【短編集】

●やきいもほくほく●

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元婚約者がよりを戻そうと押しかけて来ましたが……わたくし、もう結婚してますけど

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「寂しかっただろう?俺がお前を振ったせいで俺を忘れられなかった事だろう………悲しい想いをさせて悪かった」

「……」

「しかし、今日からはまた俺が側にいてやるから安心しろ?父上と母上にはもう話してあるんだ!なんて優しい息子なのだと褒められたよ」

「……」

「さぁ、早く手続きをしようじゃないか!もう泣く必要はない……愛しい婚約者が戻ってきたのだから」


怒りを通り越して呆れてしまい、何も言葉が出てこなかった。
ただ、目の前でペラペラと意味の分からない言葉を話している勘違い野郎の顔を殴り飛ばしてやりたいと思った。

(どういう思考回路なの……?)


スッ…と自分の手首を押さえて、殴りたい衝動に耐えていた。
そして、こんな男を心から愛していた自分を恥じた。




「―――カサンドラ、またお前を愛してやるからな」



頭の中の何かがプチンと切れた。

カサンドラはニッコリと笑顔を浮かべて、エイヴリーに優しく諭すように言った。





「わたくし、もう結婚してますけど……?」




「……え?」


エイヴリーの間抜けな顔に少しだけ心が晴れやかになった。

カサンドラは床に落ちた本を拾い上げて、パンパンと汚れを払った。

そう……エイヴリーと再び愛を育むなんて、この世界がひっくり返ったってあり得ない事だ。

エイヴリーに裏切られたカサンドラは、心が激しく痛んでいた。

まるで針で刺されているような感覚にカサンドラはずっと苦しんでいたのに……エイヴリーは再びカサンドラと共に居ようというのか。

(本当、無神経すぎて信じられないわ)

今のエイヴリーを見ても以前のような愛しい気持ちは全く湧き上がってこなかった。
むしろ心にあるのは嫌悪感と、二度と顔を見たくなかったという思いだけだ。

(あんなに愛していたのに……嘘みたい)

むしろエイヴリーの顔を見ていると吐き気すら感じる。
カサンドラは思いきり顔を顰めた。

この勘違いを通り越して、有り得ない夢を見ている元婚約者に言ってやりたい事は山程あった。
本についた汚れを払うように、カサンドラにとっては埃と同じ。

(要らない、この人はもうわたくしにとっては必要ない人だ……)

湧き上がる怒りを抑えるようにカサンドラは深呼吸した。


「貴方に愛してもらうなんて有り得ないわ!わたくしは、もう愛を誓った方がいますから」

「!!」

「貴方なんて………必要ない」


公式な発表はまだなので、エイヴリーの耳にも情報がまだ入っていないようだが、そもそもカサンドラには愛する夫がいる。

ブライアンが側に居てくれる。

ブライアンがカサンドラを励まして寄り添ってくれたから、カサンドラは再び幸せを掴む事が出来た。
エイヴリーと共にいても幸せは訪れない……絶対に。


「ど、どういう事だ……!?」

「そのままの意味ですわ」

「だって、君は……!俺の婚約者だったじゃないか!」

「元婚約者です」

「……だから、今から」

「はぁ!?」

「再び婚約関係に戻ればいいじゃないかッ」


自分から婚約破棄をした事を忘れてしまったのだろうか。
再び婚約関係に戻ると簡単に言ってはいるが、カサンドラが「はい、分かりました」と言うと、本気で思っているのだろうか?


「貴方とヨリを戻すなんて、絶対に嫌」

「!?」


名前を呼ぶ事すらしたくなかった。
"貴方"と言ったのはわざとだ。


「わたくしと貴方は、もう無関係です」

「なん、だと……?」

「婚約破棄をしました。言ったのは貴方からです……!だからもう、わたくしには関わらないで」


意味が分からないといった様子のエイヴリーに、カサンドラは冷たく言い放つ。
そしてカサンドラの"無関係"の言葉にムッとしたエイヴリーは顔を険しくさせた。
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