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砕け散る声

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「さぁ届け――私の歌で――」

 聖女になるための歌。
 それは、聖女であることの証の歌。
 目をとじれば、まぶたに楽譜が出てくるくらいに歌いこんだ大事な大事な歌。

 きっと、誰にとっても大事な歌。

 そのサビともなれば、大きく盛り上がる。
 当然、聖女候補生もあらん限りの歌声を披露する。
 もちろん歌声だけではない。
 歌い方も大事だ。

 何せ、この歌は歌い方が幾つもある。

 最初は低音で、サビは高音を披露する場合が一番多いけれど、ずっと高音だったり、パワーボイスだったり、色々とメロディラインがあるのだ。
 年代によっても音の流れが違って、どれをチョイスするかは聖女候補生の一存だ。

 難易度の高い歌い方であれば評価は高い。けど、無理をしてミスをすれば評価は一気に下がる。

 だから、自分の声をもっとも発揮できる歌い方が大事。

 私は緊張のためではなく、呼吸のために深呼吸をする。
 しっかりと腹筋をならして、良い発声を出す。
 全身をストレッチしてもう一段階ほぐしていく。イメージも大事だ。失敗じゃない、成功するイメージ。

「ふふっ、次は私の番ね」

 わざと私の声で、シルニアは言う。

「見ておきなさい」

 余裕の仕草で言葉を吐き、シルニアはステージへとあがっていく。
 ステージホールになっているそこは、扇形を描くように観客席が広がっている。彼らの応援を一身に浴びる造りだ。
 同時に、自分の声をもっとも美しく広げられる造りでもある。

 ここまで大きいと、声の大きさの調整が大変だ。

 私は何度も何度もリハーサルをしているから、耳と喉が覚えているけれど、油断は絶対にできない。
 さすがに緊張していると、シルニアは美しい所作で礼をして、ステージの上で準備を整える。

 すう、と、大きく息を吸う。

 伴奏のピアノが流れ始めた瞬間、私は悟った。
 この曲調は、まさか――っ!?

「さぁ、さぁ、この声を届けよう」

 強烈なハイトーンボイスが響き渡る。
 間違いない。
 二〇年前の聖女候補生が披露した、最高難易度の歌い方! 歌い手として全ての技術だけでなく、恵まれた声帯による超ハイトーンボイスを持っていなければ歌うことさえ叶わない代物だ。

 それを、ここで!

 当然、それを知る観客たちも度肝を抜かれた。
 今まで挑戦する候補生さえいなかったのだ。よっぽどの自信があるのだろう。けど――。

「さぁ、さぁ……っああっ!?」

 声が、変わる。
 同時に私の喉に僅か残っていた違和感が消し去った。

 これは、魔法が完全に解除されたんだ。

 催眠が解けたと同時に、喉がなじんでいく。一気に私のものに戻っていく。それはシルニアにとっても同じはずだ。
 困惑が伝わってくる。
 彼女にとって、まさに最悪のタイミングだった。

 何せ、シルニアの本来の音域では、不可能だから。

 慌てながらも、シルニアは必死に歌う。
 でも、ダメだった。
 サビの最高音域は超ハイトーンボイスの領域。喉の限界を超え、シルニアの歌声はただの金切り声になってしまう。

 一斉に観客たちが耳を押さえて動揺した。

 聞くに堪えない醜い声。
 シルニアはそれでも歌う。歌い叫ぶ。
 そして――喉を完全に壊した。

「あぁあっ!」

 激痛を覚えたか、シルニアが喉を両手で押さえ込み、とうとううずくまってしまった。
 演奏が中断される。
 前代未聞のできごとに、周囲は一気に混乱した。

 そこへ颯爽とやってきたのは、ベス様だった。

 一切無駄のない動きでうずくまるシルニアを支え、抱きかかえてステージ上から降りてくる。
 ただ、泣きじゃくるシルニアには何も言わない。

「喉を壊しているわ。応急処置はしたけれど、たぶん致命的だと思う」
「ひっ……ぐぅっ」

 ステージ下のエリアで、走ってきた医療担当にベス様は淡々と告げた。

「シルニア。分不相応なことをするからよ」
「そ、そんなっ、わたし、わたしの声はっ」
「元に戻らないわ」
「ひいっ」
「人の声を奪った代償よ」

 ベス様は鋭く言い放つ。

「自分の実力でちゃんと挑んでいれば聖女になれる可能性は十分にあったわ。でも、あなたはズルをした。そんな人間に、聖女の神は微笑まないのよ」
「うぅっ……」

 そんなやり取りを隣に、私はステージへ向かう時間になった。
 まだ混乱は続いている。

 ここをなんとかすれば――ううん。なんとかしなきゃ。

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