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その出会い
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じゅう、じゅう。
並べられたフライパンから蒸気が上がる。
こっちはハンバーグ、こっちはステーキ、こっちはチキン。あっちはポークスペアリブ。どれからも美味しそうな匂いが漂ってくる。
思わずよだれが出ちゃいそうになるのを我慢して、私は火加減を丁寧に確認しながら焼き上げていく。
特製のランチボックスにはサラダやフルーツがもう入れられている。
焼きあがったお肉から入れて、後は保温保全の魔法をエメラダさんがかけていくだけ。この魔法、かなり珍しいのを知っている。
私たち貴族でも、そう簡単にはお目にかかれないものだ。
さすがハーフエルフだけあって、エメラダさんはほいほいと魔法をかけていくけれど。この喫茶店、やっぱりすごい。
そうこうしているうちに、弁当の受け渡し時間が始まる少し前になった時だった。
「たのもおおおおおっ!」
すごい勢いで一番に入ってきたのは、もしかしたら私より若いかもしれない少年だった。
体格だって大きくない、武器も防具も身体のサイズにあっていない。
たぶん、というか、私でも分かるくらい初心者の冒険者だ。
いや、問題はそこじゃなくて。
ちょうどエメラダさんはジョンさんと一緒に在庫確認で倉庫にいってしまったところだったのだ。
オープン時間までに戻ってくると思ったけど、えっと、まさかオープン前にくるとはちょっと予想外だった。どうしよう、待ってもらう? でも、悪いしな……。
「あ、えっと、いらっしゃいませ」
調理室から顔を出して私が声をかける。
すると、少年は元気良い様子で、予約札を取り出した。
「予約してたカズキっす!」
「あ、はい。肉弁当ですね」
「ありがとう!」
受け取って、カズキさんはふと私を不思議そうに見た。青くて深い瞳が、キレイだ。
「お姉さん、見ない顔だけどシェフなの?」
「あ、はい。今日から働いてます」
「そうなんだ! じゃあ俺と一緒だね。俺も今日から冒険者なんだ!」
まるで太陽のように、カズキさんは笑顔を浮かべた。
とても希望に満ちている表情だった。
「そうなんですね。あの、がんばってください」
「おう! 夕方には戻ってくるから! またね!」
カズキさんは手を振ってから、大通りの方へ走っていく。
大丈夫かな。
冒険者はデビュー戦が一番大変だって聞いたことがある。無事に戻ってきてくれたらいいけど……。
なんて思ってると、エメラダさんたちが戻ってきた。
「ごめんごめん。なんかもう一人来ちゃった感じかな?」
「あ、はい。カズキさんって方から。肉弁当一つです」
「うわーん。ごめん、ありがとーっ!」
報告すると、エメラダさんは手を合わせて感謝してくれた。ちょっとびっくり。
「気を付けるわね。これからオープンだから、ナタリーは厨房で頑張って」
「はいっ」
言われて厨房に戻ると、オープン時間を迎える。
まさにあっという間に混み始めた。
◇ ◇ ◇
そして、夕方。
昼間はまるまる休憩で、夜は六時からオープンする。
やってくる冒険者たちのほとんどはお酒目的だ。
もちろんおつまみは作っておくし、シチュー類も用意するけど、作っておくのが基本だ。
だから、私の出番はそこまでじゃない。
営業時間は九時まで。
冒険者の人たちって酒豪だと思うけど、だいたい違う。お酒は好きだけど、日頃の習慣からか、判断力が鈍くなる深酔いはしない。軽く飲んでほろ酔い気分で帰っていくらしい。
だから飲み屋みたいな大騒ぎになるようなことはないみたい。
ピークは七時から八時まで。
で、一番朝が早いジョンさんは八時になったらあがって眠りにつくし、私とエメラダさんもささっと後片付けして店じまいをする。
なんとも平和な気がする。
のだけど、その日はちょっと違った。
そう、カズキさんだ。
冒険者デビューの今日、一番に成果を挙げたみたい。
だから、ささやかながら冒険者仲間たちで祝勝会を開いたんだけど。
「はい。お手製ドリンク。お酒はちょっとしか入ってないからね」
エメラダさんも嬉しそうにジョッキを渡す。
カズキさんはまだお酒が飲める年齢になったばかりだ。だからわざわざアルコール度数の低いドリンクを作ってくれた。
こういう優しさも、この冒険喫茶が繁盛してる理由なんだと思う。
「ありがとうっ! じゃあいただきま――――すっ!」
カズキさんは嬉しそうにぐいっと飲んで――そのまま倒れた。
って、ええええっ!?
がたた、と音を立てて床に寝転がるカズキさん。慌ててエメラダさんがその様子を確かめる。
「これは……酒蜘蛛毒っ!? あんた、実は噛まれてたのかい!」
「ふ、ふへぇ?」
ほわほわした返事に、みんなが苦笑する。
って、大丈夫なの?
私がやきもきしていると、ジョンさんがそっと横に立って耳打ちしてくれた。
「大丈夫だ。あれは酒蜘蛛毒っていって、どれだけ弱い酒でも飲んだら酔っ払ってしまうんだ。っていっても、しばらく寝て、トイレいったら治るんだけどな」
どうやら害らしい害はないみたい。良かった。
「はぁ、本当にあんたはやらかすねぇ。まぁいいわ。しばらく寝てな」
「あ、それなら私の部屋で休んでもらっても」
「いいのかい? ナタリー」
「床に転がしておくのは、ちょっと」
「優しいね。じゃあお願いね」
エメラダさんは苦笑しつつ言ってくれて、ジョンさんが部屋まで担いでくれた。
並べられたフライパンから蒸気が上がる。
こっちはハンバーグ、こっちはステーキ、こっちはチキン。あっちはポークスペアリブ。どれからも美味しそうな匂いが漂ってくる。
思わずよだれが出ちゃいそうになるのを我慢して、私は火加減を丁寧に確認しながら焼き上げていく。
特製のランチボックスにはサラダやフルーツがもう入れられている。
焼きあがったお肉から入れて、後は保温保全の魔法をエメラダさんがかけていくだけ。この魔法、かなり珍しいのを知っている。
私たち貴族でも、そう簡単にはお目にかかれないものだ。
さすがハーフエルフだけあって、エメラダさんはほいほいと魔法をかけていくけれど。この喫茶店、やっぱりすごい。
そうこうしているうちに、弁当の受け渡し時間が始まる少し前になった時だった。
「たのもおおおおおっ!」
すごい勢いで一番に入ってきたのは、もしかしたら私より若いかもしれない少年だった。
体格だって大きくない、武器も防具も身体のサイズにあっていない。
たぶん、というか、私でも分かるくらい初心者の冒険者だ。
いや、問題はそこじゃなくて。
ちょうどエメラダさんはジョンさんと一緒に在庫確認で倉庫にいってしまったところだったのだ。
オープン時間までに戻ってくると思ったけど、えっと、まさかオープン前にくるとはちょっと予想外だった。どうしよう、待ってもらう? でも、悪いしな……。
「あ、えっと、いらっしゃいませ」
調理室から顔を出して私が声をかける。
すると、少年は元気良い様子で、予約札を取り出した。
「予約してたカズキっす!」
「あ、はい。肉弁当ですね」
「ありがとう!」
受け取って、カズキさんはふと私を不思議そうに見た。青くて深い瞳が、キレイだ。
「お姉さん、見ない顔だけどシェフなの?」
「あ、はい。今日から働いてます」
「そうなんだ! じゃあ俺と一緒だね。俺も今日から冒険者なんだ!」
まるで太陽のように、カズキさんは笑顔を浮かべた。
とても希望に満ちている表情だった。
「そうなんですね。あの、がんばってください」
「おう! 夕方には戻ってくるから! またね!」
カズキさんは手を振ってから、大通りの方へ走っていく。
大丈夫かな。
冒険者はデビュー戦が一番大変だって聞いたことがある。無事に戻ってきてくれたらいいけど……。
なんて思ってると、エメラダさんたちが戻ってきた。
「ごめんごめん。なんかもう一人来ちゃった感じかな?」
「あ、はい。カズキさんって方から。肉弁当一つです」
「うわーん。ごめん、ありがとーっ!」
報告すると、エメラダさんは手を合わせて感謝してくれた。ちょっとびっくり。
「気を付けるわね。これからオープンだから、ナタリーは厨房で頑張って」
「はいっ」
言われて厨房に戻ると、オープン時間を迎える。
まさにあっという間に混み始めた。
◇ ◇ ◇
そして、夕方。
昼間はまるまる休憩で、夜は六時からオープンする。
やってくる冒険者たちのほとんどはお酒目的だ。
もちろんおつまみは作っておくし、シチュー類も用意するけど、作っておくのが基本だ。
だから、私の出番はそこまでじゃない。
営業時間は九時まで。
冒険者の人たちって酒豪だと思うけど、だいたい違う。お酒は好きだけど、日頃の習慣からか、判断力が鈍くなる深酔いはしない。軽く飲んでほろ酔い気分で帰っていくらしい。
だから飲み屋みたいな大騒ぎになるようなことはないみたい。
ピークは七時から八時まで。
で、一番朝が早いジョンさんは八時になったらあがって眠りにつくし、私とエメラダさんもささっと後片付けして店じまいをする。
なんとも平和な気がする。
のだけど、その日はちょっと違った。
そう、カズキさんだ。
冒険者デビューの今日、一番に成果を挙げたみたい。
だから、ささやかながら冒険者仲間たちで祝勝会を開いたんだけど。
「はい。お手製ドリンク。お酒はちょっとしか入ってないからね」
エメラダさんも嬉しそうにジョッキを渡す。
カズキさんはまだお酒が飲める年齢になったばかりだ。だからわざわざアルコール度数の低いドリンクを作ってくれた。
こういう優しさも、この冒険喫茶が繁盛してる理由なんだと思う。
「ありがとうっ! じゃあいただきま――――すっ!」
カズキさんは嬉しそうにぐいっと飲んで――そのまま倒れた。
って、ええええっ!?
がたた、と音を立てて床に寝転がるカズキさん。慌ててエメラダさんがその様子を確かめる。
「これは……酒蜘蛛毒っ!? あんた、実は噛まれてたのかい!」
「ふ、ふへぇ?」
ほわほわした返事に、みんなが苦笑する。
って、大丈夫なの?
私がやきもきしていると、ジョンさんがそっと横に立って耳打ちしてくれた。
「大丈夫だ。あれは酒蜘蛛毒っていって、どれだけ弱い酒でも飲んだら酔っ払ってしまうんだ。っていっても、しばらく寝て、トイレいったら治るんだけどな」
どうやら害らしい害はないみたい。良かった。
「はぁ、本当にあんたはやらかすねぇ。まぁいいわ。しばらく寝てな」
「あ、それなら私の部屋で休んでもらっても」
「いいのかい? ナタリー」
「床に転がしておくのは、ちょっと」
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エメラダさんは苦笑しつつ言ってくれて、ジョンさんが部屋まで担いでくれた。
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