ひたすら楽する冒険者業

長来周治

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あまり楽とは言えない冒険者メリルの章

49.音楽は聞けない

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「それじゃあ行こう」
 杖を受け取り、気分も新たになったところで、迷宮の深くに向けて再び歩き始める。
 そのままいざ戦いへ、となるのかとしばらく身構えていたものの、その気配は一向にない。
 初対面の男、初めて入る迷宮の区画、何をするのかわからない仕事。これらの事で頭がいっぱいだったときにはその余裕はなかったが、ここに来てようやくメリルはそれに違和感を持つ。
 ……全然魔物に遭っていない。
 迷宮に足を踏み入れたときからそうだった。
 遭わないと言っても、厳密には壁を這っているスライムや、コケに擬態している虫などはいた。しかし、好戦的だったり実害のある魔物とはほとんどはち合わせていない。
 迷宮の中でも比較的整備が進んでいる場所だからとか、そういうことを抜きにしても妙だ。かなり長い距離を徒歩で進行して、今はほぼほぼ中層に差し掛かろうというところにも関わらず、それらしい魔物は目撃すらしていない。
 遭遇率を下げるスキルやアイテムがある、ということはメリルも知識として知っていた。
 例えば僧侶でなら、魔物を寄せ付けない法術があるし、盗賊であれば気配を殺して遭遇を避けるような方法に長けている。
 高価ではあるが、聖なる力を閉じ込めたアイテムなどでも、同様の効果を得られる。ほかにも安価で専門的な知識を必要とするが、特定の魔物を遠ざけるための駆除用品などもあるそうだ。詳しいところはメリルも知らないが。
 とにかく、狩りを生業とする冒険者でも、迷宮に入って魔物に出遭わないようにするための方法は有用であり、いろいろ研究されたものがある。
 しかし、目の前の男はそのような素振りはまったく見せていない。
 法術も使っていない……というより、呪術の類が使えるようには見えない。
 盗賊のような俊敏な動きも見せないので、純粋な前衛職なのは間違いないだろう。
 特別なアイテムも……大量の薪と松明はある意味特別だが、魔物を避けるような物を使っているようにも見えない。
 本当にただ歩いているだけだ。
 それにも関わらず、魔物と遭遇しない。
 先に進んだら声を出すなと言われた。警戒する意味でそう言ったのかと思ったが、実は関係ないのかもしれない。そもそも、この辺りに魔物は生息していないのではないか。
 そんな油断した感覚で、
「あの――んぐっ」
 と口を開いた瞬間、メリルはかなり強めの力で口をふさがれた。一応遠慮して声量は抑えたにも拘わらずだ。
 有無を言わさないまま、口元を掴みかかって来たので、それが少し怖かった。
 声を出すなと、念押しするように唇に指を当てるジェスチャーをする。それを見た、メリルがうんうんを頷いたところでゆっくりと手が離れた。
 ここまで何もなかったので、安易に大丈夫だと思ってしまった。
 それをメリルは反省しつつ、前を歩く彼を見る。
 ちょっと周囲を気にしつつ、普通に歩いているように見えるが、声を出すことにあそこまで劇的な反応をするというのは、何か秘密があるのだろう。
 魔物と遭わない事との関係性は、ありそうだとは思うがわからない。とにかく今はそれを聞くことは出来ない。
 以前より増して声に注意する。息が詰まるというほどではないが、口の中が痒くなるような時間の中、ただ黙々と歩を進める。
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