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継母、虐待と婚約破棄

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「ナタリー。あなたはどうしてそんなに愚図なの?」

 広い居間に、いやらしい継母の声が響き渡る。
 今日もまた、私は継母からイビられていた。とても些細な理由で、私は徹底的に貶められる。
 こうしてメイドたちが行き交う場所で叱られるのも、私をバカにするためだ。嘲笑の的にさせるためだ。分かっている。

「……申し訳ありません、お母様」
「あなたに母と呼ばれたくありません。名前も呼ばれたくありません。ああ、もう本当に腹立たしいわ」

 地団駄を踏むかのように足を鳴らしてから――

 ぱしぃんっ!

 たぶん周囲にとっては小気味良い音なんだろう。頬をはたく音が響いた。
 ぶたれたのだ。
 けど、私に何か言う権利はない。ぶたれる私が悪いのだ。たとえ、どんな些細で理不尽な理由であったとしても。

 私はナタリー。

 公爵家の血を引く娘でありながら、この屋敷内においては下級メイドにさえ劣る立場に落とされた、継母からすれば卑しい娘。
 こうなってしまったのも、継母のせいだ。
 父はもう長らくこの屋敷におらず、私の状況を知らない。継母はもうやりたい放題だ。もちろん逃げようとしたし、父に助けを求めようとしたけれど、全て握りつぶされて、折檻されて。何日も閉じ込められたこともある。

 私はもう、生きる人形だ。

 ただ、息をする何かでしかない。
 それから散々罵倒されいびられ、最終的には土下座を強要、頭を踏みつけられてしまった。

「ふふっ、愚かな娘にはその無様さがぴったりよ!」

 継母は気が済んだか立ち去っていく。残された私には、クスクスといったせせら笑いと陰口のファンファーレ浴びせられる。

 慣れ親しんだ儀式だ。

 継母の姿が完全になくなるのを待って、私はのそのそと起き上がる。軽くほこりを叩いてから、私は自室へ戻った。
 誰も手入れしてくれないので、自分でする。
 着替えも、掃除も、洗濯も。食事だって自分で用意する。食材はコックたちが同情してある程度残しておいてくれるから作れるんだ。

 さっと着替えて、私はエプロンを身に着ける。

 今日は、コックさんたちの賄を作る約束だからだ。
 いつも食材を融通してくれたりしてるので、そのお礼である。
 忍び足で調理室に入る。朝食が終わってひと段落した感じだった。私は会釈だけ送って、すぐに残った食材をチェック、メニューを組み立てていく。

 コックさんたちはまた少ししたら働かないといけない。

 なるべく急いで、でも美味しいメニューを……っ。
 私は手早く残り野菜をカットし、キノコを入れてスープに。パンは切れ残りで大きくないから、バターを塗ってパリパリに焼いて、と。あとはオムレツ。
 これも切れ端のベーコンを刻んでから卵に混ぜて、と。
 バター、卵、牛乳はたっぷりとあるのが嬉しい。ここ、エレスフィード大陸は土地にすごく恵まれていて、色んな国家があるけれど、どこも農業も畜産も食料自給率は軽く一〇〇%を超えている。だからこんな贅沢ができるんだ。

 よし、こんなものかな。

 ちゃんと人数分用意して、私は広いテーブルに並べた。
 コックさんたちはみな顔をそろえて嬉しそうだ。やっぱり、誰かに作ってもらったご飯って美味しいものね。

「「「いただきますっ」」」

 みんな口をそろえて、一斉に食べていく。
 コックさんだけあってちゃんと味を確かめてから何度も頷いてから食べていた。

「うまいっ」
「素晴らしい味付けだな、これは」
「うんうん、美味しいっ」

 ほっと、私は胸をなでおろす。
 食事のプロでもあるコックさんに満足してもらえてよかった。
 お礼で作っても、美味しくなかったら意味がないもの。

「ナタリー様は、コックになれるなぁ」

 そんな冗談が飛び交う中、扉がいきなり開かれた。
 一瞬にして空気が静まり返る。
 まるで氷点下にでもなったかのような寒気がする中、扉を開けた主――継母は足音を立てて入ってきた。

「ナタリー……こんなところで、あんたはっ!」

 継母は、鬼の形相だった。
 同時に私は悟った。

 ああ、ここで殺される、と。

 なぜなら、隣には継母よりも会いたくない人物が立っていたからだ。
 モーリス。
 私の婚約者だ。でも、ただの一度だって優しくしてもらえた覚えはない。

「ほら、言ったでしょう、お義母さま。いよいよボクは限界です」
「ええ、そうでしょうね。たった今決まりました。ナタリー。お前にこの人はもったいなさすぎます」

 継母は冷酷な目線で私を見下してくる。

「お前との婚約は破棄し、私の実の娘との婚約を決定します」

 つまり、私は完全にお払い箱だ。
 父上がどう思うだろう、と考えたけれど、どうせ継母が何かと理由をつけるのだろう。そして、私は理解している。

 婚約破棄の意味するところを。

 そう。もう一度言おう。
 私は、ここで殺されるんだ。


 ◇ ◇ ◇


 意識が、戻る。
 かすかな痛みとまどろみの苦しさに呻いてから、ゆっくりと目を開いた。

 天井だ。

 え? じゃあ、生きている?
 息もできる。皮膚も感覚がある。ゆっくり起きると、ベッドに寝かされていたらしい。部屋は決して広くないが、丁寧に整理されていた。

「あ、目が覚めた? 思ったより早かったね」

 声は後ろからだ。
 思わず振り返ると、そこにはラフなシャツにベージュのパンツ姿の、見るからに活発そうな女性が立っていた。たんぽぽのように黄色い髪に、不思議な緑の瞳。
 何より、特徴的なとがった耳。

「は、はい。えっと、あなたは……助けていただいた方、ですか?」
「うん。そーなるね。私はエメラダ。見ての通り、ハーフエルフだよ」

 にかっ、と、エメラダさんは笑顔を向けてくれた。
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