悪役令嬢にさせられた挙げ句、歌声と婚約者を奪われた聖女候補生が幸せを掴むまで

しろいるか

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出会い、そして破滅

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 それからのことは、正直覚えていない。
 ただ、聖女の証を受け取ったこと。何かの挨拶をしたこと。そして、盛大にパレードが行われたこと。

 あっという間に月日は過ぎて、私は聖女として旅に出る。

 これから三年間、頑張らなきゃ!
 聖女のためのレクチャーはさんざん受けたし、専属の護衛もついてくれることになった。
 今日はその面会の日だ。

「失礼します」

 待合室で待っていると、礼儀正しく彼は入ってきた。
 近衛騎士を示す白銀の鎧に、赤いマント。凛々しい表情は甘い感じもあるけど、鋭さも兼ね備えていた。
 いけない。私はあわてて立ち上がる。

 すると、騎士さんは微笑んでから私の前に立つと、貴族式の礼で持って私に頭を下げた。

 あ、あれ?
 騎士じゃなくて、貴族式?

「お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか。ミルお嬢様」

 ──……あっ

「リンク、さん?」
「覚えていてくださいましたか。良かった」
「え、ええ、もちろん!」

 安堵するリンクさんに、私は嬉しくて泣きそうになった。
 リンクさんは幼少時代、私と仲良くしてくれた一般市民の一人だ。
 ご家族の都合で途中から離れてしまったけれど。

 まさか、こんな形で再会できるなんて!

 それにしても驚いた。
 近衛騎士なんて立派な身分になっているなんて。いや、それ以上になんでさっき貴族式の礼だったんだろう?

「まずは聖女就任、おめでとうございます。頑張っていたことは人づてに聞いていましたが、見事達成されましたね」
「ありがとうございます。リンクさんも凄いですね。近衛騎士なんて」
「剣と魔法しか取り得がない男ですからね」
「そんなことはありませんよ。それに、さっきの挨拶は貴族式でしたわ。勲功を上げて貴族になられましたの?」

 素直に聞くと、リンクさんは気恥ずかしそうに後頭部を撫でた。

「実は、縁があって、今は侯爵家の養子なんです。それで今回、護衛に選出されたんですけど」

 侯爵家の養子!
 それはスゴいことだ。一気に大貴族の仲間入りなのだから。

「ともあれ、腕は間違いありませんから。どうぞご安心くださいね」
「ありがとうございます」

 それからしばらく昔話と雑談をして、面会は終わった。
 偶然だけど良かった。
 気心が知れる相手が護衛だと、色々と安心できる。聖女の仕事は大変だから。
 少しだけ休憩を取って最後の準備を整える。出発は明日。

「まずは近くの村の浄化ね」

 最近、穢れに汚染されたのか、農作物の様子が悪いのだとか。
 聖女の歌で周囲を浄化し、回復を狙う。
 聖女としての初仕事。そこまで大きいものじゃないけど、しっかりしなきゃ。


 ◇ ◇ ◇


 喉が痛い。ひりつく。水を飲んでも飲んでも焼け付くような、それこそ火傷のような痛みが続く。
 治癒魔法をかけても、その痛みが引くことはなかった。

「う、うぐ、うううううっ」

 媼より嗄れた声で唸りながら、シルニアは喉をかきむしる。
 痛い、痛い、痛い、痛い。
 正気さえ失いそうな中、脳裏にはミルだけが浮かんでくる。

「どうして、どうしてっ……!」

 憎悪が滲み出る。
 この恨みをはらさねば、きっと痛みも消えないだろう。

「めちゃくちゃにしてやるっ……絶対、めちゃくちゃにしてやるっ……!」

 怨嗟を吐き捨てていると、誰かが部屋に入ってきた。
 見るだけで分かる。
 ジョセフだった。

「ジョセフっ……!」
「聞いたぞ。全てだ。君は最低の女だな。ゴミクズだ」
「なんですって!?」

 唐突の罵倒に、シルニアは怒りを露わにする。

「あなた、婚約者に対してなんてことを!」
「婚約者? なんの話だ」

 ジョセフはいっそ冷淡に言い放つ。

「お前など、婚約者であるはずがないだろう。婚約は解消だ」
「ジョセフ……っ!」
「さらばだ。せめて苦しんで野垂れ死にするがいい」

 そう吐き捨てて背中を見せたジョセフ。
 シルニアは怒りのあまり、我を忘れていた。
 起き上がると同時に、ベッド脇の棚に入れてあった果物ナイフを握りしめ、全力でその背中に突撃する。

「かはっ……!?」

 鈍い音を立てて、背中からナイフが深々と突き刺さる。
 凄まじい衝撃に呻きながら、ジョセフは崩れ落ちる。
 血が溢れ出し、シルニアの白い寝間着を穢していく。同時に、シルニアは自分自身に何かが入り込んでくるのを感じていた。

 これは――。

 聖女候補生は、みな特別な力を宿している。
 その力が、穢れによって反転を始めていた。

「私は、私は……っ!」



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