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ここで生きていく覚悟は、もうすでに出来ている。
『純潔』を喪失した俺には、もはや結界から出る術など何ひとつないのだ。だから俺は、生きている限り、この命がある限り、この小さな箱庭世界で生きていくほかはない。
ならば、どんなに辛くても、苦しくても、寂しくても、覚悟を決めるしかないじゃないか。
家族と、友人と別れ、今まで生きてきた世界と、永遠に決別して生きることを。
でも、最後にもう1度。
どうしても俺は、もう1度だけ、自らの目で確かめたいことがあった。
それはまだ見ぬ森の終わり。結界の境界があるという、奥庭の果てを俺はこの目で確かめたかったのだ。最後に、もう1度だけ。本当にここから、出られないという事実を。
「ごめん……セツ」
その為に俺は、わざとセツを遠ざけた。
セツから離れて1人の自由を得、彼に内緒で2度目の森の探索へ出かけるために。
今度は前回と違って色々と装備が揃えられたし、きっとそう時間も掛けずに森の端まで行き着くことが出来るはずだ。セツの話だと、半日もあれば歩いて行けるというし、彼に気付かれる前に行って戻ることは出来るはず。
『心配しないで…セツ。俺は、すぐに…』
確かめて、戻るから。
そう、最初から俺は、戻るつもりだった。
確かめたい気持ちはあったけれど、結果は始めから解り切っていたから。
結界から出られないのは、きっと本当だ。だってセツが俺に嘘なんかつく訳ない。俺の心の中に、何時の間にか芽生えていた彼への絶対的な信頼。それを不思議に思いながらも、俺は自分の中の彼への評価を、ほんの欠片も疑ってはいなかった。
たった数日。出会ってからほんの数日なのに、俺の中でセツは、これまで知り合ってきた誰よりも信じられる存在になっていた。そう、犯されたことですらも、笑って許せそうなくらいに。
『これが最後だから…そしたら…』
セツのことは好きだ。信頼もしている。
セツと一緒なら、ここでの生活も悪くなかった。
そう心から思い始めたからこそ、俺は心の奥に燻る最後の未練を、自らの手で断ち切らなければならなかった。
『……そしたら俺、これからずっとセツと一緒に居るから』
セツの用意してくれた部屋に一時の別れを告げ、俺は相変わらず鬱蒼とした森の中へ足を踏み出した。それがどんなにか馬鹿なことか、危険に満ちた行為であったかなんて、まるで考えもしないままに。
「う……う、あ…っ」
身体、動かない。
あちこち痛い、気がする。
鉄臭い匂い。
セミの声うるさいな。
暑くてぼうっとしてきた。
でも寒い。凍えそうなくらい。
腰までの高さがある雑草の向こうに、地面が無いだなんて思いもしなかった。俺の足は空を泳ぎ、ついで、浮遊感に襲われた。身体に感じた衝撃を最後に、しばらく気絶していたらしい。けれどその時にはもう、指1本意のままには動かせなくなっていた。
崖から落ちたんだな。目の前にそびえる岩肌にそうと知れたが、もはや後の祭りだった。遠ざかる意識。俺はこのまま死ぬのかな。暗くなっていく意識の奥に、セツの太陽みたいな笑顔が見えた。
やだな。死にたくない。
セツに会いたい。
今更ながら何も言わずに出て来た事を後悔したけど、もう、取り返しなんてつかない。俺はこのまま死ぬんだ。きっと2度とセツに会えない。そう思うと酷く胸が苦しくて、辛くて、哀しくて。
「………セ……ツ…」
なんでだろう。自分が死ぬことよりも、セツに会えなくなることが嫌だった。走馬灯みたいに今まで見てきたセツの顔が脳裏をよぎって、その尊さと愛しさにようやく腑に落ちた気がする。
ああ、そっか。
そうなんだ。
俺、いつの間にか、セツのこと。
そう思ったのを最後に意識は闇に包まれた。
『純潔』を喪失した俺には、もはや結界から出る術など何ひとつないのだ。だから俺は、生きている限り、この命がある限り、この小さな箱庭世界で生きていくほかはない。
ならば、どんなに辛くても、苦しくても、寂しくても、覚悟を決めるしかないじゃないか。
家族と、友人と別れ、今まで生きてきた世界と、永遠に決別して生きることを。
でも、最後にもう1度。
どうしても俺は、もう1度だけ、自らの目で確かめたいことがあった。
それはまだ見ぬ森の終わり。結界の境界があるという、奥庭の果てを俺はこの目で確かめたかったのだ。最後に、もう1度だけ。本当にここから、出られないという事実を。
「ごめん……セツ」
その為に俺は、わざとセツを遠ざけた。
セツから離れて1人の自由を得、彼に内緒で2度目の森の探索へ出かけるために。
今度は前回と違って色々と装備が揃えられたし、きっとそう時間も掛けずに森の端まで行き着くことが出来るはずだ。セツの話だと、半日もあれば歩いて行けるというし、彼に気付かれる前に行って戻ることは出来るはず。
『心配しないで…セツ。俺は、すぐに…』
確かめて、戻るから。
そう、最初から俺は、戻るつもりだった。
確かめたい気持ちはあったけれど、結果は始めから解り切っていたから。
結界から出られないのは、きっと本当だ。だってセツが俺に嘘なんかつく訳ない。俺の心の中に、何時の間にか芽生えていた彼への絶対的な信頼。それを不思議に思いながらも、俺は自分の中の彼への評価を、ほんの欠片も疑ってはいなかった。
たった数日。出会ってからほんの数日なのに、俺の中でセツは、これまで知り合ってきた誰よりも信じられる存在になっていた。そう、犯されたことですらも、笑って許せそうなくらいに。
『これが最後だから…そしたら…』
セツのことは好きだ。信頼もしている。
セツと一緒なら、ここでの生活も悪くなかった。
そう心から思い始めたからこそ、俺は心の奥に燻る最後の未練を、自らの手で断ち切らなければならなかった。
『……そしたら俺、これからずっとセツと一緒に居るから』
セツの用意してくれた部屋に一時の別れを告げ、俺は相変わらず鬱蒼とした森の中へ足を踏み出した。それがどんなにか馬鹿なことか、危険に満ちた行為であったかなんて、まるで考えもしないままに。
「う……う、あ…っ」
身体、動かない。
あちこち痛い、気がする。
鉄臭い匂い。
セミの声うるさいな。
暑くてぼうっとしてきた。
でも寒い。凍えそうなくらい。
腰までの高さがある雑草の向こうに、地面が無いだなんて思いもしなかった。俺の足は空を泳ぎ、ついで、浮遊感に襲われた。身体に感じた衝撃を最後に、しばらく気絶していたらしい。けれどその時にはもう、指1本意のままには動かせなくなっていた。
崖から落ちたんだな。目の前にそびえる岩肌にそうと知れたが、もはや後の祭りだった。遠ざかる意識。俺はこのまま死ぬのかな。暗くなっていく意識の奥に、セツの太陽みたいな笑顔が見えた。
やだな。死にたくない。
セツに会いたい。
今更ながら何も言わずに出て来た事を後悔したけど、もう、取り返しなんてつかない。俺はこのまま死ぬんだ。きっと2度とセツに会えない。そう思うと酷く胸が苦しくて、辛くて、哀しくて。
「………セ……ツ…」
なんでだろう。自分が死ぬことよりも、セツに会えなくなることが嫌だった。走馬灯みたいに今まで見てきたセツの顔が脳裏をよぎって、その尊さと愛しさにようやく腑に落ちた気がする。
ああ、そっか。
そうなんだ。
俺、いつの間にか、セツのこと。
そう思ったのを最後に意識は闇に包まれた。
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