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ランチ前騒動
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冒険喫茶は、六時三〇分までの早朝営業を終えると一度店を閉める。
ただ、九時から一〇時までの間、お弁当販売のみの営業を行う。これは前日までに予約した人たちだけが受け取れるシステムだ。
このお弁当は、三種類ある。
一つはハンバーグ弁当。冷めても美味しい煮込みハンバーグに、野菜ソテーに野菜たっぷりのサンドイッチ。もちろんチーズとベーコンも挟んである。デザートにはフルーツ。いちばんバランスの取れた弁当だ。
二つ目は肉弁当。これはがっつりもがっつり。大きい骨付きもも肉の照り焼きに、分厚いポークスペアリブ、牛のTボーンステーキだ。そこにガーリックトーストとサラダ。
三つ目は反対にサラダ弁当。サラダとハーブたっぷりのサンドイッチに、鶏ささみと根菜のサラダ、デザートのフルーツも豪華で、ジャムがたっぷり入ったシフォンケーキまで入ってる。
それぞれ効能が違って、目的別に買っていく。
昼間は冒険者たちも活発に動くので、この数がとにかく多いみたい。確かに、ジョンさんが仕入れてきた材料は大量だった。
「さて、仕込んでいくよー」
コーヒーブレイクしてから、エメラダさんが腕まくりする。
うん。この量は気合いをいれないと!
「まずは味を染み込ませないといけないものからですね」
ハンバーグのタネ作りもそうだけど、スペアリブは時間を置きたい。
逆にステーキは常温にしてからじっくり火を通したいから、作業としては後の方ね。
「そうね。数が結構あるから大変なのよー。作業分担しましょ」
「おう、そうだな。力仕事は任せろ」
なんてありがたい。
「じゃあ、ハンバーグのタネの方を……材料はこれだけの分量で」
「おう、任せろ。できるだけ冷たい状態でこねる、だったな?」
「はい」
「じゃ、私はスペアリブ切り分けていくね。大きさはこれでいい?」
「お願いします」
さくさくと作業は進んでいく。
うん。楽しい。料理って、楽しい。ううん、一人で作るんじゃなくて、この人たちと作るのが楽しい。
なんて思っていると、玄関が荒々しく叩かれた。
誰だろう、と思うより早く、ジョンさんが険しい表情で玄関へ向かう。
表は「CLOSE」の看板をちゃんと出しているし、業者さんさったら勝手口の方から来ると思うんだけど……なんだろう。
「ハイ、ドチラさん?」
ジョンさんが玄関を少しだけ開けると──私の胸がどきん、と高鳴った。
あの特徴的な燕尾服は……──! 屋敷の執事だ。
どうして、こんなところに? まさか? いや、でも。
ぶる、と身体が震えた。
「ナタリー。大丈夫よ」
そんな私を、エメラダさんが抱き締めてくれる。温かい。
「はぁ? 屋敷のコックを募集だぁ? そんなもののために、休憩で閉まってる店のドアを乱暴に叩いて呼び寄せるなんて無礼を働くのか、お前さんは」
「ぶ、無礼ですと!?」
「そんなもんも分からねぇとか、呆れるな。そんなヤツがいるとこに送り込むコックはウチにはいねぇよ。わかったなら立ち去れ」
「き、貴様っ! 誰のお膝元で商売できていると思っているんだ! 取り潰すぞ!」
「はーぁん?」
執事の脅し文句を受けて、ジョンさんは肩を大きく怒らせる。
「おう、いいぜ。やれるもんならやってみろ。言っとくけど、うちは冒険者協会公認の一級店だ。そこに理不尽な理由で場所貸さないっつぅことは、冒険者協会に喧嘩売るってことだからな?」
「なっ……! たかが冒険者協会ごときが! 覚悟することだな!」
そう吐き捨てて、執事は立ち去っていく。
心臓がばくばく鳴ってるけど、落ち着いてきた。良かった、追い出してくれて。
でも、大丈夫なんだろうか。
「二度と来んなっつうの」
ジョンさんは大きくため息を吐いてから店を閉めた。
「あ、あの……」
「店のことなら心配すんな。こんなんで潰せるワケねぇよ」
ジョンさんは、そう豪快に笑ってくれた。
「それより弁当だ弁当。作るぞー!」
◇ ◇ ◇
どさ、と、貧相なサンドイッチがテーブルの上に投げ捨てられた。
「な、なんですか、この食べ物とは思えないくらい不味いサンドイッチは!」
わなわなと震えながら、継母は激怒していた。
投げ捨てられたサンドイッチは、無惨な状態で横たわっている。
カピカピになりつつあるパンに、しなびて食感の失われたレタス、潰れて水分を撒き散らすだけのトマトに、黒こげに近いベーコン。チーズもガリガリだ。
粗悪品も粗悪品である。
継母は苛烈な目線を執事に向けた。
その激烈さに、執事も震える。
「派遣でもいいから、コックを確保しろと言ったはずね?」
「は、はい……雇用手配書は提出しましたが人員は集まらず、あちこち探して、ようやく見つけたて作らせたのですが、その」
「コックという職人が、こんなみすぼらしいのを作ったとでも!?」
「はい……」
「ありえません!」
テーブルを激しく叩き、継母は怒りを周囲へ撒き散らす。
同調するように、モーリスと継母の娘も不機嫌な視線を浴びせ散らした。
雰囲気は、もう最悪である。
「なんとしてでも、ディナーは確保するように。この失態、二度はありませんよ!」
「し、しかし……もうほとんどの店で断られてしまっています」
「ならもう一度行きなさい!」
継母は怒鳴ってから、部屋を後にした。
ただ、九時から一〇時までの間、お弁当販売のみの営業を行う。これは前日までに予約した人たちだけが受け取れるシステムだ。
このお弁当は、三種類ある。
一つはハンバーグ弁当。冷めても美味しい煮込みハンバーグに、野菜ソテーに野菜たっぷりのサンドイッチ。もちろんチーズとベーコンも挟んである。デザートにはフルーツ。いちばんバランスの取れた弁当だ。
二つ目は肉弁当。これはがっつりもがっつり。大きい骨付きもも肉の照り焼きに、分厚いポークスペアリブ、牛のTボーンステーキだ。そこにガーリックトーストとサラダ。
三つ目は反対にサラダ弁当。サラダとハーブたっぷりのサンドイッチに、鶏ささみと根菜のサラダ、デザートのフルーツも豪華で、ジャムがたっぷり入ったシフォンケーキまで入ってる。
それぞれ効能が違って、目的別に買っていく。
昼間は冒険者たちも活発に動くので、この数がとにかく多いみたい。確かに、ジョンさんが仕入れてきた材料は大量だった。
「さて、仕込んでいくよー」
コーヒーブレイクしてから、エメラダさんが腕まくりする。
うん。この量は気合いをいれないと!
「まずは味を染み込ませないといけないものからですね」
ハンバーグのタネ作りもそうだけど、スペアリブは時間を置きたい。
逆にステーキは常温にしてからじっくり火を通したいから、作業としては後の方ね。
「そうね。数が結構あるから大変なのよー。作業分担しましょ」
「おう、そうだな。力仕事は任せろ」
なんてありがたい。
「じゃあ、ハンバーグのタネの方を……材料はこれだけの分量で」
「おう、任せろ。できるだけ冷たい状態でこねる、だったな?」
「はい」
「じゃ、私はスペアリブ切り分けていくね。大きさはこれでいい?」
「お願いします」
さくさくと作業は進んでいく。
うん。楽しい。料理って、楽しい。ううん、一人で作るんじゃなくて、この人たちと作るのが楽しい。
なんて思っていると、玄関が荒々しく叩かれた。
誰だろう、と思うより早く、ジョンさんが険しい表情で玄関へ向かう。
表は「CLOSE」の看板をちゃんと出しているし、業者さんさったら勝手口の方から来ると思うんだけど……なんだろう。
「ハイ、ドチラさん?」
ジョンさんが玄関を少しだけ開けると──私の胸がどきん、と高鳴った。
あの特徴的な燕尾服は……──! 屋敷の執事だ。
どうして、こんなところに? まさか? いや、でも。
ぶる、と身体が震えた。
「ナタリー。大丈夫よ」
そんな私を、エメラダさんが抱き締めてくれる。温かい。
「はぁ? 屋敷のコックを募集だぁ? そんなもののために、休憩で閉まってる店のドアを乱暴に叩いて呼び寄せるなんて無礼を働くのか、お前さんは」
「ぶ、無礼ですと!?」
「そんなもんも分からねぇとか、呆れるな。そんなヤツがいるとこに送り込むコックはウチにはいねぇよ。わかったなら立ち去れ」
「き、貴様っ! 誰のお膝元で商売できていると思っているんだ! 取り潰すぞ!」
「はーぁん?」
執事の脅し文句を受けて、ジョンさんは肩を大きく怒らせる。
「おう、いいぜ。やれるもんならやってみろ。言っとくけど、うちは冒険者協会公認の一級店だ。そこに理不尽な理由で場所貸さないっつぅことは、冒険者協会に喧嘩売るってことだからな?」
「なっ……! たかが冒険者協会ごときが! 覚悟することだな!」
そう吐き捨てて、執事は立ち去っていく。
心臓がばくばく鳴ってるけど、落ち着いてきた。良かった、追い出してくれて。
でも、大丈夫なんだろうか。
「二度と来んなっつうの」
ジョンさんは大きくため息を吐いてから店を閉めた。
「あ、あの……」
「店のことなら心配すんな。こんなんで潰せるワケねぇよ」
ジョンさんは、そう豪快に笑ってくれた。
「それより弁当だ弁当。作るぞー!」
◇ ◇ ◇
どさ、と、貧相なサンドイッチがテーブルの上に投げ捨てられた。
「な、なんですか、この食べ物とは思えないくらい不味いサンドイッチは!」
わなわなと震えながら、継母は激怒していた。
投げ捨てられたサンドイッチは、無惨な状態で横たわっている。
カピカピになりつつあるパンに、しなびて食感の失われたレタス、潰れて水分を撒き散らすだけのトマトに、黒こげに近いベーコン。チーズもガリガリだ。
粗悪品も粗悪品である。
継母は苛烈な目線を執事に向けた。
その激烈さに、執事も震える。
「派遣でもいいから、コックを確保しろと言ったはずね?」
「は、はい……雇用手配書は提出しましたが人員は集まらず、あちこち探して、ようやく見つけたて作らせたのですが、その」
「コックという職人が、こんなみすぼらしいのを作ったとでも!?」
「はい……」
「ありえません!」
テーブルを激しく叩き、継母は怒りを周囲へ撒き散らす。
同調するように、モーリスと継母の娘も不機嫌な視線を浴びせ散らした。
雰囲気は、もう最悪である。
「なんとしてでも、ディナーは確保するように。この失態、二度はありませんよ!」
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