かむづまり──朱夏の庭で君と

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 目覚まし時計が鳴る。
 醒めない眠気と戦いながら、厭々いやいやベッドから身を起こす。
 見慣れた部屋で迎える、いつもと変わらない朝。
陽斗はると、ご飯よ」
 食欲をそそる良い匂いと共に、階下からお母さんの優しい声がする。
「のんびりしてると遅刻するぞ、陽斗」
 そう言いながら自分も、のんびりと朝コーヒーを楽しんでるお父さん。
「よう、陽斗。髪に芽が生えてんぞ?」
 ちゃっかりと上がり込んで、家族の食卓に混ざり込んでる親友の雄二。
「…………おはよ」
 ニヤニヤと笑いながら指摘してくる彼の発言に俺は、いい加減、人の寝癖を芽に例えるのやめろよな、と、思わず笑いが込み上げてきた。
「ほら、陽斗。早くご飯、食べちゃいなさい」
 俺の分のご飯を用意して、テーブルへ置いてくれるお母さんの──笑顔。
 ああ、なんだ。
 いつもの俺んちの、いつもの朝の光景じゃないか。
 なんだか嫌な悪夢を見た気がするけど。やっぱり夢だったんだ。
 ほんと、酷い夢を見たなあ。でも、夢で良かった。
「お母さん、お父さん、雄二……」
 心から安堵の溜息をつきながら、俺は、両親と親友の待つ食卓へ向けて1歩足を踏み出しかけ──そしてそこで、これが夢だと思い知らされた。

「……っ、……っっ??」
 現実が夢で、夢が現実なら良かったのに。
「…………ッッ」
 幸せな夢を見て、悪夢の現実に突き落とされる。ソレがこんなに辛いことだなんて、俺は生まれて初めて知った。嘘。嘘だ。嘘。現実こそが夢だ。こんなの酷い悪夢に違いない。そう思いたかったけれど、この現実と、あの出来事とは、決して夢なんかじゃなかった。
「っ…ぅ……ッッ」
 目が覚めた時には室内に日の光が差し込んでいて、時間は解らないけど部屋の外は昼間なのだろうと察せられた。
「……う、あ…ッ」。
 床の上に全裸で倒れていた俺は、身を起こそうとして鈍い痛みに小さく呻きを上げる。ホントは声に出して痛みを訴えたかったが、叫び続けて喉が潰れでもしたのか、思ったように声が出せなかった。
「……はっ、ハアッ……うう…ッ」
 身体、痛い。呼吸が、苦しい。
 これまで体験したことのない痛みに顔がゆがむ。
「う……あ、ううっ」
 全身が鉛を呑んだように重く気怠くて、とにかく腰や下半身が痛かった。おまけに汗や体液で身体中べたべたしてて気持ち悪いし、臭い。それに、尻の間が──有り得ない場所が、引きれるようにじんじん痛んでいた。
「あ、あっ……、――――――ッッ!!」
 身体の奥の方から感じた痛みと共に、ありありと思い出されてくる昨夜の記憶。
 見知らぬ男に組み伏せられ、良い様に身体をもてあそばれ、成す術もなく延々と犯され続けた。この身に降りかかった信じがたい現実に、俺は心を苛まれ声の無い悲鳴を上げる。
 なんで。どうして。俺がこんな目に。
 今もまだハッキリと肌に残る様々な感触が、己の身体から微かに香ってくる男の匂いや、生々しく甦ってくる自分以外の体温が、俺の心と尊厳を見えないナイフでズタズタにする。
「く……ぐっ、うぅ……ッッ」

 ああ、こんなの本当に、ただの夢だったら良かった。
 夢だったなら俺は、いつもみたいに笑っていられたのに。

 俺は屈辱に涙が零れ、歯を食い縛ってむせび泣いた。
 悔しくて、恥ずかしくて、考えれば考えるほどに、苦しみで胸の奥が締め付けられる。
 あんな男から良い様になぶられた自分が情けなくて、満足に抵抗も出来なかったことが不甲斐なくて。なにより、俺自身の意志を完全に無視され、終始、物のように扱われたことが、人としての矜持を傷つけられたようで辛かった。
「う……っ、うぅ……ッ」
 嫌だ。気持ち悪い。汚らわしい。
 男の俺が男に犯されるだなんて。
 こんなの嫌だ。絶対に許せない。
「うっ、げっ、うう………ッッ!」
 自らの身体に受けた行為を思い出すと吐き気がした。
 腹の奥でビクビクと胃が痙攣し、口の中に異常なほど唾液が溢れてくる。俺は無意識にソレを呑み下そうとするけど、何度嚥下しても唾液は口いっぱいに溢れてきて全部は呑み切れなかった。
「あ……あっ、う……ッッ」
 口から溢れ滴り落ちる唾液。続いて酸っぱいものが、喉を焼きつつせり上がってくる。俺は声を殺して泣きながら両手で口を押え、込み上げる吐き気に必死で耐えようとした。だけど、
「げえ………ッッ!!」
 結局、俺はおぞましさと悪寒には耐え切れず、あっけなく胃の中のモノを吐き出してしまっていた。ただ、あいにく俺の胃の中はほぼ空っぽで、最後に食べたものの僅かな残留物と、胃液くらいしか吐くものがなかったのだけれど。
「……くそ………くそッッ!!」
 何度も何度も吐いて、やがて吐くものもなくなった。なのに、嘔吐感は一向に治まらず、痙攣する胃の痛みと悪寒とで、俺はうずくまったまましばらく身動きひとつできずにいた。
 そうして、数分ほどしてやっと気分が落ち着いてきた俺は、汚れた口元を拭いながら立ち上がり行動し始めた。
「……………ッ」
 泣いてる場合じゃない。悔やんでる時間もない。早く逃げなくては。ジッとしてたって状況は変わらないし、身の上を嘆いてたってどうにもならない。
 そう前向きに考えてなんとか自分自身を奮い立たせ、ここから逃げ出すための算段とその準備をし始めたのだ。
「うっ、痛………ッ」
 まずは落ち着いて現在の状況を確かめるため、俺は、室内灯もなく薄暗い部屋の中を見渡した。離れの中は畳敷きで12畳ほどあるけど、仕切りはトイレへの入口1つきり。これは最初に来た時すでに確かめてるから、座ったままでもだいたいの室内は隅々まで見渡せた。
 念の為にと、トイレの中も確かめたけど、古くて狭い作りのソコに人の姿は無い。
「よし、あいつは居ない……」
 行為後、男は俺の知らぬ間に出て行ったんだろう。そう結論付けた俺は、次に、痛む身体をおして立ち上がり、床へ散らばっていた着物を裸の身体に羽織った。
 ホントはアイツらの用意したモノなんて気に入らないけど、他に身に着ける物がないのだから仕方ない。
 そう割り切った俺は、何枚も重ね着させられていた着物のうち、無地で薄手の下着みたいな1枚を選ぶと、その裾を短くたくし上げて腰の所をひもできつく縛って止めた。
「…………っ」
 着付けなんか全然解んないけど、一応、これで最低限の体裁は整った。パンツがないから股間がスース―するけど。苦笑いしつつ自分の姿を確認した俺は、次に離れの外へ出て周囲の様子も一通り見て回った。
「やっぱ…飛び降りんのは、無理…かな」
 離れの部屋の外周は、建屋周りをぐるりと一周できる手摺付きの廊下になっていた。そして、母屋へ続く渡り廊下のある方位以外が、すべて果ての見えない奥庭の森で埋め尽くされている。しかもそれら緑に覆われた大地は、離れの床から数メートルは下にあった。
「……逃げられない様にって、ことだったのか…」
 今更ながら『不思議な作りだ』と感心した、この離れの意味が解って歯噛みする。

 そう、ここは檻だ。見えない鉄柵に囲まれた、離れという名の『座敷牢』
 ──俺という『花嫁』を逃がさぬための、広大な原初の森が作る『自然の檻』だったのだ。

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