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 クルトさんとの生活は、夢のように幸せだった。

 暖かい部屋。温かい食事。

 それだけでも幸せ過ぎるのに、クルトさんは俺なんかにとても優しく接してくれたのだ。

 もちろん俺のことを、恩人である知人(父の父…つまり、俺の祖父が、クルトさんの父を救ったことがあるらしい)からの預かりものと考えているからこそ、こんなにも親切にしてくれているんだろうとは思うけども。
 でも、いつか、この生活は崩れ去ると知っているから、俺は優しくされればされるほど哀しくなってきた。

 とんだ厄介者を押し付けられた。

 そう、クルトさんが気付いた時、俺はいったいどうすれば良いのか。
そしてクルトさんは俺のことを、どんな目で見て、どう扱うのか。

 きっとここに長くはいられない。
 父がもう二度と帰って来ないことを、クルトさんはすぐに気付くだろう。

 その時俺はまた、捨てられてしまうのに違いない。
 それに優しいクルトさんも、豹変してしまうかもしれない。
 考えれば考えるほど、恐くて、哀しくて、とても辛くて。

「ここが今日からお前の部屋だ」
 ここへ預けられたあの日、クルトさんはそう言って、俺に部屋を与えてくれた。それは一部屋だけで俺が住んでいた家の大きさくらいありそうな立派な…立派過ぎる部屋で。大きなベッドや備え付けられた家具の、そのあまりの豪華さに、目をまん丸くして立ちすくんでたら、クルトさんは楽しそうに笑って、
「他に欲しいものがあったら、なんでも遠慮なく言いな」
 とまで優しく言ってくれた。

 だけどただでさえ厄介者の俺が、この上なにかを要求するだなんて、到底出来る訳がなかった。

 だって、両親に捨てられた俺を、彼は、そうとは知らずに世話してくれているのだ。三食食べさせてもらえるだけでも有難すぎるのに、それ以上のことなんか厚かましすぎてお願いできるはずがない。

 住まわせてもらって、食事を与えて貰える。
 それだけでも申し訳なくて。居たたまれないのに。

 せめて何か手伝うことがあれば──掃除くらいなら、俺にだって出来るのでは。
 そう考えて申し出てみたこともあったけど、
「ああ、そんなこと心配すんな。子供を働かせるほど、金に困ってねえから」
 と、あっさり断られてしまった。
「でも……あの…」
「通いのメイドが週に3日くらい来て、屋敷中掃除してくれてるから。お前は、自由にしてていい」
 ──自由に。そんなこと言われたの、生まれて初めてだった。
 だけど何をすれば良いのか、何をすれば自由なのか、俺にはまるで良く解らなくて。

 気が付くと俺は一日中、部屋の隅で丸くなっていた。
 膝を抱えたまま座って、ただ茫然と時が過ぎるのを待つだけ。

 そんな俺にクルトさんはある日、一冊の絵本をくれた。

「これ……」
「何もすることないと暇だろ。うちには図書室もある。まあ、絵本はそんなに置いてないが…読みたいなら買ってきてやるからな。あっ…と、字は読めるか?」
 あまり読めないと答えるとクルトさんは、
「なら、俺が教えてやっから」
 と、いつもみたいにニッカリ笑ってくれたのだった。
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