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2nd STAGE
2-4 『憧れの人、憧れの歌』
しおりを挟む「あの、SU☆PI☆KAの桜子さんですよね? 頑張ってください!」
背後から突然かけられた声に、桜子は本日何度目か分からない笑顔と感謝の言葉で応えた。相手はそれだけで感極まったようで、興奮の雄叫びを上げて去っていく。
桜子は手を振ってそれを見送ると、こそりと呟いた。
「早く、終わらないかなあ・・・」
桜子とセシアは城を出た後、城下町にある倉庫まで移動し、運び出す荷物のチェックを行っているところだった。
リストを手にしたセシアがひとつひとつ木箱の中身を確認していく。木箱の数自体はそこまでではないが、木箱そのものがやたらと大きい。当然、その分中に入っている物資の数も多く、セシアがチェック作業を始めてからかなりの時間がかかってしまっていた。
桜子もチェックを手伝うことを申し出たのだが、こちらの世界の物品に疎い、という理由で任しては貰えなかった。
結局、セシアの作業が終わるまで桜子は待ちぼうけをすることになり、貴重なオフの時間を無為に過ごすことになってしまった。
「ねえ、あれ、桜子ちゃんじゃない?」
「え? うそ。キャー! 本当だ! 桜子ちゃーん!!」
桜子と同い年ぐらいの女の子二人組が桜子に向けて手を振ってくる。桜子はまた笑顔を浮かべ手を振り返した。
セシアの作業が早く終わって欲しいと願うもうひとつの理由はこれだった。
倉庫は利用しやすいよう街の中心に作られている――つまりは、人通りが結構多いのだ。あまり目立たないように木箱の陰に隠れてはいるのだが、それでも目ざとい人には見つかってしまうようで、その度に手を振ったり、握手したりを強要させられてしまう。
別にファンへの対応が嫌なわけではない。
応援してもらえること自体は素直に嬉しいし、感謝もしている。ただ、有名になってしまった分、下手な真似は出来ないし、常に人目を気にしているのは結構疲れるのだ。特にそれがオフの日なら尚更である。
「セシアちゃーん、その――まだかな?」
「すいません! あと、もう少しですので!」
「あ、ごめん、いいの。気にせずゆっくりやってね」
もう幾度となく繰り返されたやりとりを終え、軽くため息をつく。退屈に耐えきれなくなった桜子は、もてあました時間を誤魔化すようにそっと歌い出した。
――溢れ出す想いに もう我慢が出来ないよ
私は飛び出すよ 心に描いた あの場所へ――
「――良い歌ですね」
突然横から声をかけられ、ビクリと体を震わせる。見るとセシアが全てのチェックがついたリストを持って立っていた。見られたことに若干の気恥ずかしさを感じながら桜子は答えた。
「私の大好きな歌なの。夢を持った女の子が、その夢に向かって頑張る歌なんだ」
それは沙羅の代表曲とも言える曲だった。作詞、作曲を沙羅が自ら担当していることもあり、桜子のお気に入りの一曲だ。
「へえ――なんだか、桜子様みたいですね」
セシアが呟いた言葉に桜子はきょとんとした表情を浮かべる。そして、次の瞬間には自分でも分かるぐらい狼狽えてしまい恥ずかしくなった。
「え? そう? そ、そうかな? 私みたい?」
頷くセシアの顔を直視出来ず、桜子は俯いてしまう。
この歌は桜子にとって特別な歌だった。
歌の歌詞に自分の姿を重ねることももちろんあったし、そうでありたいと願ったことも何度もある。だが、それを他人に言ってもらうのは初めてのことで、なんだか胸の辺りがじんっと暖かくなった。
正直に言ってかなり――嬉しかった。
「――ありがとう」
俯きながら小声で呟く。セシアには桜子が何故そんなに狼狽えているのか分からなかったが、笑顔を浮かべると小さく「どういたしまして」と答えた。
「じゃ、じゃあさっそく運んじゃおっか」
照れていることを隠すように桜子が木箱を動かそうとする。だが、巨大な木箱を桜子の細い腕で動かせるはずも無く、すぐにその場にへたり込んでしまった。
「これすっごく重いけど、クレーンでも使うの?」
「いえ、そんなものは使いません」
「じゃあ、どうするの?」
「こうするんです」
セシアは短くそれだけ答えると、手を木箱に向かってかざした。
「――起動開始(オート・キャスティング)」
呪文のように呟くと手に嵌められた指輪がぼうっと光を帯びた。
次の瞬間、木箱全体も同じようにぼんやりと光を帯びる。桜子がその光景に目を奪われていると、セシアは木箱にゆっくりと近づき、木箱をヒョイと持ち上げてみせた。
「ええええ!?」
自分よりも小柄なセシアが巨大な木箱を軽々と持ち上げる姿に、思わず驚きの声を上げる。
セシアはそのまま木箱を倉庫横に止めてあるトラックまで運ぶと、荷台に向かって投げ捨てた。木箱が荷台に当たって砕ける光景を想像した桜子は、そのまま木箱がすっと音も無く収まったのを見てまたしても驚きの声を上げた。
「な、なにが起きたの? ええと、まずセシアちゃんが怪力になって――」
「違います」
セシアは桜子の前まで戻ってくると自分の手を広げて見せた。嵌められた指輪は先程までの光を失っていた。
「この指輪――魔技を使ったのです」
桜子はセシアと初めて会った時に、彼女が光の玉を作り出したことを思い出していた。
「今のも、魔技なの?」
「はい。今のは重力軽減と物質移動、慣性中和を行いました」
「え、えーと?」
桜子の頭の上に大量のハテナマークが浮かぶ。
「簡単に言うと、木箱の重さを極限まで減らし、それを手で触れずに横へ移動させ、投げた後の慣性を無くして着地させたんです」
「う、うん? あまり簡単になってない気もするけど――なんとなく分かったよ」
ぎこちなく頷く桜子を見て、セシアは困ったような表情を浮かべた。
「とりあえず、他の木箱も片付けてしまいますね」
先程と同じ要領で次々に木箱を荷台へと移動させていく。
「セシアちゃん、凄い! 魔法使いみたいだね」
「そ、そんな! いくらなんでもそれは褒めすぎですよ!」
何気ない一言のつもりだったのだが、過剰な反応を見せるセシアに桜子は首を傾げた。
「へ? だって魔法を使ってるんでしょ? 魔法使いじゃない?」
「いえ、私が使っているのは魔技ですので」
「・・・何が違うの?」
「全然違います!」
とんでもない、とばかりに大きくかぶりを振る。
「魔技というのは、魔法と呼ばれる特殊な力を、指輪や腕輪等の専用の道具にあらかじめストックしておいて、誰でも自由に使えるようにしたものなんです」
「うん・・・だから魔法使いでしょ?」
「いえ、魔技は誰でも簡単に扱える反面、ストックしてない魔法は使えないし、出来る事象の範囲も限られています」
「うん――それで?」
「しかし魔法使いとは、魔技を使用せず自由自在に魔法を扱う者のことを指すのです」
「・・・それって、結局出来ることは同じじゃないの?」
「ぜんっぜん、違います!」
さっきよりも大きく頭を振る。見ているこっちが首を痛めないかと心配になるぐらいに。
「魔法使いにはストックの制限も範囲の制限もありません。この世に満ちるエーテルの力を自由に使えるということは無制限に魔法を使い放題ということです。その力は災害クラスの自然現象を自在に操り、不老不死さえ可能にしたと言われています」
「そ、それは・・・確かに凄いかも」
セシアの言わんとしていることをなんとなく理解し、桜子がゴクリと喉を鳴らす。
「でも、可能にしたと言われています、って過去形なんだね。魔法使いはもう居ないの?」
「はい。もう何百年も前に死滅したと言われています。今ではお伽話に出てくるキャラクターと大差無く、伝承だけが伝わっています」
「そっか、残念。どうせ異世界に来たんなら魔法使いにも会ってみたかったけど」
「私だって会ってみたいですよ! 百獣を従えたと言われる『黒天の魔女マグアリン』とか、この世界に知らない者はいない『原初の魔法使いルシール』とか。子供の頃は悪さをすると、ルシールがさらいに来るぞ、と親に脅されたもんです」
まるで昔を懐かしむかのようにセシアは瞳を細め微笑んだ。
全ての木箱を積み終わると、セシアがトラックの運転席に座った。桜子はその隣。自分よりも年下の女の子が運転も出来るという事実に驚くと、侍女として当然の嗜みです、と胸を張った。
「それでは桜子様、行きますよ」
トラックが音も無く発進する。
流れていく街の景色を眺めながら、桜子はどこか自嘲じみた笑みを浮かべていた。
自分で言い出したこととは言え、楽しみにしていた休日がいつの間にか荷物の運搬だ。おかしなことになったものである。
訝しむセシアに「なんでもない」とだけ答えると、桜子は流れる風に身を任せた。
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