ひたすら楽する冒険者業

長来周治

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楽の戦士トーチの章

100.楽しい明日の前日

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 ふと何者かの気配を感じた。
 俺は木箱の隅から目を離して、周囲を見渡す。
「……?」
 何者かの視線を感じたと思ったが、それらしい影はない。
 もしかしたら猫か何かだろうか。一応そういう獣がいそうな隙間を覗き込んでみる。
「そんなとこで何やってんだおめえ」
 通路で体を丸くしていると、背後から聞き覚えのある声に話しかけられた。
 気配については一旦放置して、俺は声の方向に振り向く。
 怪訝な顔をして眉を歪ませている、レストランの店主が腕を組んでいた。
「あ、どうも」
 直接顔を合わせるのは、結構久しぶりなのだが、不思議とそういう感じはしない。
「おう」
 店主は軽く答えてから、
「明日から休むって話だが?」
 憮然とした表情で聞いてきた。
 語り口が妙に重々しい。
 急に休むのは、やはり都合が悪かったのだろうか。
「ええ、まあ」
 そうはいっても、既にメリルには休みを出してしまっているので、簡単に引き下がるというわけにはいかない。
 ……しかし、最悪明日は一人で出勤もあるな、と一応考える。
「何かあったのか?」
 店主の口調は基本的に威圧的――というよりも、深刻そうな響きがある。
 反面、質問の意図はいまいちよくわからない。
「何か、というと?」
「仕事で何かあったのか、ってことだよ」
 ちらりと、俺の身なりを見てから、
「どこかデカい怪我でもしたのか?」
「そういうことはないですね」
「じゃあ病気か?」
「健康、だと思いますが」
「明日迷宮に入れない理由でもあるのか?」
「いえ、特には」
「じゃあ、何で休むんだ?」
「何で……」
 休むということは何のためにするのか、そんな根源的な問いをされるとは思わなかった。
「休養のため、ですかね」
 何か裏に意図があるのかとも思ったが、他に理由は思いつかなかったので、そう答える。
「ただ休むだけ?」
「そういうことです」
 しばらく間があってから、
「なんだよ」
 店主が引き締めていた表情を一気にほどいた。
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