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 まさか俺が、神性存在たるこの俺が、人の子を愛する様になるとは思ってもいなかった。
 ましてやそれは女ですらなく、極めて稀なる美しさを持つ訳でもない。この国の人間としては特異な瞳の色を除けば、本当に凡庸でどこにでも良そうな少年でしかなかった。だと言うのに、俺は──

 特別な力も何も持たない、儚き人の子供──月見里陽斗やまなしはると

 何も知らされぬまま、神である俺への『贄』として捧げられた、16歳の少年『ハル』
 俺は、俺のせいで『かむづまりの杜』へ囚われることとなった憐れな少年を、最初、ただ守りたいと、護らなくてはいけないと、そう、義務感と保護欲のようなものを感じただけに過ぎなかった。
 これまで生きていた人の世界から、無理矢理切り離された陽斗の為に。
 せめて彼がなるべく楽しく過ごせるよう、快適な生活ができるように。
 そして彼が、1人きりの寂しさを感じずに済むよう、たとえ恨まれ、心の底から憎まれていても、ずっとその側に居続けようと。

 けれどそうして彼と共に過ごし、彼と接していく内に俺は。

 いつの間にか俺は、陽斗を、ハルのことを。

 そう、本当にいつの間にか俺は、何よりもかけがえのない、何にも代えがたい『大切な存在』として彼を、この存在賭けて愛する様になっていたのだ。


「……ハル!?」
 人として生まれてから16年。
ずっと普通に生きてきた少年にとって、残酷かつ冷淡な現実を突き付けた、翌朝。
 俺は、昨夜、泣き疲れて眠ってしまった陽斗の様子を見に離れ屋を訪れたが、その時すでに、布団へ寝かせたはずの彼の姿はそこに無かった。
「陽斗……ッ!!」
 まさか、俺がこの屋を去った後、諦め切れず再び逃走したのでは。
「ハル………ッ!?」
 慌てて神眼で周囲を見渡すが、森の中に少年の姿はなかった。しかし、案外すぐ近くから少年の気配がして、俺はホッとしつつ屋を出て彼の側へ歩み寄る。すると、何故か陽斗は、母屋から届けられた膳を、表廊下に座ったまま食べていた。
「おはよ」
「え?……あ、ああ、おはよう」
 んん??ちょっと待て。
 つい釣られて挨拶などしてしまったが、どうしたことなのだ、陽斗のこの様子は??

 気も狂えとばかりに泣き喚き、己が運命に絶望していた陽斗。
 胸に突き刺さる声と、とめどなく溢れ落ちる涙。
 見ているだけで辛くなるほど、酷く憐れな幼い姿。

 あれはまだ昨日の今日の話だ。

 だから俺は、陽斗が、さぞかし気落ちしていることだろうと思っていた。もしかしたら、まだ泣いているかもしれない、とも。そしてきっと、俺の顔を見るなり恨み言を口にし、罵倒され、徹底的に存在を拒絶されるだろうと──なのに。
「少年、そんなところで何をしている?」
「見て解んない?ご飯食べてんの」
 いや、それは見れば解るんだけどな??俺が言うのはどうしてわざわざ、外廊下に座って食べているのか??ということであって。というか、昨晩と打って変わって、ずいぶんと砕けてるじゃないか??なんなんだ、この子供は??
「だって部屋の中暗いしさ。ご飯くらい明るいとこで食べたいから」
「ああ、なるほど…」
 言われて事情は納得した。確かに離れ屋の中は暗い。なにしろここには『電気』とやらも通っていないのだ。灯りと言えば古めかしい行燈あんどんくらい。窓も小さいから外の光もほとんど入らないし。
「ふむ………」
 これまであまり気にしたことはなかったけれど、改めて考えてみると、この離れ屋での生活は、現代の生活に慣れた者にとって不便極まりないだろう。
 『これはなんとかしてやらねばならない』と、俺は内心でしばし思案した。なにしろ陽斗は、嫌が応もなくこの屋で暮らさなければならないのだ。これから何年も、何10年も。そう、少年が人としての生を終える、その最後の一瞬まで。
「……………」
 とはいえ、今の俺にはそこまでの力はない。となると残された唯一の手段は、俺にとって考えるだけでうんざりするようなもので。それは本来なら絶対に使いたくない手段ではあったが、この際、陽斗の為にも好き嫌い云々を言っている場合でもなかった。

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