姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか

文字の大きさ
上 下
1 / 11

はじまり

しおりを挟む
 クリムゾンレッドと言えば、私ことアリスタ・パーシーのあだ名だ。
 決して良い意味ではない。むしろ差別的でさえある。もうじき王妃になるこの身には似つかわしくない。でも、誰もがそう呼ぶ。そう、使用人でさえ。
 豪華な深紅でまとめられた室内にノック音が響く。「どうぞ」と声をかけると、使用人が入ってきた。

「失礼します……クリムゾンレッド妃様」

 言いにくそうにしながら、使用人はぺこりと頭を下げてきた。
 彼女はエレナ。元々は貴族だったが、小さい頃に起こった諍いが原因で身分が剥奪され、私の家に拾われる形でやってきた娘だ。
 使用人として雇った形だけど、境遇を不憫に思った両親が、私と一緒に貴族としての教養学ばせ、姉妹同然に育ってきた幼馴染みでもある。

 素朴だけど可愛らしくて、性格も大人しくて優しい。

 だから、こうして婚約を受け、王城へ引っ越しをしてきた今も専属の使用人として傍にいてもらっている。私が病弱になったせいもあって、外との関わりがあまりなくなった今、彼女には頼りっきりだ。

「あの、お着替えをお持ちしました」

 おずおずと言いながら、エレナは服を差し出してくる。また深紅のドレスだ。
 思わずため息が出る。
 ここへやってきてから、私は深紅のドレスしか身にまとうことを許されていない。婚約者である第一王子が好きだからという理由だ。

「ありがとう」

 私はお礼を言って受け取る。
 正直、第一王子とはうまくいっていない。理由は分からない。夏までは上手くやっていけていたはずなのに、どうしてか秋の入り口の頃には冷たくされてしまった。
 クリムゾンレッドと呼ばれるようになったのもその頃だし、結婚式も延期されてしまった。どうしてか分からない。

 ただ、結婚さえできればきっとまた仲直りできる。

 私はそう信じて、この扱いを甘んじて受けていた。
 すべては第一王子の気まぐれだ。

「あの、アリスタ様」
「エレナ。ここではそう呼んではならないはずよ」
「ですが、申し訳なくて……ううっ」

 エレナはうつむいたまま、グスグスと泣いてしまった。もう、仕方なく優しいんだから。この娘は。私にとって、唯一心を許せる友人。
 私はそっとエレナを抱きしめる。落ち着かせるように背中をトントンとした。

「さぁ、エレナ。お仕事があるでしょう。前を向いて頑張りなさい」
「はい……っ」

 涙を拭って、エレナは部屋を出ていく。

 ◇ ◇ ◇

 その翌日のことだ。
 第一王子主催の舞踏会。婚約者である私も当然出席する。正直、体調は良くなかったけれど、第一王子の顔に泥を塗るわけにはいかない。私は婚約者なのだ。いつものように第一王子から指定された深紅のドレスを纏って、そつなく挨拶を交わしていく。
 後は各々ダンスを踊り、最後に私と第一王子がダンスを披露する。そんな流れだったのだが――

「もうほとほと愛想がつきたぞ、アリスタ」

 舞踏会の会場へ入り、第一王子のもとへ向かう最中のことだった。
 第一王子、ヴィクトルは嫌悪感を隠すことなく言い放ってきた。
 とたん、周囲の来賓たちがざわめく。私もいったい何が起こったのか分からずたじろぐと、ヴィクトルはさらに私へ指を突き付けてきた。

「数々のこの我輩に対する蛮行、挙句使用人にさえ荒ぶるその王家に相応しくない品格と気性! もう我慢ならん! たった今を持って、貴様との婚約を解消する!」

 また大きいざわめきが沸いた。
 それにも拘わらず、私の耳と視界はどんどんと遠くなる。

 え?

 今、なんて?
 婚約解消? どうして? 私は、私は何もしていないのに!

「お、お待ちください、第一王子! 私がいったい何をしたというのですか!」
「そのドレスだ! 我輩は深紅など大嫌いだ! それなのに、顔を見せるたびに深紅を纏ってきおって、なんのつもりだ!」
「そ、そのようなこと、存じ上げませんでした! それどころか深紅は第一王子のお気に入りだと聞かされて!」
「そのような戯言、今更信じるはずもあるまい! 今までは貴様が深紅をこよなく愛していると耳にし、我慢していた! 自らクリムゾンレッド妃などと名乗ることもだ! だが、我輩の気持ちを踏みにじるだけでなく、幼いころからの使用人を好きなように甚振る始末!」

 誤解だわ! そんな、誰が第一王子にそんな嘘を!

「なっ……そのようなこと、しておりません!」
「白々しい! それに我輩はもう決めたのだ。決定事項であり、命令だ。貴様はそれに逆らうか? 不敬だぞ!」

 必死に誤解を解こうとした私を第一王子は完全に封じ込める。
 私は完全に狼狽していた。どうして、そんな。一体、なんで。
 考えがまとまらないでいると、誰かが壇上に上がってくる。真っ白で美しいの一言に限るドレスを纏っているのは、他でもないエレナだった。

 ――え?

 どうして、エレナが?
 ぽかんとしていると、エレナは優雅な仕草で第一王子の隣に立って一礼した。

「今ここに宣言しよう! 我輩の真の婚約者は、この娘、エレナであると!」
「な、そんなっ」
「エレナは貴族の身を追われたが、血筋を追えば王族に連なる。素性としても問題ない。我輩の力で家を復興させるだけで良い」

 私は崩れ落ちそうになるのを我慢するので精一杯だった。
 そんな無様な私を見下すように、エレナは鬼畜な光を宿した目で微笑む。

「攻略、完了――」

 そして、そうつぶやいたのだった。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから

甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。 であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。 だが、 「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」  婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。  そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。    気がつけば、セリアは全てを失っていた。  今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。  さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。  失意のどん底に陥ることになる。  ただ、そんな時だった。  セリアの目の前に、かつての親友が現れた。    大国シュリナの雄。  ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。  彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。

大公殿下と結婚したら実は姉が私を呪っていたらしい

Ruhuna
恋愛
容姿端麗、才色兼備の姉が実は私を呪っていたらしい    そんなこととは知らずに大公殿下に愛される日々を穏やかに過ごす 3/22 完結予定 3/18 ランキング1位 ありがとうございます

甘やかされて育ってきた妹に、王妃なんて務まる訳がないではありませんか。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラフェリアは、実家との折り合いが悪く、王城でメイドとして働いていた。 そんな彼女は優秀な働きが認められて、第一王子と婚約することになった。 しかしその婚約は、すぐに破談となる。 ラフェリアの妹であるメレティアが、王子を懐柔したのだ。 メレティアは次期王妃となることを喜び、ラフェリアの不幸を嘲笑っていた。 ただ、ラフェリアはわかっていた。甘やかされて育ってきたわがまま妹に、王妃という責任ある役目は務まらないということを。 その兆候は、すぐに表れた。以前にも増して横暴な振る舞いをするようになったメレティアは、様々な者達から反感を買っていたのだ。

〖完結〗醜い聖女は婚約破棄され妹に婚約者を奪われました。美しさを取り戻してもいいですか?

藍川みいな
恋愛
聖女の力が強い家系、ミラー伯爵家長女として生まれたセリーナ。 セリーナは幼少の頃に魔女によって、容姿が醜くなる呪いをかけられていた。 あまりの醜さに婚約者はセリーナとの婚約を破棄し、妹ケイトリンと婚約するという…。 呪い…解いてもいいよね?

前妻の子であった私は義母義妹に虐げられていましたが、ある日城へ行ったことをきっかけに人生が変わりました。

四季
恋愛
前妻の子であった私は義母義妹に虐げられていましたが、ある日城へ行ったことをきっかけに人生が変わりました。

平凡な伯爵令嬢は平凡な結婚がしたいだけ……それすら贅沢なのですか!?

Hibah
恋愛
姉のソフィアは幼い頃から優秀で、両親から溺愛されていた。 一方で私エミリーは健康が取り柄なくらいで、伯爵令嬢なのに贅沢知らず……。 優秀な姉みたいになりたいと思ったこともあったけど、ならなくて正解だった。 姉の本性を知っているのは私だけ……。ある日、姉は王子様に婚約破棄された。 平凡な私は平凡な結婚をしてつつましく暮らしますよ……それすら贅沢なのですか!?

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

処理中です...