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彼女の正体
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エドモント・クリステル。
辺境地に小さい領地を持つ子爵の嫡男だ。家系図をたどれば王室とも繋がりがあるそうだが、分家筋でもあるせいか、ほとんど関わり合いがない。私もパーティで何度か挨拶をした程度で、彼のことは何も知らない。
だが、人となりはとても良いことがわかった。
彼だけではない。子爵であるオルト・クリステルもとても優しかった。
舞踏会という場で第一王子から失態を突きつけられた挙句、婚約まで解消されるという、貴族としては致命的なアヤがついた私を引き取ってくれたのだ。
何かしら金銭的なやり取りがあったのだろうと推測していたけれど、どうやらそれだけではないらしい。
とにかく、私は穏やかな暮らしを過ごせるようになり、体調もみるみる良くなっていった。毎日医者がやってきて、体調を診察してから薬を処方されたのもあるけれど、何よりこの静かで緊張感のない雰囲気が私の心を溶かしてくれた。
食事も王室のものと比べれば質素なものだが、むしろその方が有り難かった。
元々私は脂っこいものが好きではない。ここで出される自然な味付けの食事の方が合っていた。
オルト子爵もエドモントも実は心配していたらしいが、私が美味しそうに食べているのを見て安堵したとか。
何より、私がとても素直なことにも驚いていた。一度は王家の婚約者であり、しかも公爵の娘となれば気位が高く、我儘だと思っていたらしい。一般的にはそうかもしれないが、公爵である父は厳格で、そのような教育は一切してこなかった。
民を守り、民を導くことで民に生かされている。それこそが貴族だ。
と格言を持っていた人だ。
それだけに、私が使用人であるエレナを苛めたり、第一王子が嫌いな深紅を常に身に纏っていたりという蛮行が許せないのだろうとも思っている。
「もうすっかり良くなりましたね、アリスタ」
とても体調も良くて気分も優れていたので、許可を貰って屋敷の庭へ散歩しにいった時、エドモントにそう声をかけられた。
私は大好きな水色のドレスをたなびかせて一礼してから首肯する。
「はい。おかげさまで。大変良くしていただきましたし、ここの気候が身体に合っているのかもしれません」
「それは良かった。であれば、これはお伝えせねばなりません」
「どのようなことでしょうか?」
沈痛な表情になったエドモントに、私は不安を感じ取る。
正直なところ、エレナに裏切られた傷が大きすぎて、まだ人を信用できない。貴族としてのプライドだけで、人付き合いを継続していられるのだ。
そうでなければ、誰も近寄って欲しくはなかった。
これだけ良くしてくれているエドモントでさえ。
だからか、そのような表情を浮かべるとどうしてもネガティブになる。
「アリスタ。貴女は毒を盛られていました」
「毒、ですか……!?」
私は目を白黒させて驚いてしまった。
「はい。医者の見立てでは間違いないと。遅効性の毒で、強い倦怠感、貧血、睡眠不足を誘発するそうです。基本的には体内に残りにくいものですが、継続的に摂取することで中毒症状を起こしていました」
「そ、そんな……」
つまり私は、長い間毒を盛られ続けていたのだ。
「我が領地は良質な薬草が良く育ちます。それを煎じたり、お香にしたりして毒を取り除きました。それで体調が戻ったのです」
「確かに私は王室に入ってから体調を崩し気味でしたが……緊張感や合わない食事のせいとばかり、気の病と思っていました」
「一因としてはあるかもしれませんが、毒の仕業です」
「そんな、どうして……」
誰が盛ったのか。
言うまでも無い。エレナだ。
エレナは給仕も担っていた。毒を仕込むチャンスはいくらでもあったはずだ。ぞっとした。彼女は何者なんだ、いったい。
あまりに恐ろしくて寒気を覚えていると、エドモントが私の肩を支えてくれた。
「犯人に心当たりがあるのでしょう。そしてそれは、エレナ妃だ」
「……!」
「貴女と入れ替わる形で王子の妃となった彼女。パーシー家に使用人として引き取られた没落貴族の娘。彼女の素性を色々と調べました」
エドモントの表情は険しい。
「パーシー家主催のパーティで何度か顔合わせしたことがあります。どうしてか彼女は受け付けなかった。大人しくて控えめなようでいて、私を誘ってくるような視線や言動があったからです」
「誘ってくる、ですって?」
「彼女は私を通じて、王室との繋がりを求めていたのでしょう。私は第三王子と懇意の間柄ですからね」
私は頭を殴られたくらいの衝撃を受けた。
城へ向かう前から、彼女は王室に入ることを考えていたのだ。
「彼女は何ふり構わず、王室に入るんだという執念を感じました。そして、占い師や魔女にも手を借りて導き出したのは、一つの答えです」
「答え?」
「彼女――エレナは、異世界からの転生者です」
てん、せいしゃ。
聞いたことはある。神の気まぐれでやってくるとされる、異世界の魂だ。異世界で生きていた記憶を有しているとか。
「彼女はゲーム感覚で、王室になることで攻略しようとしているのです」
さらなる衝撃に見舞われて、私は眩暈がした。
ゲーム? 攻略? いや、でも確かに、エレナは言っていた。攻略完了、と。
エドモントは怒りを露にしていた。
「我々は玩具でもなんでもない。許してはならない蛮行です。ですので、なんとかしなければなりません。彼女を、王家から追放するのです」
辺境地に小さい領地を持つ子爵の嫡男だ。家系図をたどれば王室とも繋がりがあるそうだが、分家筋でもあるせいか、ほとんど関わり合いがない。私もパーティで何度か挨拶をした程度で、彼のことは何も知らない。
だが、人となりはとても良いことがわかった。
彼だけではない。子爵であるオルト・クリステルもとても優しかった。
舞踏会という場で第一王子から失態を突きつけられた挙句、婚約まで解消されるという、貴族としては致命的なアヤがついた私を引き取ってくれたのだ。
何かしら金銭的なやり取りがあったのだろうと推測していたけれど、どうやらそれだけではないらしい。
とにかく、私は穏やかな暮らしを過ごせるようになり、体調もみるみる良くなっていった。毎日医者がやってきて、体調を診察してから薬を処方されたのもあるけれど、何よりこの静かで緊張感のない雰囲気が私の心を溶かしてくれた。
食事も王室のものと比べれば質素なものだが、むしろその方が有り難かった。
元々私は脂っこいものが好きではない。ここで出される自然な味付けの食事の方が合っていた。
オルト子爵もエドモントも実は心配していたらしいが、私が美味しそうに食べているのを見て安堵したとか。
何より、私がとても素直なことにも驚いていた。一度は王家の婚約者であり、しかも公爵の娘となれば気位が高く、我儘だと思っていたらしい。一般的にはそうかもしれないが、公爵である父は厳格で、そのような教育は一切してこなかった。
民を守り、民を導くことで民に生かされている。それこそが貴族だ。
と格言を持っていた人だ。
それだけに、私が使用人であるエレナを苛めたり、第一王子が嫌いな深紅を常に身に纏っていたりという蛮行が許せないのだろうとも思っている。
「もうすっかり良くなりましたね、アリスタ」
とても体調も良くて気分も優れていたので、許可を貰って屋敷の庭へ散歩しにいった時、エドモントにそう声をかけられた。
私は大好きな水色のドレスをたなびかせて一礼してから首肯する。
「はい。おかげさまで。大変良くしていただきましたし、ここの気候が身体に合っているのかもしれません」
「それは良かった。であれば、これはお伝えせねばなりません」
「どのようなことでしょうか?」
沈痛な表情になったエドモントに、私は不安を感じ取る。
正直なところ、エレナに裏切られた傷が大きすぎて、まだ人を信用できない。貴族としてのプライドだけで、人付き合いを継続していられるのだ。
そうでなければ、誰も近寄って欲しくはなかった。
これだけ良くしてくれているエドモントでさえ。
だからか、そのような表情を浮かべるとどうしてもネガティブになる。
「アリスタ。貴女は毒を盛られていました」
「毒、ですか……!?」
私は目を白黒させて驚いてしまった。
「はい。医者の見立てでは間違いないと。遅効性の毒で、強い倦怠感、貧血、睡眠不足を誘発するそうです。基本的には体内に残りにくいものですが、継続的に摂取することで中毒症状を起こしていました」
「そ、そんな……」
つまり私は、長い間毒を盛られ続けていたのだ。
「我が領地は良質な薬草が良く育ちます。それを煎じたり、お香にしたりして毒を取り除きました。それで体調が戻ったのです」
「確かに私は王室に入ってから体調を崩し気味でしたが……緊張感や合わない食事のせいとばかり、気の病と思っていました」
「一因としてはあるかもしれませんが、毒の仕業です」
「そんな、どうして……」
誰が盛ったのか。
言うまでも無い。エレナだ。
エレナは給仕も担っていた。毒を仕込むチャンスはいくらでもあったはずだ。ぞっとした。彼女は何者なんだ、いったい。
あまりに恐ろしくて寒気を覚えていると、エドモントが私の肩を支えてくれた。
「犯人に心当たりがあるのでしょう。そしてそれは、エレナ妃だ」
「……!」
「貴女と入れ替わる形で王子の妃となった彼女。パーシー家に使用人として引き取られた没落貴族の娘。彼女の素性を色々と調べました」
エドモントの表情は険しい。
「パーシー家主催のパーティで何度か顔合わせしたことがあります。どうしてか彼女は受け付けなかった。大人しくて控えめなようでいて、私を誘ってくるような視線や言動があったからです」
「誘ってくる、ですって?」
「彼女は私を通じて、王室との繋がりを求めていたのでしょう。私は第三王子と懇意の間柄ですからね」
私は頭を殴られたくらいの衝撃を受けた。
城へ向かう前から、彼女は王室に入ることを考えていたのだ。
「彼女は何ふり構わず、王室に入るんだという執念を感じました。そして、占い師や魔女にも手を借りて導き出したのは、一つの答えです」
「答え?」
「彼女――エレナは、異世界からの転生者です」
てん、せいしゃ。
聞いたことはある。神の気まぐれでやってくるとされる、異世界の魂だ。異世界で生きていた記憶を有しているとか。
「彼女はゲーム感覚で、王室になることで攻略しようとしているのです」
さらなる衝撃に見舞われて、私は眩暈がした。
ゲーム? 攻略? いや、でも確かに、エレナは言っていた。攻略完了、と。
エドモントは怒りを露にしていた。
「我々は玩具でもなんでもない。許してはならない蛮行です。ですので、なんとかしなければなりません。彼女を、王家から追放するのです」
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