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㉓
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「お前をここへ送り込んだ屋敷の人間は、『神凪』という名を持つ一族の直系に当たる」
「神凪………」
俺はもっとセツのことが知りたくなって、彼から遠い昔のことを教えて貰うことにした。
神としてセツが存在し始めた頃のこと。彼がどういう運命を辿り、今ここにこうしているのか。俺のずっと遠い祖先と、どう関わってきたのか。セツの考えてたこと、セツの想いも、何もかも、全部全部知りたかったから。
「セツはその女の人のこと……あ、愛してた?」
「…ああ、愛していた」
セツは何でも話してくれた。自分のこと、神凪一族のこと、そして、かつて大切に想っていた青い瞳の女の人のこと。
俺と同じ、青い瞳をした少女。
村人の欲望とエゴの犠牲になって彼女が死んだ後、セツは一族の人間と関わり合うことをやめた。きっとセツは、彼女のことが大切で、大好きだったんだろう。そんな女の人を残酷に穢され奪われた。そう考えると俺の心は酷く痛んだ。
もちろんそれは、俺がやったことでもなんでもない。けれど、俺の遠い祖先の犯した消せない罪が、セツを数100年経った今でも苦しめている。そんな風に思うと、なんだか申し訳なくて。セツに悪い気がして。
「……………っ」
あの日、彼が、俺を見た瞬間に浮かべた目の中の怒りが、そのさらに奥へ秘められていたもの正体がようやく解かった──いや、俺はやっと今、気が付いたのだ。あの時、セツの瞳の奥にあった『もう1つの想い』に。
「セツ………俺…」
あれはセツの、哀しみ。
何年、何100年経っても、薄れることも、忘れることも出来ない、魂に刻み込まれた深い悼みの想い。
とうに失われてここにはない、清廉な1人の少女へ向けられた──。
そして彼の想いを理解した途端、俺は、俺を通して一族へぶつけたであろう、彼の憎しみや八つ当たりまでもが、当然のことの様に思えてきてしまったのだ。
「要らぬ気遣いはするな…ハル」
「……………セツ」
落ち込んでしまった俺を慰める為だろうか、セツは優しく諭すような口調で言った。お前は何も悪くない。お前がここへ連れて来られたのは全て俺のせいだ。だからお前が俺に対して何か負い目を感じたり、心を痛めたり哀しい顔を見せたりする必要はない、と。
そしてさらに、セツはこうも言い足した。
自分が少女に対して抱いていたのは『あくまで神として人を愛する想いからだけだ』と。それから『人と神の愛は似て非なるものだ』とも。
「神として……?」
「ああ、そうだ」
短い生しか持たぬ人間に、人間と同じ様な想いを寄せていては神などやっていられない。
セツは俺の心を軽くしようとしてなのか、むやみに明るく笑ってそう言うのだけれど、俺はどうしてだか、そんな彼の慰めに心が安らぐことはなくて。むしろ、さっきまでとは別の、何か正体のよく解らないもので、もやもやと心が暗く沈んでいってしまってて。
「俺に気遣いなど無用だ。ハル…」
「…………うん」
セツは俺に笑って欲しそうだったけど、俺は彼に笑顔を見せてやれなかった。
「ハル…今度はハルの話を聞かせてくれ。俺は、ハルのことならなんでも知りたい」
「………解かってる。でも、もう、今日は疲れたから…」
また今度ね。そう返して俺は、眠いからとセツを無視してベッドへ潜り込んだ。背中に感じる、物言いたげなセツの気配。けれどそれはすぐに、部屋の中から消えてしまった。
「おやすみ、ハル」
慈しむような優しい声を、最後に一言だけ残して。
それからしばらくの間、俺は、セツを離れ屋から遠ざけた。
「用があったら呼ぶから」
「そうか………」
俺から『ここへは来ないで』と言われた時、セツはすぐに了承してくれたのだけれど。でも、セツは見るからにとても、とても寂しそうな顔をしていた。俺はそんな彼の顔に胸の奥がキュッと苦しくなったが、あえて前言を撤回することはしなかった。
「神凪………」
俺はもっとセツのことが知りたくなって、彼から遠い昔のことを教えて貰うことにした。
神としてセツが存在し始めた頃のこと。彼がどういう運命を辿り、今ここにこうしているのか。俺のずっと遠い祖先と、どう関わってきたのか。セツの考えてたこと、セツの想いも、何もかも、全部全部知りたかったから。
「セツはその女の人のこと……あ、愛してた?」
「…ああ、愛していた」
セツは何でも話してくれた。自分のこと、神凪一族のこと、そして、かつて大切に想っていた青い瞳の女の人のこと。
俺と同じ、青い瞳をした少女。
村人の欲望とエゴの犠牲になって彼女が死んだ後、セツは一族の人間と関わり合うことをやめた。きっとセツは、彼女のことが大切で、大好きだったんだろう。そんな女の人を残酷に穢され奪われた。そう考えると俺の心は酷く痛んだ。
もちろんそれは、俺がやったことでもなんでもない。けれど、俺の遠い祖先の犯した消せない罪が、セツを数100年経った今でも苦しめている。そんな風に思うと、なんだか申し訳なくて。セツに悪い気がして。
「……………っ」
あの日、彼が、俺を見た瞬間に浮かべた目の中の怒りが、そのさらに奥へ秘められていたもの正体がようやく解かった──いや、俺はやっと今、気が付いたのだ。あの時、セツの瞳の奥にあった『もう1つの想い』に。
「セツ………俺…」
あれはセツの、哀しみ。
何年、何100年経っても、薄れることも、忘れることも出来ない、魂に刻み込まれた深い悼みの想い。
とうに失われてここにはない、清廉な1人の少女へ向けられた──。
そして彼の想いを理解した途端、俺は、俺を通して一族へぶつけたであろう、彼の憎しみや八つ当たりまでもが、当然のことの様に思えてきてしまったのだ。
「要らぬ気遣いはするな…ハル」
「……………セツ」
落ち込んでしまった俺を慰める為だろうか、セツは優しく諭すような口調で言った。お前は何も悪くない。お前がここへ連れて来られたのは全て俺のせいだ。だからお前が俺に対して何か負い目を感じたり、心を痛めたり哀しい顔を見せたりする必要はない、と。
そしてさらに、セツはこうも言い足した。
自分が少女に対して抱いていたのは『あくまで神として人を愛する想いからだけだ』と。それから『人と神の愛は似て非なるものだ』とも。
「神として……?」
「ああ、そうだ」
短い生しか持たぬ人間に、人間と同じ様な想いを寄せていては神などやっていられない。
セツは俺の心を軽くしようとしてなのか、むやみに明るく笑ってそう言うのだけれど、俺はどうしてだか、そんな彼の慰めに心が安らぐことはなくて。むしろ、さっきまでとは別の、何か正体のよく解らないもので、もやもやと心が暗く沈んでいってしまってて。
「俺に気遣いなど無用だ。ハル…」
「…………うん」
セツは俺に笑って欲しそうだったけど、俺は彼に笑顔を見せてやれなかった。
「ハル…今度はハルの話を聞かせてくれ。俺は、ハルのことならなんでも知りたい」
「………解かってる。でも、もう、今日は疲れたから…」
また今度ね。そう返して俺は、眠いからとセツを無視してベッドへ潜り込んだ。背中に感じる、物言いたげなセツの気配。けれどそれはすぐに、部屋の中から消えてしまった。
「おやすみ、ハル」
慈しむような優しい声を、最後に一言だけ残して。
それからしばらくの間、俺は、セツを離れ屋から遠ざけた。
「用があったら呼ぶから」
「そうか………」
俺から『ここへは来ないで』と言われた時、セツはすぐに了承してくれたのだけれど。でも、セツは見るからにとても、とても寂しそうな顔をしていた。俺はそんな彼の顔に胸の奥がキュッと苦しくなったが、あえて前言を撤回することはしなかった。
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