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家庭教師
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この世界には空に2つの月がある。
『緑の星』チキと『白の星』ツキ。
その昔、緑の星には人が住んでいたという伝承がある。
私達の住む世界とは異なる文明、異なる人種が、私達と同じように生きていたと。
『今もそうなのか』と聞くと、先生は『どうだろうね』と笑った。
「住んでたら良いのに」
青い空にうっすらと浮かぶ天体に、私はそんな思いを込めて視線を注いだ。
「さて、今日はここまでにしましょう。次は2章からやりますから、よく予習しておいてくださいね」
「はい!」
元気よく返事をした私に、家庭教師の先生はにこっと微笑む。
「そろそろフィーに家庭教師を付けようと思うのだが…」
「……………ッッ!!!!」(コクコクコク)
次代四聖公らのお茶会へ出席してから少しして、兄さまが私に家庭教師を付けてくれた。
どんな人が来るのかちょっと不安だったが、きちんと勉強をさせて貰えるのは嬉しかった。
何故なら逆行前にも一度、先生が付いたことはあるけど、その時も本当に楽しかったからだ。
今思うと、逆行前の私に優しくしてくれた人は、家庭教師の先生だけだったのではないだろうか。
乳母らに濡れ衣を着せられて、すぐに辞めさせられてしまったが、私は先生のことが好きだった。
あ、いや、もちろん、異性としてとか、そんなのはないよ??
何しろ当時は、自分も男だと思ってたからね。
「初めまして。フィーリウお嬢様。私はカイト・ルートヴィヒ。今日から貴女の家庭教師を勤めさせていただきます」
「………せ…先生…ッ!!」
だというのに、初顔合わせの時、私はあまりの奇跡に驚いてしまっていた。
だって、私の前に現れたのは、逆行前と同じ先生だったから。
栗色のクルクルした髪、夜空のような青い瞳、そして、
『やっぱり、その眼鏡付けてるんだ……』
女子受けしそうな甘い端正な顔を、台無しにするデカくてダサい眼鏡!!
『これさえなければ、兄さまみたいに女の人からモテそうなのに…』
「ん??どうかしましたか??」
相変わらずの無頓着な格好に、私は半ば呆れ、半ば嬉しくなってしまう。
「なんでもありません、あの、よ、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
ちょっと吹き出しそうになるのを、必死に堪えてまだ覚束ない淑女の礼をすると、カイト先生も釣られてぺこりと頭を下げた。途端に、顔に対してデカすぎる眼鏡がずり落ちて、落ちる寸前で先生の手によって元の位置へ戻される。
「……………ッッ」
駄目だ。笑ったらダメ。
プルプルしながら私は顔を下に向ける。
逆行前もこれで、何度、大笑いさせられたことか。
そのせいで、先生は辞めさせられたようなもんだものな。
『僕』に知識を付け、『僕』に優しくし、『僕』を笑わせた。
ホントに、ただ、それだけの理由で。
もちろん今回はそんなことで、先生が辞めさせられることにはならないと思うけど。でも一応、その、今の私は女の子で、淑女を目指してるんだから、男の子みたいに大声で笑ったらダメ、だよね??
「……ひょっとして、笑いたいの堪えてます?」
必死に笑いを堪える私の様子を見て、カイト先生がのほほんと指摘してきた。
いや、バレてるし。まあ、バレるだろうけど。自分でも口元が変な風に歪んでるの、解るしね。というか、バレない方がおかしい。
「そ…そんな、ことは……」
「良いんですよ。笑いたいときは笑っても。少なくとも今は、誰も咎める者なんていません」
きりっと良い顔をして先生は言うが、せっかくの素敵な言葉も、ダサくてデカい眼鏡が邪魔していた。そのギャップが限界。もうダメ。
「あははははははっ」
私はついに堪えきれず吹き出して、声を上げて笑ってしまっていた。
「そうです。それで良いんですよ」
私が笑うのを見て、先生もニコっと笑った。
子供は子供らしく笑うのが一番。そういえばそれが、逆行前から先生のモットーだったな。
そんなことを思い出しながら、私は、今生で初めて思い切り笑ったのである。
そうして、初対面(ホントは2度目だけど)の日から1ヶ月。
簡単な文字の読み書きから始まった先生の授業は、今、この国と世界の成り立ちと神話についての基礎的なものにまで進んでいた。子供の手が上手く動かせなくて下手だけど、一応、私、一通りの字は書けたからね。そこに掛ける時間は大幅にカットすることが出来た。
「家庭教師が付いたのは私が初めてだと聞いていたのに…フィーリウお嬢様は天才ですか!!??」
カッと目(眼鏡?)を見開きながらカイト先生は大袈裟に感嘆するが、いやこれ、(逆行前の)貴方のお陰だからね??とはさすがに言えない。ので、本を見て覚えた…とかなんとか言って、適当に誤魔化した。
「今日も良く頑張りましたね。フィーリウお嬢様」
「先生のお陰…です。ありがとう」
カイト先生は褒めてくれるけど、私は彼に改めて感謝してしまう。
そして謝りたかった。
逆行前の私に関わったばかりに、こんなに優秀で、公平で、優しくて素敵な先生を、不幸な目に合わせてしまったことを。
「貴女方はフィーリウ坊ちゃまを虐待しているのではないのですか!?」
カイト先生は何度目かの授業の後、エルロア乳母に対して厳しく追求した。それは、あの離れ屋敷の誰もが解っていて、でも、決して触れてはいけないことだったのに。
「何をおっしゃっているのか解りませんね。乳母であるわたくしが、そのようなことをするはずございませんでしょう?まったく、人聞きの悪い」
エルロア乳母は白々しい顔で嘯き、後日、逆に先生の方をあらぬ罪で告発した。
『僕』を虐待し、暴力を振るった、と。
エルロア乳母は邪魔な先生を排除するために、他の使用人やメイドらに噓の証言をさせたのだ。
そして被害者?である僕には何も証言させなかった。
「坊ちゃまは家庭教師に脅されてるのです」
だから『先生は何もしていない』などと、庇うための嘘を付くに違いないと、父上や兄さまへ事前の根回しをしていたらしい。
何故、僕がそれを知っているかと言うと、後日、兄さまが僕を慰めるためにそのようなことを口にしていたからだ。
「もう大丈夫だから…お前を虐める先生は二度と来ない。だから、本当のことを言っても殴られたりしない」
「あ…兄上……!?」
当然、僕は『違う』『先生は良い人だ』と真実を口にしたが、兄さまは憐れむように僕を見るだけで、僕のそんな言葉を信じてはくれなかった。
悔しいがエルロア乳母には、当時、それだけの信用があったということだろう。
カイト先生のその後は、酷いものだったと聞かされていた。
四聖公の次男に対して虐待行為など行った(嘘だけど)のだ。彼の信用は地に落ち、誰も彼を雇おうとはせず、最後には生家からも縁を切られたらしい。そうして、ついにはこの国に住めなくなり、王都から姿を消したのを最後に、先生の消息は分からなくなったと。
「ああ、お坊ちゃまに関わったばかりに…お可哀想にね」
「…………!!」
僕が哀しむと知っていて乳母は、わざと僕にそんな話を聞かせてきたのだ。
先生の苦境を知らされても、僕にはどうすることも出来ないと、僕の無力さを解っているからこそ。
「では、また、明日」
「カイト先生……ホントに、ホントにまた来てね!」
逆行前の彼があまりにも悲惨な運命を辿ったから。そのことをハッキリ覚えているから。
だから、授業を終えて先生が帰るのを見送る時、私はどうしても不安になってしまうのだ。
もしも、また、同じ運命が、彼の未来を奪ってしまったら──と。
『緑の星』チキと『白の星』ツキ。
その昔、緑の星には人が住んでいたという伝承がある。
私達の住む世界とは異なる文明、異なる人種が、私達と同じように生きていたと。
『今もそうなのか』と聞くと、先生は『どうだろうね』と笑った。
「住んでたら良いのに」
青い空にうっすらと浮かぶ天体に、私はそんな思いを込めて視線を注いだ。
「さて、今日はここまでにしましょう。次は2章からやりますから、よく予習しておいてくださいね」
「はい!」
元気よく返事をした私に、家庭教師の先生はにこっと微笑む。
「そろそろフィーに家庭教師を付けようと思うのだが…」
「……………ッッ!!!!」(コクコクコク)
次代四聖公らのお茶会へ出席してから少しして、兄さまが私に家庭教師を付けてくれた。
どんな人が来るのかちょっと不安だったが、きちんと勉強をさせて貰えるのは嬉しかった。
何故なら逆行前にも一度、先生が付いたことはあるけど、その時も本当に楽しかったからだ。
今思うと、逆行前の私に優しくしてくれた人は、家庭教師の先生だけだったのではないだろうか。
乳母らに濡れ衣を着せられて、すぐに辞めさせられてしまったが、私は先生のことが好きだった。
あ、いや、もちろん、異性としてとか、そんなのはないよ??
何しろ当時は、自分も男だと思ってたからね。
「初めまして。フィーリウお嬢様。私はカイト・ルートヴィヒ。今日から貴女の家庭教師を勤めさせていただきます」
「………せ…先生…ッ!!」
だというのに、初顔合わせの時、私はあまりの奇跡に驚いてしまっていた。
だって、私の前に現れたのは、逆行前と同じ先生だったから。
栗色のクルクルした髪、夜空のような青い瞳、そして、
『やっぱり、その眼鏡付けてるんだ……』
女子受けしそうな甘い端正な顔を、台無しにするデカくてダサい眼鏡!!
『これさえなければ、兄さまみたいに女の人からモテそうなのに…』
「ん??どうかしましたか??」
相変わらずの無頓着な格好に、私は半ば呆れ、半ば嬉しくなってしまう。
「なんでもありません、あの、よ、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
ちょっと吹き出しそうになるのを、必死に堪えてまだ覚束ない淑女の礼をすると、カイト先生も釣られてぺこりと頭を下げた。途端に、顔に対してデカすぎる眼鏡がずり落ちて、落ちる寸前で先生の手によって元の位置へ戻される。
「……………ッッ」
駄目だ。笑ったらダメ。
プルプルしながら私は顔を下に向ける。
逆行前もこれで、何度、大笑いさせられたことか。
そのせいで、先生は辞めさせられたようなもんだものな。
『僕』に知識を付け、『僕』に優しくし、『僕』を笑わせた。
ホントに、ただ、それだけの理由で。
もちろん今回はそんなことで、先生が辞めさせられることにはならないと思うけど。でも一応、その、今の私は女の子で、淑女を目指してるんだから、男の子みたいに大声で笑ったらダメ、だよね??
「……ひょっとして、笑いたいの堪えてます?」
必死に笑いを堪える私の様子を見て、カイト先生がのほほんと指摘してきた。
いや、バレてるし。まあ、バレるだろうけど。自分でも口元が変な風に歪んでるの、解るしね。というか、バレない方がおかしい。
「そ…そんな、ことは……」
「良いんですよ。笑いたいときは笑っても。少なくとも今は、誰も咎める者なんていません」
きりっと良い顔をして先生は言うが、せっかくの素敵な言葉も、ダサくてデカい眼鏡が邪魔していた。そのギャップが限界。もうダメ。
「あははははははっ」
私はついに堪えきれず吹き出して、声を上げて笑ってしまっていた。
「そうです。それで良いんですよ」
私が笑うのを見て、先生もニコっと笑った。
子供は子供らしく笑うのが一番。そういえばそれが、逆行前から先生のモットーだったな。
そんなことを思い出しながら、私は、今生で初めて思い切り笑ったのである。
そうして、初対面(ホントは2度目だけど)の日から1ヶ月。
簡単な文字の読み書きから始まった先生の授業は、今、この国と世界の成り立ちと神話についての基礎的なものにまで進んでいた。子供の手が上手く動かせなくて下手だけど、一応、私、一通りの字は書けたからね。そこに掛ける時間は大幅にカットすることが出来た。
「家庭教師が付いたのは私が初めてだと聞いていたのに…フィーリウお嬢様は天才ですか!!??」
カッと目(眼鏡?)を見開きながらカイト先生は大袈裟に感嘆するが、いやこれ、(逆行前の)貴方のお陰だからね??とはさすがに言えない。ので、本を見て覚えた…とかなんとか言って、適当に誤魔化した。
「今日も良く頑張りましたね。フィーリウお嬢様」
「先生のお陰…です。ありがとう」
カイト先生は褒めてくれるけど、私は彼に改めて感謝してしまう。
そして謝りたかった。
逆行前の私に関わったばかりに、こんなに優秀で、公平で、優しくて素敵な先生を、不幸な目に合わせてしまったことを。
「貴女方はフィーリウ坊ちゃまを虐待しているのではないのですか!?」
カイト先生は何度目かの授業の後、エルロア乳母に対して厳しく追求した。それは、あの離れ屋敷の誰もが解っていて、でも、決して触れてはいけないことだったのに。
「何をおっしゃっているのか解りませんね。乳母であるわたくしが、そのようなことをするはずございませんでしょう?まったく、人聞きの悪い」
エルロア乳母は白々しい顔で嘯き、後日、逆に先生の方をあらぬ罪で告発した。
『僕』を虐待し、暴力を振るった、と。
エルロア乳母は邪魔な先生を排除するために、他の使用人やメイドらに噓の証言をさせたのだ。
そして被害者?である僕には何も証言させなかった。
「坊ちゃまは家庭教師に脅されてるのです」
だから『先生は何もしていない』などと、庇うための嘘を付くに違いないと、父上や兄さまへ事前の根回しをしていたらしい。
何故、僕がそれを知っているかと言うと、後日、兄さまが僕を慰めるためにそのようなことを口にしていたからだ。
「もう大丈夫だから…お前を虐める先生は二度と来ない。だから、本当のことを言っても殴られたりしない」
「あ…兄上……!?」
当然、僕は『違う』『先生は良い人だ』と真実を口にしたが、兄さまは憐れむように僕を見るだけで、僕のそんな言葉を信じてはくれなかった。
悔しいがエルロア乳母には、当時、それだけの信用があったということだろう。
カイト先生のその後は、酷いものだったと聞かされていた。
四聖公の次男に対して虐待行為など行った(嘘だけど)のだ。彼の信用は地に落ち、誰も彼を雇おうとはせず、最後には生家からも縁を切られたらしい。そうして、ついにはこの国に住めなくなり、王都から姿を消したのを最後に、先生の消息は分からなくなったと。
「ああ、お坊ちゃまに関わったばかりに…お可哀想にね」
「…………!!」
僕が哀しむと知っていて乳母は、わざと僕にそんな話を聞かせてきたのだ。
先生の苦境を知らされても、僕にはどうすることも出来ないと、僕の無力さを解っているからこそ。
「では、また、明日」
「カイト先生……ホントに、ホントにまた来てね!」
逆行前の彼があまりにも悲惨な運命を辿ったから。そのことをハッキリ覚えているから。
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