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「ハル…ハルッ、ハル……ッッ!!」
「…………セツ…?」
生きている。生きていた。
その喜びで胸が一杯で、他に言葉が出てこなかった。腕の中で居心地悪そうに陽斗が身じろいだが、構うものかと俺は彼の小さな身体を抱き締め続けた。
「ハル………ッ!」
今だけは赦してくれと、腕の中に居てくれと、必死な想いで掻き抱いて。
「…………セツ」
そんな俺の様子に気付いたものか、陽斗は大人しく俺の腕の中に収まってくれた。
陽斗の生きている鼓動。温もり。呼吸。匂い。そのどれもが愛おしくて、何より尊く大切で、彼の生ある身体をどうにも手放し難かった。
こんなにも激しく、抑制の効かない衝動に突き動かされるなんて。俺は一体どうしてしまったのか。これからどうなってしまうのか。神として顕現して意志を持って以来、初めて俺は、俺自身の心理が良く解らぬ『不安』に『怯え』を抱いた。
「ハル……ハル、良かった…良かった……ッッ」
「セツ………」
控え目な呼び声に、俺は存在を縛られる。
人如きに神である俺が、心乱され囚われていく。
だが、決して嫌ではない。むしろ自ら望んだ。
そんなことがあるはずはない、と思っていた。信じていた。
神が人の子に対して、こんなにも激しい執着を抱くことがあるなどと。
決して有り得ないことだと、あってはならないことだと──これまで、そう、信じて疑うこともなかったというのに。
陽斗を失いたくない。
ずっと俺の側に居て欲しい。
たとえ憎まれていても良い。恨まれていたって構わないから。
俺と一緒に、この小さき世界で暮らして欲しい。
なんて我儘で身勝手な願いだろう。
けれど俺はもう、そう願う己の気持ちを止められなかった。
陽斗のいない時間など考えられない。
陽斗の居ない世界など必要ない。
ああ、そうだ。認めよう。もう、認めてしまおう。
俺はハルを、陽斗という名のこの少年を、愛している、と。ただの人の子に──月見里陽斗という、平凡な力もない人の子に、神たる俺が囚われ魅縛されているという事実を。
──何時の間にか彼ただ1人だけを、存在賭けて愛してしまっていたことを。
「セツ……ね、泣いてんの?…セツ」
「馬鹿が…俺が…神である俺が泣く訳ないだろ」
腕の中から心配そうに見上げてくるハル。ようやく落ち着いてきた俺はハルから離れ、立って上から彼の青い目をジッと見詰めた。そして、ようやく思い出した今回の件に対する小言を、ハルの黒い頭の上から滝の様に注ぎ込んでやったのである。
「下手をしたら死んでたんだぞ!?やんちゃもほどほどにしろッッ」
「だって、あんなとこに崖があるなんて思わなかったから…」
「だって、じゃない!!だいたいどこへ行く気だったんだ!?お前がどう頑張ったって、結界は抜けられないって、あれほど………」
「……………ッッ」
事実を再認識させようとあえて口にすると、ハルは無言で小さな口を食い縛った。俺を睨み付けてはいるが、今にも泣き出しそうな顔。特別な想いを認識した相手にそんな顔を見せられ、俺はきつく言い過ぎたか?とそれ以上の言葉を喉奥に飲み込んだ。
「済まない……ハル」
「…………え?」
それに、そうだ。そうだよな。そんな簡単に諦め切れる訳がない。
結界からは出られない、森の奥に出口は無いなどと、他人に…それも、俺になんぞ言われたところで、そうそう信じ切ることなど出来はしまい。
屋敷の時と同じく、自らのその目で確かめるまでは。
「……解った。ハル、お前の好きなようにしろ」
「セツ………」
「気が済むまで調べて…そして、自分の目で確かめろ」
俺はハルに森の中を探索し、自由に行動することを許した。もちろん一切手助けはしないし、力を使って誤魔化すようなこともしない。ただし、常に他所から見ていることだけは容認しろ。それと、危険な時には、俺のこの力で助けることも。
「良いの…ホントに?」
「探索に必要な道具は揃えてやる。だが、今日はもう遅いから、明日からだな…ああ、それと、俺の条件は呑めよ??じゃないと許可できない」
「……………ッッ」
今回は運良く助かったが、次もそうとは限らない。突き詰めれば今回の件だってそうだ。崖から落ちて即死と言うことだってあり得たのだ。そうなっていたら例え俺がすぐに駆け付けたとしても、ハルは今ここに生きて存在しなかっただろう。
「……いくら俺でも、死んだ者を生き返らせることは出来ないんだ…頼む、ハル」
「セツ………ッ」
なんとしても条件を呑んで欲しかった俺は、躊躇するハルになりふり構わず頼み込んだ。神としての矜持など、この際どうでも良い。自由な行動を許してやりはしても、恐れ知らずで無茶ばかりするハルから、なるべく目を離していたくなかったのだ。
「ん……うん。解ったよ、セツ」
気迫に押された様子でハルが頷いてくれた時は、俺は本当に心から安堵した。これでもう、ハルを危険な目に合わせなくて済む。何があっても、俺がすぐに助けに行ける。
「………はあ~~っ」
「……………」
思わず息を吐いて床に座り込んだ俺を、ハルの青い目が興味深げに見詰めていた。
「…………セツ…?」
生きている。生きていた。
その喜びで胸が一杯で、他に言葉が出てこなかった。腕の中で居心地悪そうに陽斗が身じろいだが、構うものかと俺は彼の小さな身体を抱き締め続けた。
「ハル………ッ!」
今だけは赦してくれと、腕の中に居てくれと、必死な想いで掻き抱いて。
「…………セツ」
そんな俺の様子に気付いたものか、陽斗は大人しく俺の腕の中に収まってくれた。
陽斗の生きている鼓動。温もり。呼吸。匂い。そのどれもが愛おしくて、何より尊く大切で、彼の生ある身体をどうにも手放し難かった。
こんなにも激しく、抑制の効かない衝動に突き動かされるなんて。俺は一体どうしてしまったのか。これからどうなってしまうのか。神として顕現して意志を持って以来、初めて俺は、俺自身の心理が良く解らぬ『不安』に『怯え』を抱いた。
「ハル……ハル、良かった…良かった……ッッ」
「セツ………」
控え目な呼び声に、俺は存在を縛られる。
人如きに神である俺が、心乱され囚われていく。
だが、決して嫌ではない。むしろ自ら望んだ。
そんなことがあるはずはない、と思っていた。信じていた。
神が人の子に対して、こんなにも激しい執着を抱くことがあるなどと。
決して有り得ないことだと、あってはならないことだと──これまで、そう、信じて疑うこともなかったというのに。
陽斗を失いたくない。
ずっと俺の側に居て欲しい。
たとえ憎まれていても良い。恨まれていたって構わないから。
俺と一緒に、この小さき世界で暮らして欲しい。
なんて我儘で身勝手な願いだろう。
けれど俺はもう、そう願う己の気持ちを止められなかった。
陽斗のいない時間など考えられない。
陽斗の居ない世界など必要ない。
ああ、そうだ。認めよう。もう、認めてしまおう。
俺はハルを、陽斗という名のこの少年を、愛している、と。ただの人の子に──月見里陽斗という、平凡な力もない人の子に、神たる俺が囚われ魅縛されているという事実を。
──何時の間にか彼ただ1人だけを、存在賭けて愛してしまっていたことを。
「セツ……ね、泣いてんの?…セツ」
「馬鹿が…俺が…神である俺が泣く訳ないだろ」
腕の中から心配そうに見上げてくるハル。ようやく落ち着いてきた俺はハルから離れ、立って上から彼の青い目をジッと見詰めた。そして、ようやく思い出した今回の件に対する小言を、ハルの黒い頭の上から滝の様に注ぎ込んでやったのである。
「下手をしたら死んでたんだぞ!?やんちゃもほどほどにしろッッ」
「だって、あんなとこに崖があるなんて思わなかったから…」
「だって、じゃない!!だいたいどこへ行く気だったんだ!?お前がどう頑張ったって、結界は抜けられないって、あれほど………」
「……………ッッ」
事実を再認識させようとあえて口にすると、ハルは無言で小さな口を食い縛った。俺を睨み付けてはいるが、今にも泣き出しそうな顔。特別な想いを認識した相手にそんな顔を見せられ、俺はきつく言い過ぎたか?とそれ以上の言葉を喉奥に飲み込んだ。
「済まない……ハル」
「…………え?」
それに、そうだ。そうだよな。そんな簡単に諦め切れる訳がない。
結界からは出られない、森の奥に出口は無いなどと、他人に…それも、俺になんぞ言われたところで、そうそう信じ切ることなど出来はしまい。
屋敷の時と同じく、自らのその目で確かめるまでは。
「……解った。ハル、お前の好きなようにしろ」
「セツ………」
「気が済むまで調べて…そして、自分の目で確かめろ」
俺はハルに森の中を探索し、自由に行動することを許した。もちろん一切手助けはしないし、力を使って誤魔化すようなこともしない。ただし、常に他所から見ていることだけは容認しろ。それと、危険な時には、俺のこの力で助けることも。
「良いの…ホントに?」
「探索に必要な道具は揃えてやる。だが、今日はもう遅いから、明日からだな…ああ、それと、俺の条件は呑めよ??じゃないと許可できない」
「……………ッッ」
今回は運良く助かったが、次もそうとは限らない。突き詰めれば今回の件だってそうだ。崖から落ちて即死と言うことだってあり得たのだ。そうなっていたら例え俺がすぐに駆け付けたとしても、ハルは今ここに生きて存在しなかっただろう。
「……いくら俺でも、死んだ者を生き返らせることは出来ないんだ…頼む、ハル」
「セツ………ッ」
なんとしても条件を呑んで欲しかった俺は、躊躇するハルになりふり構わず頼み込んだ。神としての矜持など、この際どうでも良い。自由な行動を許してやりはしても、恐れ知らずで無茶ばかりするハルから、なるべく目を離していたくなかったのだ。
「ん……うん。解ったよ、セツ」
気迫に押された様子でハルが頷いてくれた時は、俺は本当に心から安堵した。これでもう、ハルを危険な目に合わせなくて済む。何があっても、俺がすぐに助けに行ける。
「………はあ~~っ」
「……………」
思わず息を吐いて床に座り込んだ俺を、ハルの青い目が興味深げに見詰めていた。
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