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 人の作りしモノは人の手で。

 そう、ここを陽斗にとって快適な生活空間とするには、一族の者に伝えて作り変えさせるほかないのだ。俺としては、そんな神意を伝えること自体『花嫁は受け入れられた』と、奴らを歓ばせることになるから、承服しがたいし腹立たしいことこの上ないのだけれど。
「………にしても」
 外で飯を食ってる理由は解ったし、俺がやらねばならぬ仕事も了解した。
 だが、それにしても陽斗のこの様子は、いったいどうしたことなんだろう??俺の姿を見ても平然としているし、近付いてみても逃げようとしない。おまけに話し掛けたら、気さくに応えが返ってくるじゃないか??
「お前…どうかしたか?」
「どうしたって、何が」
「俺が憎いのではないのか、ハル?」
「…………あのさ」
 お膳の料理を綺麗に平らげた陽斗は、立ったままで話し掛ける俺の顔を見上げると、とても不思議そうに、けれど、俺の問い掛けとは全く無関係なことを口にした。
「気になってたんだけど、どうして俺のこと、少年とか、お前とか、ハルとか…呼び方がバラバラなの??」
「…………は?」
「陽斗って名前があるって言っただろ。それなのに、どうしてかなって」
 唐突な話題の転換にも驚いたが、まさか、そこに触れてくるとは思いもせず度肝を抜かれる。無謀かつ無鉄砲で考えなし。どこにでもいる普通の子供かと思いきや、案外、行動や見た目以上に鋭く敏いのかも知れない。
「ふむ………」
 俺は改めて幼い子供にしか見えない少年を凝視した。
 大きな青い目。上を向いた鼻と、小さな口。少年らしく短く整えられた黒髪は、寝癖か?と思えるほど跳ねていて、元気で活発そうな雰囲気を漂わせている。
 中でも1番の特徴は、やはり零れそうな大きな瞳だ。空のように澄んだ青もそうだが、何より見透かすような真っ直ぐな視線が、見る者を蛇にでも睨まれた様に魅縛していた。
「…言葉には言霊ことだまというものがあってな」
「……ことだま??」
 問い掛けを無視されたことは置いておくとして、とりあえず俺は陽斗に、何故人の呼び名を統一しないかの説明をしてやった。というのも、この問題を解決し納得させておかないと、そこから全く会話が成り立たないような気がしたからだ。
「言葉それ自体に霊力があり、声に出した言葉が、時に現実の事象に対して影響を与えるんだ。それを『言霊』という」
「へえ。そうなの?初めて知った」
 にしても、こんなことも知らぬとは、最近の人間は皆そうなのか、それとも陽斗だけが特別なのか??実際の所は俺には解らんが、無知に呆れつつも説明を続けた。
「人にとってもそうであるように、神である俺にとって言霊は力そのものなのだ」
 人間が言葉を発しただけでも、人によっては言霊が霊力を発揮し、事象に影響を与えることが出来る。良い言葉を発すれば良いことが、悪い言葉を発すれば悪いことが、人は知らず知らずのうちに、それらを自分自身で招き寄せているものなのだ。
 霊的な力をほとんど持たぬ人でさえそうなのだから、神性存在である俺が言葉を口にすればそれは事象に影響を与える強烈な力となる。もちろん、そうならぬよう力を抑制はしているが、続けて何度も同じ言葉を発すると言霊が影響を与えかねなかった。
「人の名や物の名前にも言霊は宿る。特に、人の名はその者を象る力そのものだ。そこには名付けた人間の強い想いが込められている。『こうなって欲しい』と。『こんな人間に育って欲しい』と言う、願いが」
 だが、俺が人の名前を呼び続けると、人の本質を言霊に従えさせることになる。そこに込められたささやかな願いを打ち消し、言葉自体が本来持つ言霊に上書きされてしまうのだ。それがどのような影響を人に及ぼすのかまでは、俺にも良く解らないことではあるが。
「だから俺は人の名をあまり口に出して呼びたくないのだ」
「ふーん」
 解ったのか解っていないのか。きちんと聞いていたのかさえ良く解らぬ様子で、少年は首を傾げつつ生返事をする。そして、そのまましばし黙って何か考えていたかと思ったら、唐突に立ち上がって俺に向かって口を開いた。
「ハルで良いよ」
「………は?」
「だから、俺の呼び方。ハルで良いって」
「いや、どうしてそうなる…」
 やっぱり話を聞いていなかったのか!?と、肩を怒らせてもう1度説明しようとすると、陽斗は聡明そうな青い瞳で真っ直ぐに俺を見詰め、『解ってる』と口から零れかけた俺の言葉を阻止する。
「でも、色々呼び方を変えられるのは落ち着かないし、アンタに陽斗って呼ばれるのは、なんか違う気がした。だから…俺のことはハルで良いよ」
「…………ああ、解ったよ、ハル」
 『どうなっても知らないぞ?』と一応念押しし、俺は陽斗の……ハルの言う通りの名で彼を呼ぶことを承諾した。するとそれまでほとんど無表情だったハルは、満足そうに小さく頷くと微かな笑みを口元に浮かべて言う。
「うん。それ。やっぱり、なんか良いね。アンタのその呼びかた」
「……………ッ」
 なんなんだよ。昨日も思ったけど。か、可愛い顔で笑えるじゃないか!?
 思いがけないハルの笑顔に心を騒がせていると、彼は首を傾げて俺を物言いたげな目でジッと見詰めてきた。ん?なんだ??まだ何か言いたいのか?と、訳も解らずに見詰めかえしていると、ハルは焦れったそうに言葉に出して再び問い掛けてくる。
「アンタのことは、なんて呼べば良いの?」
「………は??」
「だからさ、アンタの名前」
「え、あ、ああ……そうか、俺の名前か」
 そう言えば何も聞かされていないんだったか。と、ハルの事情を思い出しはしたが、俺はどう応えたものかと困惑する。

 何故なら、実は俺に『名』と言うものは存在しないからだ。

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