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後日談、1
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事件解決から半年くらいがたったある日のことだ。お日さまがぽかぽか気持ち良い時期に、彼女はやってきた。
「お久しぶりです、テレジア様」
白い錫杖に、白いローブ。白銀のティアラ。間違いない。
現役の聖女──キアだ。
妹のように可愛がっていた後輩だ。
聖女は公務だらけで忙しく、めったに顔を見せることがないのだけれど……。
「お久しぶり。キア。どうぞ」
屋敷の庭が見下ろせるテラス席に案内し、私とキアは向かい合う。
とりあえずティータイムだ。
美味しいお茶に美味しいクッキー。ああ、幸せである。それを嗜みながらのお話はもはや言葉にあらわせない。
「……それで? 折り入って相談があるって聞いたんだけど」
雑談もそこそこに、私は話を切り出す。
すると、キアが神妙な面持ちになる。
「はい。実は、次期聖女のことです」
そっか、もうそんな時期だっけ。
聖女は任期制だ。もちろん事情によっては早めに退任したり、二期連続で担当したりとするけれど、キアは一回目の任期満了で聖女の役目を終える。
聖女はかなり多忙だからね。
かくいう私も一期で聖女の役目を終えている。
で、任期を終えるためにはもちろん後継を指名しなければならない。選ばれた聖女候補生の中から、一番ふさわしい子を選ぶのだけれど――。
「今年の候補生は西部に集中しているみたいで。四人も同じ学院にいるんですよ」
「ええ、そうみたいね」
私はちょっぴり目線を外しながら返事をする。
もう半年になるのだけれど、その四人のことは知っている。一癖どころではない個性の持ち主ばかりだった。彼女たちから選ぶのは至難だろう。
よもやもっと適性のある候補生が現れるかもと思っていたけれど……。
世の中そこまで甘くないらしい。
キアはとりあえずその四人の元へ向かったそうだ。
「聖女の心得を語らないといけないし、どういう人たちなのかなって様子見にいったんですけどね……」
あ、魂抜けてる。
完全に死んだ魚の目状態のキアを見て、私は察した。
「私、あの四人から選ぶ自信ないです」
「いったい何があったのよ……」
「ええ。まず一人目。三大伯爵の娘ですね。えっとシャルルでしたっけ」
「ああ、《エース》ね」
「はい?」
「なんでもないわ、続けて」
促すと、キアは盛大なため息を漏らした。
「なんか……自分に厳しく他人に厳しい典型というか、なんというか。いや、そんな誰かを怒鳴りつけるようなことはしないし、相手のことを受け入れる感じも少しはするんだけど、正論を武器にするタイプというか、一言で言うなら融通のきかないクソ真面目なんですよね」
えらい言葉を選ばない発言だなオイ。
「そうなんだ?」
とりあえずツッコミは内心に抱え込んで、私は相槌を打つ。
もちろん《エース》とは対談してある。自分に厳しく、相手に厳しくても構わないが、寛容の心を持つように、と諭した覚えがある。
相手を徹底的に追い詰めるだけ追い詰めるのは良くないからだ。
どうやらそれは実行しているようだけれど、元の気質はそう簡単には変わらないか。
「とりあえず私が聖女ってことで、一挙一動全部質問してくるんですよ。なんか聖女たるもの、どういうものが必要なのか、全部聞き出すつもりというか。今、どうして小指を動かしたんですかとか聞かれたんですよね」
「何それ。どうして呼吸してるんですかとか聞かれそう」
「あ、それも聞かれました」
「聞かれたんだっ!?」
どうやらかなり疲弊したらしく、キアは姿勢さえも崩れだしていた。
いや、そりゃしんどいわ。
私ならしばいてるかもしれない。たぶん。
「で、二人目はルシアです」
「《シスター》ね」
「まぁ、そんな見た目ですけど。彼女は一番出自でも性格でも有力候補だったんですけど、こう、致命的なんですよ、ドジが」
「致命的なドジとは」
「例えば、というか実際体験したんですけど、一〇歩ですよ? たったそれだけ歩くまでに一二回も転びかけて、そのうち七回は何かしらの凶器をまき散らすんです。あれは命が幾つあっても足りません」
「もはや歩く凶器じゃんそれ」
今すぐ封印していただきたい。
いや、無理なんだけど。
「三人目はティナ。伯爵の従姉妹ですね」
「《アイドル》ね」
「そう、まさにそれ。本人はちゃんと努力してるんですけど、周囲のサポートというか圧迫というか圧力というか、こう、うん。熱が臭い」
「熱が臭い」
「何をするにしてもすぐサポートが入るんですよ。聖女って多忙だし、かなり移動もしないといけないし、時には戦うし、演説もする。一人であれこれしないといけないのに、あの環境じゃあ……」
なるほど。本人ではなくその取り巻きに問題があるパターンか。
確かにあの親衛隊は鉄壁というか、鋼鉄だったもんなぁ。
周囲へ圧迫しないように命令したけど、その有り余るリビドーが《アイドル》本人に向けられている形か。
ホスピタリティは悪くないけど、過保護はダメだよね。
「最後はミアータです」
「ああ、一般人の子よね。彼女が一番めぼしいんじゃないの?」
「素質の面ではそうですね。ただ、その……主人公気質すぎて暑苦しい。なんか世界間違えてる気がするんですよね、あの暑苦しさ」
「世界を間違えた暑苦しさって」
「一応ね、訓練で模擬戦もやったんですけど、何時間でも「まだまだぁ!」って叫びながら立ち上がってくるんですよ。もはやゾンビ味を感じました」
「ゾンビて」
聖女に一番組み合わせたらアカンやつでしょ、それ。
とはいえ、分からないでもない。
ミアータは英雄の運命を持っている上に負けん気がとにかく強い。それでいてバカみたいに真面目だし、過酷すぎる環境を生き抜いてるから、そもそもの芯が太い。
だからかー。
なるほど。
半年たって、だーいぶ暴走しているらしい。
「それで、また近くに訪問する予定なんですけど、とても私ひとりじゃ対処できそうになくて……」
「そういうことなのね、分かったわ」
私はあっさりと了承する。
「いいんですか?」
「可愛い後輩の頼みだもの。断る理由はないわ」
それに、学院がちゃんと運営されてるか確認もしたいしね。
私はお茶を一口してから、キアに微笑んだ。
「お久しぶりです、テレジア様」
白い錫杖に、白いローブ。白銀のティアラ。間違いない。
現役の聖女──キアだ。
妹のように可愛がっていた後輩だ。
聖女は公務だらけで忙しく、めったに顔を見せることがないのだけれど……。
「お久しぶり。キア。どうぞ」
屋敷の庭が見下ろせるテラス席に案内し、私とキアは向かい合う。
とりあえずティータイムだ。
美味しいお茶に美味しいクッキー。ああ、幸せである。それを嗜みながらのお話はもはや言葉にあらわせない。
「……それで? 折り入って相談があるって聞いたんだけど」
雑談もそこそこに、私は話を切り出す。
すると、キアが神妙な面持ちになる。
「はい。実は、次期聖女のことです」
そっか、もうそんな時期だっけ。
聖女は任期制だ。もちろん事情によっては早めに退任したり、二期連続で担当したりとするけれど、キアは一回目の任期満了で聖女の役目を終える。
聖女はかなり多忙だからね。
かくいう私も一期で聖女の役目を終えている。
で、任期を終えるためにはもちろん後継を指名しなければならない。選ばれた聖女候補生の中から、一番ふさわしい子を選ぶのだけれど――。
「今年の候補生は西部に集中しているみたいで。四人も同じ学院にいるんですよ」
「ええ、そうみたいね」
私はちょっぴり目線を外しながら返事をする。
もう半年になるのだけれど、その四人のことは知っている。一癖どころではない個性の持ち主ばかりだった。彼女たちから選ぶのは至難だろう。
よもやもっと適性のある候補生が現れるかもと思っていたけれど……。
世の中そこまで甘くないらしい。
キアはとりあえずその四人の元へ向かったそうだ。
「聖女の心得を語らないといけないし、どういう人たちなのかなって様子見にいったんですけどね……」
あ、魂抜けてる。
完全に死んだ魚の目状態のキアを見て、私は察した。
「私、あの四人から選ぶ自信ないです」
「いったい何があったのよ……」
「ええ。まず一人目。三大伯爵の娘ですね。えっとシャルルでしたっけ」
「ああ、《エース》ね」
「はい?」
「なんでもないわ、続けて」
促すと、キアは盛大なため息を漏らした。
「なんか……自分に厳しく他人に厳しい典型というか、なんというか。いや、そんな誰かを怒鳴りつけるようなことはしないし、相手のことを受け入れる感じも少しはするんだけど、正論を武器にするタイプというか、一言で言うなら融通のきかないクソ真面目なんですよね」
えらい言葉を選ばない発言だなオイ。
「そうなんだ?」
とりあえずツッコミは内心に抱え込んで、私は相槌を打つ。
もちろん《エース》とは対談してある。自分に厳しく、相手に厳しくても構わないが、寛容の心を持つように、と諭した覚えがある。
相手を徹底的に追い詰めるだけ追い詰めるのは良くないからだ。
どうやらそれは実行しているようだけれど、元の気質はそう簡単には変わらないか。
「とりあえず私が聖女ってことで、一挙一動全部質問してくるんですよ。なんか聖女たるもの、どういうものが必要なのか、全部聞き出すつもりというか。今、どうして小指を動かしたんですかとか聞かれたんですよね」
「何それ。どうして呼吸してるんですかとか聞かれそう」
「あ、それも聞かれました」
「聞かれたんだっ!?」
どうやらかなり疲弊したらしく、キアは姿勢さえも崩れだしていた。
いや、そりゃしんどいわ。
私ならしばいてるかもしれない。たぶん。
「で、二人目はルシアです」
「《シスター》ね」
「まぁ、そんな見た目ですけど。彼女は一番出自でも性格でも有力候補だったんですけど、こう、致命的なんですよ、ドジが」
「致命的なドジとは」
「例えば、というか実際体験したんですけど、一〇歩ですよ? たったそれだけ歩くまでに一二回も転びかけて、そのうち七回は何かしらの凶器をまき散らすんです。あれは命が幾つあっても足りません」
「もはや歩く凶器じゃんそれ」
今すぐ封印していただきたい。
いや、無理なんだけど。
「三人目はティナ。伯爵の従姉妹ですね」
「《アイドル》ね」
「そう、まさにそれ。本人はちゃんと努力してるんですけど、周囲のサポートというか圧迫というか圧力というか、こう、うん。熱が臭い」
「熱が臭い」
「何をするにしてもすぐサポートが入るんですよ。聖女って多忙だし、かなり移動もしないといけないし、時には戦うし、演説もする。一人であれこれしないといけないのに、あの環境じゃあ……」
なるほど。本人ではなくその取り巻きに問題があるパターンか。
確かにあの親衛隊は鉄壁というか、鋼鉄だったもんなぁ。
周囲へ圧迫しないように命令したけど、その有り余るリビドーが《アイドル》本人に向けられている形か。
ホスピタリティは悪くないけど、過保護はダメだよね。
「最後はミアータです」
「ああ、一般人の子よね。彼女が一番めぼしいんじゃないの?」
「素質の面ではそうですね。ただ、その……主人公気質すぎて暑苦しい。なんか世界間違えてる気がするんですよね、あの暑苦しさ」
「世界を間違えた暑苦しさって」
「一応ね、訓練で模擬戦もやったんですけど、何時間でも「まだまだぁ!」って叫びながら立ち上がってくるんですよ。もはやゾンビ味を感じました」
「ゾンビて」
聖女に一番組み合わせたらアカンやつでしょ、それ。
とはいえ、分からないでもない。
ミアータは英雄の運命を持っている上に負けん気がとにかく強い。それでいてバカみたいに真面目だし、過酷すぎる環境を生き抜いてるから、そもそもの芯が太い。
だからかー。
なるほど。
半年たって、だーいぶ暴走しているらしい。
「それで、また近くに訪問する予定なんですけど、とても私ひとりじゃ対処できそうになくて……」
「そういうことなのね、分かったわ」
私はあっさりと了承する。
「いいんですか?」
「可愛い後輩の頼みだもの。断る理由はないわ」
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