かむづまり──朱夏の庭で君と

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『夏休みに陽斗を遊びに来させなさい』
 母の遠い祖に当たるという田舎の親戚から、そんな連絡がうちに届いたのは夏休みも始まってすぐの頃だった。母は何故急にこんな連絡が来たのかと不思議そうにしていたが、実家に電話してみたら『本家の指示に従いなさい』と厳命されたらしい。
 この時、初めて知ったことだが、母の実家はとある旧家の分家。と言ってもかなり遠縁にあたるから、これまでその存在は知っていても、毎年の年始回りや冠婚葬祭といった、通常の親戚付き合いがある訳でもなかったらしい。
 ましてや、今回みたいに直接、本家から連絡があるなど、母の実家でも聞いたことが無いという。母の父母、つまり、俺の祖父母らも、母からの連絡を受けて酷く驚いていたようだった。
「解らないけど、とにかく言う通りになさいって…」
「お爺ちゃん達にも解んないんだ…?」
「そうみたい。なんなのかしら…こんなこと、初めてよ?」
 有無を言わせない雰囲気に両親も俺も不信感は抱いたものの、共働きの両親に俺と構っている余裕はなかったし、肝心の俺にも夏休み中の予定はこれといって特になかった。
 なので結局、
「まあ、費用は全て向こう持ちだというし……バカンス気分で楽しんでおいで」
「あ……うん。わかった」
 と、送り出されることになったのだった。
 
 『本家』とやらがあるのは、俺が今いる街から電車で5時間。そこからさらに車で3時間ほどの、人里離れた山の中にあるらしい。
『スゲエど田舎だな。でも面白そうじゃん。せっかくだから楽しんで来いよ!』
「うん。帰ったら連絡するよ」
 親戚の家へ遊びに行くことになったと、親友の雄二に電話で話すと、彼は興味津々といった態で詳しい話を聞きたがり、ついで俺の口からその田舎ぶりを耳にすると、呆れて絶句しつつも笑いながらそう言った。
『そんだけ田舎だと、昆虫採集とかし放題だし、秘境探検もできそうだよな~』
 確かにそうかも。ポジティブな雄二の発想に俺は、ほんの少しだけ『本家』とやらに興味を抱いた。しかし、行くのは別に構わないとして、行程が結構大変そうだよなぁ、なんて思っていたら、出発する日の朝、凄い立派な黒塗りの車が家の前まで迎えに来た。
「月見里陽斗様ですね。お迎えに上がりました」
「あ……は、はい」
 運転手はうやうやしく礼をして後部ドアを開けると、驚きのあまり凝固していた俺を車の中へと招き入れた。リュックサックを背負って、半袖Gパンと言う気軽な格好をしていた俺は、恐る恐るテレビでしか見た事ないような高級車に乗り込む。
「うわあ………」
 広い車内はまるでホテルのラウンジみたいに豪華で、俺が1人で乗るのが申し訳ないというか、酷く場違いな感じがしてとても落ち着かなかった。
 車中には高級ソファみたいに座り心地の良い座席が前後に4席。行儀悪く足を精一杯伸ばしてみても、前の座席に届かないほど空間に余裕があった。席と席の間には小さな折り畳み式のテーブル。運転席側の席の間に飲み物と冷菓の入った冷蔵庫まで付いてる。
「なにか御用がございましたら、このインタフォンでお呼び下さい」
「あ……はい」
 運転席との間は透明な強化ガラスと、黒いカーテンで仕切られていて、窓にも外から様子が窺えないようフィルターが張ってあった。しかもインタフォンを使わないと、運転手に話し掛けられないし、こちらの話も向こうへ聞こえない仕様になっていた。
「………なに、これ?」
 よくよく見て回るとテレビや車内電話、ノートパソコンまで完備してる。どう考えてもこの車はVIP専用だ。ただの高校生を出迎えるには大袈裟すぎる。
 暇潰しで遊びに来る高校生を、こんな立派な車で迎えに来るだなんて、母親の実家の本家とやらは、よほど退屈している大金持ちなんだろうか??
 聞きたい事や疑問は色々とあったけど、運転手は無口でほとんど喋らなかった。
 彼はとりあえず『冷蔵庫の中のモノは何でも好きに飲み食いして良い』と言うことと、『トイレに行きたくなったら早めに言うこと』とだけ俺に伝えると、あとは何も答えず黙ったまま運転し続けていた。
「…………なんか変な感じ」
 だけどこれもまた、土産話の一つになるだろう。雄二の驚く顔を頭に思い浮かべながら、俺は、この滅多にない体験を堪能することに決めた。

 車の振動とわずかなエンジン音、そして、静かなクラシックがかすかに聞こえるだけの車内。俺は退屈しのぎに持って来ていたゲームでしばらく時間を潰していたが、やがて飽きてすることもなくなるとウトウトと寝てしまっていた。

 そして次に目が覚めた時、俺は、見たこともない緑の中にいたのである。


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