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追放された先
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最悪の舞踏会が終わって三日後。
私と第一王子の婚約解消と、新たな婚約者の発表がなされ、私は王室から除名され、退城させられた。だが、実家に戻ることもできない。私の失態に両親が激怒したからだ。
そんな私に、更なる追い打ちがやってくる。
それは、辺境地の子爵の息子と婚約しろという命令だった。
その子爵は遠い縁戚関係にある。城から追い出され、実家にも戻れない私を唯一引き取ってくれた。だが、その条件がその子爵の息子と結婚しろというものだ。
私の父は公爵。
本来であればあり得ない。
けど、私には逆らうなんて出来ないし、何より投げやりだった。
私は騙されたのだ。
他でもない、エレナに。
幼い頃からの友達で、何より信頼していた使用人。けど、彼女は私たちの好意によって教え込まれた貴族の所作と立場を利用して第一王子に取り入り、そして私から奪い取ったのだ。
きっとも何も、第一王子が深紅を嫌っていることを教えなかったのも、私が深紅を通じて第一王子を侮辱していると教え込んだのも、全部エレナの仕業だ。
私の主要な使用人はエレナ一人で、私が心を許しているのもエレナだけだったから、第一王子と直接会えない間は彼女が伝令役になっていた。そこを利用された形だ。
もちろん私がもっと第一王子と親密にあっていれば違っただろうけれど、深紅を利用されて接触そのものも遠ざけられてしまった。これもエレナの策略だろう。
「エレナ……いつから?」
揺られる馬車から遠ざかる王都を見つめながら、私は独りごちる。
まだショックを隠し切れない。
どうして、彼女が? 本当の姉妹のように思っていたのに。
「うっ……」
ふと眩暈を感じて、私はこめかみあたりをさする。体調も悪い。
「お嬢様、大丈夫ですか」
私の体調不良を察したか、御者が心配そうに聞いてきてくれた。
思わず苦笑しそうになった。まだこのように大切な扱いを受けるのかと。
「ええ、少し体調が悪くて。馬車が揺れるからではありませんよ」
気にして欲しくなくて、私はできるだけやわらかい口調で言う。
むしろこの馬車の乗り心地はとても良い。
地方領主、子爵が用意したとは思えない上等な馬車だ。
「ただ、そうですね。少し休ませていただきますわ」
「そうですね、ご心労もあるでしょうし。どうぞごゆっくりと。なるべく揺れないように注意致しますので」
「ありがとう」
私は会釈してから、そっと目を閉じた。
城から追い出されるまでずっと針のむしろだった。誰も私に味方しない。使用人でさえ好奇の目線をぶつけてくる始末だった。心など休まるはずもないし、食事もほぼとっていなかった。
ああ。私が何をしたというのだろう。
悔しさばかりが心を渦巻いて、私はうとうとと眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇
春の香りがして、私はゆっくりと目を開けた。全身をやわらかい感触が包む。どうやら寝かされているらしい。質の良いシーツだ。とても肌触りが良い。
いや、待って。
私は目をはっきりと開けて上半身を起こす。
見渡す景色を、私は知らない。
城にいた頃と比べれば狭い部屋だが、大きめの窓は爽やかな白いレースのカーテンを揺らしながら穏やかな風を運んできていて、さらに何かのお花の香がたかれているのか、少し爽やかな匂いがする。
室内の調度品もしっかりと整えられていて品が良い。
「こ、ここは……私、まさかっ」
はっと気づいて、顔が青くなっていく。
おそらくも何も、ここは子爵の屋敷だろう。なんと恥ずかしいことをしたのか。私は眠りこけてしまって、屋敷についても起きなかったのだ。それでここに運ばれて寝かされていたのだろう。
まだ挨拶も何もしていないというのに。
いけない。すぐにでも顔を出してご挨拶をしなければ。いくら子爵といえど、貴族だ。無礼は許されない。
「うっ」
すぐにベッドから出ようとしたが、立ちくらみに襲われた。
体調がここまで悪くなっているとは。情けない。
それでもプライドを振り絞ってベッドから立ち上がると、控えめなノックがした。思わず返事をすると、ゆっくりとドアが開かれ、男性が入ってくる。
すらりとした長身に、穏やかなウェーブがかった金髪。線の細そうな端正な顔立ちに反して、燃えるような朱色の瞳が印象的だった。
正装の男性は、その胸の家紋ですぐに誰か分かった。
私と婚約することになった子爵の息子――エドモントだ。
「まだ動いてはなりませんよ、アリスタ妃」
想像よりも低いバリトンボイスを響かせ、エドモントは穏やかに言う。だが、私はそれどころではない。すっかり取り乱していた。
「いえ、そういうわけには参りません。私はなんと失態を……ちゃんとしたご挨拶もせずに、このようなっ」
「構いません。体調面でのお話は伺っておりますから」
「し、しかし」
「良いのです。それよりも本当に心も体も大変だったでしょう。まずはゆっくり休んで養生してください。我が父もそれを望んでおります。挨拶などは、それからで良いのです」
慈しみのこもった言葉をいだたいて、私は安堵した。崩れ落ちそうになって、そして涙が一筋こぼれる。ああ、なんて情けない。私は、また!
「ようこそお越しになられました。王室と比べればとても小さく、田舎で貧相ではありますが、私たちは心より貴女様を歓迎いたします」
「歓迎……?」
とんだ失態で王室から追い出された、私を?
「はい。ご安心を。貴女様を何があっても、この私、エドモントがお守りします」
胸に手を当てながら、エドモントは穏やかに一礼した。
私と第一王子の婚約解消と、新たな婚約者の発表がなされ、私は王室から除名され、退城させられた。だが、実家に戻ることもできない。私の失態に両親が激怒したからだ。
そんな私に、更なる追い打ちがやってくる。
それは、辺境地の子爵の息子と婚約しろという命令だった。
その子爵は遠い縁戚関係にある。城から追い出され、実家にも戻れない私を唯一引き取ってくれた。だが、その条件がその子爵の息子と結婚しろというものだ。
私の父は公爵。
本来であればあり得ない。
けど、私には逆らうなんて出来ないし、何より投げやりだった。
私は騙されたのだ。
他でもない、エレナに。
幼い頃からの友達で、何より信頼していた使用人。けど、彼女は私たちの好意によって教え込まれた貴族の所作と立場を利用して第一王子に取り入り、そして私から奪い取ったのだ。
きっとも何も、第一王子が深紅を嫌っていることを教えなかったのも、私が深紅を通じて第一王子を侮辱していると教え込んだのも、全部エレナの仕業だ。
私の主要な使用人はエレナ一人で、私が心を許しているのもエレナだけだったから、第一王子と直接会えない間は彼女が伝令役になっていた。そこを利用された形だ。
もちろん私がもっと第一王子と親密にあっていれば違っただろうけれど、深紅を利用されて接触そのものも遠ざけられてしまった。これもエレナの策略だろう。
「エレナ……いつから?」
揺られる馬車から遠ざかる王都を見つめながら、私は独りごちる。
まだショックを隠し切れない。
どうして、彼女が? 本当の姉妹のように思っていたのに。
「うっ……」
ふと眩暈を感じて、私はこめかみあたりをさする。体調も悪い。
「お嬢様、大丈夫ですか」
私の体調不良を察したか、御者が心配そうに聞いてきてくれた。
思わず苦笑しそうになった。まだこのように大切な扱いを受けるのかと。
「ええ、少し体調が悪くて。馬車が揺れるからではありませんよ」
気にして欲しくなくて、私はできるだけやわらかい口調で言う。
むしろこの馬車の乗り心地はとても良い。
地方領主、子爵が用意したとは思えない上等な馬車だ。
「ただ、そうですね。少し休ませていただきますわ」
「そうですね、ご心労もあるでしょうし。どうぞごゆっくりと。なるべく揺れないように注意致しますので」
「ありがとう」
私は会釈してから、そっと目を閉じた。
城から追い出されるまでずっと針のむしろだった。誰も私に味方しない。使用人でさえ好奇の目線をぶつけてくる始末だった。心など休まるはずもないし、食事もほぼとっていなかった。
ああ。私が何をしたというのだろう。
悔しさばかりが心を渦巻いて、私はうとうとと眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇
春の香りがして、私はゆっくりと目を開けた。全身をやわらかい感触が包む。どうやら寝かされているらしい。質の良いシーツだ。とても肌触りが良い。
いや、待って。
私は目をはっきりと開けて上半身を起こす。
見渡す景色を、私は知らない。
城にいた頃と比べれば狭い部屋だが、大きめの窓は爽やかな白いレースのカーテンを揺らしながら穏やかな風を運んできていて、さらに何かのお花の香がたかれているのか、少し爽やかな匂いがする。
室内の調度品もしっかりと整えられていて品が良い。
「こ、ここは……私、まさかっ」
はっと気づいて、顔が青くなっていく。
おそらくも何も、ここは子爵の屋敷だろう。なんと恥ずかしいことをしたのか。私は眠りこけてしまって、屋敷についても起きなかったのだ。それでここに運ばれて寝かされていたのだろう。
まだ挨拶も何もしていないというのに。
いけない。すぐにでも顔を出してご挨拶をしなければ。いくら子爵といえど、貴族だ。無礼は許されない。
「うっ」
すぐにベッドから出ようとしたが、立ちくらみに襲われた。
体調がここまで悪くなっているとは。情けない。
それでもプライドを振り絞ってベッドから立ち上がると、控えめなノックがした。思わず返事をすると、ゆっくりとドアが開かれ、男性が入ってくる。
すらりとした長身に、穏やかなウェーブがかった金髪。線の細そうな端正な顔立ちに反して、燃えるような朱色の瞳が印象的だった。
正装の男性は、その胸の家紋ですぐに誰か分かった。
私と婚約することになった子爵の息子――エドモントだ。
「まだ動いてはなりませんよ、アリスタ妃」
想像よりも低いバリトンボイスを響かせ、エドモントは穏やかに言う。だが、私はそれどころではない。すっかり取り乱していた。
「いえ、そういうわけには参りません。私はなんと失態を……ちゃんとしたご挨拶もせずに、このようなっ」
「構いません。体調面でのお話は伺っておりますから」
「し、しかし」
「良いのです。それよりも本当に心も体も大変だったでしょう。まずはゆっくり休んで養生してください。我が父もそれを望んでおります。挨拶などは、それからで良いのです」
慈しみのこもった言葉をいだたいて、私は安堵した。崩れ落ちそうになって、そして涙が一筋こぼれる。ああ、なんて情けない。私は、また!
「ようこそお越しになられました。王室と比べればとても小さく、田舎で貧相ではありますが、私たちは心より貴女様を歓迎いたします」
「歓迎……?」
とんだ失態で王室から追い出された、私を?
「はい。ご安心を。貴女様を何があっても、この私、エドモントがお守りします」
胸に手を当てながら、エドモントは穏やかに一礼した。
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