ひたすら楽する冒険者業

長来周治

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28.歓楽街より

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 路地から出てきていた人に、背後から結構大きな声で呼び止められて、驚いて身を翻したら、思いの他身体が軽やかに回ってしまい、3回転半ほどして立ち止まった。
「なにやってんのよ」
「すみません」
 なんとなく謝りつつ相手を見ると、覚えのある雰囲気を持った人だった。
 裾の長いドレスの上から、ファーのついたコートを着て、足元と首以外を完全に覆っている。少し濃い目の化粧といい、意図的に地肌を見せないような、そういうファッションになっている。
 甘ったるい香水に紛れて、タバコとほのかにアルコールの匂いが漂ってくる。
 間違いなく『夜の仕事』の人なので、知っている人の可能性はある。
 というのも、訓練学校時代学費のために娼館で働いていたからだ。
 基本的には女の商売だけども男手も必要――というより『商品』に余計な手を出されないためには、どこかで男が絶対的に必要になる。
 女ばかりの職場のようで、その比率は半々ぐらいだ。
 仕事の内容としては、いわゆるボーイや外での呼び込み、後はやはり掃除。
 人手がいるが普通に雇うと高いので、都の外から借金の型として子供を買い取って安く使うことが多い。
 俺もその一人ということだ。あの忌まわしい村から、子供一人の力で出るのは真っ当な手段だと難しいので、たまたま村に来た人買いに、便乗してここに来たという経緯がある。
 賭けだったが、結果的には上手くいったというか、当たりの部類を引いたといえるだろう。。
 務めた娼館は比較的大きくて、俺以外にもたくさん孤児が働いていた。先輩の娼婦が、持ち回りで読み書きなども教えてくれたし、育てば四六時中労働に駆り出されるあの村より、はるかに恵まれた環境だったといえる。村にいたら、一生字も本も読まなかった可能性すらあるし。
 借金の型なので、当然借金を背負っていたが、それは既に完済済み。その後もしばらく住み込みのバイトみたいな感じで働いて、そのお金で訓練学校にも行き、今に至っている。
 なので人よりは夜の世界には詳しいし、顔も効くってほどじゃないが知っている人はいる。
 声をかけてきた女の人も、過去に恩がある人かもしれない。ただ娼館の女の人とは常に一定の距離を取っていたので、名前とかはあんまり覚えていない。女の人がそもそも多いので、覚えていられないというものある。
 呼ぶときはどうしていたかというと、大体姐さんとか、年下っぽかったらお嬢ちゃんとか。周りも大体そんな感じで必要がなければ、ふんわりとした呼び方をしていた。
 この人は見るからに風格があって上役っぽいので『おかみさん』って感じ。
「その目」
「え?」
「見たことあるのよね」
 目が悪いのか、ただそういう癖があるのか、彼女は目を細めてぐっと顔を寄せてきた。
 小柄だけど、独特の迫力がある化粧美人だ。
 娼館で務めていると、女性の化粧前化粧後は割と見ることになるが、それについて言えば、なるほどなあ、という感じだ。
 一応断っておくと、化粧したら元と全然違うから詐欺、みたいな感じに怒り出したりはしない。というより、元を良くするために化粧をしているのに、それで怒られるのは理不尽だなあ、とよく思っていた。
「『こっち』で前働いてなかった?」
 親指で路地の奥を差す。今歩いている通りの裏に、そういう店が並ぶ歓楽街があるのだ。
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