8 / 9
その裁き
しおりを挟む
ことのあらましは単純だった。
仮にも継母の支配する屋敷は公爵家である。当然、お抱えのコックも一流の一流である。彼らは鍛え抜かれた歴戦の戦士と言ってもいい。
誰もがなれるわけではないのだ。
つまり、彼らは大陸全土に幅を利かせる調理師協会でも重視されている存在だ。
そんな彼らは、ナタリーへの仕打ちに心を痛めていた。
優しくて、思いやりがあって、料理にも情熱を傾けていたナタリーが、自分たちの前で凄惨な目にあった時、彼らは決意した。
それが、一斉退職だ。
さらに彼らは協会に働きかけ、屋敷へのコックの派遣の一切を拒否させてしまう。その影響は周辺地域のみならず、全大陸へと加速的に広がっていった。
その勢いは継母の持つ影響力を遥かに上回り、彼らの手が伸ばせる地域をあっさりと凌駕した。
結果、屋敷にやってくるコックはいなくなった。
モーリスが手紙を送っても、拒否されたのはそのためだ。
調理師協会は、大陸の国連とも密接に繋がっており、時として貴族よりも強い権限を発揮する。今回は遺憾なく使われた形だ。
さらに、エメラダやジョンの店に高圧的な態度で臨んだことも仇になる。
調理師協会の話を聞いていたジョンは、素早く冒険者協会に働きかけ、今度はシェフの派遣さえも拒否するよう仕向けていた。
もっとも、シェフとコックは似て非なる存在で、お互いに代用がきかない存在だ。それも手伝って、シェフのほうも一斉により一層の拒絶を始める。
絶望的な状況だが、屋敷の連中はさらに下手を打つ。
屋台で購入した料理がまずかったと、店主たちを恫喝してしまったのだ。
ついには、屋台の連中でさえ、屋敷にものを売らなくなってしまった。
そしてその話は月日を経るごとに巡り――とうとう公爵の耳にも入る。
「……ミーレア」
騒動が起きてから一ヶ月。
電撃的に帰宅した公爵は、その日の悲惨なディナーを前にして、不機嫌な表情だった。
当然、ディナーを用意できなかった継母や関係者は震え上がっている。
「どういうことだ、これはっ!」
どん、と拳がテーブルに叩きつけられ、全員が震え上がる。
公爵の怒りとなっては、誰も止められない。
「あ、ああ、あの、それはっ、その」
「まともに言い訳もきかぬか、ミーレア」
鋭い眼光に突き刺され、継母――ミーレアはびくとも動けなくなる。
ことに、この騒動が起きてからまともに食事を取っていないのもあって、良い状態でもない。
だが、公爵に容赦はなかった。
「言っておくが、我が何も知らないと思うなよ」
「あ、あの、それはっ」
「コックの退職理由だ」
ミーレアがまごまごしつつ言うのを制し、公爵ははき捨てるように言った。
「我は、退職したコックたちと面会してきた」
「……っ!」
「その上で問う。貴様ら、我が愛娘、ナタリーをどうした。ナタリーはどうして今この場にいないのだ」
沈黙が落ちる。
誰も答えられない。答えられるはずがない。だが、答えられない理由もまた、公爵は既に知っている。
「我に嘘の報告をいれ続け、騙し続け、ナタリーを虐待し、その手にかけた」
ごくり、と、継母が喉を鳴らす。
「急病で亡くなったことにする手はずだったようだが? その実態は?」
「ひっ」
公爵の目線にあわせ、室内に騎士たちが入ってくる。
次々と継母やその娘、さらにモーリスまでもが剣を突きつけられる。
「モーリス。貴様もだ。誰の許しを得て勝手に婚約破棄し、そのような下賤の娘と婚約しようなどと。愚か者め」
「いえ、これはっ!」
「言い訳無用。どのような形であっても拒否できたはずだ。何より、ナタリーを守らなかった罪は万死よりも重いと知れ」
それは、死刑宣告だ。
「ただで死ねると思うなよ」
公爵は激烈な怒りをもって、はき捨てた。
◇ ◇ ◇
そしてさらに月日が経ち、半年後。
私は今日も厨房に立っている。あれからメニューも少し増えて、さらに店は繁盛して、日々楽しくて忙しい。
エメラダさんも、ジョンさんも相変わらず。
唯一違うのは、カズキさんのことだ。
あれからカズキさんはめきめきと実力を伸ばし、あっと言う間に近辺の冒険者たちの間から一目置かれる存在になっていた。
初心者にしか見えなかったカズキさんはもうどこにもいない。
毎日難易度の高い冒険をこなし、着実に成果を出していた。
この前なんか、王国のお姫様を助けたらしく、勇者の称号までもらっている。
とっても名誉なことだ。
このままお姫様と結婚するんじゃないかって話まであった。それはとても喜ばしいことだと思う。カズキさんがどれだけ頑張りやなのかは、私も知っているから。
「おはよう。ナタリーいる?」
「はい、ここにいますよ」
いつもの晴れの日、いつもの時間。
少し大人びたカズキさんはやってきた。いつものように肉弁当を渡す。
「ありがとう。いってくるね」
「今日は中央平原でしたっけ?」
「うん。魔物が暴れてるらしいから、ちょっと倒してくる」
半年前にデビューしたとは思えない余裕さだった。
でも、おごりはない。
カズキさんはそういう人だ。勇者として覚醒したからだけど。
「いってらっしゃい」
「うん。あ、ナタリー」
「はい?」
「今晩、帰ってきたら時間あるかな?」
「今晩ですか? はい。ありますよ」
答えると、カズキさんは「じゃあまた後で」と言い残していってしまった。
話?
でも話ってなんだろう。
そう思いながら私は仕事をこなし――
その日、カズキさんは戻ってこなかった。
仮にも継母の支配する屋敷は公爵家である。当然、お抱えのコックも一流の一流である。彼らは鍛え抜かれた歴戦の戦士と言ってもいい。
誰もがなれるわけではないのだ。
つまり、彼らは大陸全土に幅を利かせる調理師協会でも重視されている存在だ。
そんな彼らは、ナタリーへの仕打ちに心を痛めていた。
優しくて、思いやりがあって、料理にも情熱を傾けていたナタリーが、自分たちの前で凄惨な目にあった時、彼らは決意した。
それが、一斉退職だ。
さらに彼らは協会に働きかけ、屋敷へのコックの派遣の一切を拒否させてしまう。その影響は周辺地域のみならず、全大陸へと加速的に広がっていった。
その勢いは継母の持つ影響力を遥かに上回り、彼らの手が伸ばせる地域をあっさりと凌駕した。
結果、屋敷にやってくるコックはいなくなった。
モーリスが手紙を送っても、拒否されたのはそのためだ。
調理師協会は、大陸の国連とも密接に繋がっており、時として貴族よりも強い権限を発揮する。今回は遺憾なく使われた形だ。
さらに、エメラダやジョンの店に高圧的な態度で臨んだことも仇になる。
調理師協会の話を聞いていたジョンは、素早く冒険者協会に働きかけ、今度はシェフの派遣さえも拒否するよう仕向けていた。
もっとも、シェフとコックは似て非なる存在で、お互いに代用がきかない存在だ。それも手伝って、シェフのほうも一斉により一層の拒絶を始める。
絶望的な状況だが、屋敷の連中はさらに下手を打つ。
屋台で購入した料理がまずかったと、店主たちを恫喝してしまったのだ。
ついには、屋台の連中でさえ、屋敷にものを売らなくなってしまった。
そしてその話は月日を経るごとに巡り――とうとう公爵の耳にも入る。
「……ミーレア」
騒動が起きてから一ヶ月。
電撃的に帰宅した公爵は、その日の悲惨なディナーを前にして、不機嫌な表情だった。
当然、ディナーを用意できなかった継母や関係者は震え上がっている。
「どういうことだ、これはっ!」
どん、と拳がテーブルに叩きつけられ、全員が震え上がる。
公爵の怒りとなっては、誰も止められない。
「あ、ああ、あの、それはっ、その」
「まともに言い訳もきかぬか、ミーレア」
鋭い眼光に突き刺され、継母――ミーレアはびくとも動けなくなる。
ことに、この騒動が起きてからまともに食事を取っていないのもあって、良い状態でもない。
だが、公爵に容赦はなかった。
「言っておくが、我が何も知らないと思うなよ」
「あ、あの、それはっ」
「コックの退職理由だ」
ミーレアがまごまごしつつ言うのを制し、公爵ははき捨てるように言った。
「我は、退職したコックたちと面会してきた」
「……っ!」
「その上で問う。貴様ら、我が愛娘、ナタリーをどうした。ナタリーはどうして今この場にいないのだ」
沈黙が落ちる。
誰も答えられない。答えられるはずがない。だが、答えられない理由もまた、公爵は既に知っている。
「我に嘘の報告をいれ続け、騙し続け、ナタリーを虐待し、その手にかけた」
ごくり、と、継母が喉を鳴らす。
「急病で亡くなったことにする手はずだったようだが? その実態は?」
「ひっ」
公爵の目線にあわせ、室内に騎士たちが入ってくる。
次々と継母やその娘、さらにモーリスまでもが剣を突きつけられる。
「モーリス。貴様もだ。誰の許しを得て勝手に婚約破棄し、そのような下賤の娘と婚約しようなどと。愚か者め」
「いえ、これはっ!」
「言い訳無用。どのような形であっても拒否できたはずだ。何より、ナタリーを守らなかった罪は万死よりも重いと知れ」
それは、死刑宣告だ。
「ただで死ねると思うなよ」
公爵は激烈な怒りをもって、はき捨てた。
◇ ◇ ◇
そしてさらに月日が経ち、半年後。
私は今日も厨房に立っている。あれからメニューも少し増えて、さらに店は繁盛して、日々楽しくて忙しい。
エメラダさんも、ジョンさんも相変わらず。
唯一違うのは、カズキさんのことだ。
あれからカズキさんはめきめきと実力を伸ばし、あっと言う間に近辺の冒険者たちの間から一目置かれる存在になっていた。
初心者にしか見えなかったカズキさんはもうどこにもいない。
毎日難易度の高い冒険をこなし、着実に成果を出していた。
この前なんか、王国のお姫様を助けたらしく、勇者の称号までもらっている。
とっても名誉なことだ。
このままお姫様と結婚するんじゃないかって話まであった。それはとても喜ばしいことだと思う。カズキさんがどれだけ頑張りやなのかは、私も知っているから。
「おはよう。ナタリーいる?」
「はい、ここにいますよ」
いつもの晴れの日、いつもの時間。
少し大人びたカズキさんはやってきた。いつものように肉弁当を渡す。
「ありがとう。いってくるね」
「今日は中央平原でしたっけ?」
「うん。魔物が暴れてるらしいから、ちょっと倒してくる」
半年前にデビューしたとは思えない余裕さだった。
でも、おごりはない。
カズキさんはそういう人だ。勇者として覚醒したからだけど。
「いってらっしゃい」
「うん。あ、ナタリー」
「はい?」
「今晩、帰ってきたら時間あるかな?」
「今晩ですか? はい。ありますよ」
答えると、カズキさんは「じゃあまた後で」と言い残していってしまった。
話?
でも話ってなんだろう。
そう思いながら私は仕事をこなし――
その日、カズキさんは戻ってこなかった。
19
お気に入りに追加
1,181
あなたにおすすめの小説
トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……
王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。
護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜
ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。
護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。
がんばれ。
…テンプレ聖女モノです。
悪役令嬢に転生したので断罪イベントで全てを終わらせます。
吉樹
恋愛
悪役令嬢に転生してしまった主人公のお話。
目玉である断罪イベントで決着をつけるため、短編となります。
『上・下』の短編集。
なんとなく「ざまぁ」展開が書きたくなったので衝動的に描いた作品なので、不備やご都合主義は大目に見てください<(_ _)>
【完結】え、お嬢様が婚約破棄されたって本当ですか?
瑞紀
恋愛
「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」
婚約を公表する手はずの夜会で、突然婚約破棄された公爵令嬢、フェリシア。父公爵に勘当まで受け、絶体絶命の大ピンチ……のはずが、彼女はなぜか平然としている。
部屋まで押しかけてくる王太子(元婚約者)とその恋人。なぜか始まる和気あいあいとした会話。さらに、親子の縁を切ったはずの公爵夫妻まで現れて……。
フェリシアの執事(的存在)、デイヴィットの視点でお送りする、ラブコメディー。
ざまぁなしのハッピーエンド!
※8/6 16:10で完結しました。
※HOTランキング(女性向け)52位,お気に入り登録 220↑,24hポイント4万↑ ありがとうございます。
※お気に入り登録、感想も本当に嬉しいです。ありがとうございます。
王太子に求婚された公爵令嬢は、嫉妬した義姉の手先に襲われ顔を焼かれる
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『目には目を歯には歯を』
プランケット公爵家の令嬢ユルシュルは王太子から求婚された。公爵だった父を亡くし、王妹だった母がゴーエル男爵を配偶者に迎えて女公爵になった事で、プランケット公爵家の家中はとても混乱していた。家中を纏め公爵家を守るためには、自分の恋心を抑え込んで王太子の求婚を受けるしかなかった。だが求婚された王宮での舞踏会から公爵邸に戻ろうとしたユルシュル、徒党を組んで襲うモノ達が現れた。
私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!
杵島 灯
恋愛
王子様から「お前と婚約破棄する!」と言われちゃいました。
彼の隣には幼馴染がちゃっかりおさまっています。
さあ、私どうしよう?
とにかく処刑を避けるためにとっさの行動に出たら、なんか変なことになっちゃった……。
小説家になろう、カクヨムにも投稿中。
ケダモノ王子との婚約を強制された令嬢の身代わりにされましたが、彼に溺愛されて私は幸せです。
ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
「ミーア=キャッツレイ。そなたを我が息子、シルヴィニアス王子の婚約者とする!」
王城で開かれたパーティに参加していたミーアは、国王によって婚約を一方的に決められてしまう。
その婚約者は神獣の血を引く者、シルヴィニアス。
彼は第二王子にもかかわらず、次期国王となる運命にあった。
一夜にして王妃候補となったミーアは、他の令嬢たちから羨望の眼差しを向けられる。
しかし当のミーアは、王太子との婚約を拒んでしまう。なぜならば、彼女にはすでに別の婚約者がいたのだ。
それでも国王はミーアの恋を許さず、婚約を破棄してしまう。
娘を嫁に出したくない侯爵。
幼馴染に想いを寄せる令嬢。
親に捨てられ、救われた少女。
家族の愛に飢えた、呪われた王子。
そして玉座を狙う者たち……。
それぞれの思いや企みが交錯する中で、神獣の力を持つ王子と身代わりの少女は真実の愛を見つけることができるのか――!?
表紙イラスト/イトノコ(@misokooekaki)様より
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる