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「おはよう、リアム」
「蓮、もう起きて…身体、平気か??」
翌朝、というか昼近くになって、ようやく蓮は起きてきた。先に身体を清めてきたのか、黒い髪は濡れてぺたりと頬に張り付いている。昨夜の交わりで白い身体に残った傷跡は、今、キッチリ着込んだ服の下に隠れて一見すると解らなかった。
「ん。平気。リアムは?」
「ああ。俺は大丈夫だ。蓮…」
自分の事よりリアムの身を案じる蓮を、リアムは愛しげに抱き締めて優しく口付ける。蓮はそんなリアムの口付けが大好きで、ウットリと幸せそうに微笑みながら、彼の少し厚めな唇を受け入れていた。
「飯、食うか?」
「ん…ん、今はいいや…」
自分が食事を取らないと言うと、途端にリアムは不安そうな顔になる。蓮にはそれが解ってはいたが、激しい性行為の翌日は無理に食べると吐いてしまうのだ。そうすると余計にリアムを心配させてしまうので、あえて食事はしない様に心掛けていた。
「俺は良いから…リアムはちゃんと食べて」
「あ…ああ。解ってるって」
目を離すとリアムは、蓮に気を遣って食事を抜いてしまう。それは駄目だからね、と、睨むように大きな青い目で訴えて、彼がきちんと食べるのを見張るのが蓮の日々の役目だった。
極東の国の過疎村へ逃げるようにやって来て暮らし始めた2人は、普段からあまり村人と接せずにヒッソリと過ごしていた。生活に必要な金などは、人狼の村を逃げ出す時、そこからありったけの金目の物を持ち出したから当面は大丈夫だ。
2人ともこの国の言葉はほとんど解らない。世界共通語は教養として教わっていたリアムなら喋れたが、蓮は住んでいた国の言葉しか喋れないし聞き取れなかった。
だから自然と2人は、2人だけでしか通じない言語で喋る。そんな彼らにあえて接しようとする村人は居なかった。なにせ、ほぼ年寄りばかりだ。外国人にはそれでなくとも腰が引けてしまうのだろう。無理もない事だった。
「買い出しに行って来るけど、何か欲しいモノあるか」
「ううん。別に何も」
週に1度、リアムは麓の町まで買い物に行く。
この村には商店などほとんどなく、村人も町へ買いに行くのが普通であった。とはいうものの、1番近い町までは車で30分ほどもかかる。必要に駆られてリアムは村へ移り住む前に、数カ月間この国の教習所へ通い、運転免許証を手に入れていた。
「夕方には帰るからな」
「うん。気を付けてリアム」
中古で購入した軽の車は小さくて、リアムの身長では少々窮屈に感じられたが、そうそう贅沢も言っていられない。大きな体をなるたけ小さくして車に乗り込んだリアムを、蓮は家の前に立ったまま見守り見送った。
昼を過ぎたばかりの太陽はまだ高い。これから数時間、1人で何をしよう??家の事はたいていリアムがやってしまうので、蓮が出来る事と言ったら掃除くらいだ。だがそれも、毎日マメにやっている事なので、家の中はそれほど汚れてもおらず、掃除を始めてもすぐに終わってしまう。
する事がない時、蓮は縁側に座ってぼうっとしていた。この国の建物は彼らが住んでいた国と違って木や土で作られている。もちろん、どの国でも共通するコンクリートの建物も多いが、この過疎の村にはそれらがほとんど見られなかった。
「今日は温かいな…」
今はまだ春先で、少し肌寒い日が続いている。
寒いのが苦手な蓮は、太陽が燦々と降り注ぐ縁側がお気に入りだ。リアムの居ない時など、ここで何時間でもジッとしている。その姿を山へ向かう村人が時折目にする事があったが、どちらも互いに声を掛ける様な事はしなかった。だが、
『やあ、今日は良い天気だね』
「………ッ!?」
その日は違っていた。
「────ッ」
突然、声を掛けられ驚いた蓮は、隠れる事も忘れて声のした方を見る。すると、小さな庭を囲む垣根の向こうに、見た事も無い背の高い金髪の男が、にこやかに微笑みながら立っていた。
明らかにこの村の人間じゃない。警戒して蓮は、縁側の奥の部屋に身を隠した。
『ああ、済まない。驚かせてしまったかい?』
「…………ッ」
何と言っているかは解らないが、この国の言語では無く、リアムが時々使う世界共通語だという事は蓮にも解った。けれど、何を喋っているのか解らないという点では、どちらの言語でも同じ事だ。そのまま蓮は男を無視し、部屋の奥へ隠れようとする。
『困ったな…言葉が解らないか…あと私の知っている言語と言ったら…ええと「すまないが道に迷っている」「麓へはどちらへ行けば良いか解るか?」……これならどうだ?』
「………えっ」
聞き覚えのある言葉に、蓮は思わず足を止めた。恐る恐る襖の陰から顔を覘かせ、金髪の男の顔を盗み見ると、端正かつにこやかな顔が親しげに微笑み、もう一度その同じ言語で蓮に語り掛けてきた。
「私は野鳥観察で訪れた観光客だ。怪しい者じゃない。道を聞きたいんだ。解るか?」
「……解る…けど……」
そう、それは蓮とリアムが普段から使っている言語。
彼らが捨ててきた『祖国』の言葉だった。
「蓮、もう起きて…身体、平気か??」
翌朝、というか昼近くになって、ようやく蓮は起きてきた。先に身体を清めてきたのか、黒い髪は濡れてぺたりと頬に張り付いている。昨夜の交わりで白い身体に残った傷跡は、今、キッチリ着込んだ服の下に隠れて一見すると解らなかった。
「ん。平気。リアムは?」
「ああ。俺は大丈夫だ。蓮…」
自分の事よりリアムの身を案じる蓮を、リアムは愛しげに抱き締めて優しく口付ける。蓮はそんなリアムの口付けが大好きで、ウットリと幸せそうに微笑みながら、彼の少し厚めな唇を受け入れていた。
「飯、食うか?」
「ん…ん、今はいいや…」
自分が食事を取らないと言うと、途端にリアムは不安そうな顔になる。蓮にはそれが解ってはいたが、激しい性行為の翌日は無理に食べると吐いてしまうのだ。そうすると余計にリアムを心配させてしまうので、あえて食事はしない様に心掛けていた。
「俺は良いから…リアムはちゃんと食べて」
「あ…ああ。解ってるって」
目を離すとリアムは、蓮に気を遣って食事を抜いてしまう。それは駄目だからね、と、睨むように大きな青い目で訴えて、彼がきちんと食べるのを見張るのが蓮の日々の役目だった。
極東の国の過疎村へ逃げるようにやって来て暮らし始めた2人は、普段からあまり村人と接せずにヒッソリと過ごしていた。生活に必要な金などは、人狼の村を逃げ出す時、そこからありったけの金目の物を持ち出したから当面は大丈夫だ。
2人ともこの国の言葉はほとんど解らない。世界共通語は教養として教わっていたリアムなら喋れたが、蓮は住んでいた国の言葉しか喋れないし聞き取れなかった。
だから自然と2人は、2人だけでしか通じない言語で喋る。そんな彼らにあえて接しようとする村人は居なかった。なにせ、ほぼ年寄りばかりだ。外国人にはそれでなくとも腰が引けてしまうのだろう。無理もない事だった。
「買い出しに行って来るけど、何か欲しいモノあるか」
「ううん。別に何も」
週に1度、リアムは麓の町まで買い物に行く。
この村には商店などほとんどなく、村人も町へ買いに行くのが普通であった。とはいうものの、1番近い町までは車で30分ほどもかかる。必要に駆られてリアムは村へ移り住む前に、数カ月間この国の教習所へ通い、運転免許証を手に入れていた。
「夕方には帰るからな」
「うん。気を付けてリアム」
中古で購入した軽の車は小さくて、リアムの身長では少々窮屈に感じられたが、そうそう贅沢も言っていられない。大きな体をなるたけ小さくして車に乗り込んだリアムを、蓮は家の前に立ったまま見守り見送った。
昼を過ぎたばかりの太陽はまだ高い。これから数時間、1人で何をしよう??家の事はたいていリアムがやってしまうので、蓮が出来る事と言ったら掃除くらいだ。だがそれも、毎日マメにやっている事なので、家の中はそれほど汚れてもおらず、掃除を始めてもすぐに終わってしまう。
する事がない時、蓮は縁側に座ってぼうっとしていた。この国の建物は彼らが住んでいた国と違って木や土で作られている。もちろん、どの国でも共通するコンクリートの建物も多いが、この過疎の村にはそれらがほとんど見られなかった。
「今日は温かいな…」
今はまだ春先で、少し肌寒い日が続いている。
寒いのが苦手な蓮は、太陽が燦々と降り注ぐ縁側がお気に入りだ。リアムの居ない時など、ここで何時間でもジッとしている。その姿を山へ向かう村人が時折目にする事があったが、どちらも互いに声を掛ける様な事はしなかった。だが、
『やあ、今日は良い天気だね』
「………ッ!?」
その日は違っていた。
「────ッ」
突然、声を掛けられ驚いた蓮は、隠れる事も忘れて声のした方を見る。すると、小さな庭を囲む垣根の向こうに、見た事も無い背の高い金髪の男が、にこやかに微笑みながら立っていた。
明らかにこの村の人間じゃない。警戒して蓮は、縁側の奥の部屋に身を隠した。
『ああ、済まない。驚かせてしまったかい?』
「…………ッ」
何と言っているかは解らないが、この国の言語では無く、リアムが時々使う世界共通語だという事は蓮にも解った。けれど、何を喋っているのか解らないという点では、どちらの言語でも同じ事だ。そのまま蓮は男を無視し、部屋の奥へ隠れようとする。
『困ったな…言葉が解らないか…あと私の知っている言語と言ったら…ええと「すまないが道に迷っている」「麓へはどちらへ行けば良いか解るか?」……これならどうだ?』
「………えっ」
聞き覚えのある言葉に、蓮は思わず足を止めた。恐る恐る襖の陰から顔を覘かせ、金髪の男の顔を盗み見ると、端正かつにこやかな顔が親しげに微笑み、もう一度その同じ言語で蓮に語り掛けてきた。
「私は野鳥観察で訪れた観光客だ。怪しい者じゃない。道を聞きたいんだ。解るか?」
「……解る…けど……」
そう、それは蓮とリアムが普段から使っている言語。
彼らが捨ててきた『祖国』の言葉だった。
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