3 / 11
そこにこそ幸せの芽吹き
しおりを挟む
私が案内したのは、屋敷の裏庭の林に囲まれた一角――私有地に展開した畑だ。
家庭菜園の延長線のようなもので、いろんな野菜が植えられている。
もちろん、全部自分で開墾したもので、管理している。
「これは……土の状態を見てもいいですか?」
チル伯爵は真剣なまなざしで土の状態を見ていく。
色づきよくて程よく湿った土をすくい、匂いも確かめてまた戻した。何度も頷くその様子は、さすがに専門家らしい。
「どうですか?」
「良い具合です。一朝一夕で出来るような仕上がりではありませんね」
「詳しい農民を呼び寄せて、一から土つくりから学びました。もうかれこれで五年目になります」
最初は単なる趣味のつもりだった。
それこそ草花が中心で、家庭菜園のように野菜も少しだけ植え、それがいつしか本格的になってしまったのだ。
「なるほど。そういうことですか。毎日手入れされているようですね」
「はい。私は屋敷にいますから」
「お手を見せてもらっても?」
「恥ずかしいですが、どうぞ」
私は手袋をはずして手を見せる。
貴族にしてはかなりゴツゴツした女の手だ。農具を持っているのだから当然といえば当然である。本来ならあまりいい顔されないと思うのだが、チル伯爵はとても慈しむように見てから、微笑んだ。
――うっ、その笑顔。イイ。
不覚にもときめきそうになってしまう。
慌てて自分を律していると、チル伯爵はその笑顔を直接見せてきた。
「職人の手ですね。素晴らしいと思います」
「ありがとうございます」
「なるほど。確かにこれだけの手腕があるのであれば、私と婚約者になるのも苦に思われないでしょう」
「むしろ、望みでもあります。ここも立派に仕上げましたが、やはり手狭でして」
「すごいですね?」
素直にチル伯爵は目を大きくして驚いた。
「好きなんでしょうね」
「なるほど。そういうお方でしたら、僕の方も納得いたします。むしろ好都合でしょう」
「だと思います。私もたくさんの作物を見たいし、育てたい。見聞を広めたいと思っています。一次産業は、われらの命を支える大事な産業ですから」
「誇りに感じていただいているのですね」
「ええ」
「しかし、一つ疑問が。それでもメイシャさん。あなたは僕を選ばなかったんですよね?」
婚約者候補――。
私が婚約者を選ぶトキ、確かにチル伯爵の婚約者候補として名が挙がっていた。実際、舞踏会では一緒に踊ったこともある。
それでも選ばなかった理由は単純だ。
「妹に奪われてしまう恐れがあったので」
私は端的に答える。
チル伯爵はすぐ察したように表情を曇らせた。
「妹は私のものを欲しがる習性がありますから」
「習性、ですか。ということは……」
「ええ」
私はとびっきりの笑顔を見せる。
「最初から妹に奪われることを考慮して、婚約者を選びました」
「そしてうまくいった、と? ずいぶんとリスキーですね」
「リスキーではありませんよ。確信がありましたから」
そう。私は義妹のことなど知り尽くしているのだ。
義妹がチル伯爵を選ぶことも、何もかも。
「実は、面会するたびに彼女のワガママに振り回されて、かなり立腹していたんですよね。それもあっての今回のことだったのですが……そうですよね。メイシャさんの方が、よっぽど長く振り回されてきたんですよね。なるほど、わかりました」
チル伯爵は頷く。
「かなり特殊な状況での出会いになりましたが、いったん忘れます。私はあなたの人柄にひかれてしまっていますし。では改めて。僕の婚約者、ということでよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。チル伯爵様」
家庭菜園の延長線のようなもので、いろんな野菜が植えられている。
もちろん、全部自分で開墾したもので、管理している。
「これは……土の状態を見てもいいですか?」
チル伯爵は真剣なまなざしで土の状態を見ていく。
色づきよくて程よく湿った土をすくい、匂いも確かめてまた戻した。何度も頷くその様子は、さすがに専門家らしい。
「どうですか?」
「良い具合です。一朝一夕で出来るような仕上がりではありませんね」
「詳しい農民を呼び寄せて、一から土つくりから学びました。もうかれこれで五年目になります」
最初は単なる趣味のつもりだった。
それこそ草花が中心で、家庭菜園のように野菜も少しだけ植え、それがいつしか本格的になってしまったのだ。
「なるほど。そういうことですか。毎日手入れされているようですね」
「はい。私は屋敷にいますから」
「お手を見せてもらっても?」
「恥ずかしいですが、どうぞ」
私は手袋をはずして手を見せる。
貴族にしてはかなりゴツゴツした女の手だ。農具を持っているのだから当然といえば当然である。本来ならあまりいい顔されないと思うのだが、チル伯爵はとても慈しむように見てから、微笑んだ。
――うっ、その笑顔。イイ。
不覚にもときめきそうになってしまう。
慌てて自分を律していると、チル伯爵はその笑顔を直接見せてきた。
「職人の手ですね。素晴らしいと思います」
「ありがとうございます」
「なるほど。確かにこれだけの手腕があるのであれば、私と婚約者になるのも苦に思われないでしょう」
「むしろ、望みでもあります。ここも立派に仕上げましたが、やはり手狭でして」
「すごいですね?」
素直にチル伯爵は目を大きくして驚いた。
「好きなんでしょうね」
「なるほど。そういうお方でしたら、僕の方も納得いたします。むしろ好都合でしょう」
「だと思います。私もたくさんの作物を見たいし、育てたい。見聞を広めたいと思っています。一次産業は、われらの命を支える大事な産業ですから」
「誇りに感じていただいているのですね」
「ええ」
「しかし、一つ疑問が。それでもメイシャさん。あなたは僕を選ばなかったんですよね?」
婚約者候補――。
私が婚約者を選ぶトキ、確かにチル伯爵の婚約者候補として名が挙がっていた。実際、舞踏会では一緒に踊ったこともある。
それでも選ばなかった理由は単純だ。
「妹に奪われてしまう恐れがあったので」
私は端的に答える。
チル伯爵はすぐ察したように表情を曇らせた。
「妹は私のものを欲しがる習性がありますから」
「習性、ですか。ということは……」
「ええ」
私はとびっきりの笑顔を見せる。
「最初から妹に奪われることを考慮して、婚約者を選びました」
「そしてうまくいった、と? ずいぶんとリスキーですね」
「リスキーではありませんよ。確信がありましたから」
そう。私は義妹のことなど知り尽くしているのだ。
義妹がチル伯爵を選ぶことも、何もかも。
「実は、面会するたびに彼女のワガママに振り回されて、かなり立腹していたんですよね。それもあっての今回のことだったのですが……そうですよね。メイシャさんの方が、よっぽど長く振り回されてきたんですよね。なるほど、わかりました」
チル伯爵は頷く。
「かなり特殊な状況での出会いになりましたが、いったん忘れます。私はあなたの人柄にひかれてしまっていますし。では改めて。僕の婚約者、ということでよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。チル伯爵様」
26
あなたにおすすめの小説
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路
八代奏多
恋愛
公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。
王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……
……そんなこと、絶対にさせませんわよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる