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朝ごはんと破滅のはじまり

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 翌朝。小鳥のさえずりで、私は目を覚ました。
 ここちよいベッドから起き上がると、三方向の窓から外の景色――町並みが見える。

 ようやく夜明けを迎えた頃だ。

 すぐに私は身支度を整えた。
 ここは冒険喫茶の三階、居住区の一つだ。エメラダさんやジョンさんもここに住んでいる。
 ややコンパクトだけど、生活に必要なものは全部整えられているから、不自由はない。
 私は元貴族だけど、継母が来てから身の回りは全部自分でやってきたから、なおさらだと思う。エメラダさんたちにはびっくりされちゃったけど。

「おはようございます」

 洗顔と歯磨きを終えて一階に移動すると、エメラダさんが開店準備を行っていた。ジョンさんはもう仕入れから戻ってきているらしく、食料品を店内の倉庫に運び込んでいた。

「おはよう。眠れた?」
「はい。おかげさまで」
「オッケー。じゃあ朝ごはんにしよっか。もうちょっとしたらジョンも終わるし」
「はい。それにしても、すごく早いんですね」

 早朝市場があるのは知っている。
 屋敷にいた頃、コックさんから教えてもらった知識だ。でも、喫茶店でまさかその早朝市場の、一番早い時間帯に仕入れを行っているのは驚きだった。
 それも、野菜にお肉、ミルクに卵。たっぷりだ。

「冒険者は朝早いからね」
「そうか、早朝クエストがあるんですね」
「うん」

 焼きあがったトーストにバターを塗りながら、エメラダさんは首肯してくれた。

 冒険者には、朝の七時から受領できる早朝クエストがある。
 それを逆算すると、六時三〇分には朝ごはんを食べ終えてないといけなくて、そこを考慮すると五時三〇分オープンは理に叶っていた。

 今は朝の五時。

 そろそろ食事の仕込みもしていかないといけない。
 トーストにバターとベーコン、チーズ。後はちぎり野菜のサラダとオレンジ。コーヒーで朝ごはんを済ませる。
 ほんの五分くらいだ。

 冒険者たちに提供する朝食は、もう少し豪華にする。

 えっと、今のうちにお湯を用意して、ミルクも少し温めて、と。昨日に作ったシチューも良い感じだ。
 後はバターを切り分けておく。
 野菜もある程度はカットしておこう。ああ、フルーツもだ。

「下準備早いね」
「はい。コックさんから習いました」
「俺も手伝う。ジャガイモは任せろ」
「オニオン、どんどん水につけていくね」

 エメラダさんとジョンさんもかなり手際が良い。やっぱり慣れてるんだなぁ。
 まだ場所とか覚えきれてないから、その辺りはお二人にすごくフォローしてもらいつつ、開店準備を終えた。
 一息つく間もなく、店のドアがからんからんと鳴った。

「「いらっしゃいっ!!」」

 エメラダさんとジョンさんの声が重なる。
 基本的に私は調理に専念して、エメラダさんがホールを仕切る。ジョンさんは飲み物を担当しつつ、私たちのフォローだ。

 冒険喫茶の朝ごはんは忙しない。

 情報交換や打ち合わせをしつつになるので、手軽でさっと食べられるものが好ましい。
 そうなると、ちょっと肌寒い今はホットサンドがベストだ。
 パンに予め焼き目を入れた分厚いベーコン、チーズ、ほうれん草、卵、ハーブ、オニオン、トマトを挟んで、バターをたっぷり塗ったフライパンで挟んで、一気に焼きあげる。

 じゅわわあ、と、良い音。

 五つあるコンロを全部使って焼き上げるから、なおさらだ。バターの香ばしい匂いも漂ってくる。
 焼きあがったらお皿に、と。デザートのオレンジとリンゴを添え、根菜たっぷりシチューも置いて、と。ちょっとぬるめのミルクコーヒーと一緒に出す。

「はいよ、お待ちぃっ!」

 エメラダさんは手際よくテーブルに運び、代金も受け取る。
 エプロンのポケットにはつり銭が入っていて、やり取りも素早い。

「ひょー、今日は一段と美味そうじゃねぇの!」

 大きい盾を背負った騎士風の男が、手を合わせてからパンを持つ。
 なんの躊躇いもなく、大きい口でかぶりついた。

 ざくっ!

 と、聞いてて気持ちの良い音を立て、ばくばくと食べていく。

「うめぇっ! なんだこれっ!」
「うん! パンはサクサクなのに中はもちもちが残ってるし、火加減が絶妙だなこれ! トマトも食べやすいサイズに切られてるし」
「厚切りベーコン香ばしいなぁっ! オニオンもシャキシャキじゃねぇか!」

 ほっ。良かった。口にあったみたい。
 口々に褒められて、私は笑顔になる。もちろん手は止めない。

「へへん、そうでしょ。今日から新しいシェフだからね。超腕利きなんだから」

 エメラダさんが胸を張りながら自慢をする。
 騒がしい冒険者たちの相手もエメラダさんの仕事らしい。
 快活なエメラダさんならお手の物な感じだった。

「そうなのか!?」
「このシチューも美味いなっ……! 濃厚なのにあっさりしてる!」
「うわ、すげえな。ステータスめっちゃあがりそう」
「そっちも期待していいわよ」

 言いつつ、キッチリ代金はもらっていく。
 一時間はあっという間で、早朝オープンの時間は終わりを告げた。
 ふう。ちょっと疲れたけど、なんだろう、すごい充実感!


 ◇ ◇ ◇


「……何なのかしら、これは」

 テーブルについた継母は、露骨に機嫌を悪くさせていた。
 コックたちが退職した翌朝、用意されたものは継母からするととんでもなかった。

 焼きすぎたトースト、ミルク。味のついていないコゲた目玉焼き。後はテキトーに切っただけのトマトに、ちぎっただけのレタス、バラバラのキャベツ。ドレッシングなんてどこにも見当たらない。

 とても貴族が食べるような代物ではない。

 ぎろり、と、継母は調理したであろうメイドたちを睨んだ。
 無理はない。彼女たちは掃除や入浴介助といった役目であり、食事は担当していない。およそはじめて、それこそ見よう見まねで作ったであろうものだ。

「こんなごはん、食べられたものじゃありません。朝は我慢します。昼は派遣でいいのでコックを至急手配するように!」

 きつく叱責して、継母は部屋を後にした。
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