローザが持っていた傷薬が入った瓶がコロコロと床に転がる。

『アダン……! 折角、ローザが手当てしてくれようとしているのにっ』
「俺に触るな!」
『ごめんなさい、ローザ』
「いいのよ、エデン」

 アダンは顔をそむけている。首に見える痛々しい傷と拘束具。その鍵を握っているのはローザだ。

(優しいフリをして、私だってアダンとエデンを苦しめている)

 自分の目的のためにアダンとエデンを利用している……そう思うとローザは胸が苦しくなった。


 次の日、ローザは宿を出て周囲をよく観察し、対策を練りながら街から街へと移動していた。王都もひどかったが城から離れていけばいくほどに街の状況はどんどんと悪化していく。
 貧困、病気、飢餓……ラフィ王国の現状は、ロザリンダの記憶にある知識よりもずっと深刻だった。
 この景色を見ていると、自分達だけ幸せに生きていければいい、そんな貴族や王族達の考えが透けて見えるような気がした。 
 それからのローザはただ生き抜くために必死だった。なるべく朝早くから動いて陽が沈んだら宿に入る。移動する時は薄汚れたローブを羽織り、金がないように見せる。しかし女子供という理由で昼間であっても盗賊、悪漢に襲われることが多々あった。
 自分で対応できる範囲は護衛用のナイフで対処していたが、大人数の時はアダンが魔法を使って追い払ってくれた。また以前のように吐血するかもしれないとローザが布を持ってオロオロしていると、エデンが『この間は人数が多かったし、弱っていたから。今は大丈夫だよ』と教えてくれた。
 どうやら無理なく力を使えば、アダンの体を傷つけることはないらしい。目の前にバタバタと倒れていく男達は黒焦げで気絶している。魔法の偉大さに感謝しつつ、次の道へと進んでいった。
 街から街へと地道に移動して行くと次第に増えていく荷物。
 毎日、肩がバキバキに凝り固まっている。馬での移動は目立ってしまうと気づいたため、早々に教会に寄付をする。


 そんなある日のこと、無理が祟ったのかローザは高熱を出して体調を崩してしまう。二人に迷惑を掛けられないと立ち上がるも足に力が入らない。
 最後の力を振り絞り、なんとか宿まで辿たどり着いたものの、すぐにベッドに倒れ込んだ。早く隣国に行かなければ、二人を解放してあげることはできない。急いでいたのに、こんな所で足止めされるとは思わずに落ち込んでいた。
 やはり今まで貴族として暮らしていたローザにとって、過酷な環境で過ごすことは負担になっていたのだろう。体の痛みはどんどんと増していく。

(今度から風邪薬も常備しておかないと……まさかこんなことになるなんて)

 少しでも早く回復するために薬や飲みものが欲しいが、こんな夜中に幼い二人だけで買いに行かせることはできない。そもそもこの街に薬屋があるかすらどうかすらわからない。
 そんな中、アダンとエデンに頼むのは気が引けた。再び襲われたら、二人がいなくなってしまったら……そう考えると怖くなる。
 ローザにとってアダンとエデンはいつのまにか心の支えになっていた。

(きっと一晩休めば大丈夫、元気になるわ。疲れが溜まっていただけよ)

 そう言い聞かせてみるものの、体の重さは増していく。何より関節が痛くて体が言うことをきかなかった。汗がにじんでいるのに寒くてたまらない。シーツを掴んで掛けることすらできずにローザが丸まっていると、見兼ねたエデンが手を貸してくれた。

「あ、りがと……」
『ローザ、無理しちゃダメだよ』

 ぼやけた視界に映る二人の姿。今日、この街に着くまで、ろくに食事をとっていないことを思い出す。

「エ、デン……アダン、宿の人にご飯、たのんで……たべてね」
「………」
『ローザ、僕達のことはいいから休んで』
「たべて……おね、がい」

 いつも肌身離さず持っているカバンをエデンに渡そうと震える手を伸ばす。

「………ア、ダン……エデン、ごめん、なさい」
『どうして、ローザが謝るの?』
「ほん、とは……早く、解放……してあげたいのに」
「………!」
『……ローザ』
「ごめん、ね……」

 熱に浮かされながらローザは謝罪を繰り返していた。そこで意識がフッと途切れる。 


 エデンはローザから渡された鞄をテーブルに置いて、ローザの汗ばんだ額に張りついた髪を撫でる。そしてローザの束ねていた髪紐を解くとチェリーレッドの髪が白いシーツに散らばった。

『ローザ、僕達のために無理していたんだね。本当にこの国から出たら僕達を解放するつもりなのかな』
「……エデン、人間を絶対に信用するな。俺達があの場所でどんな目にあったのか忘れたのか?」
『忘れてないよ……でも僕達が知らないだけで、ラフィ王国にはローザみたいな優しい人がいたかもしれないよ?』
「コイツは、俺達の力を利用しているだけだ」
『確かにそうかもしれないけど、じゃあ僕は? ローザは僕の力を詳しくは知らない。今のところ何の役にも立ってない』
「…………」
『それでもローザは僕を邪険にしたりしない。嫌な顔一つせずに優しくしてくれる。ご飯だって僕達にたくさん食べさせてくれたし、それに新しい服も買ってくれた。高価な薬だって、アダンを心配して用意してくれたんだよ?』
「人間は信用できない」
『でもっ、ローザは首の拘束具を見る度にすごく悲しそうな顔をしているんだ。それに僕達を奴隷として扱ってはいない。まるで……』
「──やめろ、エデン! 俺達の目的を忘れるな。この人間を利用して力を取り戻す」
『……アダン』

 咳き込むローザの胸は苦しそうに上下していた。額には大粒の汗がにじんで、苦しそうにうなっている。そんな姿を見てエデンは大きく頷いた。

『アダン……僕、ローザのために力を使うよ』
「エデン、俺達はっ……!」
『わかってる。でも僕達をあそこから救い出してくれたのはローザだけだった。普通なら絶対に僕達を選んだりしない。でも、ローザは選んでくれた。二人一緒に連れ出してくれたじゃないか』
「……!」
『でなければ、僕達は役目を果たせないまま消えていたかもしれない。どんな形であれ、僕はローザと出会えてよかったと思ってるよ』
「………」
『アダンだって、本当はわかってるんでしょう? 意地を張っていたって僕にはわかる』

 エデンは唇を噛んで俯くアダンの手を握って目を瞑る。
 人間を許せない、憎いという気持ちは自分達の中に根深く残っている。今までどんな目にあってきたのかを考えれば当然だろう。
 しかし、いくら否定したとしてもローザは自分達に対して誠実だった。拒絶しようとも、何もできなかったとしても、ローザはアダンとエデンに対して家族のように接してくれた。

「だが、エデンの力がバレたらどうなるかわかっているのか!?」
『ローザはもう知ってるよ。詳しくはわからないと思うけど、力を使っているところを見られたから』
「は……?」
『ローザと初めて出会った日、アダンが無理をし過ぎて危ない状態だったからローザの前で力を使ったんだ』
「どうしてそんなことを!?」
『アダンが心配だったんだ。このまま目が覚めなかったらと思うと怖くて……』
「それでも人間の前で力を使うべきじゃないだろうっ! また囚われて今度は死ぬまで力を使わせられるかもしれないぞ?」
『でもローザは今日まで何も言わなかったよ? 今だって相当苦しいはずなのに、僕の力を頼ったりしなかった。それになるべくアダンの力を使わないように動いてくれているじゃないか』
「……っ!」

 本当はアダンも理解しているのだろう。それでも人間だからと憎もうとしているように思えた。エデンはローザの頬に手のひらを置いた。

『ひどい熱だ。人間はとても体が弱いんでしょう? もしローザが死んじゃったら僕は嫌だ。悲しいよ』
「エデン……お前」

 アダンは複雑そうな顔をしてエデンを見ていた後に小さく溜息を吐いた。

「…………わかった。ただし絶対に無理だけはするなよ」
『わかってるよ。アダンは心配性だな』

 ローザの胸にそっと手を当てる。手のひらから温かな光が胸元に次々と吸い込まれていった。

『ローザ、早くよくなって……!』


 * * *


 ──目を開くと幼いロザリンダの姿が目の前にあった。

「ロザリンダ、必ず王妃になれ。でなければお前に価値はない」
「……はい、お父様」
「わたくし達を裏切るような真似はしないでちょうだい。あなたは黙ってわたくし達の言うことを聞いていればいいのよ」
「はい……お母様」
「いい子ね、ロザリンダ」
「必ず成し遂げろ」

 映画のワンシーンのように流れてくるのはロザリンダが幼い頃の記憶だった。ビビエナ公爵と夫人の声が頭の中に響き渡る。


 そして場面は、少し成長したロザリンダと顔を真っ赤にしたビビエナ公爵を映していた。エリオットと婚約したロザリンダだったが、エリオットは他の令嬢とパーティーを過ごしていた。ビビエナ公爵はそれを全てロザリンダのせいにしたのだ。

「何故こんな扱いを受けている? ビビエナ公爵家の者として許されることではない。どう振る舞えばいいのか、わかっているだろう?」
「お父様、わたくしの話を聞いてくださいませ!」

 ビビエナ公爵はロザリンダの頬を思いきり叩いた。あまりの勢いに小さな体は投げ出されてしまう。

「きゃ……!」
「口答えをするなっ! 弱い部分を絶対に見せてはならない。誰が何を言おうと関係ない。婚約者の座は、王妃の座だけは絶対に渡すな!」
「……で、ですがあれはエリオット殿下が」
「黙れ!」

 理不尽な父の言葉にロザリンダは涙を堪えながら唇を噛んだ。息ができなくなるような苦しみがロザリンダを襲う。 
  

(ひどいわ。こんなの見ていられない!)


 そしてまた場面が切り替わる。
 今度はエリオットが、ロザリンダに対して鬱陶うっとうしいと言いたげに手を払っている。エリオットがオリビアに惚れ込んで、その振る舞いに我慢できなくなったロザリンダが注意をしたのだ。エリオットは怒鳴るように反論している。

「いい加減にしろ、ロザリンダ……! 俺はお前を愛したりはしない。この婚約は形だけのものだ」
「わたくしは、わたくしのやり方で王家を支えていくだけです」
「ならば何故オリビアを責めるのだ。今更嫉妬か……?」
「何をおっしゃっているのか意味がわかりませんわ」
「ふん……知らないフリをしても無駄だぞ」


(間違いない……! この辺りから少しずつ原作と違っている)


 切り替わる場面。ロザリンダのいない場所で二人きりで話しているエリオットとオリビア。

「たぶんロザリンダ様が全部やったんだわ……エリオット様、私とても怖くて」
「大丈夫だ、必ず俺が守ってやる。こんな気持ちになったのは初めてだ。愛している、オリビア」
「嬉しいです! 私もエリオット様のおそばにいられたらいいのに……でもロザリンダ様がいるから無理ですよね?」
「っ、あの女さえいなければ……!」


(こうやって少しずつロザリンダに罪を被せていたのね)


 そして、今の意識が入り込む直前に至る。

「──ロザリンダ・ビビエナ、貴様との婚約を破棄する!」

 苦痛、悲しみ、絶望……。ロザリンダの心に影が落ちる。息ができなくなってしまいそうな閉塞感に目の前が真っ暗に染まった。


「──ッ!?」

 ローザは飛び上がるように体を起こした後、酸素を求めて思いきり息を吸い込んだ。心臓がバクバクと音を立てていて、飛び出してしまいそうだった。

「はぁ、はぁ……っ!」

 ふと、震える手のひらを見ていた。視界がぐにゃりとゆがんだと思いきや、頬に次々と涙が伝っていく。胸の奥が抉られるような痛みがまだ残っているような気がした。

(熱のせいかしら。悪夢……じゃなくて、これがロザリンダが味わってきた悲しい現実なのね)

 次々と流れ込んできた記憶は、ロザリンダの中で深く傷を残してきたものだろう。
 だが物語と違う展開だったことを改めて思い出させるかのような、何かを必死に訴えかけるような……そんな見せ方だった。その中で最も気になるのはオリビアの行動だ。
 オリビアが原作と全く違う行動を取ったことをきっかけに物語は違う方向へと歩み出した。ロザリンダが断罪された時もそうだが、全てをロザリンダのせいにしていた。
 まるでこの段階で急いでロザリンダを排除したい、そう思っているようだった。オリビアの何かが違う……自分が確実に王妃になるために、エリオットの心を完全に掌握してロザリンダをおとしめようとしたのだろうか。それとも他に何か目的があって動いていたのだろうか。物語を知っているのか、いないのか……それすらもわからない。

(……証拠はないけど、彼女の影響が大きいのは確かね)

 今回、ロザリンダがラフィ王国から姿を消したことで、オリビアはエリオットと彼の婚約者の座を手に入れた。エリオットもオリビアも邪魔者が消えて満足だろう。

(処刑なんかしなくても、どうせどこかで野垂のたれ死んでるとでも思われているでしょうね)


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