義母から虐げられ、婚約破棄までされて追放された令嬢、冒険喫茶のシェフとして幸せになる

しろいるか

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オムレツ

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「あ、あの、ありがとうございます」
「うん。お礼が言えるってことは、思考能力とかにダメージが出てる様子はなさそうだね。一応、診察してもいい?」

 私に警戒させないためだろう、エメラダさんは両手を見せながら言ってくれる。
 頷くと、すぐに私の様子を確かめてくれた。
 特殊な紋様が描かれた包帯であちこち巻かれているけど、全部解いてもらった。記憶がかなり薄れてしまっているけれど、大分ひどく痛めつけられたはずなのに傷一つ残っていなかった。

「大変な大怪我だったんだよ。治ってよかったね」
「そんな酷い怪我だったんですか?」
「正直、肉食動物が草食動物を食い散らかしてると思ってた」

 なんとも斬新でリアルなたとえに、私は顔を青ざめさせてしまった。
 聞くんじゃなかった……。
 かなりの惨状だったみたいだけど、無事だ。ちょっと動きがまだぎこちない気がするけど。

「あの、本当にありがとうございます」
「良いよ。たまたま見つけただけだし、見捨てるわけにもいかなかったし。ま、それに私は治癒師でもあるしね」
「そうだったんですか……運が良かったんですね、私」
「それに関してはなんとも言えないけどね。だって、あなたどう見ても貴族の令嬢じゃない? どうしてあんな貴族屋敷の崖下なんかに倒れてたの? 滑落して負ったケガだけでもないし」

 さすがに治癒師を名乗るだけあって、鋭かった。
 これはごまかせない。
 私は観念して、全てをつまびらかに語った。

「……そんな卑劣な……今すぐお父様に手紙を書いたら?」
「できません。父に手紙を出そうにも、私が私であることを示す蝋印がないのです。なので、送ったとしても父まで届くことはありません」
「うっ……じゃあ、会いにいこう、直接」
「父が今、どこにいるのか存じません。父の情報は継母にシャットアウトされていましたし。忙しくしていることだけは知っていますが」

 私が頭を振りながら言うと、エメラダさんは沈痛の表情を浮かべた。

「本当にヒドいことするもんだね、そいつは」
「仕方ありません。私が気に入らないのでしょう」

 私に悪いところがあるならば、改善するのだけれど。
 そうじゃない。
 あのヒトは、自分と血がつながっていないことが気に食わないのだ。

「人間ってヤツは……じゃあ、あんたはアテがないってことなのかな?」
「はい、そうなりますね」

 わざわざ屋敷に戻ることはない。否、戻れないだろう。

「なるほど。じゃあ、いきなりだけどさ、どっか働き口を見つけないとね」
「働く、ですか?」
「そうだよ。これから生きていくには、メシを食わないといけない。メシを食うためにはお金がいる。お金を稼ぐためには、働かないとダメだよ」

 当然の理論だ。
 いくら貴族の令嬢といっても、それからは逃れられない。

 同時に、思い知らされる。

 私はもう、一人で生きていかないといけないんだ、と。
 どこか上の空だった意識が、ようやく私の中に入ってきた気がした。

「そうですね。働かないといけませんね」
「いいね、ちゃんと分かってる顔だ。令嬢だったんだから教養は高いでしょ? 文字にも言語にも精通してるだろうし、計算とか、色々」
「はい。一通りは」

 勉強は元々嫌いじゃなかったから、そのあたりはちゃんと修めてる。学院での成績も良好だった。

「だったら職はあるよ。他には?」
「他には、ですか……あの、私、料理とか家事とかしかできませんけれど」
「え、料理っ!?」

 いきなり食いつかれて、私は驚いて背中を引く。
 けど、エメラダさんはあっという間に詰め寄ってくると、私の両手を握ってきた。

「あの、料理って、どれくらい作れるの!?」
「え、ええと、一通りは作れると思いますけど」
「オムレツは!?」
「材料さえあれば」
「シェフゲットおおおおおおっ!」
「はい!?」

 いきなりガッツポーズをとりながらエメラダさんは天井を向いて声を出す。

「あなた、名前は?」
「ナタリーです」
「よしじゃあ今すぐ作って。テストよ。一階に厨房があるから」
「あ、え、はい?」

 私は勢いに負けて、頷くしかできなかった。


 ◇ ◇ ◇


 そこは、喫茶店のような厨房だった。家庭用よりは大きいけれど、屋敷にあるような規模でもない。でも、シンクにコンロ、調理器具も調味料も材料も、全部丁寧に揃っていた。
 卵も、牛乳も、ちゃんと消毒魔法がかけられた正規品だ。

 カツカツカツ、と、卵をとく音。
 牛乳に、少しだけの砂糖。
 綺麗に手入れのされたフライパンには火がかけられて、熱されていく。熱くなりすぎないうちにバターを入れて溶かす。

「よし」

 火加減を見て、私は卵を丁寧にフライパンへ。
 じゅわわわ、と心地好い音。
 最初はぐるっと混ぜつつ、ある程度火が通ってきたら形を丁寧に整えて、と。

 後はぽん、とお皿に盛り付けるだけ。

 湯気の立つプレーンオムレツの完成だ。
 フライパンが綺麗だから、焦げ目一つついてない。

「おお、おいしそう。いただきます」

 エメラダさんはスプーンを手に、まずオムレツの弾力を確かめる。
 ぷるぷるで、ふわふわだ。
 何度も頷いてから、とろ、と、スプーンを入れた。
 少しだけ半熟具合を残した卵が、弾けるようにスプーンの上にのった。綺麗な黄色だ。

「はふぅっ」

 何度か息を吹きかけてから一口し、また熱い息を吐く。

「~~~~っ! おいひいっ!」

 そして、とびっきりの笑顔を見せてくれた。

「ふわふわのとろとろ! バターのコクもきいてるし、爽やかに甘いし! とっても凄いじゃないのっ!」
「そうですか? 喜んでもらえて嬉しいです」

 照れながら言うと、エメラダさんはあっという間にオムレツを完食してくれた。

「完璧だわ。基本だけど難しいプレーンオムレツを、こんなに美味しく作れるなんて」
「ふふ、ありがとうございます」
「これなら合格だわ。ねぇ、ナタリー。ここで働かない?」

 勧誘されて、私に断る理由はない。
 エメラダさんは命の恩人でもあるんだから。
 私はすぐに頷く。

「はい。私でよければ、喜んで」
「よっしゃー! 契約成立っ!」
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