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最低な始まりと最高の結末
しおりを挟む「今日で終わりですね」
「…………え?」
「罰ゲームの期間ですよ。今日でちょうど一ヶ月経ちますよね」
罰ゲーム。その言葉に、さーっと血の気が引いていった。隣を見ればいつも通りの彼女がいる。陰で能面なんて呼ばれてる表情の動かない顔。でも付き合ってからそんなことはないと気づいた。整いすぎて特徴のない顔はほんのり笑みを刷くだけで、とても美しいと知ったのは嘘告白したその瞬間だ。恋に落ちるのは必然だった。付き合ったら手を繋いで一緒に帰るんだよと言って差し出した手を素直に取った彼女に赤面したのは俺の方で。
今日だってそうだ。手を繋いで、他愛のない話をして、笑って。はたから見てもいちゃついてるカップルにしか見えないはずなのに。
繋いだ手の指先から凍っていくようだった。
誤魔化さないと。言い訳をしないと。そんな思いばかり頭の中をぐるぐると回って最適な言葉が見つからない。
「罰、ゲームって、なんの話?」
「私に告白して一ヶ月間、付き合う事です」
「どうして、それを」
「親切な方々が教えてくださったんです。唯人がお前と本当に付き合うわけがない。みんな唯人の特別で一人だけ選んだりしない。調子に乗るなって。調子に乗っているつもりはなかったのですが、その方は不快に思われたようですね」
「…………いつ?」
声になったか分からない掠れた声。けれど彼女には届いたらしい。
「お付き合いを始めて三日ほど経った頃でしょうか?それから何人にもお声がけいただきました。……唯人先輩?気分がすぐれませんか?顔色が悪いです。この先に公園があります。ベンチで休みましょう。そこまで歩けますか?」
気づいたらその場で立ち止まっていた。手を引っ張られる形で振り向いた彼女が俺の元に戻ってきて、心配そうに顔を覗き込んできた。顔の筋肉に動きはないけれど、目に見えない犬耳が垂れている幻覚が見える。そんな小動物めいた可愛さも、愛しくて仕方ないんだ。
彼女に引っ張られて公園に向かう。手前のベンチに座らされて彼女は一旦離れていった。
ひとりになってぼうっと一ヶ月前を思い出す。
始まりは確かに罰ゲームだった。
『負けた奴が噂の能面に告白する』って内容だったのに、俺が負けたら『唯人だったら能面でも落ちるんじゃね。オッケーもらうだけじゃなくて告白して一ヶ月間付き合うまでが罰ゲームな』なんて言い出して、その時の俺はへらへら笑って馬鹿みたいにそれを受け入れて。
今になってみれば本当にくだらない、それどころか人の気持ちを踏み躙る最低な行為だ。
彼女が『親切な方々』に言われたのはきっと真実だ。
この告白が罰ゲームだったのも、俺がいろんな女の子と遊び回ってたくそ野郎だったのも。調子に乗っていたのは俺の方だ。
初めて人をこんなに好きになった。きっかけは偽の告白でも、彼女の美しさに惹かれた。それは外見だけじゃなくて、仕草だったり、言葉遣いだったり。何よりも美しいのはその内面だ。
彼女は決して人の悪口を言わなかった。楽しかったこと、嬉しかったこと、残念に思ったこと、悲しいと思ったこと。なぜ『能面』と呼ばれているのか理解できなくなるほど、彼女の内側は色鮮やかに美しいものであふれていて、彼女を知る度に好きと愛しいが俺の内側に流れ込んでくるようだった。
知らないままでいてくれれば良かったのに。
罰ゲームで告白なんかしてなくて、初めから彼女を好きになって、ちゃんと告白して、このままずっと付き合っていけたらいい。帰りは手を繋いで帰って、休日にはデートをして、たくさんたくさん彼女との思い出を共有していきたい。
けれど、彼女は罰ゲームのことを知っていて今日で終わりだと言った。
終わりなのか?本当にこれで最後?彼女と過ごした時間なんてなかったみたいに前の日常に戻るのか?
無理だと思った。彼女が隣にいない明日を想像すら出来ない。したくない。
拳を握りしめて思いっきり頬を殴る。その痛みでやっと脳が動き出した。そうだ。俺は彼女にまだ何も伝えられていない。
立ち上がって、探しに行こうとしたところに彼女が戻ってきた。俺を見て慌てて駆け寄ってきた彼女をぎゅっと抱きしめた。買ってきたのであろう水のペットボトルが地面に転がる。
「唯人先輩!? 何をやってらっしゃるんですか? 頬も赤くなってますよ。具合が悪いんですから、大人しく横に……」
「柊!」
「はい。なんですか唯人先輩」
「ごめん! 本当にごめん!! 俺、確かに罰ゲームで告白した。でも、私でよければって笑う柊の顔を見て、一瞬で好きになったんだ。はじめの告白以外嘘じゃない。信じられないかもしれないけど、柊が好きって気持ちだけは本当なんだ。俺、柊がいないと駄目なんだよ。自分勝手でほんとごめん。罰ゲームのことなんてなかったことしようとしてた。このままずっと一緒にいられたらって。……柊は俺のこと嫌いになった? それとも初めから俺のことなんて好きじゃない? だったら、俺は……」
「……先輩。…………唯人先輩、離してください」
「…………やだ。離したくない」
離せと言う柊を更にぎゅっと抱きしめる。ここで離したら柊はもう、戻ってこない。俺のことなんかなかったことにして別の男の隣に立つんだ。それで柊が幸せなら見送りたいと思うのに、身体が言うことを聞いてくれなかった。
「わかりました。左手を繋ぎましょう。だから一旦、身体を離してください。ね?」
腕の中で柊がもぞもぞと動いて、細い肩に回した手に温かな手が触れる。ぎゅっと指先を握られて、身体から力が抜けた。
「…………うん」
ゆっくりと腕を解くと柊は言った通りに俺の手を握ってくれた。真っ直ぐに向けられる眼差しが怖い。その奥にある美しさを知って尚、彼女という人間を推し量ることは出来ない。何を言われるのかと身構える俺に彼女はふふっと笑った。
「先輩、鼻水まで出てるじゃないですか。ほら、瞳も真っ赤でうさぎさんみたいですよ」
柊はスカートのポケットからハンカチを取り出し、俺の顔を拭き始めた。目元を拭って鼻の下にもハンカチを当てる。こんな俺にも優しくしてくれる。柊は本当に優しい。それなのに俺は。
「……怒ってるんじゃないのか? それとも怒ってすらくれない?」
「怒ってませんし、何も思わないから怒らないのでもありません。ただ、私は罰ゲームは今日で終わりと言いたかったんですよ」
「……だから、俺たちも別れるって」
「言ってません。終わるのは罰ゲームです。それとも、これからの私とのお付き合いも罰ゲームですか?」
「絶対そんなことない!罰ゲームどころか一生に一度、もらえるかもらえないかの贈り物だろ!?」
柊がまたふふっと笑った。そこではたと思い至る。柊は言った。これからの付き合いと。終わるのは罰ゲームだと。
「…………え?」
「告白とこの一ヶ月が罰ゲームだったとしても、嘘から始まったのだとしても、全てが嘘だとは思いません。私は私と唯人先輩が過ごした日々を信じています」
言葉が出てこない。代わりに涙ばかりが溢れて、視界に映る柊がぼやけていく。
「それに罰ゲームのことも怒ってないですよ。だって、唯人先輩と出会うきっかけをくれたんですから。それで先輩が納得いかないというならやり直しましょう。今、ここで」
ああ。好きだ。心の底から好きだ。誰よりも何よりも柊が好きだ。こんな俺を信じてくれる柊が愛しくて、好きで好き過ぎて頭がどうにかなってしまいそうだ。
「好きだ、柊。俺と恋人になってください」
柊は驚いたように目を見張った。次の瞬間には陽の光に照らされて花が綻ぶように顔いっぱいに笑みが広がった。
「私も唯人先輩が好きです。私を恋人にしてください」
「~~っ!! ひいらぎ~!! 大好きだあ!!」
もう一度だけじゃ足りない。何百回だって、何千回だって、何万回だって言うから、ずっと隣にいてほしい。
手を握っているだけじゃ足りなくて抱きついた。柊の柔らかな体温が内側へと広がっていく。涙腺が決壊したみたいで柊の背中にしみを作っていく。これじゃあハンカチがいくつあっても足りませんねと言って、柊は笑った。
自分だってこんなに涙が出るなんて驚きだ。けれど、この先ハンカチじゃ足りないくらい涙を流すのだろう。
この涙は彼女の隣を歩いていける幸福の証なのだから。
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