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2nd STAGE

2-10 エグリアス砦動乱編⑥ 『ザ・コマンダー』

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「――すごいな」

 巨大スクリーンに映し出される戦況。それを見ながらハイドは感嘆の言葉を漏らした。

「ええ、ここまでとは・・・」

 隣に立つラクセルも同意を示す。

 スクリーンに映っている敵機の数は、美羽の指揮前に比べおよそ半分ほどに減っていた。それに対し味方の損害はゼロ。残りの機数だけで見ればほぼ互角の状態だが、実質美羽の完勝と言っていい状況だ。

「な、何が起きたんだ・・・」

 ジークが呆然とした面持ちでスクリーンを見上げる。

 ジークは美羽の補佐として戦況を見ていたはずだ。それなのに何が起きたのか分からない。いや、正確に言えば何が起きたのかは分かる。美羽は特別な指示など出していないのだから――。
 しかし、だからこそ分からない。何故この結果になったのかがどうしても理解できない。
 それに、美羽が事前に述べた内容は防衛戦だったはずだ。それなのになぜ相手が壊滅に近い打撃を受けているのか――。


 ジークが目の当たりにしたことはこうだった。 


 美羽は前線から下げた第二軍と第三軍を砦攻略に当て、砦周辺の敵を一掃してみせた。そしてその後は、帰還した飛空艇団に交代で補給を受けさせつつ、徹底して守りの布陣を敷いた。そこまでは聞いていた通りであり、特別なことは無かった。

 だが、美羽が本領を発揮したのはそれからだった。

 敵の第一波を凌いだと見て取った途端、美羽は飛空艇団を二つに分け攻撃に転じさせた。

 「無謀だ」と主張するジークの忠告を無視し、敵機に攻撃を仕掛ける。だが攻撃をしかけた途端、すぐに退いてしまう。相手が反撃に出ればまたすぐに砦に籠もるのである。
 それを何度も繰り返した。ジークに限らずハイドやラクセルも頭にハテナマークを浮かべてそれを見ていた。

 そのタイミングは毎回変化していき、一度として同じことが無い。やがて完全に美羽に遊ばれているような情勢になってくると、消耗戦を恐れた敵機が本格的に退却をし始めた。その時である。美羽はマップのとあるポイントを指して声高らかにこう指示したのである。

「第二軍はこのポイントへ移動してください」 

 示されたポイントを見て、部屋中の人間が呆気にとられた。

 そこは砦からも敵軍からも離れた、何もないポイントだったのである。

 意図の読めない指示にジークが反論したところ、返ってきたのは「指揮官は私です」との鋭い一言だった。
 これまでの経過で敵機を数機撃墜していたとは言え、まだまだ敵の方が数は多い。そんな所に第二軍がのこのこ出て行ったら、すぐに包囲されて殲滅されるとジークは考えた。

 ――だがそうはならなかった。

 敵は第二軍の行動を完全に無視し、撤退し出したのである。

 そのタイミングを美羽は見逃さなかった。

 すぐさま第一軍を攻撃に向かわせると、仕方なく相手がそれに応じてくる。攻撃は牽制、反撃されたらすぐに引き返す――先程と同じである。
 しかし、今度は砦には引き返さず、違うルートを敵を誘導するように移動する。そしてあるポイントまで来た瞬間、美羽は第二軍に引き返すように命じた。

 すると不思議なことが起きた。

 第一軍が引き連れる敵と第二軍の進路がクロスしたのだ。敵機は第一軍と第二軍に挟まれる格好となり、慌てふためいた。後は統率の乱れる敵機に向かってありったけの攻撃を加えるだけだった。


 ――そして、現在の状況に戻る。


 帝国軍は統率に致命的なダメージを負ったようだった。動きにまとまりが無く撤退もままならない状況だ。

「よし!一気に攻めろ! 敵軍を全滅するのだ!」

 勝機と見たジークが手を振り上げ、声を張り上げる。しかし、美羽は静かな声でその指示を却下した。

「いえ、深追いは禁物です。このまま敵が撤退するまでその場で待機」

「な!? 何故だ! 敵軍は総崩れ。今攻めるば勝てるぞ!」

「確かに勝てるかもしれません。しかしこちらも無傷では済まないでしょう」

「それは仕方無いだろう! 敵軍に打撃を与えるチャンスだ!」

 ジークの言葉を聞き、美羽の目が冷たく細められる。

「――仕方無い?」

 本当に冷気を放っているかのような凄みのある視線にジークが怯む。

「帝国の戦力を考えれば一個師団が壊滅したからと言って打撃にはなりません。しかし、こちらは明確に痛手を被ります。相手の一機とこちらの一機・・・同じではありませんよ」

 それだけ言うと、美羽はジークへの興味を失ったようにその視線を外した。その顔にいつもの柔らかな微笑みは無い。司令官としての立場がそれを許さない。
 美羽はハイドへ向き直ると「どうでしょうか?」とでも言うように頭を下げた。

「見事だ」

 賞賛の言葉を発するハイドを見て、ジークが歯ぎしりをする。

「く、くそ。運良く勝ったぐらいで良い気になりおって」

 ジークの呟きを聞いたラクセルが大袈裟にため息をついた。

「本当にそう思っているのですか? だとすれば総司令官という役職も考えなくちゃいけませんかねえ」

 絶句するジークを他所に、ハイドは美羽を見つめる。

「全て計算通り――そうだな?」

「はい」

「しかし、第二軍をあのポイントへ行かせたのは何故だ? 結果的に挟撃の形にはなったが、もし敵が第二軍を攻撃していたら大打撃を被っていたのはこちらだ」

「そ、そうだ! あそこで敵に攻撃されなかったのは、たまたま偶然じゃないか。だから運良くと言ってるんだ!」

 ここぞとばかりに声を荒げるジークを美羽は煩そうに見つめた。

「――攻撃はされませんよ」

 その一言と眼力でジークを圧倒する。

「な、何故そう言い切れる?」

「敵はこちらの第三軍を警戒しているからです」

「はあ? 第三軍? 何を言ってるんだ?」

 ジークが意味が分からないと言う風に眉を顰める。美羽は飛空艇団を一度ひとつにまとめ、それから二つに分けた。つまり第二軍までしかいないことになる。
 しかし、今の一言でハイドには美羽が何を言いたいか分かったようだった。

「そうか――伏兵か!」

 ハイドの声に美羽が頷く。

「はい。今回、敵は伏兵を用意していました。その策を考えた時、敵の司令官はこちらも伏兵を使用する可能性について考えたはずです。自分で使って見せた策なのですから、相手が使用する可能性を全く考えないなんてことはありえません」

 淡々と、いっそ機械的なまでに淡々と、美羽は語る。

「一度疑念に駆られればそれを拭い去ることは出来ません。私が第二軍をあのポイントへ移動させた時、相手は陽動だと考えたはずです。第二軍の向かった先に伏兵が居ると思った―――だから追ってこなかったのです」

 美羽の言葉にあからさまに動揺しながらも、ジークはなんとか食ってかかろうとする。

「し、しかし、それは100%ではないだろう。確かに相手は陽動の可能性を考えたかもしれないが、それはあくまで可能性の話だ。もし相手が伏兵がいない方に賭けたら攻撃されていた。あの状況でそんな危険な博打を打ったのか!」

「いいえ、攻撃はされません」

「だから何故そう言い切れる?」

「相手が策を弄するタイプの人間だからです」

「はあ?」

 またしても美羽の言いたいことが理解できず、ジークは悔しさに顔を歪ませた。

「紅の蜥蜴団を利用して攻撃を仕掛けてきたことからもわかりますが、相手の司令官は戦略や策を仕掛けるのが好きなタイプです。それも自尊心の強い人間です。そのタイプが一番恐れることはなんだと思いますか?」

 問いかけられたジークは言葉に詰まった。だがもともと答を欲していたわけではないようで、美羽はそのまま言葉を続ける。

「それは、自分が仕掛けたものと同じ策に引っかかることです。これほど恥ずかしく、侮辱的なことは無いと考えているはずです。恐らく相手の司令官も、伏兵がいる可能性は低いと踏んでいたはず。しかし、第二軍の動きが陽動かもしれないと、少しでも考えてしまった以上、もう相手は動けません。もし『万が一』にでも伏兵がいたら、自分の自尊心が保てませんから。そんな無理をする局面でもありませんし」

「そこまで読んでいたのか」

 ハイドが驚きの表情を浮かべる。

「じゃあ、あの攻めては守る戦法も何か意味が?」

「こちらの動きへの警戒を緩めるためです。人間、何度も繰り返されることには警戒しなくなってきますから。最後に第一軍をわざわざ追いかけてきたのも、その為です。どうせ砦に逃げ帰るとでも思っていたのでしょう」

 淡々と語る美羽の姿にもはやハイドでさえ告げる言葉を失う。ラクセルはその光景を満足そうに眺めた。その胸の中にあるのは戦闘に勝ったことへの喜びか、美羽を推挙したことへの安堵か――その両方かもしれない。

 ハイドがふと何かを思い出したように呟いた。

「智花が大丈夫と言っていたのはこういうことか」

 智花は美羽の実力を知っていた。
 
 智花と美羽が遊んでいる本格派戦略オンラインゲームで、美羽は指揮官として無敗を誇っていた。その圧倒的な戦い振りから、ついたあだ名が指揮官(ザ・コマンダー)。伝説に近い存在として人々の賞賛を集めているのである。

 笑顔を浮かべて様子を見ていたメイへと向き直ると、美羽はようやく指揮官としての仮面を剥し、表情もいつもの柔らかな微笑みへと戻った。

「あとは敵の撤退を見守るだけです。おまかせして良いかしら? 総司令官様?」

 悔しさに顔を真っ赤に染めるジークへ向けて微笑むと、その場を後にしようとする。

 その時だった。オペレーターの鋭い声が指令室中に響いた。

「エグリアス砦から高熱源反応!」

「なんだと? 敵は退いたはずだろう!」

 だが、ジークの声も聞こえていないのか、オペレーターは瞳を見開いたまま震える声で言葉を続けた。

「これは――推定威力値がTNT換算で15キロトン!? 半径3kmが吹き飛ぶ威力です!!」

 悲鳴のように叫ぶオペレーターに部屋に居た全員が例外なく驚愕する。

「なっ・・・なにが起きている!?」

 ジークの声を聞きながら美羽は思考を巡らした。
 そして辿り着いた答えに唇を噛む。

「恐らく爆弾か何かを置いていったのよ。自分達が退いても砦の破壊は成し遂げられるように。いえ、ひょっとしたら初めからそれが狙いだったのかもしれない・・・」

「そんな!」

「不覚だわ。敵がそこまでするなんて・・・」

 美羽の顔に悔しさが滲む。

「熱源反応高まっていきます! このままだと10分後には爆発すると思われます!」

 オペレーターから告げられたタイムリミットに聞いていた一同が呆然とする。

「たったの10分・・・」

 だが、その言葉に最も迅速に反応したのはハイドだった。

「すぐに砦に居る人間に通達! シェルター内に避難させろ!」

「しかし、この残り時間では全員が避難出来るとは思えません――」

「それでもだ! 何もしないよりはマシだ!」

 ハイドの鋭い声にオペレーターが砦への伝達を急ぐ。
 緊迫した空気の中、美羽はこの危機を回避する方法がないか、思考を巡らせ続けた。

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