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許してないよ?
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メリッサは困惑していた。
まさか稀代の悪女と噂されるテレジア・ル・ベリーズと相対するとは思わなかったからだ。
しかも自分はテレジアのドレスを汚してしまい、威圧を受けて情けないことに卒倒。しかも粗相までするという恥辱も味わった。
医務室で知らされて、絶望で寝込んでしまうくらいだった。
もはや恨みしかない。
しかし、どれだけ足掻いても逆立ちしても勝てる相手ではない。むしろ、命を奪われても文句さえ言えない。
すでに無礼どころか、戦争を仕掛ける勢いで挑んだのだから、メリッサは可能な限り大人しく、テレジアの視界に入らぬよう過ごさねばならなかったのに──
「大丈夫ですか?」
とてもとても心配そうな表情で、テレジアが目の前にいるのである。メリッサが人払いまでしたはずの医務室に。
全くもって意味が分からなかった。
「あ、あの……」
「着替えも手配しましたから、お着替えくださいませね?」
あくまでも人の好い笑顔でテレジアは言ってくる。
メリッサは何かを察した。同時に目の前が真っ暗になる。
「それは死装束でしょうか……?」
怯えながら尋ねると、テレジアは目を点にさせて首を傾げた。
どうやらとぼけているらしい。
とたん、がくがくと震えがやってくる。たまらずメリッサはベッドのシーツにくるまった。
「どういうことですの?」
「ひぃっ、あ、ああ、あのっ、テレジア様は魔法の才能にもとても恵まれていらっしゃると聞き及んでおりますので、磔の上で火あぶりとか、氷責めとか……っ」
いや、もっと酷い目にあわせられるかもしれない。
言葉が声にならなくなると、テレジアはより一層、無邪気な笑顔になった。
「それがお望みならして差し上げますけど?」
「ひいいいいいいいっ! お、お許しをっ、お許しをっ! どうかお許しをっ!」
「さて、どうしようかしら」
「テレジア様。お戯れが過ぎます。今度はシーツを交換せねばならなくなります」
テレジアの後ろに立つイーグルが、厳かにたしなめる。
「そうね、それは面倒だわ。せっかく私の渾身の演義でごまかしたって言うのに」
「ご、ごまかした……?」
「うん、そうよ」
砕けた口調で、テレジアは真っ直ぐに怯えたままのメリッサを見つめた。
「メリッサ。貴女たちは謎の怪物に襲われて勇敢にも立ち向かったけれど、怪物の脅威に晒されて卒倒した。みんなもね。で、たまたま居合わせた私とイーグルが偶然にも怪物の弱点を持っていたから、なんとか追い払えた。そういう筋書きよ。ちょうど私のドレスも汚れていたし」
「ど、どうしてそんな……?」
メリッサは疑問を口にする。
つまりそれは、非礼の限りをつくしたメリッサを庇っているからだ。更に、非礼そのものが無かったことにされている。
「そんなの決まっているじゃない。学院を支配するためよ」
「ひっ」
「テレジア様」
メリッサがひきつけを起こすと同時に、イーグルが咎めの声を放つ。
「失礼、メリッサ殿。我々は王都中央学院の風紀委員なのだ。この学院の風紀が乱れていると話を聞き、それを正しにきたんだよ」
「そ、そうだったんですか」
「ネタばらし早いわよ、イーグル」
安堵するメリッサの傍で、テレジアはふてくされるように頬を膨らませる。
気のおけない仲なのだろう、と、メリッサはすぐに察した。つまりこのイーグルも男爵家の三男坊などではない。かなり高貴な身分のはずだ。
メリッサは全身で緊張を感じる。
ここで身分を明かされたのだ。
もし無礼を働けば、それこそ命がない。
「まぁいいわ。で、その風紀を取り戻すために、アンゼルを抑えておきたいの。彼女も要監視対象なのよ。いくら庇ったらとはいえ、貴女が粗相した事実くらいはアンゼルも掴むだろうから」
「……そうなると、わたくしの派閥にいる者は嫌がらせを受けますわ」
アンゼルとの仲が険悪なのは、誰よりもメリッサが知っている。
同じ身分であり、野心も持っている。互いにケンカをしても益がないから触れないだけで、敵意の火花は常に飛び交っている。
「でしょうね。私はそこを有効活用したいのよ」
「ゆ、有効活用?」
「そう。端的に言うと。貴女の派閥に入れて欲しいの。あ、大丈夫よ。悪いようにはならないから。ただ、ちょーっと貴女の派閥のメンツは統制するけど」
微妙に不穏な言葉を聞いたが、メリッサに拒否権はない。
「あの、それは構わないのですが……」
「ということで、アンゼルの情報も根こそぎいただけるかしら。行動予測するから」
ずいずいと詰め寄られ、メリッサは怯えながらも知っている情報を全部吐き出す。
テレジアは嬉しそうにメモをして、情報を取り終えるとさっさと立ち去っていった。
「あ、そうそう。……──言っとくけど」
テレジアは真顔になってメリッサを見つめる。
「私のドレスを汚したこと、無礼を働いたこと、何一つ許してないからね?」
「ひっ」
「もし余計な動きを見せたら……覚悟はしておくことね」
そう言い残して、テレジアは今度こそ立ち去っていく。
メリッサはしばらく魂を失ったかのように茫然自失になってしまった。
まさか稀代の悪女と噂されるテレジア・ル・ベリーズと相対するとは思わなかったからだ。
しかも自分はテレジアのドレスを汚してしまい、威圧を受けて情けないことに卒倒。しかも粗相までするという恥辱も味わった。
医務室で知らされて、絶望で寝込んでしまうくらいだった。
もはや恨みしかない。
しかし、どれだけ足掻いても逆立ちしても勝てる相手ではない。むしろ、命を奪われても文句さえ言えない。
すでに無礼どころか、戦争を仕掛ける勢いで挑んだのだから、メリッサは可能な限り大人しく、テレジアの視界に入らぬよう過ごさねばならなかったのに──
「大丈夫ですか?」
とてもとても心配そうな表情で、テレジアが目の前にいるのである。メリッサが人払いまでしたはずの医務室に。
全くもって意味が分からなかった。
「あ、あの……」
「着替えも手配しましたから、お着替えくださいませね?」
あくまでも人の好い笑顔でテレジアは言ってくる。
メリッサは何かを察した。同時に目の前が真っ暗になる。
「それは死装束でしょうか……?」
怯えながら尋ねると、テレジアは目を点にさせて首を傾げた。
どうやらとぼけているらしい。
とたん、がくがくと震えがやってくる。たまらずメリッサはベッドのシーツにくるまった。
「どういうことですの?」
「ひぃっ、あ、ああ、あのっ、テレジア様は魔法の才能にもとても恵まれていらっしゃると聞き及んでおりますので、磔の上で火あぶりとか、氷責めとか……っ」
いや、もっと酷い目にあわせられるかもしれない。
言葉が声にならなくなると、テレジアはより一層、無邪気な笑顔になった。
「それがお望みならして差し上げますけど?」
「ひいいいいいいいっ! お、お許しをっ、お許しをっ! どうかお許しをっ!」
「さて、どうしようかしら」
「テレジア様。お戯れが過ぎます。今度はシーツを交換せねばならなくなります」
テレジアの後ろに立つイーグルが、厳かにたしなめる。
「そうね、それは面倒だわ。せっかく私の渾身の演義でごまかしたって言うのに」
「ご、ごまかした……?」
「うん、そうよ」
砕けた口調で、テレジアは真っ直ぐに怯えたままのメリッサを見つめた。
「メリッサ。貴女たちは謎の怪物に襲われて勇敢にも立ち向かったけれど、怪物の脅威に晒されて卒倒した。みんなもね。で、たまたま居合わせた私とイーグルが偶然にも怪物の弱点を持っていたから、なんとか追い払えた。そういう筋書きよ。ちょうど私のドレスも汚れていたし」
「ど、どうしてそんな……?」
メリッサは疑問を口にする。
つまりそれは、非礼の限りをつくしたメリッサを庇っているからだ。更に、非礼そのものが無かったことにされている。
「そんなの決まっているじゃない。学院を支配するためよ」
「ひっ」
「テレジア様」
メリッサがひきつけを起こすと同時に、イーグルが咎めの声を放つ。
「失礼、メリッサ殿。我々は王都中央学院の風紀委員なのだ。この学院の風紀が乱れていると話を聞き、それを正しにきたんだよ」
「そ、そうだったんですか」
「ネタばらし早いわよ、イーグル」
安堵するメリッサの傍で、テレジアはふてくされるように頬を膨らませる。
気のおけない仲なのだろう、と、メリッサはすぐに察した。つまりこのイーグルも男爵家の三男坊などではない。かなり高貴な身分のはずだ。
メリッサは全身で緊張を感じる。
ここで身分を明かされたのだ。
もし無礼を働けば、それこそ命がない。
「まぁいいわ。で、その風紀を取り戻すために、アンゼルを抑えておきたいの。彼女も要監視対象なのよ。いくら庇ったらとはいえ、貴女が粗相した事実くらいはアンゼルも掴むだろうから」
「……そうなると、わたくしの派閥にいる者は嫌がらせを受けますわ」
アンゼルとの仲が険悪なのは、誰よりもメリッサが知っている。
同じ身分であり、野心も持っている。互いにケンカをしても益がないから触れないだけで、敵意の火花は常に飛び交っている。
「でしょうね。私はそこを有効活用したいのよ」
「ゆ、有効活用?」
「そう。端的に言うと。貴女の派閥に入れて欲しいの。あ、大丈夫よ。悪いようにはならないから。ただ、ちょーっと貴女の派閥のメンツは統制するけど」
微妙に不穏な言葉を聞いたが、メリッサに拒否権はない。
「あの、それは構わないのですが……」
「ということで、アンゼルの情報も根こそぎいただけるかしら。行動予測するから」
ずいずいと詰め寄られ、メリッサは怯えながらも知っている情報を全部吐き出す。
テレジアは嬉しそうにメモをして、情報を取り終えるとさっさと立ち去っていった。
「あ、そうそう。……──言っとくけど」
テレジアは真顔になってメリッサを見つめる。
「私のドレスを汚したこと、無礼を働いたこと、何一つ許してないからね?」
「ひっ」
「もし余計な動きを見せたら……覚悟はしておくことね」
そう言い残して、テレジアは今度こそ立ち去っていく。
メリッサはしばらく魂を失ったかのように茫然自失になってしまった。
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