上 下
2 / 24

悪役令嬢というか、暗躍令嬢?

しおりを挟む
 テレジア・ル・ベリーズは、王国でも筆頭大侯爵の令嬢だ。
 両親から誰よりも可愛がられ、そして誰よりも厳しく育てられた彼女は、立派な気品ある貴族として教養を身につけつつ、正義感の強い人間らしさにも溢れていた。

 故に、彼女は王都中央学院という、身分ではなく努力と才能が最重視される場所においても遺憾なく実力を発揮し、優秀な人材のみが所属を許される風紀執行委員に推薦選出された。

 テレジアは次々と学院の問題を解決し、風紀をみだりに乱す連中から畏れられるようになった。
 中には犯罪行為をおかしていたが故に学院を追われた者もいる。
 そんな連中を中心に、テレジアはこう呼ばれている。

 ──稀代の悪女、と。


 ◇ ◇ ◇


「さて、と」

 新しいドレスに着替えたテレジアは、改めてテラス席に腰かける。
 向かい側には、燕尾服の少年も腰を落とす。メリッサたちは既に医務室へ運んでおいた。しばらくは目を覚まさないだろう。

 ……目覚めたら地獄ではあるが。

 とりあえず今は考えない方向にして、テレジアは淹れ直したお茶を口に含み、落ち着くように一息。
 それから稀代の悪女は、優雅に羽根ペンで名前に横線を刻むように入れた。

「ふんふふん。これでまず一人目、と。この調子で学院の平和を取り戻していくわよ」
「軽く鼻唄まで……事務仕事のように名前を消しましたね」
「だって役目は果たしたし。あ、復讐なんてしてこないわよ。ああなった以上、もう何も出来ないだろうし。情けなくも粗相までしたんだから」

 しかもそれを誰かに見られているのだ。想像するだけで身震いしてしまう。
 まして、メリッサがテレジアに何か仕掛けてくるとは思えなかった。辺境である西部とはいえ、三大伯爵ともなれば中央ともそれなりに交流がある。

 筆頭大侯爵の恐ろしさは知っているはずだ。

 そこまで分かっていて、テレジアはああいった振る舞いをしたのだ。
 誰に対して何が効果的なのか。彼女は知り尽くしている。自分の才能も含めて。

「まずは第一段階完了、ですか?」
「そうね」

 テレジアは悪戯っぽく笑う。
 この学院へやってくる前に、ある程度の事前調査は済ませてあって、風紀を乱す問題児はピックアップしていた。
 テレジアと同学年になるメリッサは、まず障害になるだろう存在だった。

 故に、相手から仕掛けてくるよう仕向けたのだ。

 今回の学院風紀を正すにあたって、相棒となった少年──イーグルを男爵家の三男坊に設定し、あたかもテレジアの婚約者かのように振る舞わせ、噂も流す。
 そうすれば、テレジアは男爵、もしくは子爵家の出だとミスリードできる。

 案の定、メリッサは引っ掛かったわけだ。

 もちろんテレジア自身の身分は隠しておいたが、あまりにあっさりと釣れてしまった。
 さい先が良い、と言うには皮肉がききすぎている。

「予定以上の成果だわ。これで少しは動きやすくなったわね」
「嬉しそうですね」
「メリッサは分かりやすく権力を傘にしてふんぞり返るタイプのアホで、無駄に派閥を作っていたの。そいつらが総動員してあれこれ影で動かれると面倒だったのよね」

 特にメリッサは好き嫌いが分かりやすく排他的だ。アクティブに動いてくるのは簡単に想像できた。
 それを邂逅一番で潰せたのは大きい。

「これで一歩、学院の平和に繋がったわ。では次に取りかかりましょう」
「さしあたって次の問題児は?」
「アンゼルね」

 テレジアはもうあたりを付けていた。
 羽根ペンで名前に丸がつく。

「アンゼル……ああ、同じく西部三大伯爵の娘ですか」

 イーグルも自前の資料を取り出して素早く該当者を見つける。

「うちの同学年じゃあ、メリッサと並ぶ二大派閥の一角ね」
「ふむ。要監視者リストには入ってますが、大きい問題は起こしてないようですね。急ぐべき相手ですか?」
「なーに言ってんのよ、イーグル。いきがってるバカを見くびっちゃダメよ?」

 テレジアは砕けた口調で容赦がない。

「いい? アンゼルはメリッサと唯一対等の立場だったのよ。だからメリッサを嫌う連中によってアンゼル一派は作り上げられたと言って良いわ」
「ふむ。確かに、お互い干渉しない様子ではあるようですね。干渉し過ぎないのでギスギスしている様子ですが」

 イーグルはテレジアの説を支持する。

「じゃあ、目下のライバルであるテレジアが失墜したとなれば、どうなるかしら?」
「……嫌がらせ? いや、クラスの掌握」
「そう。メリッサの失墜はそのままメリッサ派閥の影響力の消失よ。つまり均衡が崩れるの。自分の立場が上だと理解して、相手が嫌悪の対象なら、間違いなく手を出すわ」

 不干渉を貫くくらい嫌いな連中なのだから。

「お互い、派閥の人数は多い。嫌がらせが始まれば、かなり荒れそうですね……」
「そうね。止める人もいないからね。すぐにエスカレートするはずよ。それこそ、陰湿なものじゃ済まないと思うわ。怪我人程度で済めばいいけど、心を壊される子も出てくる可能性はかなり高いわね。相手は陰湿っぽいから」
「では、どうするので?」
「簡単よ」

 テレジアはニヤりと笑みを浮かべた。

「メリッサに取り入るわよ」

 その一言で何かを察したらしいイーグルは物凄く嫌そうな表情を浮かべてから、がっくりと肩を落とした。

「テレジア様。本当に悪女になるおつもりですか?」
「あら、悪役令嬢ってこと? ふふん、どっちかというと、暗躍令嬢?」
「……はぁ」
「なんで盛大なため息ついてんのよ。ほら。とにかく行くわよ。善は急げって言うじゃない」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、元婚約者と略奪聖女をお似合いだと応援する事にした

藍生蕗
恋愛
公爵令嬢のリリーシアは王太子の婚約者の立場を危ぶまれていた。 というのも国の伝承の聖女の出現による。 伝説の生物ユニコーンを従えた彼女は王宮に召し上げられ、国宝の扱いを受けるようになる。 やがて近くなる王太子との距離を次第に周囲は応援しだした。 けれど幼い頃から未来の王妃として育てられたリリーシアは今の状況を受け入れられず、どんどん立場を悪くする。 そして、もしユニコーンに受け入れられれば、自分も聖女になれるかもしれないとリリーシアは思い立つ。けれど待っていたのは婚約者からの断罪と投獄の指示だった。 ……どうして私がこんな目に? 国の為の今迄の努力を軽く見られた挙句の一方的な断罪劇に、リリーシアはようやく婚約者を身限って── ※ 本編は4万字くらいです ※ 暴力的な表現が含まれますので、苦手な方はご注意下さい

転生ヒロインに国を荒らされました。それでも悪役令嬢(わたし)は生きてます。【完結】

古芭白あきら
恋愛
今日、私は40になる。この歳で初めて本当の恋を知った―― 聖女ミレーヌは王太子の婚約者として責務を全うしてきた。しかし、新たな聖女エリーの出現で、彼女の運命が大きく動き出す。 エリーは自分を乙女ゲームのヒロインだと言い、ミレーヌを『悪役令嬢』と決めつけ謂れのない罪を被せた。それを信じた婚約者から婚約破棄を言い渡されて投獄されてしまう。 愛していたはずの家族からも、共に『魔獣』を討伐してきた騎士達からも、そして守ってきた筈の民衆からも見放され、辺境の地リアフローデンへと追放されるミレーヌ。 だが意外にも追放先の辺境の地はミレーヌに対して優しく、その地に生きる人々ととの生活に慣れ親しんでいった。 ミレーヌはシスター・ミレとして辺境で心穏やかに過ごしていたが、彼女の耳に王都での不穏な噂が入ってくる。エリーの振る舞いに民達の不満が募っていたのだ。 聖女の聖務を放棄するエリーの奢侈、100年ぶりの魔王復活、異世界からの勇者召喚、そして勇者の失踪と度重なる王家の失政に対する民の怨嗟――次々と王都で問題が湧く。 一方、ミレの聖女としての力で辺境は平穏を保っていた。 その暮らしの中で、ミレは徐々に自分の『価値』と向き合っていく。 そんな中、ミレは黒い髪、黒い瞳の謎の青年と出会う。 この人を寄せ付けないエキゾチックな青年こそがミレの運命だった。 番外編『赤の魔女のフレチェリカ』『小さき聖女シエラ』完結です。 「小説家になろう」にも投稿しております。

転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。

青の雀
恋愛
乙女ゲームのヒロインとして転生したと思い込んでいる男爵令嬢リリアーヌ。 悪役令嬢は公爵令嬢、この公爵令嬢に冤罪を吹っかけて、国外追放とし、その後釜に自分と王太子が結婚するというストーリー。 それは虐めではなく、悪役令嬢はヒロインに行儀作法を教えていただけ。 でも自分がヒロインだと信じて疑わない転生者は、虐められたと王太子に訴え出る。 王太子は、その言葉を信じ、悪役令嬢を国外追放処分としてしまいますが、実は悪役令嬢は聖女様だった。 身分格差社会で、礼儀作法の一つも知らない転生者がチートも持たず、生き残れるのか?転生者は自分が乙女ゲームのヒロインだと信じていますが、小説の中では、あくまでも悪役令嬢を主人公に書いています。 公爵令嬢が聖女様であったことをすっかり失念していたバカな王太子がざまぁされるというお話です。

婚約破棄された悪役令嬢は辺境で幸せに暮らす~辺境領主となった元悪役令嬢の楽しい日々~

六角
恋愛
公爵令嬢のエリザベスは、婚約者である王太子レオンから突然の婚約破棄を言い渡される。理由は王太子が聖女と恋に落ちたからだという。エリザベスは自分が前世で読んだ乙女ゲームの悪役令嬢だと気づくが、もう遅かった。王太子から追放されたエリザベスは、自分の領地である辺境の地へと向かう。そこで彼女は自分の才能や趣味を生かして領民や家臣たちと共に楽しく暮らし始める。しかし、王太子や聖女が放った陰謀がエリザベスに迫ってきて……。

乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった

恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。 そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。 ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。 夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。  四話構成です。 ※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです! お気に入り登録していただけると嬉しいです。 暇つぶしにでもなれば……! 思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。 一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。

婚約破棄された悪役令嬢は聖女の力を解放して自由に生きます!

白雪みなと
恋愛
王子に婚約破棄され、没落してしまった元公爵令嬢のリタ・ホーリィ。 その瞬間、自分が乙女ゲームの世界にいて、なおかつ悪役令嬢であることを思い出すリタ。 でも、リタにはゲームにはないはずの聖女の能力を宿しており――?

ムカつく悪役令嬢の姉を無視していたら、いつの間にか私が聖女になっていました。

冬吹せいら
恋愛
侯爵令嬢のリリナ・アルシアルには、二歳上の姉、ルルエがいた。 ルルエはことあるごとに妹のリリナにちょっかいをかけている。しかし、ルルエが十歳、リリナが八歳になったある日、ルルエの罠により、酷い怪我を負わされたリリナは、ルルエのことを完全に無視することにした。 そして迎えた、リリナの十四歳の誕生日。 長女でありながら、最低級の適性を授かった、姉のルルエとは違い、聖女を授かったリリナは……。

【完結】巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編、番外編共に完結しました。 孤児院で育ったサラは、巫女見習いとして司祭不在の神殿と孤児院を一人で切り盛りしていた。 そんな孤児院の経営は厳しく、このままでは冬を越せないと考えたサラは王都にある神殿本部へ孤児院の援助を頼みに行く。 しかし神殿本部の司教に無碍無く援助を断られ、困り果てていたサラの前に、黒い髪の美しい悪魔が現れて──? 巫女見習いでありながら悪魔に協力する事になったサラが、それをきっかけに聖女になって幸せになる勘違い系恋愛ファンタジーです。

処理中です...