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はじまり

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 クリムゾンレッドと言えば、私ことアリスタ・パーシーのあだ名だ。
 決して良い意味ではない。むしろ差別的でさえある。もうじき王妃になるこの身には似つかわしくない。でも、誰もがそう呼ぶ。そう、使用人でさえ。
 豪華な深紅でまとめられた室内にノック音が響く。「どうぞ」と声をかけると、使用人が入ってきた。

「失礼します……クリムゾンレッド妃様」

 言いにくそうにしながら、使用人はぺこりと頭を下げてきた。
 彼女はエレナ。元々は貴族だったが、小さい頃に起こった諍いが原因で身分が剥奪され、私の家に拾われる形でやってきた娘だ。
 使用人として雇った形だけど、境遇を不憫に思った両親が、私と一緒に貴族としての教養学ばせ、姉妹同然に育ってきた幼馴染みでもある。

 素朴だけど可愛らしくて、性格も大人しくて優しい。

 だから、こうして婚約を受け、王城へ引っ越しをしてきた今も専属の使用人として傍にいてもらっている。私が病弱になったせいもあって、外との関わりがあまりなくなった今、彼女には頼りっきりだ。

「あの、お着替えをお持ちしました」

 おずおずと言いながら、エレナは服を差し出してくる。また深紅のドレスだ。
 思わずため息が出る。
 ここへやってきてから、私は深紅のドレスしか身にまとうことを許されていない。婚約者である第一王子が好きだからという理由だ。

「ありがとう」

 私はお礼を言って受け取る。
 正直、第一王子とはうまくいっていない。理由は分からない。夏までは上手くやっていけていたはずなのに、どうしてか秋の入り口の頃には冷たくされてしまった。
 クリムゾンレッドと呼ばれるようになったのもその頃だし、結婚式も延期されてしまった。どうしてか分からない。

 ただ、結婚さえできればきっとまた仲直りできる。

 私はそう信じて、この扱いを甘んじて受けていた。
 すべては第一王子の気まぐれだ。

「あの、アリスタ様」
「エレナ。ここではそう呼んではならないはずよ」
「ですが、申し訳なくて……ううっ」

 エレナはうつむいたまま、グスグスと泣いてしまった。もう、仕方なく優しいんだから。この娘は。私にとって、唯一心を許せる友人。
 私はそっとエレナを抱きしめる。落ち着かせるように背中をトントンとした。

「さぁ、エレナ。お仕事があるでしょう。前を向いて頑張りなさい」
「はい……っ」

 涙を拭って、エレナは部屋を出ていく。

 ◇ ◇ ◇

 その翌日のことだ。
 第一王子主催の舞踏会。婚約者である私も当然出席する。正直、体調は良くなかったけれど、第一王子の顔に泥を塗るわけにはいかない。私は婚約者なのだ。いつものように第一王子から指定された深紅のドレスを纏って、そつなく挨拶を交わしていく。
 後は各々ダンスを踊り、最後に私と第一王子がダンスを披露する。そんな流れだったのだが――

「もうほとほと愛想がつきたぞ、アリスタ」

 舞踏会の会場へ入り、第一王子のもとへ向かう最中のことだった。
 第一王子、ヴィクトルは嫌悪感を隠すことなく言い放ってきた。
 とたん、周囲の来賓たちがざわめく。私もいったい何が起こったのか分からずたじろぐと、ヴィクトルはさらに私へ指を突き付けてきた。

「数々のこの我輩に対する蛮行、挙句使用人にさえ荒ぶるその王家に相応しくない品格と気性! もう我慢ならん! たった今を持って、貴様との婚約を解消する!」

 また大きいざわめきが沸いた。
 それにも拘わらず、私の耳と視界はどんどんと遠くなる。

 え?

 今、なんて?
 婚約解消? どうして? 私は、私は何もしていないのに!

「お、お待ちください、第一王子! 私がいったい何をしたというのですか!」
「そのドレスだ! 我輩は深紅など大嫌いだ! それなのに、顔を見せるたびに深紅を纏ってきおって、なんのつもりだ!」
「そ、そのようなこと、存じ上げませんでした! それどころか深紅は第一王子のお気に入りだと聞かされて!」
「そのような戯言、今更信じるはずもあるまい! 今までは貴様が深紅をこよなく愛していると耳にし、我慢していた! 自らクリムゾンレッド妃などと名乗ることもだ! だが、我輩の気持ちを踏みにじるだけでなく、幼いころからの使用人を好きなように甚振る始末!」

 誤解だわ! そんな、誰が第一王子にそんな嘘を!

「なっ……そのようなこと、しておりません!」
「白々しい! それに我輩はもう決めたのだ。決定事項であり、命令だ。貴様はそれに逆らうか? 不敬だぞ!」

 必死に誤解を解こうとした私を第一王子は完全に封じ込める。
 私は完全に狼狽していた。どうして、そんな。一体、なんで。
 考えがまとまらないでいると、誰かが壇上に上がってくる。真っ白で美しいの一言に限るドレスを纏っているのは、他でもないエレナだった。

 ――え?

 どうして、エレナが?
 ぽかんとしていると、エレナは優雅な仕草で第一王子の隣に立って一礼した。

「今ここに宣言しよう! 我輩の真の婚約者は、この娘、エレナであると!」
「な、そんなっ」
「エレナは貴族の身を追われたが、血筋を追えば王族に連なる。素性としても問題ない。我輩の力で家を復興させるだけで良い」

 私は崩れ落ちそうになるのを我慢するので精一杯だった。
 そんな無様な私を見下すように、エレナは鬼畜な光を宿した目で微笑む。

「攻略、完了――」

 そして、そうつぶやいたのだった。


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