義母から虐げられ、婚約破棄までされて追放された令嬢、冒険喫茶のシェフとして幸せになる

しろいるか

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その裁き

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 ことのあらましは単純だった。

 仮にも継母の支配する屋敷は公爵家である。当然、お抱えのコックも一流の一流である。彼らは鍛え抜かれた歴戦の戦士と言ってもいい。
 誰もがなれるわけではないのだ。

 つまり、彼らは大陸全土に幅を利かせる調理師協会でも重視されている存在だ。

 そんな彼らは、ナタリーへの仕打ちに心を痛めていた。
 優しくて、思いやりがあって、料理にも情熱を傾けていたナタリーが、自分たちの前で凄惨な目にあった時、彼らは決意した。

 それが、一斉退職だ。

 さらに彼らは協会に働きかけ、屋敷へのコックの派遣の一切を拒否させてしまう。その影響は周辺地域のみならず、全大陸へと加速的に広がっていった。
 その勢いは継母の持つ影響力を遥かに上回り、彼らの手が伸ばせる地域をあっさりと凌駕した。

 結果、屋敷にやってくるコックはいなくなった。

 モーリスが手紙を送っても、拒否されたのはそのためだ。
 調理師協会は、大陸の国連とも密接に繋がっており、時として貴族よりも強い権限を発揮する。今回は遺憾なく使われた形だ。

 さらに、エメラダやジョンの店に高圧的な態度で臨んだことも仇になる。
 調理師協会の話を聞いていたジョンは、素早く冒険者協会に働きかけ、今度はシェフの派遣さえも拒否するよう仕向けていた。
 もっとも、シェフとコックは似て非なる存在で、お互いに代用がきかない存在だ。それも手伝って、シェフのほうも一斉により一層の拒絶を始める。

 絶望的な状況だが、屋敷の連中はさらに下手を打つ。
 屋台で購入した料理がまずかったと、店主たちを恫喝してしまったのだ。
 ついには、屋台の連中でさえ、屋敷にものを売らなくなってしまった。

 そしてその話は月日を経るごとに巡り――とうとう公爵の耳にも入る。

「……ミーレア」

 騒動が起きてから一ヶ月。
 電撃的に帰宅した公爵は、その日の悲惨なディナーを前にして、不機嫌な表情だった。
 当然、ディナーを用意できなかった継母や関係者は震え上がっている。

「どういうことだ、これはっ!」

 どん、と拳がテーブルに叩きつけられ、全員が震え上がる。
 公爵の怒りとなっては、誰も止められない。

「あ、ああ、あの、それはっ、その」
「まともに言い訳もきかぬか、ミーレア」

 鋭い眼光に突き刺され、継母――ミーレアはびくとも動けなくなる。
 ことに、この騒動が起きてからまともに食事を取っていないのもあって、良い状態でもない。
 だが、公爵に容赦はなかった。

「言っておくが、我が何も知らないと思うなよ」
「あ、あの、それはっ」
「コックの退職理由だ」

 ミーレアがまごまごしつつ言うのを制し、公爵ははき捨てるように言った。

「我は、退職したコックたちと面会してきた」
「……っ!」
「その上で問う。貴様ら、我が愛娘、ナタリーをどうした。ナタリーはどうして今この場にいないのだ」

 沈黙が落ちる。
 誰も答えられない。答えられるはずがない。だが、答えられない理由もまた、公爵は既に知っている。

「我に嘘の報告をいれ続け、騙し続け、ナタリーを虐待し、その手にかけた」

 ごくり、と、継母が喉を鳴らす。

「急病で亡くなったことにする手はずだったようだが? その実態は?」
「ひっ」

 公爵の目線にあわせ、室内に騎士たちが入ってくる。
 次々と継母やその娘、さらにモーリスまでもが剣を突きつけられる。

「モーリス。貴様もだ。誰の許しを得て勝手に婚約破棄し、そのような下賤の娘と婚約しようなどと。愚か者め」
「いえ、これはっ!」
「言い訳無用。どのような形であっても拒否できたはずだ。何より、ナタリーを守らなかった罪は万死よりも重いと知れ」

 それは、死刑宣告だ。

「ただで死ねると思うなよ」

 公爵は激烈な怒りをもって、はき捨てた。


 ◇ ◇ ◇


 そしてさらに月日が経ち、半年後。
 私は今日も厨房に立っている。あれからメニューも少し増えて、さらに店は繁盛して、日々楽しくて忙しい。

 エメラダさんも、ジョンさんも相変わらず。

 唯一違うのは、カズキさんのことだ。
 あれからカズキさんはめきめきと実力を伸ばし、あっと言う間に近辺の冒険者たちの間から一目置かれる存在になっていた。
 初心者にしか見えなかったカズキさんはもうどこにもいない。
 毎日難易度の高い冒険をこなし、着実に成果を出していた。

 この前なんか、王国のお姫様を助けたらしく、勇者の称号までもらっている。

 とっても名誉なことだ。
 このままお姫様と結婚するんじゃないかって話まであった。それはとても喜ばしいことだと思う。カズキさんがどれだけ頑張りやなのかは、私も知っているから。

「おはよう。ナタリーいる?」
「はい、ここにいますよ」

 いつもの晴れの日、いつもの時間。
 少し大人びたカズキさんはやってきた。いつものように肉弁当を渡す。

「ありがとう。いってくるね」
「今日は中央平原でしたっけ?」
「うん。魔物が暴れてるらしいから、ちょっと倒してくる」

 半年前にデビューしたとは思えない余裕さだった。
 でも、おごりはない。
 カズキさんはそういう人だ。勇者として覚醒したからだけど。

「いってらっしゃい」
「うん。あ、ナタリー」
「はい?」
「今晩、帰ってきたら時間あるかな?」
「今晩ですか? はい。ありますよ」

 答えると、カズキさんは「じゃあまた後で」と言い残していってしまった。
 話?
 でも話ってなんだろう。

 そう思いながら私は仕事をこなし――

 その日、カズキさんは戻ってこなかった。










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