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野花のティアラ
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それからは猛勉強が始まった。
薬草の管理は知識も重要だが、肌で感じ取る必要がある。つまり土いじりだ。
一般的な貴族であれば農民の仕事だと嫌がるだろうが、私には抵抗感がない。これも公爵家の令嬢として育てられた結果だ。土がなければ生きていけない。だからこそ大事にしなければならない、と。
汚れることは悪ではない。
そう言われて、私たちは土に触れてきた。
だからむしろ好きと表現できる。貴族としては大変珍しいのだろうけれど。そういえば、エレナは嫌がっていたな、と記憶がよみがえった。
とはいえ、ここまで本格的に、それこそ一日中土に携わるのははじめてだ。
当然ドレスなどまとっていられない。
厚手のパンツに、汗をよく吸収するシャツと、完全に作業服だ。見た目より機能性を重視である。長い髪も後ろで団子状に結わえ、私は腰痛を覚えながらも必死になって覚えた。
三日もあれば手指も荒れてしまう。
もう綺麗な手ではいられないのだろうが、気にしない。もし社交界で隠さなければならないのなら、手袋をはめれば済む話だ。
何より私は動きたかった。
私を好きだと言ってくれるエドモントのために。
彼の妻として、まずは汚名を返上しなければならない。私は、ここからやり直すのだ。
だから常に真剣で、土いじりをする関係から農作業にも携わるのだけれど、必死にやるものだからか、格好がドレスじゃなくて作業服で親しみやすかったか、領民たちにも受け入れられるようになっていた。
そんな充実した日々を送っていた、夜のことだ。
「アリスタ。結婚式を挙げよう」
寝室で私の指に軟膏を塗りながら、エドモントはいきなり提案してきた。
寝耳に水とはこのことだ。
私は思いっきり動揺してしまう。いや、だって。結婚式なんて! というか、それは明確なプロポーズ!
「結婚式、ですか? それはとてもとても嬉しいですけれど」
「ならば挙げよう。もちろん急ごしらえにはなるから盛大なものにはならないけれどね。そもそも子爵で田舎で貧乏だし」
苦笑するエドモントに、私は微笑みかけた。
貴族は見栄を大事にする。故に、借金をしてまでパーティは派手に行うものだ。けれどその習慣は中央に住まう貴族に当てはまるもので、常に領民たちと触れ合う辺境地ではその限りではない。
だから、贅沢に対する価値観も違う。
私の父もどちらかといえば中央貴族らしからぬ気質だった。もちろん経済力は桁違いだからパーティとなれば必然的に派手で豪勢だったけれど。
故に私に贅沢に対する不安を抱えて欲しくなかった。
「贅沢なものは望みません。エドモント様がおっしゃるなら、私は喜んで」
「アリスタ……!」
「ここに身を寄せていただいてから、エドモント様のお人柄には触れてきました。気高く、志強く、そして優しい。今もこうして、私の指に軟膏を塗ってくださる。私はたくさんの愛をいただいています」
言うのは少し恥ずかしい。正直に言って、こんな感覚は初めてだ。殿方に抱く、この心が躍って踊って仕方がない、どうにかなってしまいそうなときめきと高揚感。伝えるべきは今だ。
「ですので、エドモント様。私も、あなたを愛します」
「ああ、アリスタ……俺は幸せものだ」
「私もですわ」
頷くと、私はエドモントの熱い抱擁を受け入れた。
◇ ◇ ◇
それから勉強の合間を縫う形で挙式の準備は行われた。
領地にある小さな教会を借りて、ささやかながら立食パーティも催された。派兵を控えた時期でもあるので、招待する貴族は本当に仲の良い家柄に限定した。それでも領民たちが花道を作ってくれて、純白のドレスも身に纏えて、私は幸せだった。
この時期に咲く白い花が舞う中、私はエドモント様に手を取られて道をゆっくりと歩む。
そんな道半ばで、父親に肩車をしてもらっていた小さい女の子が、一生懸命手を伸ばしていた。
視線をやって手を振ると、大きいお花のような笑顔を浮かべ、さっと取り出す。それは、野花で織られたティアラだった。
「おひめさま! がんばってつくったの! うけとって!」
「ちょっと、こら! 何を言ってるんだ、お前は」
慌てて父親が諌める。
ああ、いけない。このままではこの子が泣いてしまうかもしれない。せっかくの挙式に悲しい涙はいらない。何より、私のために作ってくれた可愛らしいティアラがもったいない。
私はエドモントに視線だけで許可を取り、親子に近づいた。
そして、そっと頭を差し出す。
「とても可愛らしいティアラね。嬉しいわ。どうか頭にかけてくださるかしら」
そうお願いすると、ゆっくりと野花のティアラが私の頭に載った。サイズもちょうど良い感じだった。
「ありがとう。似合うかしら」
「うん!」
「大事にするわ。本当にありがとう」
私はお礼を口にしてからエドモントのもとへ戻る。エドモントも笑顔だった。
「とても似合っているよ」
「ええ。ありがたいわ」
また手を取って、教会へ入っていく。
拍手に迎え入れられ、粛々と行事は進む。二人で愛を誓う。
「それでは、誓いのキスを」
神父様に促され、私はエドモントと向かい合う。ああ、嬉しい。
そっと手を伸ばして、顔を近づけて。
私とエドモントは口付けを交わした。とても熱くて、嬉しくて、最高の幸せだった。
薬草の管理は知識も重要だが、肌で感じ取る必要がある。つまり土いじりだ。
一般的な貴族であれば農民の仕事だと嫌がるだろうが、私には抵抗感がない。これも公爵家の令嬢として育てられた結果だ。土がなければ生きていけない。だからこそ大事にしなければならない、と。
汚れることは悪ではない。
そう言われて、私たちは土に触れてきた。
だからむしろ好きと表現できる。貴族としては大変珍しいのだろうけれど。そういえば、エレナは嫌がっていたな、と記憶がよみがえった。
とはいえ、ここまで本格的に、それこそ一日中土に携わるのははじめてだ。
当然ドレスなどまとっていられない。
厚手のパンツに、汗をよく吸収するシャツと、完全に作業服だ。見た目より機能性を重視である。長い髪も後ろで団子状に結わえ、私は腰痛を覚えながらも必死になって覚えた。
三日もあれば手指も荒れてしまう。
もう綺麗な手ではいられないのだろうが、気にしない。もし社交界で隠さなければならないのなら、手袋をはめれば済む話だ。
何より私は動きたかった。
私を好きだと言ってくれるエドモントのために。
彼の妻として、まずは汚名を返上しなければならない。私は、ここからやり直すのだ。
だから常に真剣で、土いじりをする関係から農作業にも携わるのだけれど、必死にやるものだからか、格好がドレスじゃなくて作業服で親しみやすかったか、領民たちにも受け入れられるようになっていた。
そんな充実した日々を送っていた、夜のことだ。
「アリスタ。結婚式を挙げよう」
寝室で私の指に軟膏を塗りながら、エドモントはいきなり提案してきた。
寝耳に水とはこのことだ。
私は思いっきり動揺してしまう。いや、だって。結婚式なんて! というか、それは明確なプロポーズ!
「結婚式、ですか? それはとてもとても嬉しいですけれど」
「ならば挙げよう。もちろん急ごしらえにはなるから盛大なものにはならないけれどね。そもそも子爵で田舎で貧乏だし」
苦笑するエドモントに、私は微笑みかけた。
貴族は見栄を大事にする。故に、借金をしてまでパーティは派手に行うものだ。けれどその習慣は中央に住まう貴族に当てはまるもので、常に領民たちと触れ合う辺境地ではその限りではない。
だから、贅沢に対する価値観も違う。
私の父もどちらかといえば中央貴族らしからぬ気質だった。もちろん経済力は桁違いだからパーティとなれば必然的に派手で豪勢だったけれど。
故に私に贅沢に対する不安を抱えて欲しくなかった。
「贅沢なものは望みません。エドモント様がおっしゃるなら、私は喜んで」
「アリスタ……!」
「ここに身を寄せていただいてから、エドモント様のお人柄には触れてきました。気高く、志強く、そして優しい。今もこうして、私の指に軟膏を塗ってくださる。私はたくさんの愛をいただいています」
言うのは少し恥ずかしい。正直に言って、こんな感覚は初めてだ。殿方に抱く、この心が躍って踊って仕方がない、どうにかなってしまいそうなときめきと高揚感。伝えるべきは今だ。
「ですので、エドモント様。私も、あなたを愛します」
「ああ、アリスタ……俺は幸せものだ」
「私もですわ」
頷くと、私はエドモントの熱い抱擁を受け入れた。
◇ ◇ ◇
それから勉強の合間を縫う形で挙式の準備は行われた。
領地にある小さな教会を借りて、ささやかながら立食パーティも催された。派兵を控えた時期でもあるので、招待する貴族は本当に仲の良い家柄に限定した。それでも領民たちが花道を作ってくれて、純白のドレスも身に纏えて、私は幸せだった。
この時期に咲く白い花が舞う中、私はエドモント様に手を取られて道をゆっくりと歩む。
そんな道半ばで、父親に肩車をしてもらっていた小さい女の子が、一生懸命手を伸ばしていた。
視線をやって手を振ると、大きいお花のような笑顔を浮かべ、さっと取り出す。それは、野花で織られたティアラだった。
「おひめさま! がんばってつくったの! うけとって!」
「ちょっと、こら! 何を言ってるんだ、お前は」
慌てて父親が諌める。
ああ、いけない。このままではこの子が泣いてしまうかもしれない。せっかくの挙式に悲しい涙はいらない。何より、私のために作ってくれた可愛らしいティアラがもったいない。
私はエドモントに視線だけで許可を取り、親子に近づいた。
そして、そっと頭を差し出す。
「とても可愛らしいティアラね。嬉しいわ。どうか頭にかけてくださるかしら」
そうお願いすると、ゆっくりと野花のティアラが私の頭に載った。サイズもちょうど良い感じだった。
「ありがとう。似合うかしら」
「うん!」
「大事にするわ。本当にありがとう」
私はお礼を口にしてからエドモントのもとへ戻る。エドモントも笑顔だった。
「とても似合っているよ」
「ええ。ありがたいわ」
また手を取って、教会へ入っていく。
拍手に迎え入れられ、粛々と行事は進む。二人で愛を誓う。
「それでは、誓いのキスを」
神父様に促され、私はエドモントと向かい合う。ああ、嬉しい。
そっと手を伸ばして、顔を近づけて。
私とエドモントは口付けを交わした。とても熱くて、嬉しくて、最高の幸せだった。
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