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気付いてもらえないときのこと

ある前夜について

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 日も暮れるころ。

 帰宅しようときた手前、
「美女同伴でどうしたの? おでかけ? いいご身分だね浪人サマ」
「猪女……」

 しまった。
 まだミクちゃんのアルコールが残っていたのか、ふと口をついて出てしまった。

 別に思ってもないことを言ったわけではないので特に訂正するつもりもないが、率直な感想というのは日常の上では鋭すぎるものだ。

 獲物を捉えた獣特有の、剥き出しの気迫が僕に突き付けられる。

 説得するか? 無理だ。
 立ち向かう? 無駄だ。

 吸って、吐く。ミッコさんの横顔をちらりと見やり、勇気のふいごとする。

「これから、幼馴染に克ちます」
「よく言った」
 カッコいいぞ、とミッコさんが背中を押す。

「綾。明日の朝に大事な話があるから、待っていてくれるかな」
「首を洗って待っています」
 キリッとした返事をした綾は、顔を真っ赤にして走り去っていった。

「…………」
「ねぇ。ヤーちゃん帰っちゃったじゃん」
「まずかったですか?」
「いや、まずいわけじゃないですが……」

 正直なところ、アレと正面切って戦う度胸はない。せいぜい今のように明日の自分を切り売りしてなんとか時間を稼ぐのが関の山なのだ。

「明日。私もヤーちゃんと話したいので着いていきます」
「構いませんけど」
「えぇ⁉︎」

 そんなに驚くことだろうか。自分で聞いたことではないのですか。

「晩ご飯にしますから、家入りましょうね」


  ……。

 鶏の照り焼きに合わせるキャベツを千切りにしながら、考える。

 ミッコさんが想いを告げるという相手は、現状おそらく八代綾だろう。ベルさんもミクさんもレヴィも、ミッコさんと直接やりあって負けている。互いにもう挑戦する間柄ではないだろう。

 しかし、八代綾。文学系猪ならば、あのバカならばともすれば今のミッコさんと同じ土俵に上がってみせるだろう。しかも勝負は恋愛事。惚れた弱み、とも言うように、ミッコさんは綾に対して弱い立場にいるはず。さらに二人の経験値からしても、イメージトレーニングの差は歴然と言ってもいい。

 まさか、いや本当にまさかだが、綾が勝つというのか? ミッコさんが負けると言うのか? ミッコさんが負ける?

「やだなぁ」

 僕は傍観者なのでどちらに肩入れするということもないのだが。

 漠然とそう感じて、用を終えた包丁を置いた。
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