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ますます事態は混乱の渦へ

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「そこで何をしている?」
 混乱する事態を収拾すべく、さっそうとこの場へ現れたのは、黒髪黒目でなかなかのイケメン。
 どこかで見たことあるような…いや、今生で何度も会ってるから、顔も素性も知っているんだけど。
 でも、なんだか私はそれ以外のどこかで、このビジュアルを見た気がしてならなかった。うーん、どうしてだろう?もちろん、気のせいかもしれないけれど。
「レイドール様……」

 とりあえずは彼のことを私からご紹介しよう。

 彼の名前はレイドール・ユトス・コルターナ。

 現宰相であるコルターナ侯爵の子息で、王太子殿下の親友。将来の宰相と目される人物である。
 というからにはきっと優秀な人物のはずで、彼ならちょっと意味不明なこの状況を何とかしてくれるのではないかしら。そんな期待を込めて見ていると、レイドール様は颯爽と私達の前を通り過ぎて、座り込んだまま泣いている少女の元へと歩み寄っていった。
「君、いったいどうしたんだ」
 ふむふむ。まずは事情聴取と言ったとこかな。
 明らかに転んだ少女の元へ、真っ先に歩み寄るのも、貴族の紳士としては当然の選択だろう。
 うんうん。ここまではなかなかに好印象だ。期待できるぞ。
「あの、実は……」
 私達や野次馬が見守る中、レイドール様は少女に事情を尋ね始めた。
 少女も潤んだ眼を上げ、おずおずと話し始める。
「良かったですわ。レイドール様がいらして」
「そうですわね」
 私と同様、意味不明な状況に困惑していたエアリアル嬢が、ホッと安堵した様子でその様子を見詰めて言った。まったくもって同感な私も、擦りむいた鼻をハンカチで押さえつつ頷く。
 現場に最初から居た当事者の私と私の友人、登校途中で居合わせた数人の目撃者達には、事のあらましが解っているが、そうではないレイドール様は、まず当人達に状況を聞いて判断するしかない。だから、加害者・被害者、目撃者にそれぞれ話を聞いて、そこから正しい判断を下すはずだ。

 それでこそ未来の宰相!!
 国王を補佐する有能な家臣!!
 この国の未来は明るいというものだ!!

 ───などと、勝手に思い込んで、内心盛り上がっていたら、

「オイレンブルク令嬢!彼女に謝りたまえ!!」

 ええええええええええええええええええええええええええええ!!??

 なんとこのポンコツ無能男は、さめざめ泣く『自称・被害者』の少女にしか話を聞かず、私を悪と決めつけて指差しながら糾弾してきやがったのだ!!!!

「お待ちください、レイドール様!!それではまるで、アウローラ様が悪いと決めつけておられるようではありませんか!!せめて彼女の話だけではなく、私達の話も聞いてはいただけませんか!?」
 あまりの事態に唖然としていると、私の隣で憤慨したエアリアル嬢が、黙っていられないとばかりに反論してくれた。すると、精悍な顔つきで私達を見やったレイドール様は、
「痛々し気に泣いている彼女が、君らに虐められたと告白しているのだ。その言葉に嘘や間違いなどあるはずがなかろう!?」

 ほぼ何の根拠にもならないことを堂々と、しかも自信満々に言い放ちおった!!!!
 わあっ、良いのは顔だけだ、この男!!!!

 あまりの事態に私も、私の隣に立つ友人らも、言葉を失くして立ちすくんだ。
 というか、私を助け起こしてくれた一番の親友であるエアリアル令嬢など、ついさっきまで憧れと崇拝の目でレイドール様を見ていたのが夢か幻だったかのように、すべての感情を喪失したスンッとした顔になってしまっていた。

 ああ……そういや彼女、彼に憧れてたもんね。
 つーか、初恋だったんじゃなかったっけ。
 うう…この何とも言えぬ、恋は終わった感…いたたまれない。
 他人事ひとごとながら可哀想で見てらんないわ。
 
 そうして私や友人、事情を知る目撃者らは全員、『何言ってんだ、こいつ??』と表情のみで語っていたが、レイドール様はまるでそんな周囲の反応に気付いていなかった。というかむしろ、『言ってやったぜ』と恥ずかしいくらいのドヤ顔をしておられる。

 自分の判断と掲げる正義を、ミリも疑っておられぬご様子……おさすがです。

 こんなのが将来の宰相候補だなんて嘘でしょ。
 私は途端に王国の未来が心配になった。
 レイドール様が裁判官とかになったら、無限に冤罪量産しそうよね。
なんて、冗談にしても恐ろしい想像に身震いを禁じ得ない。

 それはそうとして、どうしてくれよう、ますます混乱を極めたこの状況??

 救いの神かと期待した男は、混乱の神の愛と加護とを一身に受けてるみたいだし、ここで反論してもたぶんこいつは、自分の信じる状況に反した言葉になど耳を貸さないだろう。現に、エアリアル嬢の訴えは、軽く無視されてしまったことだし。
 かといって犯してもない罪に反省して謝罪するなど出来っこない。
 だって、どんだけ私が鈍くてお人好しでも、今謝るべきなのが私ではないということだけは解るからね。
 じゃあ、どうするべきか。
 うーん、やっぱ、無駄と知りつつも一応、反論しておこうかな。
「………レイドール様」
「レイドール様!アウローラ様は悪くありません!!」
 覚悟を決めて口を開きかけたら、思わぬところから擁護する言葉が飛び出してきた。
 場に居た全員の視線が、言葉を発した者に注がれる。
 これが少女漫画なら、背景にバラとかフリルのレースとかがコマ一杯に描かれ、ついでにむやみやたらとキラキラ光っていそうなシーンだ。
 …って、どうでも良いけど、あれって誰が光らせてるんだろうね。どこかにライト持ってスタンバってる人でもいるんだろうか??いや、ホント、どうでも良い話だったわ。ごめん。
「私が…私が悪いんです。アウローラ様は悪くありません、レイドール様!!」
「………君…ッ!?」
「…………ふぁっ?」
 あ、やば。しっかりしろ、私。

 あまりに唐突な展開が連続したおかげで、ちょっとマジで意識がふっ飛んで混乱してた。 
 ハッと我に返った私は、脳内のお馬鹿な突っ込みを慌てて振り払うと、痛々し気に再度そう訴える人物に視線を注いだ。 
「私が……私がすべて悪いんです……ッ」
 ハラハラと涙を零して訴えるのは、見た目はとてつもなく可憐な美少女。

 紫がかった黒髪に、紫色の大きな瞳。
 桜色の小さな唇と、筋の通った形の良い鼻。
 制服の上からでも解る、華奢ですらりとしたスタイル。

 そう、この訳の分からない状況を作り出した張本人。
 未だに名前すらわからない、ヒロインと思しき謎の少女であったのだ。
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