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天罰
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「ちょっと! 不敬よ!」
烈火のごとく、エレナは目を怒らせて声をはりあげた。とても妃のする行為ではない。すぐに国王陛下が咎める視線を送り、威圧を受けてエレナは小さくなる。
だが、反論は忘れない。
「そんなの、どういうことよ。クリムゾンレッド。貴女、第一王子を私に取られたと思って嫉妬しているのね? だからこうしてあてずっぽうに。毒だって本当かどうかも怪しいわ」
またその名で呼ぶ。私をどこまでもバカにして。
でもどうでもいい。そんな醜態を晒せば晒すだけ、周囲からの目は冷たくなるだけだ。エレナ。貴女に味方はもういないのよ。
「いいえ。私はクリムゾンレッドなどではなく、《癒し手の聖女》としてこの場に立たせていただいております。薬学に身をおくものとして、何より辺境伯の妻として、嘘は申し上げておりません。ここには国王陛下もいらっしゃるのです」
粛々と正論で否定する。エレナの挑発には乗らない。
「その上で申し上げますが、第一王子をかいがいしく快方していたそうですね。かつての私にしたように。貴女であれば、毒見の後でも自然と毒を盛れるはずよ」
「べらべらと調子の良い。田舎風情がっ」
「口を慎め。エレナ」
次にエレナを咎めたのは、ベッドに眠る第一王子だった。
「そこまで疑いがかけられたのであれば、身の潔白を証明して、この女を処刑すれば良いだけの話だ」
「わ、私は潔白ですわ! 調べる必要など!」
「そうかしら。そうですね。ではエレナ。あなたの私室を調べさせてちょうだい。この樹木は太陽がほとんど当たらなくても成長するわ。それこそ室内でも栽培できるもの。聞けば、エレナ。あなたの私室には誰も入らせないエリアがあるそうね」
そこまで突きつけて、エレナは鼻白んだ。
醜く歯軋りまでして、すっかり取り乱す。もう滑稽で無様だ。
「そんなの、当然じゃないの。私にだってプライベートは必要だわ!」
「なれば、そこを見せよ。これは国王としての命令である」
静かに告げたのは、国王陛下だ。
エレナは絶句して国王陛下を見る。
「そ、そんな……っ!? この女の戯言を信じるのですか!」
「信じてなどいない。だが、我が息子の語る身の潔白を証明するというのは、王族として当然の義務だ」
「必要ありませんっ! 私はこの女にさんざんいたぶられてきたのです! それなのに嫉妬して、こうして! こんなの、全部嘘よっ!」
不敬極まりない反論だった。聞くに堪えないし、見苦しい。
「もう良い」
だからこそ、第一王子がエレナを制した。
「もう良い。終わりだ、エレナ」
「終わり? それは、どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。正直に打ち明けよう。我々はもう調査を終えている。お前の私室にも入って、グエーレプの実も確保した。成分も、一致した」
「なっ……」
「あ、あとごめんね。ボク兄貴っ子だからさ、君がボクに言い寄ってきたこと、ぜーんぶ兄上に告げ口しちゃった。えへっ」
最後の追撃はグスタフ様だった。
相変わらず少年らしい笑顔で舌を出して悪びれる。もはや、逃げ場なし。
「それでも何かの間違いではないかと一縷の望みを託して、信じていた。だが……お前のその態度では、到底信じられない」
「そ、そんな、王子っ!」
「我輩を呼ぶな。貴様の顔などもう見たくもない」
明確な拒絶をぶつけられ、エレナは喉をひきつらせた。
そして予め手配しておいた兵士たちによって、エレナは両脇を抱えられて連行されていく。その廊下には、最後の最後まで金切り声が響いていた。
そんな断末魔にも似た声が消えた頃、私はようやくため息をつく。
全身の力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。
すぐに隣室で待機していたエドモントが呼ばれ、駆けつけてきてくれる。
エドモントは国王陛下に失礼を欠くことなく、私の傍にきて支えてくれた。
「大丈夫か?」
「はい。なんと情けない。申し訳ありません、国王陛下、王子」
「良い。その心境たるや、察するに余りある。良く休んでくれ」
答えたのは国王陛下だ。
さすがに落胆を隠せない様子だった。当然だろう。たった一人の女にこうまでかき回されていたのだから。
「我輩は、我輩は本当に情けない」
シーツを握り締めながら、第一王子が吐露する。ぽろぽろと、その瞳からは涙が落ちていた。本当に後悔している様子だった。
「アリスタ。我輩のどうしようもない無礼を許してくれ。この頬をいくらでも殴ってくれ。我輩は許されざる罪をおかしてしまった。あのような女の言葉に騙され、お前に酷いことをした。ありえない」
「第一王子、そのように泣かないでくださいまし」
「いや、ダメだ。我輩は我輩を許してはならない。ここで甘えてはならない。この無様で情けない顔をどうか焼き付けてくれ。我輩はこれを教訓にし、生涯をかけて罪を償う。そして、良き王となる」
第一王子はそこまで言って、むせび泣いた。
そんな王子を責める気には、やっぱりなれなかった。
烈火のごとく、エレナは目を怒らせて声をはりあげた。とても妃のする行為ではない。すぐに国王陛下が咎める視線を送り、威圧を受けてエレナは小さくなる。
だが、反論は忘れない。
「そんなの、どういうことよ。クリムゾンレッド。貴女、第一王子を私に取られたと思って嫉妬しているのね? だからこうしてあてずっぽうに。毒だって本当かどうかも怪しいわ」
またその名で呼ぶ。私をどこまでもバカにして。
でもどうでもいい。そんな醜態を晒せば晒すだけ、周囲からの目は冷たくなるだけだ。エレナ。貴女に味方はもういないのよ。
「いいえ。私はクリムゾンレッドなどではなく、《癒し手の聖女》としてこの場に立たせていただいております。薬学に身をおくものとして、何より辺境伯の妻として、嘘は申し上げておりません。ここには国王陛下もいらっしゃるのです」
粛々と正論で否定する。エレナの挑発には乗らない。
「その上で申し上げますが、第一王子をかいがいしく快方していたそうですね。かつての私にしたように。貴女であれば、毒見の後でも自然と毒を盛れるはずよ」
「べらべらと調子の良い。田舎風情がっ」
「口を慎め。エレナ」
次にエレナを咎めたのは、ベッドに眠る第一王子だった。
「そこまで疑いがかけられたのであれば、身の潔白を証明して、この女を処刑すれば良いだけの話だ」
「わ、私は潔白ですわ! 調べる必要など!」
「そうかしら。そうですね。ではエレナ。あなたの私室を調べさせてちょうだい。この樹木は太陽がほとんど当たらなくても成長するわ。それこそ室内でも栽培できるもの。聞けば、エレナ。あなたの私室には誰も入らせないエリアがあるそうね」
そこまで突きつけて、エレナは鼻白んだ。
醜く歯軋りまでして、すっかり取り乱す。もう滑稽で無様だ。
「そんなの、当然じゃないの。私にだってプライベートは必要だわ!」
「なれば、そこを見せよ。これは国王としての命令である」
静かに告げたのは、国王陛下だ。
エレナは絶句して国王陛下を見る。
「そ、そんな……っ!? この女の戯言を信じるのですか!」
「信じてなどいない。だが、我が息子の語る身の潔白を証明するというのは、王族として当然の義務だ」
「必要ありませんっ! 私はこの女にさんざんいたぶられてきたのです! それなのに嫉妬して、こうして! こんなの、全部嘘よっ!」
不敬極まりない反論だった。聞くに堪えないし、見苦しい。
「もう良い」
だからこそ、第一王子がエレナを制した。
「もう良い。終わりだ、エレナ」
「終わり? それは、どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。正直に打ち明けよう。我々はもう調査を終えている。お前の私室にも入って、グエーレプの実も確保した。成分も、一致した」
「なっ……」
「あ、あとごめんね。ボク兄貴っ子だからさ、君がボクに言い寄ってきたこと、ぜーんぶ兄上に告げ口しちゃった。えへっ」
最後の追撃はグスタフ様だった。
相変わらず少年らしい笑顔で舌を出して悪びれる。もはや、逃げ場なし。
「それでも何かの間違いではないかと一縷の望みを託して、信じていた。だが……お前のその態度では、到底信じられない」
「そ、そんな、王子っ!」
「我輩を呼ぶな。貴様の顔などもう見たくもない」
明確な拒絶をぶつけられ、エレナは喉をひきつらせた。
そして予め手配しておいた兵士たちによって、エレナは両脇を抱えられて連行されていく。その廊下には、最後の最後まで金切り声が響いていた。
そんな断末魔にも似た声が消えた頃、私はようやくため息をつく。
全身の力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。
すぐに隣室で待機していたエドモントが呼ばれ、駆けつけてきてくれる。
エドモントは国王陛下に失礼を欠くことなく、私の傍にきて支えてくれた。
「大丈夫か?」
「はい。なんと情けない。申し訳ありません、国王陛下、王子」
「良い。その心境たるや、察するに余りある。良く休んでくれ」
答えたのは国王陛下だ。
さすがに落胆を隠せない様子だった。当然だろう。たった一人の女にこうまでかき回されていたのだから。
「我輩は、我輩は本当に情けない」
シーツを握り締めながら、第一王子が吐露する。ぽろぽろと、その瞳からは涙が落ちていた。本当に後悔している様子だった。
「アリスタ。我輩のどうしようもない無礼を許してくれ。この頬をいくらでも殴ってくれ。我輩は許されざる罪をおかしてしまった。あのような女の言葉に騙され、お前に酷いことをした。ありえない」
「第一王子、そのように泣かないでくださいまし」
「いや、ダメだ。我輩は我輩を許してはならない。ここで甘えてはならない。この無様で情けない顔をどうか焼き付けてくれ。我輩はこれを教訓にし、生涯をかけて罪を償う。そして、良き王となる」
第一王子はそこまで言って、むせび泣いた。
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