1 / 1
死亡フラグは立ちません
しおりを挟む「君ってきれいな手をしてるな」
「……離してください。治療が出来ません」
「ええ~、いいじゃん。減るもんでもあるまいし」
「現在進行形であなたの血が減っているのですが。出血多量で死にますか?」
「ごめんなさい」
ぱっと手を離すと何事もなかったように治療を再開する。そっけいない態度とは裏腹に薬を塗り、包帯を巻いていく手は丁寧で慈愛に満ち満ちている。
その手を見つめながら青年は減らず口を叩いた。
「あのさ。この戦争が終わったら、俺と結婚しない?」
「ここでプロポーズをされたのは七回目です」
「え!? めっちゃされてんじゃん!! え? 七回目? 前の六人はどうなったの?」
「察してください」
「……まじかー。フラグ立ちまくりじゃん。ヤベェ、俺もフラグ立てちゃった」
そう言って笑う青年に少女は呆れた表情を向けた。
「元気なことは大変よろしいのですが、静かにしてください。ここは談話室でもカフェテラスでもないんですよ」
「可愛い女の子を見たら口説くっていうのが俺の信条なんで。いくら君の頼みでも聞けないな」
少女の手が一瞬止まる。ほんのりと色づく頬に青年は緩んでいた顔を更ににやけさせた。
「少々、不謹慎ではありませんか? ここには……苦しんでいる人たちがたくさんいるんです。そんな中で冗談を言ったり、笑ったりして。あなただって怪我が治ってもまた」
「明日には死ぬかもしれないからこそ、笑ってなきゃ人生もったいないじゃん。明日死なないかもしれないし、十年後も二十年後も三十年後もしぶとく生きてるかもしれない。そんな未来に君がいるって想像したらめちゃくちゃ幸せなんだもん」
青年は言葉通り、少女の瞳の奥にある未来を見つめるように、本当に幸せそうに笑った。
ここは治療所などではない。更なる地獄へと送り出すための中継地点だ。
なおせば使える見込みのあるものだけがこの場所に運ばれてくる。
地獄を見たものたちは戦場に戻るのを恐れ、逃げ出そうとするものまでいる。けれど逃げ出せば、今度は戦犯として国に処分される。
だから、夢想する。あるはずのない未来を。幸福な結末を。ただ現実から目を逸らすために。
少女が治療を施した彼らは決して帰ってこないのだ。
この青年だって同じだ。同じはずなのに、なぜ、こんなにも違うのだろう。
夢想などではない。現実逃避などではない。青年の描いた未来が少女にも見えてしまった。少女自身、明日死んでしまうかもしれないというのに、何十年も先の未来に目の前の青年と笑っている自分がいとも容易く想像できてしまった。
いつもの自分なら幸せな脳みそですねなんて皮肉を言っているはずなのに少女の口から出た言葉は全く意味の異なるものだった。
「それは、幸せな未来かもしれませんね」
「でしょでしょ!? だから、俺と結婚しよう! 返事はオッケーってことでいいんだよね!?……よっしゃああああ!!っっっあいてててっ」
「ちょ、ちょっと!急に動かないでください!あと、叫ばないでください!!ていうか、オッケーしてません!!」
急に起き上がってガッツポーズしたと思えば、あまりの痛みにベッドに逆戻りした。
少女は少女でどこから突っ込めばいいのか混乱している。それでも、たくさんの治療を施してきたその手は正しい処置を施していく。
「……君の手はきれいだ」
「それはどうも」
「ちょっとツンケンしてるところも可愛い」
「そうですか」
「可愛いって言うとほっぺが赤くなる所もキュンです」
「はいはい」
「プロポーズの返事はいつもらえますか?」
「…………未来の約束は出来ません」
「わかった」
少女ははっと顔を上げた。否定の言葉にこんなにあっさりと同意が返ってくるとは思っていなかったからだ。けれど青年の顔を見て、少女はあっけに取られた。
「……なんで、笑ってるんですか?」
正しくはニヤニヤしている、だ。それはもう盛大に。怪我人でなければどつきたいほどに青年はやに下がっていた。
「いや、だって、それってさ。ううん。なんでもない! とりあえず今は、君に手当してもらえる幸せを噛み締めておこうかなって」
「なんですか、それ?」
少女は思わずふふっと笑う。そんな少女の微笑みを見て、青年は喜びに身悶える。
ここは戦場だ。
明日には死ぬとも知れぬ命。
それでも彼らは笑い合って今を生きるのだ。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる